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――平穏な、日常。
こうして、ソフィアとの生活が始まった。
とはいっても、さして変化がある訳ではないだろうと、踏んでいたのだが……
朝起きると、背中に違和感を感じた。
不審に思い、振り返って見ると―――
「ばっ、なっ、ソフィア!?」
思わず驚いて、ベッドから転がるように落ち、綺麗に周りの荷物の上に圧し掛かってしまう。下の方ではバキバキッ、とあまり聞きたくない音が耳に届いた。
素早く荷物の無い通りへと転がり、深呼吸を数秒。気持ちを落ち着かせる。
しかし、深呼吸して落ち着いてもいると、この状況はどちらかというと、俺が作った気がする。自身で仕組んでおいて、自身で引っ掛かるなど愚の骨頂だ。本当に俺は、朝に脅かされるのが弱い。
しかし、あまりにも自然に「ソフィア」と呼べたのはビックリだ。何故だろうか、まるで以前からそう呼んでいたような……? しかし、どこかに違和感もあるような?
自身の感覚に少し不思議なものを感じつつ、改めて俺は、ベッドでスヤスヤと眠るソフィアに近付き、揺さぶった。
「おい、ソフィア、起きろ。朝だぞ」
数回揺らすと、ソフィアは目を擦りながら眠りから目覚めた。
そして立ち上がると、一気に俺の所に飛び込んできた。
「―――って、おい!?」
一瞬の事に反応しきれず、ソフィアの体が衝撃と共に、俺を襲う。当然バランスを御しきれず、後ろに倒れた。当然、後ろには散乱する荷物がある。
「ゲフッ」
割と本気に背中を強打して、肺から酸素が押し出される。
そのまま上から押しつけられる体重に、身動きがとれないままでいると、ソフィアが腕を動かした。
―――退いてくれるのか? と、俺は一瞬期待し、
ソフィアは背中に腕を回して、思いっきり抱きついて来た。
もし、これが俺で無かったら、本当にどうなっていた事やらと、俺はこの行動に思わず溜息を吐きつつ、背中に食い込む荷物と、抱きつくソフィアを見比べて、
今日は、まずここの部屋を掃除しようと、頑なに決意した。
取り敢えずソフィアを退かし、ダイニングで朝食を取る。
ソフィアを一度テーブルに座らせると、俺はキッチン脇の冷蔵庫の中身を確認した。
何か朝に食べられるものは無いだろうかと、ごそごそやっていると、奥の方に食パンを発見する。
「こんな奥の方に……絶対嫌がらせだな、これ」
ぶつぶつと文句を垂れつつ、俺は一度食パンをキッチンに奥と、ソフィアに一言声を掛けてから自室に戻る。
「確か、トースターがあった筈だよな……」
散乱する荷物をしばらく引っ掻き回すと、赤色のトースターを見つける。
持ち帰り、キッチンのカウンターに置き、電源プラグを差し込む。
ソフィアが興味深そうに見つめる中、俺はパンを二枚取り出して、トースターに装填。スイッチを押して、こんがり焼けるまで待つ事にする。
その間、ソフィアはトースターに気を取られ続けていた。まるで、小さな子が何かに興味を持った時みたいだ。というか、実際そうなのだろう。
チン! とパンが焼けた事を告げるベルと同時に、勢いよくパンがトースターからひょっこりと顔を出す。
ソフィアが一瞬ビク、と反応するのを横目で見ながら、俺は皿とバター―――幸いなことに調味料は一式すべて揃っていた―――を持ってきて、トースターからパンを回収する。
バターを二枚とも満面なく塗りつけて、皿に載せて、一枚をソフィアのところに、一枚を俺の所に置く。
ソフィアは、俺の持ってきたトーストを穴があくほどじっと見詰めて、
「これ、何?」
と、俺の方を真っ直ぐ見て聞いて来た。
「トーストだ。食べ物だぞ」
そう言うと、ソフィアは納得したようで、
「じゃあ、食べる」
そう言って―――箸を取り出した。
「いや、ちょっと待て」
コンマ数秒で制止を告げる。我ながら随分と早く反応できたものだ。
「そいつは箸で食べるものじゃない。こうやって―――」
パンを持って、一気にかぶりつく。
「ふぇでもっへ、はへるもんは(手で持って、食べるもんだ)」
それをしばらくじっと見たソフィアは、手元のパンに視線を落として、そっと持ち上げ、そしてかぶりついた。
「んく、どうだ?」
パンを飲みこみ、口の中をスッキリさせて尋ねる。
「ふぉいひい(おいしい)」
おいおい、食べながら喋るなよ、とツッコミを入れようと思ったが、よく考えたら俺だって同じ事をやっているのに気が付いて、少し恥ずかしい。
しばらくしてパンを食べ終わると、俺は冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを持って来る。
コップにコーヒーを注いでいると、同じくパンを食べ終わったソフィアが、興味深そうに近付いて来た。
「飲むか?」
コーヒーを注いだばかりのコップを、ソフィアに渡す。
ソフィアは数秒、コップの中の黒い液体を見詰めた後、トテテとテーブルに走って、コーヒーをテーブルの自分の席の所に置き、席に座って―――箸を取り
「ちょっと待った」
ソフィアが懐から箸を輝かせているのに気付いた俺は、一コンマあったかないかぐらいの判断スピードで制止を掛ける。たった二回でそこまで行けるとは、次はどうなることやら。
「そいつはこうやって『飲む』ものだ」
俺はもう一つコップを持ってきて、コーヒーを注ぐと、一度香りを楽しみ、そして口許に近付け、一口含んだ。―――インスタントコーヒーに対して、まるで淹れたてのコーヒーのような楽しみ方だが。
少女はそれを見て、見様見真似で挑戦しようとしたようだった。だが、口に含んだ瞬間
「ブフ―――――」
吹いてしまったようだった。
テーブルの上にぶちまけられたコーヒーを、雑巾で拭きとると、
「これ、マズイ」
ソフィアがなんともストレートな物言いで、俺にコーヒーを差し出してきた。
それを受け取り、まあ確かに早まったかもな、と後悔する。
「すまん、コーヒーは慣れない人にはちと厳しいからな」
コップのコーヒーを流しに流しつつ、謝罪する。
「ね、エイジ」
「ん?」
ソフィアからの呼び掛けに、応答する。
「今日は、どうするの?」
今日……か。
今日はまず、俺の部屋の整頓から始めるつもりだが、しかし午後の予定は全くない。
「まず、俺の部屋の掃除からだが――午後は、どこか行くか?」
そんな事を言いながら、ダイニングの隣のリビングにある、壁掛けテレビの電源を点ける。
テレビの中では、雑多な人ごみの中で、ニュースキャスターが露店を紹介して回っている映像が映っていた。どうやら近くで大規模な祭りが行われているらしい。隕石によって一時的に中断されていたお祭りも、今ではこうして当たり前のように見る事ができる。
―――ここに行くか。
「ソフィア、午後になったら祭りでも見に行こう」
ソフィアは、俺が一緒に出かけると言うと、少し顔を綻ばせて、「うん」と返事した。
「ところで、エイジ」
「どうした?」
「『祭り』って何?」
俺は一瞬、子供に物を尋ねられる親の気持ちが、理解できた気がした。




