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第5章 誘拐と人質-1




「萌花!」


 オレは忌野神社に着くと、萌花の姿を探して境内を叫んだ。すると、今日は珍しくばあさんが参道を掃除していた。


「ばあさん、萌花は?」


「梅子お姉さんだろう」


 あからさまに不機嫌な表情で、ばあさんは竹ぼうきでオレの脳天を叩いた。ったく、こんな時に面倒くせぇな。


「梅子姉さん、萌花はどこだ?」


「汗だくになってやってきたかと思ったら、いきなり萌花かい? あの子なら家に帰ったよ」


「帰った? イタコ修行諦めちまったのか?」


「ただの里帰りだよ。三年間、一度も帰ったことがなかったからね」


「いつ戻ってくるんだ?」


「十五時までには戻ってくるとは言っていたけど、あの子極度の方向音痴だからね。予定通りにはまず戻ってこないだろう」


 方向音痴って、どんだけトロ臭いんだよ。


「何だい、萌花と結婚して跡継ぎを作ってくれる気にでもなったのかい?」


「今はそんな話してる場合じゃねぇんだよ」


「何があったんだい?」


 オレの焦燥ぶりを見て、ばあさんも表情を強張らせる。


 その時、どこからか携帯電話の着信音が鳴り響いた。


 ばあさんは巫女装束の上着からあらわになっている胸の谷間から携帯電話を取り出した。おいおい、どこに入れてんだよ?


「もしもし」


 ばあさんの声色が緊張していくのがわかった。岩金か? もしかして、萌花を誘拐しちまったのか?


「わかったよ」


 ばあさんはそれだけ言って電話を切った。


 オレはばあさんの顔を黙って見つめた。しばらくすると、ばあさんは大きなため息を共に言葉を吐き出す。


「アタシとしかことが抜かったね。まったく父親とは大違いのバカ息子だね」


「今朝のあの男なんだろう? ばあさん、素性を知ってたのか?」


「岩金組のことかい? 四代目から何度か口寄せの依頼を受けたことがあったからね。何だい。翔、お前も知っているのかい?」


「成り行きだけどな。あいつら萌花を誘拐しようと企んでいるようだったからな。でも、もう手遅れだったみたいだな」


「あぁ。萌花を返してほしければ依頼を聞け、と言ってきおった」


「どうして依頼を断ったんだ? 相手はヤクザなんだろう?」


「アタシは理由の言えない口寄せはやらないことにしているんだよ。それが例えヤクザだろうとね」


「けど、四代目の依頼は受けていたんだろう?」


「四代目は口寄せしてもらいたい相手の名前も理由もちゃんと教えてくれていたよ」


「ヤクザが誰を口寄せしてもらうんだ?」


「守秘義務があるからね。いくらお前でも教えられないよ」


 あいつら、何の目的で誰を口寄せしてもらおうとしてんだ? 殺した相手を呼び出して懺悔する、とは思えないし。


 ばあさんは持っていた竹ぼうきをオレに押しつける。


「掃除、頼んだよ」


「何言ってんだよ! オレも行く」


「アタシが行って口寄せすれば済むことだ。翔が来る必要はない」


「あいつらが素直に萌花を返すとは思えねぇ」


「私がどうかしたのですか?」


 いきなりばあさんとオレの間に萌花が入ってきた。


「萌花、お前無事だったのかい?」


「お師匠様も大げさですね。いくら私でも家と神社の距離くらい迷子にならずに戻ってこれますよ」


 萌花はそよ風に揺れるかすみ草のように微笑んで見せた。オレの中の焦燥感は消えたが、心臓が違う意味で爆発しそうだった。考えてみれば、私服姿の萌花を見るのは初めてだ。白いワンピースが清純な萌花によく似合っていた。


「本当は夏恋さんがいたおかげなのですが」


 と、萌花が頬をピンク色に染めて小声でつけ加えた。


「こんにちは、梅子さん。あら、翔ちゃんも来てたの?」


 隠れきれてなかったが、萌花の背後から満面の笑みをたたえた夏恋が飛び出してくる。その両手にスーパーの買い物袋を提げて。


 ばあさんとオレはあからさまに不快な顔をする。


「もう二度と来ないんじゃなかったのかい?」


「あれは桃子さんが言ったんであって私が言ったわけじゃないから、ここに来るのは自由だと思うんだけどなぁ。それに、教授の快気祝いするために食材を買いにスーパーに行ったら迷子になっている萌花ちゃんと偶然会っちゃって」


 また親父を病院送りにするつもりかよ?


 いや、今はそんなことはどうでもいい。萌花が無事ならそれでいい。岩金の奴、萌花を誘拐したとかウソの電話をしてきやがって。そこまでしてばあさんに口寄せさせたかったのか?


「どうだったかい、久々の家は」


「叔父さんたち、すごく喜んでくれてお土産まで持たせてくれました」


 萌花は困惑したような表情で、ケーキ屋の箱を掲げた。


「でも、悠花に会えなくて」


 萌花の話だと昨日から携帯電話に電話しても出てもらえず音信不通だったため、悠花との仲直りも兼ねて里帰りしたらしい。


「昨日はツレの家でお泊り勉強会するって言ってから、疲れてそのままツレの家で寝てんじゃねぇのか」


「叔父さんもそう言っていました。あれ? でも、翔さんはどうしてそのことを知っているのですか?」


「あ、いや、それは」


 しまった。萌花が心配そうな顔をするからつい口走っちまった。昨夜、ファミレスの前で悠花に会ったことを言えば、あいつが叔父さんたちにウソをついて年齢詐称してまでアルバイトしていることがばれちまう。


 憤怒の形相の悠花が脳裏に浮かんだ。あいつ、キレたら包丁でも持ってオレのこと地の果てまで追い回しそうだからな。ここは適当にはぐらかしておくか。


「ク、クラスメイトだからだよ」


「そうなのですか? それなら翔さんも早く言ってくれればよかったのに。気の強い子ですけど、悠花と仲良くしてやってくださいね」


「あ、あぁ」


 萌花の背後で夏恋が声を殺して笑っている。ばあさんまで狼狽するオレを見てニヤニヤ笑ってやがる。


 針の筵状態だった。冷や汗が全身から噴き出てくる。ケンカの時でさえこんな汗かいたことはなかったっていうのに。


「あ、よろしければ皆さんでケーキを食べませんか? 叔父さんったらたくさん買ってくれちゃって」


「賛成!」


 真っ先に手を挙げたのは、夏恋だった。














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