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第4章 意地っ張りと頑固者-1




 その日の朝はしつこく鳴り続けるインターフォンの音で目が覚めた。例の悪夢を見なくなったのはいいが、オレとしてはいつもの静かな朝が戻ってくることを切望した。


 しかも、寝付いたのは外が明るくなってからで、まだ眠くてしょうがない。


 寝ぼけた頭で一階に下りると、不愉快な笑い声がダイニングルームから聞こえてきた。


「いやぁ、お母様は料理が本当にお上手ですね! 朝からこんな美味しい鳥の唐揚げが食べられるなんて大河くんは幸せ者ですよ」


「やっぱりそう思う?」


 朝からこんなハイテンションで調子のいいことが言えるのはトサケンだ。っていうか、どうしてあいつがオレの家にいるんだよ? 家の場所を教えた記憶はねぇぞ。


 あの会話から想定すると、当然夏恋の奴もいるってわけだな。


「美味しいって言ってくれて嬉しいわ。あ、でも、私のことはお母様じゃなくて夏恋って呼んでくれる?」


「名前で呼んじゃっていいんですか?」


 トサケンの荒い鼻息が廊下まで聞こえてきた。あいつ、相当興奮してやがるな。夏恋も夏恋だ。あのアホを増長させるようなこと言いやがって。


 いや、その前にあいつら朝から人様の家に入り込んで何好き勝手なことやってんだ。


「それでは」


 トサケンはごほんと咳払いをする。


「か」


 言いかけているところに、オレが背後からかかと落としを食らわせてやった。


 しかし。


「痛いじゃないか、大河くん」


 首を縮ませたまま、トサケンが振り返る。


 オレは振り返ったトサケンの顔を見て驚愕した。オレのかかと落としを食らって平然としているトサケンに驚いたわけじゃない。もうこいつがゾンビ並みに不死身だってのは思い知らされたからな。


「お前、誰だ?」


「いやだな。キミの大親友、戸佐賢祐ことトサケンじゃないか」


 はっはっはと笑う顔は、痩せこけて別人のように見えた。昨日までぽっちゃりしていたっていうのに、今日は気味が悪いくらい病的に激痩せしている。


「おはよう、翔ちゃん。今日はずいぶんとお寝坊さんね。もう九時すぎちゃったわよ。それよりトサケンちゃん、見て驚いたでしょう? 昨夜お腹が痛くなってずっとトイレにこもっていたらこうなっちゃったんですって」


 けらけらと笑う夏恋。


 そういえば、母さんが生きていた頃のオレもよく腹を壊してトイレにこもることが多かった。母さんが死んでからピタッとなくなったが。


 母さんのレシピで作った料理をトサケンは食って腹を壊した。


 考えたくはないが、一つの結論が導かれると同時に、昨夜のばあさんの言葉が脳裏に蘇った。



 ――あの子はアタシに似て料理の下手な子だったんだけどね。



 母さんの料理はある意味凶器だったってことだな。


 オレ、よく無事でいられたな。そう思ったら、背筋に悪寒が走った。もしかして、母さんが怒ってるのか?


「いくらでもいけちゃいますよ!」


 皿にたんまりと盛られた鳥の唐揚げを頬張るトサケンを凝視した。昨日、オレも一個食ったけど、何ともないな。母さんのレシピじゃなくて、萌花のレシピだったからか?


 と、安堵したのも束の間。


 急に腹を激痛が襲った。


 オレは即行トイレに走った。


 時間差攻撃かよ?


 どうやら誰のレシピだろうが、母さんが作った料理を食えばこうなるってことかよ。あのクソ親父、変なとこまで母さんに似させて夏恋を作りやがって。


 そういえば、親父は夏恋の料理を食って入院したって言ってたな。天罰だ。ざまあみやがれ!



 ドンドンドン!



 トイレのドアを激しく叩く音が響いた。


「大河、早く出てきてくれよ!」


 悲痛に似たトサケンの声が聞こえてきた。どうやらあいつにもきたらしい、けど、早いな。大量に食べたせいか?


「無理。家に帰った方が早いぞ」


「そんなわけないだろう? ボクの家まで自転車で一時間はかかるんだよ。っていうか、サドルにまたいだだけで出ちゃう……だろう」


 トサケンの語尾がどんどん弱くなっていく。もう声を出すのも限界なんだろうな。


 ったく、しょうがねぇな。


「使用料は高けぇからな」


 トイレのドアを開けると、トサケンは必死の形相でオレを引っ張りだして入れ替わると勢いよくドアを閉めた。


 昇天するような声が漏れてくる。


 あの様子じゃ当分はトイレから出てきそうにないな。


 寝ぼけた頭をスッキリさせるために顔を洗ってからダイニングルームに戻ると、夏恋が鼻歌交じりで洗いものをしていた。


 オレは冷蔵庫を開けると、取り出した牛乳をマグカップに注いで電子レンジで温める。冷たいまま飲んで腹が痛くなっても困るからな。


「翔ちゃんが早く起きてこないから鳥の唐揚げ全部トサケンちゃんが食べちゃったわよ」


「腹壊すようなもんいらねぇよ」


「もしかして、トサケンちゃんがお腹壊しちゃった原因ってこれ? おかしいわね。何がいけなかったのかしら?」


 夏恋は泡だらけの皿を見つめて首を傾げる。しかし、たいして気にした様子でもなく、あっけらかんと皿を洗い流す。


「あ、そういえば、萌花ちゃんが翔ちゃんにまた会いたいって言ってたわよ」


「ぶっ」


 いきなり萌花の名前を出されて、オレは口に含んでいた牛乳を吹き出す。心臓の鼓動がまた速くなる。


「なぁんてね」


 夏恋はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。確信犯だ。


「ビックリした? でも、レシピを教えた彼女としては翔ちゃんの感想が聞きたいって言っていたのは本当よ。というわけで」


 洗いものを終えた夏恋がエプロンをはずす。


「忌野神社へレッツゴー!」










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