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伊吹、この世の地獄を見る 2

 黒魔術を使いそうな妖しげな集団と化した伊吹達は、それぞれ仕事を割りふられた。仕事の内容の中には、チャルカと呼ばれるパイプオルガンのような楽器を演奏するというもの、更に聖歌隊として歌うもの30名、なんてものもあった。

 こちらは元々そういう条件で募集が掛けてあり、誰がやるのか既に決まっていたようだ。

 しかし問題はそこじゃない。

 普通、そういうのは教会の人間がやるものなんじゃないだろうか。大体さっきから教会の人間らしき人を殆ど見かけていない。説明も案内もたった2人の人間がこなしているとか、どんだけ人が足りてないんだ。まさか、他に金を掛けすぎて、駐在の人間を雇う金がないというオチか。

 伊吹は白い目で新しい建物を眺めた。


「イブキさん、行きましょう」


 竹箒を片手にフィオーネが呼ぶ。同じような黒ローブ姿であるのに、スタイルの良いフィオーネが着るとそれなりに様になってしまうのが不思議だ。

 最初に与えられた仕事は建物周りの掃除だった。

 白光するタイルの上に散らばる落ち葉や枝を竹箒でかき集める。掃除が大変なら、そのあたりの木を全部切ってしまえよ、とこういう掃除をする度に思う。勿論、金を貰う以上はきっちりと行うが。

「こら、大人しくしてろ」

 腹から肩へと移動してきたこてつが、邪魔をしてきて困る。肩に軽く噛み付いてきたり、髪を引っ張ったり。普段は割合大人しくしているのに、今日は落ち着かない様子だ。

 初めて来る場所だからだろうか。

「こてつ、気が立っているみたいですね」

「……無理にでも置いてくるんだった」

 今更後悔したって遅い。

「終わりましたか?」

 突然声を掛けられて、伊吹はぎくっと肩を震わせた。慌ててこてつをローブの中へと押し込んで、振り返る。先程仕事を指示した教会の人間の1人が、丸い顔に曖昧な笑顔を浮かべてこちらを見ていた。

 青白い顔をした30代後半くらいと予想される男性だ。目が充血していて、隈が見える。大分疲れているようだ。やはり、人手不足で忙しいのだろう。

「あ、はい、後もう少しで」

 周辺をざっと見渡し、男はゆったりと頷いた。

「ああ、綺麗になりましたね。後は貴方に任せてもよろしいですか」

 と、これはフィオーネに向けて。はい、とフィオーネがはきはきとした返事をすると、男は再び伊吹へ目を向けた。

「では、来てください。貴方に1つ頼みたい仕事があるのです」

「はい」

 もぞもぞ動くこてつに肝を冷やしながら、伊吹は男の言葉に頷いた。


 宗教というのは、伊吹には良く分からない。

 家は一応仏教の浄土宗だったが、その内容すら詳しく知らないような程度である。仏壇があって、偶に坊さんが拝みにきていたなと、思い出すのはそれくらい。後は葬式なんかの時くらいだろうか。

 だから。

「貴方は神を信じていますか」

 そうお決まりの台詞を聞いてきた男に対して、すぐさま返事が出来なかった。宗教で戦争になった国もある。日本ではともかく、海外で無神論者を名乗ると顰蹙を買うこともあるとかなんとか。

 ましてやここは異世界。

 その上、教会。

 何と答えるべきか、


「信じています」


 暫しの沈黙を取り繕うべく、精一杯の愛想笑いを浮かべてそう答えた。それ以外に何と言えただろうか。例え内心で、もしも神なんてものが本当にいたところで、こんなわけの分からん世界に迷い込ませた奴なんて信じられるか!と思っていたとしても。

 ああ、と男は感銘を受けたように、一瞬虚脱した表情を浮かべた。

「ありがとうございます」

 目を輝かせて礼を言われて、伊吹は思わず身を引いた。一体何だ。何だか分からないが、薄ら寒いものを感じる。

「やはり、……いえ、失礼致しました。どうぞこちらへ」

 伊吹の困惑に気がついたのか、男は取り繕うように表情を消し、話を切り替えた。しかし、1度抱いてしまった気持ちの悪さは、簡単に消す事などできなかった。


 次に言いつけられた仕事は、聖殿の周りに香油を撒くことだった。何でも魔よけの効果があるらしい。桶になみなみ入ったそれを、ざぶざぶと建物の土台辺りに撒いていく。

 花の香りがかなりきついし、流れ出た香油で足元が滑るしで、中々大変な作業だった。


 その作業を終えると、次は聖殿の中に案内された。

 他の20名と共に、訪れる客に蝋燭を手渡し席へと誘導する事。それが次に与えられた仕事だ。20名の中にはフィオーネもいて、伊吹を見るとほっとしたような顔になった。

「イブキさん、良かった、一緒で」

 口にしてから、照れたように苦笑する。

「って、子どもみたいですけど」

 何と返していいか分からない。妙に頼りにされているような気がする。多分、他に知っている人がいないからだろう。

 消去法だ。


 聖殿の中は明るかった。

 天井から上部の壁にかけての真珠色の素材は半透明で、外の光を良く通していた。中央が丸くくりぬかれたように三段ほど上がっている。そこを中心に、更に大きな楕円があって、周辺を囲む形で木の椅子が等間隔に備え付けられている。一列毎、外側にいくにつれて一段づつ上がっていく形だ。

 目玉焼きを舞台とした劇場、それが伊吹の第一印象だった。

 中央部分の円の上、高い場所に壁からせり出す形で四角いテラスのようなものがあった。通路の奥にドアがある。更にテラスへと伸びる二つの階段が中央の楕円の両端から伸びていた。その二つの階段は地下へと続いているようで、暗い穴の奥へと消えている。

 入り口は3つあった。

 その内の2つは正面側にあって、今日解放されるのはこちらの2つ。その内の東側のドアの前で、伊吹とフィオーネは待機していた。

 手にした籠には、陶器製の容器に入った掌サイズの平たい蝋燭が入っている。ぽつぽつと訪れ始めた参拝客に渡す為だ。

「神の手より祝福を」

 と、声を掛けながら手渡すと「人の手より祈りと感謝を」と言葉を返される。中々粛々としたムードが漂っているが、本当にこれで良いのだろうか。

 伊吹はただのバイトだ。

 それもイスルド教の信者どころか、異世界人。

 ……まぁ、そこまで気にしてやる義理も無いが。

「ここ……」

 開かれたドアの内側に彫られた見事な彫刻を観察していた伊吹は、フィオーネの掠れた声に顔を上げた。意思の強さを感じさせるようなはっきりとした眉を顰め、フィオーネは困惑の表情を浮かべている。

「何かちょっと変な気がします」

 声を落としてフィオーネが言う。

「何が」

「だって、ここ……」

 言いかけたところで邪魔が入った。

「あー!」

 空気を読まない明るく無神経な大声は、哀しいかな聞き慣れたものだった。視線を向ければ、こちらへ向って人差し指を差す短い髪の少女の姿があった。

 日に焼けた肌にどんぐり眼。いかにも快活そうなボーイッシュな少女は、残念ながら間違いなく灰谷志真だった。

「フィオーネ!に、いっさん!」

 厳粛な雰囲気が台無しだ。

 周囲の人々が、何事かと振り返えっている。

「何でここにいるのー!?」

「ここで騒ぐな!」

 ナイスウィガー、もっとやれ。

 志真の頭を容赦なくはたいたウィガーに、伊吹は内心で声援を送った。どうやら志真は、ウィガーを連れ出す事に成功したようだ。それは良いとして、もう1人連れがいる。ふらふらといかにも危なっかしい足取りで歩いている小柄な少女。うねうねと髪を靡かせる目に優しい緑色の少女はクラスメイトのアルジャラーだ。

 外を歩いているところなど、初めて見た。

「だって、フィオーネといっさんが」

「2人はここでバイトしているだけだ。いちいち騒ぐな。ここをどこだと思っているんだ」

「バイトとか初めて聞いたんだけど」

 志真は自分が知らされていなかった事を不満に思っているようで、口を尖らせている。

 いちいち面倒くさい奴だ。


 しかし、今はフィオーネも伊吹もバイト中。おまけにウィガーの「それ以上騒ぐなら引きずってでも帰る」との言葉が効いて、志真は大人しく聖殿の中へ入って行った。

「頑張れよ」

 と声を掛けて、ウィガーもその後に続く。

 ふらふらと歩いて来たアルジャラーは、ぴたりと伊吹の隣にはりついた。彼女の体温はいつも低く、ひんやりとしている。

「アルジャラー?」

 彼女の行動はいつも訳が分からないが。

「……油の匂いがするのですー」

「油?」

「私も、皆も、火は苦手なのですー」

 溜息交じりの、どこか哀しげな声だった。

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