志真と空の上の住人 4
映画なんかで、こんなシーンを見たことあるかも。
いきなり部屋に襲撃者がやってきて、ドアをすっ飛ばしてしまうのだ。流石に現実と映画は違った。大迫力だ。
衝撃的な光景を目前にして、志真はそんな事を思った。勢い良く吹っ飛んで行ったドアは、天井近くまで跳ね上がり奥に詰まれた家具の中へ落ちていく。思わず耳を塞ぎたくなるような凄い音がした。
部屋の中を風がびゅうっと吹き抜けて、閉まった窓をがたがたと内側から揺さぶる。当然志真の髪も後ろに靡いていた。風が強くてまともに目が開けていられない。それでも薄目で確認すると、無くなったドアの向こうに人がいた。長身で、がっしりとした体躯。頭に派手な金属のヘルメット……じゃない、洋風の兜?みたいなものを被り、全身に金属の鎧を纏ったぴかぴかした男だ。
その手に握られたものを見て、志真はごくりと息を飲む。
剣だ。
模造等には無い怪しげな輝き、あれは本物に違いない。カオロンさんが毎晩研いでいる包丁よりも、切れ味が良さそうだ。
武装した強盗だ!と志真は思った。
「いいいいっさん!」
「………」
返事は無い。
伊吹は唖然とした様子で、ベッドに座ったまま固まっている。頭にへばりついたこてつが何か間抜けだ。その姿に何だかがっかりしてしまう。
駄目だ。
頼りにならない。
「チャティ!」
チャティも、凍りついたように立ち竦んでいる。先程の風のせいで被っていたフードが外れ、胴色の髪が靡いていた。青ざめた顔は思った通り幼い。ふっくらとした頬に大きな目。ぱっと見、女の子にも見える可愛い顔立ち。
弱々しく、頼りない雰囲気に心が動く。
(私が助けなきゃ)
そう思うと同時に、志真は動いていた。チャティの腕を引いた。瞬間、鎧の男が剣を抜く。やばい。
「逃げよう!」
「動くな、灰谷」
そんな志真の動きを制したのは、伊吹だった。動かなかったら、殺されちゃうのでは。しかし、咄嗟に足を止めてしまった志真達に対して、鎧の男も動きを止めた。いかつい兜の下で、鋭い緑色の瞳が油断無くこちらを眺めている。
う、動けない。
動いた途端に殺されそうな気がする。じわり、と手に嫌な汗が滲んできた。
「鎧の肩のところを見ろ」
こんな時に悠長な、と思いつつ志真の視線は素直に鎧男の肩を見た。ゆりの花みたいな模様が、金色で描かれている。外見に似合わず、中々可愛らしい趣味だ。けど、それが一体なんだというのだ。
「ステアの花の紋章。この国の王家の紋章だぞ」
「王家の、紋章?」
水戸黄門はピンチの際に印籠をつきつける。印籠に描かれているのは葵の紋だ。それでもって、天皇家の御紋が菊。
「何、偉い人って事?」
「……その程度の認識なのか。お前、もう面倒だからひざまずいて頭でも下げとけよ」
「何で!嫌だよ!」
印籠を見た一般人は確かにははーっとその場に土下座をし、頭を下げている。しかしあれはあくまで昔の話だ。現代人の志真としては、やはり抵抗がある。
第一、相手がどんなに偉い人だろうと、怯えている子供を見捨てるわけにはいかない。
(そうだよ…、もしかしたら、チャティは逃げてきたのかも)
偉い人=良い人だとは限らない。
すっと、鎧男が動いた。部屋の中へ足を踏み入れる鎧男を、志真は警戒した面持ちで見つめる。剣を抜いたままだ。何か、変な事して来そうだったら、チャティを連れて逃げよう。
張り詰める緊張した空気に、酸欠になりそうだった。
静まり返った部屋の中で、かちりという音が大きく響き渡る。何の音か、確かめる暇も無かった。チャティのマントの裾から小さなボールが転がり出る。間髪入れずに、チャティはそれを鎧男に向って蹴り上げた。
はっとした鎧男が顔を庇うように手を上げるが間に合わない。
脳みそを揺さぶるような轟音と、目が開けていられないくらいの閃光が広がる。耳の奥がぐわんぐわん痛むし、目の前が白くて何も見えない。何が何だか分からない状態で、チャティに腕を引っ張られた。
ちょっと待って!と、言ったつもりだったが、果たしてちゃんと喋れていただろうか。チャティに手を引かれ、何度も転んだり落ちたりしながら、どこかへ進む。漸く目が見えるようになった時には、既に宿の外に出ていた。
「ここ何処」
知らない場所だ。
夜だから、というのもあるが、余り見覚えの無い場所だ。大きな道からは少し外れた、余り人通りの無い裏通り。建物も転々と離れて建っていて、灯も少ない。
先程から余り人ともすれ違わない。振り返ってみるが、どうやら追手もいないようだ。
(いっさん、大丈夫かな……)
結局置いてきてしまった。志真のせいではないと思うが、少し後ろめたい気持ちにもなる。鎧男の目的はチャティだろうし、伊吹が危害を加えられる事は無い……と、思いたい。
半歩先には、志真の手を引いて進むチャティの小さな背中がある。外れてしまったフードを、再びしっかり被っている。
「チャティ?」
呼びかけてみると、ぎくりとしたように肩が揺れた。
「……すまない」
恐れるように、怯えるように謝罪される。
「別に良いよ。でも、ここどこ?」
う、とチャティも言葉に詰まる。
「……分からないんだ」
「すまぬ」
消え入りそうな声でチャティは謝った。まぁ、仕方無い。必死で逃げてきたのだし。でも、これは結構困った事態なのでは。
チャティは何故か追われている。敵は良く分からないけど偉い人らしい。その上、迷子。志真達だけでは、どうにもならない事態だ。誰かに助けを求めたいところだが、何処の誰に言えば良いのかも分からない。
しかし、ただ闇雲に歩き回ったところで、事態が好転するとは思えなかった。
「チャティ。ちょっと休む。良い?」
不思議そうにこちらを見上げるチャティに、志真は道の脇のなだらかな土手を指差した。小川に繋がる土手には、背の高い草が生い茂っている。その中に座ってしまえば、2人の姿は隠れてしまうだろう。
「座る」
「……座る?」
何故か渋るチャティを引っ張って、志真は土手に腰を下ろした。がさがさ揺れる草の陰から、カラフルな虫がいくつも飛び去って、その度にチャティは小さな悲鳴を上げている。
ああ、と志真は納得した。
「虫、怖い?」
「怖くなど無い!……急だったから、少し驚いただけだ」
むきになるのがおかしくて笑いそうになるが、我慢する。
「……こんなところに座るのは、初めてだ」
何だか感慨深げに、周りの草むらを見渡している。しかし、残念ながらあんまりのんびりしている時間は無いと思う。鎧男に見つかるのではという不安もあるが、空がもうすっかり暗い。チャティの家の人達が心配しているのではないかと思うのだ。
「チャティ、家何処?」
聞くと、困ったように押し黙られた。
帰りたくないのかもしれない。まだ、家の人と喧嘩中なのだろうか。でも、そんな事言っている場合じゃ無い。
「送る」
「……シマ」
「帰る、良い。絶対」
帰れなくなってしまう前に。
志真だって帰れるものなら帰りたい。時々思い出すと、無性に恋しくなってしまう。だから、なるべく考えないようにしていた。
お母さん……とか、感傷に浸っている場合じゃ無い。今は、とにかくチャティを無事に帰さなくちゃいけないのだ。志真はぐっと目の奥に力を入れる。
「家、何処?」
もう一度聞くと、チャティは無言で空を指差した。
一度星空を見上げてから、志真はできるだけ真面目な顔でチャティを見下ろした。
「あのね、チャティ。真面目に」
その瞬間。かっと眩しい光が頭上から降り注いで、志真達を照らし出した。やばい。見つかった!思わずチャティの手を掴み、逃げ出しそうになった志真の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「シマ、ハイタニ。大人しくしていろ。じゃないと、王子誘拐罪で箱送りにしてやるぞ」
言っている意味は分からないが、何だか嫌な予感がする。声の主が志真の天敵、ユーイ・ユーイだったから余計に。




