伊吹、巻き込まれる 4
真剣に考えたという(馬鹿な)アイデアを駄目だしされた志真の機嫌は悪い。
しかし、馬鹿はお前だ、と伊吹は心の中で毒づいていた。
普通に考えて駄目だろう。確かに一部の客は呼べるかもしれない。だが、妙な下心を持った男ばかりを集めてどうする。益々普通の客足は遠くなる上、志真……は兎も角フィオーネはセクハラの餌食にされそうだ。
「そうやって文句を言うならさ、何か良い案考えてよ」
「自分で考えるとか啖呵をきっていなかったか」
悔しそうに唇を一文字に結ぶ志真。
既に動きやすい楽な格好に着替えている。いつもながらのゆったりとしたシャツに、短パン姿で、伊吹の部屋のベッドを陣取っている。胡坐をかくため、ブーツは床に脱いでいる。その隣ではやはりいつもの服装に着替えたフィオーネが、安心した表情で座っていた。
何だこの状況。何でこうなっているのか、さっぱり分からない。
部屋に女が2人(片方はともかく)、妙に居心地が悪かった。自分の部屋だというのに、少しも寛げない。とりあえず椅子に座って、平静を装っているが内心結構緊張していた。
友達もろくにいなかった伊吹だ。異性と普通に話す機会は滅多に無く、勿論家になど呼んだことなどあるわけがない。そんな風に動揺している事を、絶対に悟られるわけにはいかなかった。特に志真には。
(何を言われるか分かったもんじゃない)
今のところ、気づいていないらしい志真は、ひたすら不満そうに口を尖らせている。
「そりゃ、自分で何とかするって言ったし、実際何とかしようと思ったよ。なのに、良い案考えて実行したら、いっさん、文句言うし」
「まだ言うか。本当に良い案だったんなら、俺だって文句はつけない。まぁ、上手く行きそうになくっても、俺には関係無いし何も言うつもりはないけど、あれは無い。言っておくが、ウィガーが知ったらもっと怒る筈だ。覚悟しておけよ」
げ、と志真が顔をゆがめる。
ここのところ、ウィガーは出かけている事が多い。今日も昼頃からどこかに行って、未だ戻っていないようだ。多分、施設で起きた事件絡みで借り出されているのだろう。
「どうか、ウィガーには内密にお願いします」
顔の前で手を合わせて、志真が頭を下げる。それを伊吹は鼻で笑った。
「言うに決まってるだろ」
「何でそんなに意地が悪いわけ。人が頭下げて頼んでるのに」
首に縄をつけてもらうためだ。志真が暴走すれば碌なことにはならない。かといって、伊吹は係わり合いになりたくなかった。だから、ウィガーに託すのだ。
「えー……、フィオーネさん」
ついでに、と伊吹は志真の隣で寛いでいるフィオーネにも声をかけた。
「はい?」
「あまり志真の言う事、本気にしない方が良いですよ」
「え、あぁ、でも」
困った様子で、フィオーネは苦笑する。
「シマはシマなりに一生懸命に私たちの事考えてくれてるみたいで。だから、あまり怒らないであげてください。出来たら兄さんにも秘密で」
……何というか人の良い。
しかし、そんな風に言われると、自分が余計な事をしたような気がしてきた。別に放っておいても良かったのでは無いか。一切関わらないと決めていたのに、思わず口を挟んでしまった。
何故無視できなかったんだ。
自分の行動が悔やまれる。だから一々、面倒な思いをする事になるのだ。
(今だって)
「悪かった」
「……え?」
突然の謝罪に、フィオーネは首を傾ける。志真も目を丸くして、伊吹を眺めた。
「どうしたの、いっさん」
「部外者なのに、余計な口を挟んだようだから」
そう、伊吹には関係の無い話なのだ。
「部外者って、そんな。イブキさんもここに住んでいるんだし」
住んでいるだけだ。家族でもなければ、志真のような信頼関係も無い。そんなもの、面倒なだけだと思いつつ、伊吹は続けた。
「その事なんですが、今日、保護施設の方へ行ってきました」
「え?」
「どうも、ここにいるとご迷惑がかかるようなので、別のところへ移れないか相談しました。2週間後には、ここを出ます」
「そんな!迷惑だなんて」
「異世界人が2人もいたら目立ちます。俺がいなくなれば、少しはマシになると。多分、絶対とは言えないですが」
最初から、分かりきったことだった。これが一番良い解決方法である事は明白だ。本当なら、志真も出て行く事が望ましいが、彼女はそれを望まないだろう。
とにかく、伊吹はここを出て行く。
後は彼らが勝手にすれば良い。
「ちょっと、何、何て言ったのいっさん!?」
未だこちらの言葉に慣れていない志真は、1人蚊帳の外だった。困惑した顔で黙り込むフィオーネを見て、伊吹を責めるような目で睨む。
「フィオーネに酷い事とか言わないでよ」
「言って無い。ただ、ここを出て行く事を伝えただけだ」
志真の目が驚いたように丸くなる。ぽかんと、間抜けに口が開く。そこから、驚きの声があがるまで、一瞬の間があった。
「はぁーーー!?」
その大声に、テーブルの上でうとうとしていたこてつが、びくりと飛び上がった。慌てた様子で伊吹の腕に這い登り、ぴたりと頭上に待機する。
「何それ、ちょっと聞いてない!出て行くって何、何で!?来たばっかりなのに!」
ベッドから飛び降りて、喚きながら詰め寄ってくる。
その煩さと、警戒したこてつが頭の上で爪をたてる痛さに、伊吹は顔を顰めた。
「どうしようと俺の勝手だろ」
「勝手って、そうだけど勝手すぎる!」
何だそれ。
「普通は相談くらいするよ。こっちだって色々、いっさんの事心配して……あ、私っていうより、フィオーネとか、リアラさんとか。それなのに、何それ」
「いることで迷惑になるなら、出て行った方が良いだろ。俺もその方が気が楽だ」
「そんなのいっさんがそう思ってるだけだよ。いっさんが出て行った方が良いなんて、誰も思ってない」
「それは、お前がそう思いたいだけだろ」
志真も同じような立場だから。
伊吹の返した言葉に、志真は口を結んだ。怒っているのか、傷ついているのか分からない顔だ。
人の内心なんて、誰にも分からない。口先では何とでもいえるし、表情だって取り繕える。相手の顔色を窺って、不安を抱えて過ごすのは辛い。信じている、そういったところで、志真も不安を抱えているのだろう。異世界で一体何を信じていけば良いのか。
「逃げないで下さい」
静かな声の主はフィオーネだった。ベッドから立ち上がり、真っ直ぐに背筋を伸ばして伊吹を見つめる。
そのひたとした眼差しを受けて、伊吹は眉を潜めた。
「貴方がここから去ったら、相手が調子に乗るだけです。自分たちのした事が上手く行ったって喜んで、次もまた同じことをする。今度はシマを追い出そうって、もっと酷い事をしてくるかもしれない。違う異世界人がいるところで、同じような事をするかもしれない」
国はテロリストの脅しに屈してはいけない。
そんな言葉を思い出す。
確かにそうなる可能性はあった。
「そんなの、間違ってます」
きっぱりと言い切る。間違っている、とばっさり切られたのは宿屋に嫌がらせをしている者達だが、伊吹も巻き添えのダメージを受けていた。
他人がどう思おうが知るか、と思いつつも、実際真正面から言葉にされると動揺する。
フィオーネの気性の真っ直ぐさと、正義感の強さは、やはり伊吹には合わない。見ているだけで、後ろめたい気持ちにさせられる。自分とは、正反対過ぎて。
逃げたいのに、逃げる事は許されそうにない。
どうにかこの現状を打破するには、宿屋を何とか建て直すしかなかった。




