志真と宿屋の一大事 5
結果の原因が分かっているのなら、対応はしやすい。原因を取り除けばいいのだ。しかし、問題は、原因が志真達……異世界人にあるということ。
(出て行けば、問題解決するんだろうけど)
途端に嫌味なユーー・ユーイのにやりとした顔が浮かぶ。恐ろしい。あんな男と一つ屋根の下とか有り得ない。ぞっとする。青ざめ鳥肌が立った腕を擦り志真は唸った。
(出来たらそっちは避ける方向で!)
しかし一人で考えてみても、良い策は浮かばない。原因が自分達にあるっぽいから、フィオーネ達にも言い出しづらい。
結果。
「で」
斜めやや上から冷ややかに見下ろす各務伊吹。とりあえず彼は同じ立場の人間。だからこそ、真剣に考えてくれる筈だと思っていた。その反応の悪さは想像していなかったから、志真は戸惑う。
「でって、大変じゃん。何でそんなに……フツーなの」
「大変って言っても、俺は別にこの宿屋の従業員でもないしな。失業はしない。保護期間中は最低限の衣食住は保障されることになってるから、ここが潰れてもどうにかしてくれるだろ。勿論、お前もな」
「なっに、それ!」
伊吹の言葉に、志真は憤慨した。
確かに伊吹はここに来てまだ2日目。宿屋の人達ともあまり打ち解けてないかもしれない。親身になって考えろって言っても、無理だろう。だが、この宿屋の危機の原因は自分たちにあるのだ。それなのに、何とも思わないのだろうか。
「信じられない。ちょっとでも良心が痛んだりしないわけ!?何とか力になりたいって思わない!?いっさんってば薄情すぎるよ!」
大体、ベッドに足を投げ出して、なにやら分厚い本にメモを挟む作業をしながらという、その態度も酷い。
「俺が良心を痛めたところで何か解決するのか?」
「そうじゃなくて!何か良い方法思いつかないかって相談してるんだって。何か考えてよ」
「……ガキ」
苦々しい溜息を吐いて、伊吹が言う。
「あのな、俺らに考え付いて実行して解決できるレベルなら、とっくにウィガー達がやってるよ。異世界人の俺らが、価値観も考え方も何にも分かってないのに、良い方法なんて思いつけると思うか?大体だ、お前の捕まったお友達はどうなったんだよ。どうせ、未だにどうにもできてないんだろ。じたばたしたところで、無理なんだよ。俺らは所詮余所者だ。何とかこっちの世界にあわせて生きてくしかない。それくらい分かれ。そして俺の足を引っ張るな」
モクのことを言われると、心臓がぎゅっと握られたみたいに痛くなる。
志真のせいで、捕まってしまったモク。あの時、志真は何も知らなくて、モクを助ける事が出来なかった。ずっと、後悔している。
そして今、また志真のせいで、異世界人のせいでこの宿屋が潰れそうになっているのだ。
「じたばたするよ。当たり前じゃん」
じっと、してなんかいられない。何もできないって、見てみぬふりはできないし、諦めたくはなかった。
「諦めたら本当に何も変わらないよ。そんなの、私は嫌だ。いっさんは、本当にそれで良いの?そりゃ、ここが潰れても私達は生活に困らないかもしれないけど、私が嫌だって思うのはそんな理由じゃなくて」
宿屋の皆は、志真を受け入れてくれている。笑顔で暖かく迎えてくれて、心配したり、優しい言葉をかけてくれたり。ただいま、って言う事が当たり前になっていた事に気がつく。ここはもう、志真の居場所、家なのだ。
なくなったら、困る。
ここの人達が皆ばらばらになってしまうのも、嫌だ。すごく、凄く嫌だ。
しかもそれが、自分のせいなんて。
じわり、と目の奥が熱くなってきた。
「お願いだからいっさんも何か考えてよ。頭良いんでしょ」
「俺はお前に俺の頭は良いとか言ったことは無い」
「言って無いけど、思ってるんでしょ、どうせ」
「………まぁ、お前よりはな」
「だったら、何か考えてよ。私、何でもするから!」
力仕事でも、きつい仕事でも。何でもこいだ。頭を使う事は不得意だが、体力と運動神経には少しばかり自信がある。
そんな志真を、伊吹は何故か半眼で眺めた。
「言う人間によっては、健気で胸を打たれる台詞になりそうなんだがな」
「残念そうに言うな!」
「残念なのはお前の頭だ。この宿屋を救う方法なんて簡単だろ。俺達が出て行けばそれで済む話だろ」
「そんなの私だって分かってる!それもできれば避けたいから、困ってんじゃない」
「あれも嫌、これも嫌。本当に子供だな」
再び本に視線を戻して、伊吹は言う。呆れきった口調だった。事実ではあるのだが、そんな言い方されると反抗したくなる。
「だって」
「幼児的万能感。子供の頃は誰だって自分が何でも出来るって思ってる。でも普通はすぐに現実に気がつく。世界は自分が思っている通りになんて動かない。甘えんな」
伊吹の言葉はどこまでも厳しい。
志真だって、別に世界の全てが思い通りにいくなんて、思っていない。ただ、変だと思うことをそのままにしたくないだけだ。モクの不遇や、この宿屋の現状。そんなのおかしいって思うのに、諦めなくちゃいけないのだろうか。
そういうのが、大人の考えっていうやつなのか。
志真は俯き、ぎゅっと唇を噛んだ。
「心配しなくても、背に腹は変えられない。この宿屋が本格的にやばくなるようなら、向こうがこっちを追い出す筈だ。言語習得も進んでいるし、保護者が日本語習得者じゃなくてもそれ程問題無いだろうし。宿屋の心配より、自分の先行きを心配したほうが良い」
もしかしたらそれは、伊吹なりの気遣いから出た言葉なのかもしれない。遠まわしすぎる『気に病むな』という言葉にも聞こえなくもなかった。しかし、見当はずれも良い所だ。
「いっさんは、全然分かってない!」
この宿屋の人達を知らないのだ。来てまだ2日しか経っていない。殆ど関わっていないのだから当たり前だ。
「リアラさん達は、私達を追い出したりしないよ。宿屋にお客が全然来なくなっても、絶対」
「……その根拠は?」
「凄く優しくて良い人達だから!」
言い切ると、伊吹は心底呆れたような顔になった。
「お目出度い奴だな」
「だって、本当にそうなんだから仕方無いじゃん」
「倉廩 ( そうりん ) 実ちて 則 ( すなわ ) ち礼節を知り、衣食足りて則ち 栄辱 ( えいじょく ) を知る」
「はぁ?」
突然何か難しい事を言われた。日本語なのに、あまり分からなかった。礼節とか衣食とかくらいは分かったが。
「余裕の無い人間は、人に気を使う余裕も無い。第一に守るべきなのは家族だろ。その家族の中にお前は入ってない。確実に」
う、と志真は言葉に詰まる。
胸を抉られるような言葉だった。何故彼は、いつもいつもこういう酷いことを言うのだろう。
「自分がよそ者だって事を忘れるな」
何せ世界すら違う。
くそう。
容赦の無い言葉の暴力。
しかし志真はどちらかというと、凹むよりも。
「分かった。いっさんはそう思ってれば良い。でも私はリアラさん達の事信じる」
闘志に燃えるタイプだった。
「良いよもう、そうやってずっと一人で暗く閉じこもってれば!いっさんなんかに頼った私が馬鹿だった。宿屋の事は私が何とかする」
言い捨てて、志真は伊吹の部屋を出た。あんまり腹が立っていたので、思わず強くドアを閉めてしまった。
実際何も考えは無い。
只の勢いでの発言。しかし、絶対に何とかしようと言う気持ちだけはある。
そうだよ、だって何とかしなきゃ。
志真はまた家族を失うことになるのだ。




