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志真と宿屋の一大事 4

 結局、モクへの手紙は一行しか書けなかった。多分、激しく汚いんだろう、歪んだ文字で書かれたのは、元気ですか、大丈夫ですか、という二つの言葉。もっと色々、例えば……、

 この間は助けてくれてありがとう、モクが来てくれて本当に嬉しかった。でも、そのことでモクが捕まってるって今まで気がつかなくて、ごめん。本当に、ごめんね。私にできること、何か無いかな?何でも良い。何でもするから。

(………あれ、ちょっとなんか恥ずかしいかも) 

 伊吹やウィガーに協力してもらおうと、最初は考えていた。だが、よくよく考えてみたら、それはかなり恥ずかしい事ではないかと思えてくる。やっぱり、時間が掛かっても自分一人で書き上げた方がいいかもしれない。

 夜まではバイトの時間になるから、手紙を書くのはその後だ。


「よし、いっさん帰ろ!」

 身支度を整えた後、未だ座って本を読む伊吹に声をかける。その本の分厚さにます吃驚する。手作りっぽい辞書を手元に置いているとはいえ、あんなに字が細かいものをよく読もうという気になるものだ。

「先、帰れ。俺はもうちょっといる」

 本から視線を外さないまま、伊吹は言った。隣ではアルジャラーとこてつが居眠り中。ニトロは授業が終わるとさっさと帰っていった。ちょっと迷うが、志真に寄り道している時間は無い。

「分かった。じゃ、先帰るね」

 ひらひらと手を振ってみるが、反応なし。愛想のかけらも無い。志真はちょっと口を尖らせて、学校を後にした。


「ただいま!」

 いつものように裏口から入り、志真は調理場を覗いた。そこはいつも活気に満ち溢れていて、カオロンとミーチェの明るい笑顔がある筈なのだが。今日はしんと静まり返っていた。くつくつと鍋で野菜が煮える音が響く中、ラクトが静かに野菜を洗っている。

「あれ、ラクトさん、ひとり?」

 ちらり、と視線を寄越して、ラクトはこくりと頷いた。

「えーっと、どうして?カオロンさんと、ミーチェさんは?」

 ラクトは黙ったまま、人差し指を上に向けた。相変わらず無口!これは多分、上にいるっていう事だろうか。この上は確か、カオロン達の住居になっていた筈。

 しかし、この時間になっても調理場に下りてこないなんておかしい。いつもなら、とっくに料理の準備をしている頃だ。2人の内どちらかが休みという事はあっても、2人ともいないなんて今までなかった。

 気になる。

 本来なら部屋で着替えて手伝いに入るところだが。迷っているところへ、フィオーネが下りてきた。

「あ、シマ。帰ってたのね、お帰り」

「ただいま」

 心なしか、フィオーネも若干疲れているような。顔色もちょっと悪い。

「大丈夫?具合、悪い?」

「ああ、カオロンさんのこと聞いたのね?大丈夫よ。怪我って言ってもちょっと手首を捻っただけなの。念の為、安静にしてもらってるだけで。ミーチェさんも血圧が上がって、ちょっと眩暈がするようだから休んでいるけど、大丈夫」

「カオロンさん、怪我!?なんで!?」

「あ、あれ?聞いてなかった?」

 困ったように、フィオーネが苦笑する。

「だからね、暫く食堂の方はお休みすることになったの。宿泊しているお客様にだけ、食事を用意することにして。だから、シマも暫くは仕事をお休みして良いよ」

「でも」

「大丈夫。今は泊まりのお客様も10組だけだし、私たちだけで充分だから」

 じゃ、これからラクトを手伝うから、といそいそ調理場に入っていくフィオーネの様子は、明らかにおかしかった。

 何かちょっと、隠し事をされているような気がする。その上、微妙に避けられている、ような。何で!?朝は普通だったのに、その間に何かしただろうか。いくら考えても答えは出ない。カオロンの怪我、ミーチェが体調を崩したこと。そして、食堂を休業すること。

 とりあえず荷物をおいてこようと、部屋への階段を上りながら疑問を整理する。

 志真の部屋は4階の、1番上等な客室だ。4階には他に3つ部屋があるが、そこを利用する客は殆どいない。2階と3階にはそれぞれ4人部屋が5部屋と、2人部屋が10部屋用意されている。1階には2人部屋が6部屋と、ベッドのみの個室が6部屋。

 全部で、

(えーっと……45部屋あって)

 それでたったの10組って少なすぎないだろうか。前はもうちょっとお客さんがいた気がする。宿泊客が少ない時でもこのお店がやってこられたのは、食堂の料理が美味しかったから。その食堂が閉じてしまったら。

(大変、じゃない?)


 フィオーネの疲れたような顔を思い出して、志真は不安になった。


 この宿屋、やっていけるのだろうか。


 勿論、今日がたまたまお客さんが少ない日、というなら問題は無い。でも、妙に胸騒ぎがした。カオロンの怪我の原因や、ミーチェの血圧が上がった原因も知りたい。

(やっぱり、おかしいよ。朝まではあんなに元気だったのに)

 いてもたってもいられなくて、志真は部屋に鞄を投げ入れると、再び調理場へ急いだ。やっぱりちゃんと話を聞きたい。

 石頭のウィガーならともかく、フィオーネならちゃんと答えをくれる筈。

「フィオーネ!」

 勢い良くドアを開けた。だが、そこにフィオーネの姿は無かった。ラクトが1人、野菜をリズミカルに刻んでいる。

「あ、あれ…?フィオーネは?」

 ちらり、とラクトが視線を寄越す。何となく、デジャヴなやりとりだ。ラクトは人差し指を外へと向けた。出かけた、という事だろうか。

「あ、買い物、かな」

「………」

 じっと、黒い目が志真を見つめる。何だか気まずい。小柄で青みがかった肌と尖った耳が特徴的な青年は、いつも無表情で無口だ。未だにその心の機微は読めない。

 130cmに満たない小柄な体躯に錯覚してしまうが、相手は立派な成人男性。

 皆で一緒にいる時は良いが、こうして2人きりだと少し気まずい。何を話したら良いか分からなくて。

「あー、あの、邪魔、ごめんなさい」

 料理の邪魔をした事をとりあえず謝ると、ラクトは静かに首を横に振った。薄い唇が小さく開く。お、と思い見ていると。

「邪魔なのは俺も一緒だ」

 と、言った。思いの他、低い。でも透き通った声なのだ。


 ラクトが喋った!


 他の人と話すところを見た事は何度かあるが、自分にむかって喋ってくれたのは、今が初めてだった。目を丸くする志真に、ラクトは語りかける。

「姿が違う俺達のような少数民族を、嫌う人は多い。異世界人も同じだ」

「……うん」

「そのせいで、客が減る」

「……え!?」

 志真は凍りついた。まさか、この宿屋の客が少ないのって、自分たちのせいなのか?

 異世界人がいるから……?

 ラクトの目がイエスと言っている。言葉にしなくても、通じ合えたみたいだが、全く嬉しくない。内容的に。

「どうしよう」

 例えそうだとしても、志真には他に行くところがない。いや、リザレットが言っていたっけ。必要と理由があれば、保護者を変えることも出来る、と。

 その場合は、確か。


 ユーイ・ユーイのところだった筈。


「…………」

 どうしよう。本気で嫌なんだけど。でも、だからってこの宿屋に迷惑をかけるのも嫌だ。このまま客足が遠のいて、この宿屋が潰れてしまったら。


 駄目だ、そんなの!


 早急にどうにかしなくちゃいけない事が、また1つ増えた。

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