『どうぶつのおうち』七つの大罪〈暴食〉…………必要以上の食べ物を求めたり、食事のマナーを無視すること。
『どうぶつのおうち』の引っ越しは困難なものだった。
【加藤さん、エミューが弱っているので、様子を見てもらえませんか?】
LINEで髙田から送られてきた写真には、エミューの長い足がクロスしたように交差しており「X」のように見えた。悪魔の関与を知らせるためのサインだろう。このエミュー達は『ぶら〇途中下車の旅』テレビ出演もしたのだが、3羽いるうちの1羽が体調を崩しており、満足に食事が取れなくなってしまった。
加藤もエネルギーを注いだがそれでも良くなることは無く、日に日に痩せていく。
『どうぶつのおうち』に直接出向いたが、水鳥コーナーの真ん中で看病された、エミューはやせ細って骨と皮ばかりになっており、これから先回復する見込みはなさそうだった。その場にいる誰もが死期が近いことを悟っている。
「残念だけど、良く持ち堪えた方だよ。もうそろそろ楽にしてあげても良いんじゃないかな?」
加藤の言葉に、みんなが悲痛な表情を浮かべる。それに対して、エミューの表情は穏やかなものだった。スタッフみんなから見守られて静かに逝くことが出来る。他の子達と比べたら幸せな方だったのかもしれない。
ある日の夜、満月に「ウサギが餅をつく姿」のクレーターがやけに鮮明に浮かび上がっていたことがある。違和感のある光景で、何を意味しているのか疑問だったのだが、その日のうちにジャイアントコンチネンタルという大きなウサギが亡くなってしまったという報告が入った。
ウサギは元々骨が弱い動物なので、むやみに抱っこすることは危険なのだが、チェキが何度も繰り返したから体調を崩してしまった。スタッフ達がエネルギーを送ることによって、少しだけ元気を取り戻したがが、容態が急変して亡くなってしまったのだ。あの満月は〈死〉を知らせるサインだったのだろう。
また、ある時は、モルモットが気付かないうちに妊娠、出産して、赤ん坊を食べてしまったことがある。『子食い』自体はモルモットの習性の一つだが、グロテスクな光景に「サタンの仕業ではないか?」とスタッフ達が混乱してしまう。
例え、悪魔が関わっていなくても、「サタンの仕業かもしれない」という恐怖心自体が、悪魔本体を引き寄せることがある。幸い、髙田が他のスタッフ達に上手く説明してくれたので事なきを得た。
ある日の朝、マメルリハが内臓をえぐり出された状態で発見された。小さなカゴの中は血塗れになっており、生き残った方は返り血を浴びていた。こちらは完全に悪魔がやったとしか思えなかった。
動物達の被害が止まらない。理不尽な死に方をしていく。次は誰が死んでしまうのか予測も付かないので、常に緊張感が途絶えなかった。
ある日の夜、髙田が買ってきてくれたお土産のパンが水浸しで発見された。動物を殺傷する合間にも、こんな幼稚な悪戯をしてくるのかと驚いてしまう。悪魔にとっては、動物を殺すことも、食べ物に嫌がらせをして揶揄うことも、そこには大した差は無いのかも知れない。
…………ただ、悪戯に命を弄ばれていく。
…………ただ、身勝手に殺されていく。
…………ただ、動物達が死んでいく。
怒りを通り越して、虚しさを覚える。
以前チェキは「加藤達に金が無いなら、訴えることを取り下げる」などと宣っていたのだが、実際のところ、このままだと経営が成り立たなくなるのは目に見えていた。
この頃の加藤は首が回らなくなるという症状に悩まされていた。金が無いと、本当に首が回らなくなってくる。酷い肩凝りに悩まされているのも、責任の重さを表しているのだろう。
一か月前にせっかく受け取ったコーチング代も、あっという間に底を着いた。
本当は2017年内に引っ越す予定だったのだが、その予定が大幅に伸びてしまう。
今後起こりえる地震のことも考えると、出来るだけ早く、安全地帯に引っ越しした方が良いはずなのに。
しかし、引っ越し、移転費用が嵩むことを考慮するとなると厳しい状況ではある。
丁稚達だけで引っ越しすることを考えたが、素人仕事で更なるトラブルを引き起こす可能性もある。
銀行口座の預金残高を見て愕然となる。
元々、自己破産することさえ視野に入れている状態だった上に、度重なるトラブルによって、ついに限界を迎えようとしていた。
このままだと生徒達だけでなく、動物達を守ることだって出来なくなってしまう。餌代、光熱水費、家賃だけで、毎月の支払いが限界を遥かに超えているのだ。
これ以上は、もう、どうすればいいのか分からなかった。もう打つ手が無かった。完全に詰んでしまったのだ。
突然、降りて来たのだ。
「よし、分かった! 解決策が見つかったぞ!」
その言葉に周りの者が驚いているようだった。
加藤が廣瀬、土田、髙田を連れて車で神社に行く。
加藤は、三拍三礼をしてから、神頼みをしていたのだ。
「よし、これで、もう大丈夫! これからどんどん良くなっていくからね!」
「えっ? 本当にこれだけで、良いんですか?」
土田は、半信半疑で、目を丸くしていた。
廣瀬もやはり、信じられないようで、どう反応したら良いか困惑しているようだった。
その後、加藤達はガラガラの木箱を振って、おみくじを引いたのだが、四人全員が『凶』を引き当てるという、完全なシンクロニシティを起こしたのだ。四つの『凶』おみくじに、みんなは不安そうな顔をする。
「……えっと、『大吉』とかなら分かるんですけど、これでは、逆に良くないことが起きてしまうんじゃないですか?」
遠慮がちに聞いてくる廣瀬に、加藤は笑顔で答える。
「あまり知られていないけど、おみくじの『凶』には、『厄落とし』という意味があるんだよ。思った通りの展開になってきたな! まあ、これから先どうなるか、観ていくと良いよ!」
自信満々で話す加藤にも、周囲の者達は困惑しているだけだった。
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加藤の予言通り、その翌日からフクロウをはじめとした生体が次から次へと売れていくことになる。
空っぽになっていく『どうぶつのおうち』にスタッフ達は啞然とした。
「開店してから、今まで見たこともないような大繁盛ですよ。やっぱり、神社で神頼みをしたからですか?」
その場の全員が驚いているようだった。
「そうだよ。俺が出来ることを完全にやり切って、それでも駄目だったから、神が救いの手を差し伸べてくれたんだよ」
大量の鶏達を売りに出したのだが、こちらは髙田がネット通販に出したおかげで、あっという間に売れていった。
必要のなくなったケージやカゴなども転売サイトで貰い手が付いたし、糞などで汚れた木材は近場の銭湯に持ち込めば燃料として処分してくれたので、あまりお金を掛けずに店仕舞いをすることが出来た。
水鳥を購入したお客様もいたのだが、「この子達が離れ離れになってしまうと、寂しい思いをするだろう」という心遣いで、みんなで一緒にいられるようにと、まとめて購入してくれたのだ。
「すごいよね、水鳥達の心のことまで、考えてくれているなんて」
スタッフ達は何度も犯罪を目撃したせいで、「動物が虐待されるかもしれない」と疑心暗鬼状態になっていたのだが、この時期にきたお客様はほぼ全員が動物想いの優しい人達であるために安心して送り出すことができたのだ。
「ここは、『神の家』なのに、悪魔ばかりが集まったけど、最後の最後に良い人達に来てもらえてよかったよ。……でも、みんな居なくなってしまったから鬱になってしまいそうだけどね」
加藤は店内を見回す。思い返せば、店内は常に血塗られた歴史で彩られていた。『どうぶつのおうち』はさまざまな珍獣を取り扱っているために、本来なら大繁盛してもおかしくは無いはずなのに、最後の最後まで修行の場だった。
店内カウンターで残った缶ジュースは丁稚達で分け合っているようだった。
精神安定剤漬けになった千葉県にいた生徒が京都に引っ越すことが決まった。それも支援者達がわざわざ千葉県から京都市内まで付き添い、住まいとなるグループホームを一緒になって探してくれるという『奇跡』までもを引き起こしたのだ。『神の家』がここにある間なら、確実に地震が来ないと思っていたが、どうやら間に合ったらしくてホッとした。更には大学の学生食堂への就職も決まったらしい。
「でも、結局、『暴食』に該当するサイコパスは来なかったですよね? 私、いつ来るのかビクビクしていたんですけど……」
廣瀬の問いに、加藤は笑いながら返していた。
「それなんだけど、七つの大罪、最後の『暴食』は、俺自身のことだったんだよ」
「えっ、加藤さん本人だったんですか?」
「『暴食』とは、飯を大食いするという意味では無く、『貪る』という行為そのものを指していたんだよ。俺は大量の外車や、ブランド品の服を購入していたけど、使いもしないのに集め続けるということは、物を無駄にしてしまうことでもあるんだよ。以前、まゆみが服を破いた挙句、糞尿を撒き散らしたけど、そんな俺のことを注意するためにやってくれてたんだよ」
数年前、車に狂っていた頃は、新車を購入した瞬間から満足してしまい、その次は何を買おうかと考えを巡らせていたが、加藤の〈貪る〉という性質がそうさせていたのだ。
『七つの大罪』が定義された時代はインフラが整っておらず、使いもしない物を独り占めすることで、他者の命を脅かすことさえあったのだろう。
「それに、まゆみは無実だったんだよ。状況的におかしい部分も多いし、俺の憎悪があの子に向くように、悪魔が罪を被せたんだよ。つまりは冤罪だったんだ」
あれから調べてみたのだが、犬には「傷口を舐める」という性質があるらしい。もしかしたら、苦しむインコ達をどうにかしてあげようかと、必死になっていたのかもしれない。
悪魔がインコ達を殺し回った直後、タイミング悪くドアを開けた加藤に対して、パニックを起こしてしまい、「やられてたまるか!」と飛び掛かってきたのだろう。
加藤は何も知らなかったので、まゆみのことを憎んだが、これも全ては悪魔の策略。誰かを生贄にして濡れ衣を着せるのは、悪魔の常套手段であり、脳科学セミナーでの加藤バッシングもほぼ同じ流れだった。
まゆみの無実を聞かされた廣瀬は張り詰めていた気持ちが緩んだようだった。彼女も精神的に深いショックを受けており、自分の管理不足のせいだと罪悪感まで抱いていたのだ。
*
その日の晩、不思議なことが起きる。
白い紙に、青い文字で書かれたメッセージ。
筆記体のような、あるいは異国の言語なのかもわからなかったが、意味だけは伝わってくる。
______もうすぐお会い出来ますね。
まるで、愛の告白みたいだった。
これがルシファーによる接触なのは間違いが無かった。
この世とあの世には悪魔が入ってこれないように結界が張られており、力が強ければ強い程こちらに入ってくることが出来ない仕組みになっている。今現在こちらに来れるのは力の弱い悪魔だけ。しかし、『平成』の年号が切り替わるときに、その封印が解かれるのだという。
世界中が悪魔だらけになる。
それも、より力の強い悪魔がやってくるのだ。




