『どうぶつのおうち』七つの大罪〈傲慢〉…………自分が他者よりも優れていると思い込むこと。後編
夜の9時15分頃、加藤が閉店した『どうぶつのおうち』に行くと、スタッフ達はチェキがいなくなったことで混乱しており、彼女の欠番を埋めるために、残された者だけで働いていたので疲弊している。
加藤は事情を知っている髙田から事情聴取することにした。
「『私は動物を殺してしまう可哀想な女の子なのー!』という感覚だよね、セッションも無視してどこか行ってしまったんだよ。去り際にも瘴気を出しまくってたけど、あれは普通の人間が吸ったら死ぬからね」
加藤と髙田二人だけの会話に、周りの者は、混乱しているようだった。
「野田君、大丈夫、話に付いていけてる?」
「……チェキが仕事を辞めることになったけど、これから震災とか、戦争が迫って来ているし、そのために備えて、今まで一緒に働いてきたから、急に仕事を辞めて、急に居なくなって、は? 何がしたいの? っていう感じなんですけど……」
「アイツは裏で動物を殺しまくっていたんだよ。気付かなかったでしょ?」
チェキの本性はスタッフ達には隠してきたが、ここで打ち明けることにした。
「えっ?」
加藤の告白に、周りの者達は、明らかに動揺しているようだった。
野田もまた、信じられないという表情を浮かべていた。
加藤は思わず苦笑してしまう。
「……でも、チェキは動物が体調崩したら、ずっと面倒見てましたよ……? 前だって『迷子になったキンカジューが帰って来た時、事故で片腕が無くなっても気にしていないから、私達も頑張らないといけないよね』って話し合っていたんです……」
「うん、あれは全部演技だから」
野田は動物のお世話を教わってきたのもあり信じられないという顔をする。彼女は周囲の男性を誑かすことがあり、彼にも動物好きな自分をアピールして同情心を惹くつもりだったのだろう。
「……チェキ、いや、有田さんは、これからどうなるんですか? もしかしてだけど、このまま色んな人を殺してしまうんですか?」
「いや、そこまで、反社会的な人間だったら、俺も引き受けてはいなかったと思うよ」
野田は『サイコパス』という言葉からホラー映画のような殺人鬼をイメージしているようだが、実際のとことパッと見では普通の人間が多いのだ。
「俺もコーチングだから、相手にとっては受け入れがたいことを言うけど、アイツの場合、『責任を取りたくない』という性根が炸裂してああなったんだよ」
「えっ、でも、『責任を取りたくない』のに、動物を殺すって矛盾していませんか?」
野田の最もな指摘に苦笑してしまいそうになる。責任を取りたくない人間がわざわざ罪を犯すのも意味が分からない話だ。
「男の気を惹くためにやってる部分もあったよ。まあ、君らには理解できない感覚だけれど」
野田は愕然となる。やはり思い当たるフシがあるのだろう。チェキは異性と交える、ほんのちょっとしたネタに変えるためだけに動物を殺してしまう。それこそが本性だったのだ。
「加藤さん、サイコパスって結局何なんですか?」
「うーん……すごく簡単に言えば、良心が無いことかな。例えばなんだけど、君はここで小便しないよね?」
加藤は鳩がいるケージを指差して質問する。
「……まあ」
「でも、サイコパスだと、『えっ、なんでここでオシッコしちゃいけないんですか?』って聞いてくることかな。女の子だから、この例えはあんまり良くないけど」
その例えに誰もが驚いたような表情をした。
ネット上でもサイコパステストが転がっているが、あれもあながち嘘ではなく、『良心の有無』を基準にしたら特徴を捉えてはいる。共感性の欠如、感情の希薄さ、衝動性、反社会的行動傾向、そのどれもがチェキに当てはまる。
「……サイコパスというのは、一生変わることは無いんですか?」
「まあ、基本的には無理だろうね。俺みたいに、生きるか死ぬかの体験をしたら話は別なのだろうけど。最初は能面みたいな顔付きだったし、あれでも大分改善した方なんだよ。でも、心までもは育たなかったかぁ……」
急に虚しさが襲ってくる。
これでは死んでいった子達に顔向けできない。あれだけの犠牲を出しておきながら全てが無駄に終わってしまったのだ。
「俺は君達が守られる人になるために、生き残れるためにこれをやっていたんだよ、これからは世界がサタンまみれになっていくんだよ。でも、あんなことしてたら守られるはずがない……」
彼女にとってコーチング期間中は人に成れるのか悪魔のまま終わるのか、運命の分かれ道だったのだろう。しかし結局何も変われないままだった。あとはもう〈携挙〉されることもなく無残な最期を遂げるだけ……。
加藤は『どうぶつのおうち』店内を見回す。チェキのことを救おうとしたが結果的には動物にまで被害が及んでしまった。本来ならもっと早く見限るべきだった……。
「あいつの怨念が入ってくるから、店全体に〈結界〉を張ることにしたんだ。みんなでチェキの持ち物を全部探して、俺のところに持って来てくれるかな。持ち物を媒介として〈呪い〉が発動してしまう可能性があるからね」
加藤の言葉に皆が動き始めた。ハミガキグッズ、上着、クロックスサンダルなど、身に付けていたものには瘴気が乗っており、取り除くのに苦労する。
こうして、悪夢のような夜は過ぎ去っていった……。
✳︎
その後チェキは全てを放り出して実家へと帰ったらしいが、今も『どうぶつのおうち』に怨念をぶつけて来る。
そればかりか、こちらのことを裁判で訴えようとしていたのだという。こちらからカネをふんだくるつもりなのだろう。看護師と比べたら給料が低いことへの不満も感じられた。
「あれだけ、散々動物を殺しておいて、一体、何をどう訴えるつもりなんですか?」
髙田が呆れたような声を出す。
「まあ、こちらに金銭的な余裕が無いことが分かると、奪える物は何も無いからと、自ら取り下げたみたいだから大丈夫だよ」
チェキの言い分は身勝手だが、こちらにとって都合が良いのも事実だった。もし裁判に持ち込まれていたら、対応しきれず破産していた可能性もある。
「チェキはどうぶつのおうち公式アカウントに、『いいね!』やリツイートを繰り返しているんですよ。今もずっとこちらのことを監視しているみたいなんです」
『どうぶつのおうち』営業中も異変があり、アヒルが片足を怪我してびっこを引いていたのだ。動物達が左足を怪我するという現象が頻発していた。左側というのは『陰(受け取る)』を表している。
チェキは明らかに動物達を殺すつもりで、憎悪を向けて来ている。憑依した悪魔の力もあるのか、頭痛や目眩がしてきた。結界を張ることで外部からの攻撃は防げるのだが、彼女はスタッフとして店内にいたので悪意が入りやすい。
「……加藤さん、ベガの様子がおかしいんです、見てもらえませんか?」
ベガとはスフィンクスという種類の猫だった。先日、動物病院でレントゲン撮影をしたのだが、ベガはチェキの放った悪意により腸に穴が空いてしまっており下血していたのだ。
スフィンクスは体毛が無く、つるつるした皮膚だけなので寒さに弱く、全ての猫の中で「最弱」とまで言われている。ヒーターで身体を冷やさないようにしていたが、物理的な処置だけでは回復の見込みは薄く、本来ならとっくに死んでしまっていてもおかしくない。
加藤も様子を見るために、202号室に入ったが、床には血液の混じった下痢があちこちに付着していた。餌をまともに食べることも出来ず衰弱しており、息も絶え絶えで、元々細身だった身体は更に小さくなっていた。
「この子は、もう助からないんですよね……?」
弱りきってしまったベガに、廣瀬は悲観する。
「ほら、良いから、良いから、これから俺は奇跡を起こすんだから、ちょっとあっちに行ってて!」
加藤がせっかく治そうとしているのに、ネガティブな感情がそれを邪魔してしまうのはマズイ。
加藤には絶対に治せるという確信があった。チェキというマイナス要因を断ち切ることが出来たために、治療だけに専念することが出来るからチャンスでもある。
当初は、エーテル体から修復するように働き掛けていたが、これだけで蘇生するのは不可能なので、元々あった病気の身体を見限り、情報空間に新しい身体を創り出すという、言わば〈生まれ変わり〉に近い奥の手を使うことにした。
その後、ベガのことを動物病院に連れて行って、もう一度レントゲンを撮影することになったのだが、関係者達はみんな驚いてるようだった。
「本当に驚いたんですけど腸の穴が繋がっているんですよ。これは奇跡だとしか言いようがありません!」
医者達は医学上絶対にあり得ない事態に戸惑っているようだった。加藤は混乱を避けるため敢えて気功のことは説明しなかった。
退院後もベガの体調は安定しており、柔らかいキャットフードなら食べることが出来るようになっていたのだ。
元々、みんなで看病していたためか、ベガは人懐っこく、人間を見ると、喜んで頭をすり寄せてくる。
その場にいた誰もが「奇跡だ!」と繰り返すが、それでも加藤はまだ満足出来なかった。猫は人間と比べると身体が小さいために治療がやりやすい。人間の方が身体が大きく構造も複雑であり、多くのエネルギーが必要になる分だけ難易度も高い。これからの時代を生き残るためには、まだまだ蘇生力が足りていない。みんなが奇跡だと喜ぶ中で、ただ一人、加藤だけが満足していなかった。
いずれはこの近隣も地獄へ変わるはず。きっと、そう遠くない未来にそれが起きる。この頃は地震が頻発しているが、良くない兆候だろう。最近はペンデュラムによるフーチ占いで講演会を中止したこともあった。
大震災がいつ来るか分からないために、いよいよ『どうぶつのおうち』を閉店することになったのだ……。




