episode:Correct
王宮潜入調査から二日後。
珍しく青空の覗くヴィンリル王国、王都の繁華街にほど近い武器商店に、シュリは一人で向かっていた。
薄暗い路地の先から聞こえる人々の賑やかな声は遠い。彼は優しい日の当たる大通りを背にして歩き出した。
少し冷えた狭い道を辿ると見えてくる控えめな看板。まるで息を殺しているかのような店のドアを彼は叩いた。
入店のベルが鳴るのと同時に、室内から店主の応答が聞こえる。シュリは姿勢を正して挨拶した。
「お久しぶりです、ガトラさん」
「シュリム君! どうしたんすか、今日は一人?」
ヘーゼルブラウンの瞳を丸くして、青年は作業中だったであろう手を止める。頭のバンダナを外して腰を上げた。
子が急にやって来たことを謝罪すると、ガトラは快活そうに笑って首を振る。元気そうで良かったとも言ってくれた。
世辞でも客人を招き入れられる部屋ではないが、散らかったテーブルを片付けつつ彼は用件を尋ねた。
シュリの愛銃は彼の担当であり、監修や修理などはすべて彼が行っている。今回の訪問もそうだろうと見越していたが、少年は違うと否定した。
彼は躊躇いながらも声に出す。
「剣を作っていただきたいのです」
思いがけない申し出に男は瞠目する。僅かに間が空いてから素っ頓狂な声で聞き返したが、慌てた様子で悪気はないと言う。客の注文を蔑ろにするつもりではなく、純粋に驚いたのだと弁解した。
彼は、師であるヒュウに許可は取ったのかと問う。いくら処刑人とはいえシュリはまだ十三歳の子どもだ。玩具を買うのとは訳が違う。
少年は眉を八の字に下げてみせた。目を逸らして、既成事実を作ってしまおうと思っていたと零す。
滅多に見せない年相応の姿に、ガトラは頬を緩めた。
「真面目なきみの事だ、しっかり理由があるんすよね」
彼に優しい榛色が細められ、シュリは首肯する。自分を子ども扱いせず、一人の客として接してくれる店主には話そうと口を開いた。
前回の依頼で、銃では倒し切ることができない相手と戦闘になった話をする。弾丸が通らないことに焦り、窮地に追いやられたと。
しかし紆余曲折あって剣を使い、何とか駆除することができた。その時深く思ったのは、自分にはやはり刃が手に馴染むということだった。
銃を愛用していたのは、自身の体力的問題による事情からの他、剣が過去を思い出す要因として今まで避けてきたからだ。少年はそう言ったのちに打ち消す。
「ですが、それは甘えでしかありません。使えるものは使わなくては守りたい命も守れない、強くなりたいのです」
首元を飾るループタイの留め具を握り、苦しげに彼は言った。
真っ直ぐに訴えてくる瑠璃色に、ガトラは真剣な眼差しで応える。青年は膝を折って同じ目線になった。
「きみの気持ちは分かったっす。けど正しい選択なのかは俺にも分からない。だからシュリム君が“間違い”にしなければ、俺はそれでいいっす」
彼は一笑すると振り返り、店の地下にいるらしい妹へ声を掛けた。刃物類は妹の専門のようで、店主は腰を上げて少年の背を押す。彼女なら細々とした要望も受け入れてくれるはずだと言った。
シュリは一度、力強く返事をして頭を下げる。駆け足で去る彼の背を見送って、ガトラは密かに苦い思いを噛み潰した。
地下に続く階段を降りていくと、重々しい鉄の扉が待ち構えていた。
押し開いた先に、華奢な女が鈍色の並ぶ室内の中央にいる。ガトラの妹・シフォンだ。
彼女もまた明るい笑顔で迎え入れてくれた。
少年が先ほど話した内容を今一度説明すると、彼女は根掘り葉掘り尋ねることなく、すぐに作業しようと言う。
彼女の言われるがまま身長を測られ、数々の鉄のサンプルを持たされる。オーダーメイドの武器を作るのはシフォンの得意分野なのだ。
ペンでメモを取りながら、ふと、彼女は前触れなく言う。
「お兄ちゃんに何か言われたと思うけど気にしないでね。あの人、シュリムくんと自分を重ねちゃうんだ」
発言の意図をすぐには理解できなかった。だが咄嗟に返事をして、ゆっくり噛み砕く。
シュリはこの兄妹について特別詳しいわけではなかった。ただ、殺伐とした裏社会で生きるには眩しく思うほど明るい二人だから、自然に懐いてしまっていたらしい。
善を擬人化したかのような彼らが、なぜ汚れ仕事を為す者たちに従事しているのか。気にはなったが、詮索する勇気はなかった。
よし、という声に反応して顔を上げる。シフォンは栗色の髪を耳に掛けて微笑んだ。
「完成は再来月くらいになっちゃうけど大丈夫かな。お代もその時で」
「了解しました、よろしくお願いします」
少年は礼儀正しく会釈し、踵を返した。
幼い客人が去った後。
静かな店内で男女二人が顔を見合わせる。ガトラは不安げな目をして呟いた。
「あの子には、もう戦場しかないんだろうね」
周りを囲む武器たちが笑ったように見えた。




