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episode55

 幼い笑い声が聞こえる。

 あぁ、あの姉弟のものだ。ならばこの夢は、二十年前のものか。


 そう思ったマグダレンは、微睡みから目を覚ます。久しい回想と夢に大きく溜息を吐いた。

 子どもを大切に想う気持ちが芽生えたきっかけは、件の姉弟の存在だった。狐の少女を預かった理由も、自分の知識を分け与えるという行為も、彼らがいたからだった。


 始めは、普段通り食ってやろうとした覚えがある。だが森の番人に止められたせいで殺せなかった。

 何故セーゼが手を出さなかったのかは分からない。弟が人でなかったから姉も同類だと勘違いしたのだろうと思っていたが、そういう訳でもなさそうだった。

 今になって気づいたことだが、彼もしくは彼女が子どもを殺したところを見たことがない。何か理由があるだろうが、一端の鳥が神へ直接問うなど烏滸がましいこだ。


 それからというもの、勝手に出入りする子どもたちを見下ろすだけの日々が続いた。

 弟はあっという間に姉の身長を越し、少年の背格好になる。頭上の鹿の角は、歳にしては立派なものだった。


 いつの間にか、彼らの成長を楽しみにしている自分がいた。接触するつもりはない。ただ見守ることが日課になっていたのだ。

 しかし終わりは突如告げられる。

 前触れなく二人がやって来ることがなくなった。(はしゃ)ぎ声も聴こえなくなった。


 マグダレンはその日、生まれて初めて“寂しい”という感情を知ることになる。


 単に大きくなって外遊びをしなくなっただけだと思うようになった。人間も人外も成長は早い、当たり前のことだと暗示をかけた。

 もちろん現在に至るまで事実を知らずにいる。知らなくてよいと言い聞かせている。


 しかし、何度か姉の方の気配は感じていた。人間だから余計に分かるのだ。

 幼い頃から遊びに来ていたから、大人になったであろう今でも出入りしたとして、セーゼが殺しに来ることはない。


 また来てくれたのか、と羽ばたく。だが向かえど、姿を見ることはいつだって叶わなかった。


 今日も再び元気な姿を見たいと願うばかりだ。

 あの、陽に映える()()の少年と少女の姿を。


 *


「昨日ぶり、ひとの子」


 曇天の翌日。

 シンセ森にて待ち構えていたのは美少女似の番人だった。


 シュリは離れた場所で会釈をすると、彼もしくは彼女のいる大樹まで歩み寄った。森のざわめきが艶やかな黒髪を揺らす。

 師も途中まで一緒にいたが、彼は彼でマグダレンと話があるらしく別れた。


 大樹の周りには、冬眠から目覚めた小動物たちが駆け回っている。奥の木々の合間から人外たちがこちらを見ていた。

 構わず少年は、セーゼの元へとやって来る。


 昨日話された、森の名の由来となる人物とセーゼが、自分と同じ血筋を持つということについて、詳しく尋ねようと考えていた。

 神は、千年以上生きる人外だ。もし本当に王族の一人ならば大問題なのである。


 早速本題に切り出すシュリへ、神は凭れていた背を離す。


「シンセは間違いなく王家の子だった。けど、わたしはわからない。あの子がそう言っていたからそうだと思ってるだけ」


 なんとも曖昧な返答に、子は思わず眉を顰める。しかしセーゼは相変わらず無感情で、素知らぬ顔をしてみせた。

 ひとまずシュリは名だけの人物について訊く。


「私が元第一王子であることは正しいですが、シンセやセーゼという方の名前は家系図でも資料にも残っていませんでした。本当に王族なのですか」

「わたしの名はシンセが付けた。あと、シンセは愛称」


 ワンテンポ遅れた返答内容に、少しばかり子は不快そうな面をする。番人は気にすることなく続けた。


 シンセの本名は、シルセルネ・ハーヴレイト・ルナイスだと。


 瞬間、全身に雷のような衝撃が駆け抜けていく。

 シュリは目を見開き、息をするのも忘れてしまった。


 ハーヴレイトとは、王族の分家の一つであり公爵だ。この事については、以前駆除した蛇の人外の話題が直近だろう。彼、アムゼンクルスは滅亡した中世貴族・オラベル家の生き残りとして古い屋敷に住んでいた。

 あの時も頭を殴られたかと錯覚してしまうほど驚いたが、今回はそれの比ではない。


「ルナイス……? まさか、ルナイス公爵家?」


 少年は瑠璃色の双眸を惑わせ、口元に手を添える。動揺しているのは説明せずとも分かる反応だった。


 ルナイスはハーヴレイトよりも王家に近い血筋を持つ、この国の二番手とも言える大貴族だ。最近は許嫁として娘を差し出すことが多く、貴族の中で最も力を持つ家系である。

 そのような高貴で身近な家だのに、元王子であるシュリ、否、ハーレンが娘の名前を知らないとは只事ではない。いくら大昔のことだとしても、君主教育の際に学ぶはずだろう。加えて愛称だとはいえ、本名を聞いても覚えのない名だった。


 存在しない人間か、はたまた神の作り話か。

 セーゼは無を貼り付けた美しい面で言う。


「じゃあ、昔話に付き合ってもらうよ」

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