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3.カタラの実家

さらに街道を進むこと十数日が経った。カタラ曰く、アルマズの家に近づいてきたらしい。

この間、数組の商人や冒険者達とすれ違っただけで、珍しく新たなモンスターと出会わなかった。

これだけ、立派な森林地帯ならば、ゴブリンやホブゴブリンと頻繁に遭遇してもおかしくないのだが、まぁ面倒が無いだけ良しとしようか。多分強力なモンスターのテリトリーが近くに有るのかもしれない。

「まもなく、家に着きます」

カタラが急に街道を外れ、細い獣道に入った。これは、家の場所への道を聞いていても見落とす。どこも同じ様に見える。

森林地帯を抜け、樹々の中に岩場が紛れ込む様になり、樹々と岩の割合が半々程になっていった。こうなると何処が道なのか判断がつかない。全ての分岐が道に見えてくる。カタラの案内がなければたどり着けないな。一人でアルマズの家に向かわなかったのは正解だった。

しみじみと周囲を見渡す。ここがカタラの故郷なのか。

巨岩や奇岩が目立ち、開けた場所には大木が伸びている場所だ。この風景を例える言葉が思いつかない。そして、褒め言葉が出て来ない。正直な感想は殺風景だ。

しかし、人としては、カタラの故郷を褒めてやるべきなのだろうが、褒め処が見つからない。

緑が岩に映えて綺麗だと言えなくもないが、岩が邪魔をして斑模様になっているとも言える。

逆に奇岩を褒めようかとも思うが、目につくところにゴロゴロ転がっており、名所の様にこれが名物ですと言う物が無い。他に褒めるべき川や湖の様な物も見当たらない。

こういう場合は、定番のあれしかないか。

「カタラ、ここは静かで落ち着く所だな」

何もない場所を褒めるには、静けさしかない。先人達も古来よりこれで乗り切ってきたはずだ。

「はい、そうです。近くに川もありませんから、とても静かです。心が落ち着きます」

少しカタラの頬が赤く染まる。故郷を褒められ嬉しかった様だ。先人達よ、ありがとう。貴方達は間違っていなかった。

「これって、見る物が無っ…、危ないな。ミューレ、石を投げるな。当たったら怪我をするだろう」

ウォンが、私が全力で投げた石を器用に後ろ手に掴み、道端に投げ捨てる。

ウォンに背後から石を投げても当たる訳が無い。怪我する訳が無かろう。それよりも石が来る気配でなく、空気を読め。

「ミューレ、どうしたのですか。突然、ウォンに石を投げつけるなんて危険です。ウォンの言う通り怪我を致します」

「近くに蜂が飛んでいたので、打ち据えただけだ」

「そうでしたか。確かに蜂が多いですから気をつけて下さい。しかし、いきなり石を投げるのは感心致しません。ウォンならば警告だけで問題無いはずです。それに蜂とは言え、殺生をするのは止めましょう」

「そうだ、そうだ。怪我したらどうするんだ~」

カタラがこちらを向いている事を良い事にウォンが舌をベロベロ出し、挑発してくる。

久しぶりに再会して、大人びた様に感じたが気のせいだった様だ。外見だけ歳を重ね、内面は昔のままだ。やれやれ、…後で殺す。

「あの岩山の裏に私の家があります。父様はお元気でしょうか。少し心配です」

カタラがドラゴンの形に似た砦程の大きさの奇岩を指差す。残り徒歩三十分くらいだろうか。

カタラはアルマズの事を心配しているが、私は全く心配をしていない。奴は絶対にカタラよりも長生きをする。奴の身のこなしを見ていれば、ただの人間とは思えない。必ず、裏の正体があるはずだ。しかし、それを知る事は、どうも私の生命の危機に繋がる様な気がする。

ゆえに好奇心はあるが、あえて詮索はしないことにしている。世の中には知らなくて良い事の方が多い。知れば当事者になり、余計な事に巻き込まれてしまうものだ。私は、自由に冒険がしたいのだ。

などと、考え事をしている内にカタラの家に着いた。

両羽を広げたドラゴンの様な奇岩の足元に、丸太で組まれた平屋建てのログハウスが建っている。

まるでドラゴンに守られているかの様に見える。逆に穿った見方をすれば、襲われている様にも見える。ま、そんな風に考えるのは、ひねくれ者の私位だろう。

「おお!家がドラゴンに襲われている様だな」

前言撤回、私と同じ様に見える人間が目の前に居た。思っていても声に出すんじゃない。

「違います。ドラゴンが家を守護しているのです。ウォン、その様に悲しい見方をすると世界が暗くなります。前向きに生きましょう」

カタラがウォンへ軽く注意をする。どうやら、カタラ自身も過去に襲われている様に見えたことがある様だ。そうでなければ、一言の注意で済むはずが無い。

「そうだぞ、ウォン。家を守っている様にしか見えないじゃないか」

ここで、常識人アピールをしておく。ただでさえ、冷血のミューレという通り名が付けられている。少しは、まともな精神の持ち主である事を思い出してもらおう。

「プププ。ミューレ、絶対に俺と同じ様に思っただろう。いまさら常識人ぶっても無駄だぞ。カタラを見てみろ。こめかみに指を当てているぞ」

カタラが食事中に石でも噛んだかの様な表情でこちらを見ている。今さら、二人の評価を変えることは無理か。ならば、話題を変えるだけだ。

「カタラ、アルマズが待っているぞ」

その一言でカタラの表情が満面の笑顔に変わり、玄関へ足取りも軽く駆け寄っていった。


ログハウスの中は、玄関を抜けるとすぐに居間となっており、レンガ造りの暖炉が据え付けられている。さすがに気候も良くなり、暖炉に火は入っていない。

居間の中央に丸テーブルが一つ置かれ、取り囲むように背もたれの付いた木の椅子が六脚置かれている。奥には厨房か居室にでもつながる廊下が見えている。

丸テーブルに座るアルマズの姿は、以前と何も変わっていない。老人ともなると外見的変化は乏しいのかもしれない。さて、おつむの方は以前通りならば良いのだが、ボケていないだろうか。

カタラがアルマズの隣に座り、私とウォンはアルマズの対面に腰掛ける。

目の前のテーブルには、カタラが入れてくれた紅茶が湯気を立てている。

「アルマズさん、お久しぶりです。御健壮で何よりです」

「お嬢ちゃん、世辞はよいよい。で、皆の衆、一年間の修行はどうじゃった。何か掴めたのかのう」

アルマズが、顎を撫でながら目を細め、三人を値踏みする様に見つめる。やはり、眼力が尋常じゃない。あのウォンが、見竦められた瞬間にピクリと身体が反応する。

ウォンのアルマズへの苦手意識は、まだ消えていないのか。それとも、想像通りウォンを超える実力者なのだろうか。

「いえ、私は何も。やはり一年は一瞬でした」

ここは正直に答えておこう。嘘をついても仕方ない。それにアルマズが聞いているのは、技術や体術の事では無いだろう。

「俺も修行の成果は無いな。特に変わりなしだ」

ウォンも答えるが、纏っている気配が去年とは違う。重みを増していると言ったら良いだろうか。

「私は、教会で皆様が喜ぶ顔をたくさん見る事が出来ました。教会から何か賞を頂き、ピンバッジを襟元に付ける様に言われ、恥ずかしいです。要りませんとお断りをしたのですが、幹部の方々に懇願され、仕方なく付けております。一体何の賞でしょうか」

カタラが赤面しつつ俯く。確かに去年はなかったピンバッジが襟元に付いている。何かの赤い花をモチーフにしている様だが、何の花かは分からないし、私には関係の無い物だな。

「そうかそうか、教会から表彰されたか。さすが、わが娘じゃのう」

アルマズがカタラの頭をやさしく撫でる。カタラもうれしそうに撫でられるままにされている。

カタラさん、人間族は五十代が平均寿命ですよ~。十代で結婚するのが普通ですよ~。もう二十代後半の行き遅れですよ~。ファザコンから卒業しましょうね。声に出すとアルマズの怒りを買いそうなので、心の中に留めておく。

さて、早速本題に入ろうか。


「お預けしている魔導書の写本ですが、何か成果はありましたか。と言うよりも写本は無事でしょうか」

紅茶を啜りながら、アルマズに確認する。ほう、この紅茶は、良い葉を使っているな。家の造りといい、アルマズは富裕層に属する様だ。

「安心せい、お嬢ちゃん。ちゃんと暖炉の上に乗っておるじゃろう」

アルマズが指を差す方向を確認すると、暖炉の上に立てられている何冊かの本の中に確かに私の写本もあった。どうやら、売り飛ばされずに済んだ様だ。まずは一安心か。

「ちなみに成果ならあったのう。解読済みじゃ。儂には、この魔法は使えんが教えることはできるのう。覚えていくかいのう。それともスクロールだけで良いかのう」

スクロールは、そのまま使えば魔法を一度だけ発動させることが出来るが、発動させると消滅してしまう。また、魔法の教科書も兼ねている。何故か教科書として使用してしまうと、魔法の発動は出来なくなるが、消滅することは無い。原因は未だに魔法ギルドでも不明だそうだ。

スクロールには、手順、所作、触媒や呪文も書かれており、自習することもできるが、地力での習得には時間がかかる。

どこかで、解釈を間違えれば発動しないこともあり、その場合は、また一から勉強し直す事になる。その代わり、自習中も自由に冒険に出ることが出来、行動を制限されない。

直接手ほどきを受けた場合、早く間違いなく習得できるのは確かだ。アルマズの家に数日か一ヶ月か分からないが、習得するまで泊まり込み、冒険に出られなくなることがデメリットかな。

私としては、二人に急ぎの用事が無いのであれば、アルマズの師事の元で魔法の習得をしたい。早く新魔法を覚えたいものだ。さて、二人の予定は、どうなのだろうか。

「ミューレ、教えて貰えばいいんじゃないか。俺も親父さんに聞きたい、違うな。鍛えて貰いたいと思っていた。それにカタラも久しぶりの里帰りだろ。ゆっくりしようぜ。冒険の予定も無いしな」

ウォンに先手を取られたか。しかし、ウォンが師事されたいと言い出すとは珍しい。普段は、他の者から剣術指南を依頼されるばかりだ。ウォンから頭を下げるとは、剣術もアルマズは得意なのだろうか。そうでなければ、ウォンが特訓したいなど言い出すわけがない。このエセ賢者は、一体何者だろうか。正体を知りたいが、絶対に踏み込んではいけない領域だ。その領域には絶対に踏み込むなと、本能が訴えかけてくる。本能には従うのが生き残りの鉄則だ。ここは本能に従い、声に出そうとした質問を飲み込み、違う言葉を何とか絞り出す。

「ウォンがそう言ってくれると私は嬉しい。カタラも良いのか」

「はい、問題ありません。逆に私からお願いしたいくらいです」

カタラが満面の笑みで答える。余程、アルマズと一緒に居られることが嬉しいらしい。

「ならば、アルマズさん。魔法の指導をよろしくお願い致します」

「じゃ、俺も。先生、稽古をつけて頂けますか」

私とウォンが、アルマズに弟子入りを申し込むことになるとは、思っていなかった。

やはり、このパーティーは面白い。予想外の事が良く起きる。

「まぁ、いいじゃろう。一人面倒を見るのも二人見るのも手間は一緒じゃ。それにカタラが世話になっている様じゃし、断るわけにもいかんのう。これが、只の他人ならば、家にすら上げんのじゃが。準備もあるし、お嬢ちゃんは、準備ができるまで休んでおれ。兄ちゃんは、明日から始めようかのう。カタラ、客間を準備してやってくれるかのう」

「はい、父様。客間を掃除して参ります」

カタラが軽い足取りで奥の廊下へと進んで行く。

さて、アルマズの修行はどの様なものだろうか。カタラを見ていると苛烈で過酷な訓練では無さそうだ。もしもその様な訓練で育てられたのであれば、親に対しあの様な柔らかい物腰で対応は出来ないだろう。

さて、新魔法はどの様な物だろうか。期待と興奮が止まらない。

補助魔法では無く、攻撃魔法が良いな。そんなことを考えつつ、その日はゆったりと過ごした。

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