22.真の依頼
二週間後、王城に私だけが呼ばれ王の執務室に居た。もちろん、ミューレでは無くエータの姿でだ。
王の執務室は、狭く簡素な造りだった。ここの王が元戦士という事もあり、実用主義者なのだろうとここに呼ばれる度に思う。はて、ここに来るのは何度目だっただろうか。十回は、超えているだろう。
執務室に置かれている応接セットのソファーに座り、出された紅茶を味わいながら王が来るのを待つ。私の正面のソファーの向こう側には輜重隊の中隊長が直立不動にて立っている。
中隊長は、本来の制服を着込んでいる。こいつの正体は、憲兵軍軍団長だ。輜重隊として随行していたが、身分を全員に偽っていた。正体を知っていたのは、私と最後に行動を共にした十名の小隊員だけだ。多分、輜重隊を食事係くらいにしか考えていないルネス君達も、こいつの正体は知らないというか、気にもしていないだろう。
ルネス君がもう少し使える奴ならば、私にこんな面倒な仕事は回って来なかっただろうに。
扉がノックされ、外から声が聞こえてきた。
「マインドルド・キャシュタル四世陛下、御入室されます」
外に立っている衛兵が声を張り上げ、扉を開ける。そこには、狡猾そうな恰幅の良い老人とゼルス内務大臣が立っていた。
軍団長は即座に敬礼をし、その姿勢のまま留まる。教本通りの申し分の無い敬礼だ。
私は立ち上がり、二人がソファーに座るのを待ってから座り直す。軍団長も着席と同時に直立不動に戻る。
狡猾そうな老人は、動きやすい質素な服でまとめている。装飾品の類も身に着けていない。
逆にゼルス内務大臣の方が贅沢に見えるが、普通の貴族に比べれば十分に質素な装いであることは知っている。
老人は、相変わらず好色な目で私の身体を足元から頭頂部まで何度も視線で舐めまわす。
この爺が王でなければ、今頃殴り倒している。思わず、右の拳を力強く握りしめてしまう。
「王よ。その辺りでご容赦を。でなければ、私共に止める術がございません」
軍団長が私の怒りが頂点に達しようとするのを察し、王を諌める。
「ふむ、軍団長がそう言うならば止めておこう。殺気がワシの身体をすり抜け若返るかの様な錯覚を楽しんでおったのだが」
「王よ。そんなに殺気がお気に召したのであれば、仕合いでも致しましょうか。手加減無し。ルール無用にて相手しますが」
この好色爺、毎度毎度、同じことを挨拶代りにさせる。いい加減に止めろ。
「王は、置いておいてエータ本題に入るぞ。この度は苦労を掛けた。
さて、このたびドラゴン襲来事件だが、やはり人災であった。ルネス隊を皆殺しにし、パトロンである私を失脚させる計画だった。
ブルードラゴンの巣を襲撃、王都へ誘導、途中でルネス隊と激突、そして全滅の予定だそうだ。その後、ルネス隊によって弱体化したドラゴンを新しく用意した勇者隊にて撃破し、弱い者を勇者として祭り上げた責任者である私を失脚させるつもりだったそうだ」
ゼルスが今回判明した裏の事情を説明してくれる。
「私やあの冒険者二人が居なければ、成功率は高そうだったな」
「確かにエータの言う通り、ルネス隊は弱い。ようやく上級冒険者の入口に立ったところだろう。エータが来てくれたことに心から感謝する」
「しかし、会食のナプキンに指令書を入れておくとは…。
反逆の兆しあり。
調査されたし。
詳細は中隊長。
短すぎませんか」
たった三行の短いメモ。これで今の疑惑を調査しろというのは、さすがに無茶がある。
中隊長こと軍団長の説明もシンプルだった。
――人為的にドラゴンをけしかけた者が居る。捕縛する。――
これだけだ。私が中隊長こと軍団長と面識があった為に、状況を察した。
出来る事と言えば、御者台から容疑者を探すしかない。外部と連絡を取ろうとする者。隊列から離脱する者。逆に隊列に合流する者。そういった怪しい動きをする者を片っ端から探した。そう言った目で見るとある一団が目に入った。極力、目立たぬ様に行動をしていたが、逆にそれが仇となった。冒険者ギルドで集められた人間は、目立つ働きをしてこそ報酬が増える。それと逆の行動を取る人間は、冒険者では無い。明らかに今回の事件の関係者だ。
それを軍団長に伝えると輜重隊に混じっていた憲兵軍の部下による監視が始まった。
証拠も集まった為、ドラゴン戦後に安全地帯に固まっていた容疑者共を逮捕した。
「だが、エータは無事に反逆者共を一網打尽にしてくれた。お陰で首謀者の貴族、あぁ名前は忘れたな。まぁ、こんな馬鹿を考える小物も捕え、この国の平穏は保たれた。この王からもお礼を言わせてもらおう」
王が右手を差し出してくる。こちらも握るしかない。仕方なく握手をする。瞬間、体中に悪寒が走る。王の指が蜘蛛の様に私の手を撫で回し始める。
にこやかに笑顔で手を握りつぶす。だが、王も元戦士、同じく笑顔で力一杯握り返してくる。
「年寄りの冷や水ではありませんか」
「何の何の。これでも毎日剣の稽古は欠かしておらん」
お互いの拳の骨がメキメキと音が鳴り始める。この爺、相変わらず強力だな。手が痛くなってきた。
「王もエータも止めい。仲良しは分かったから、毎度同じことをするな。私が疲れる」
ゼルスの一声で力比べが終わる。
「今回も水入りか。勝負がつかんな。面白くないのう」
「王もお遊びが過ぎます。もう少し貫禄をつけて下さい」
「貫禄で統治が出来れば、ワシも楽だ。たまの息抜き位許せ。ゼルスよ」
おや、今日はゼルスの様子がおかしい。肩を震わせ、顔が紅潮してきている。普段ならば、これでこの話は終わりなのだが。
「親父殿、たまの息抜きですと。では、昨日後宮に入れた十六歳の少女は何ですか。私が知らないとでも。これで二十三人目ですよ。いくら何でも側室が多すぎます。普段から倹約しているとはいえ、これでは税の無駄遣いです。いい加減にして下さい。私はこれ以上兄弟の顔と名前を覚える自信はありません」
「いや、待て。それは正当な理由があるのだ。街で両親が居ない娘を見つけ、不憫だったため連れて来たのだ」
「では、孤児院にお連れ下さい。後宮に連れてくる理由はありません」
「いや、その、好みじゃったし、孤児院と後宮どちらが良いか聞いたら後宮って…」
「当たり前です。孤児院で質素に暮らすのと、後宮で贅沢に暮らすのでは後宮しか選択肢はありません。質問が間違っています。二度と後宮に人を増やさないで下さい」
「分かった。極力そうしよう」
「親父殿!極力ではありません。絶対です!」
ようやく親子喧嘩が終わった様だ。軍団長も涼しい顔で立っている。日常茶飯事なのだろう。
ゼルスが何番目か知らないが、王の側室の子供だ。実力は継承者の中で最も優秀だが、王の継承順位ではかなり下位だ。ゆえに王の子供である事実をほとんどの者が知らない。
しかし、ゼルスを狙うという事は、王族を狙うという事であり、大逆に当たる。今回の首謀者は、自分が知らない内に大逆罪を犯していたわけだ。
そうでなければ、憲兵軍の軍団長が直接現場に出向く訳が無い。
まだ、ゼルスの小言が続く。王にここまでハッキリと物事を言える人間は、王城内ではゼルスと軍団長と私だけだろう。
やれやれ、純粋にミューレとしてドラゴンと戦いたかったのが、心残りだ。次にドラゴン等という大物に何時で会えるだろうか。
結局、新魔法も実戦で試せなかった。気持ちの良い冒険をしたいな。さて、褒美は何を貰おうか。国王だったら、バスタードソードを持っているだろうか。そうだと、嬉しいのだが。
まだまだ続いているゼルスの小言を子守唄に眠り始めた。
第二部いかがでしたでしょうか。
ここまで、お読みいただき感謝申し上げます。
ウォンやカタラの活躍がなく、少し毛色の違う小説となりました。
薄々お気づきの方もおられるかもしれませんが、某テーブルトークのリプレイの良いとこ取りをしたものです。ですから、ブラッド・フィースト団のキャラはすべて実在致します。
プレイヤーの許可を得て、小説化致しました。
ですから、ネタとしてはまだまだあるはずなのですが、プレイをしたのが遥か昔。記憶があやふやです。
少し、記憶を掘り起し、ご要望があれば、第三部を執筆したいと思います。
作者の自己満足におつきあい頂き誠にありがとうございます。
次回は、違うジャンルをと考えておりますが、いつ仕上がることでしょうか。
もし、その時はご笑読頂ければ幸いに存じます。




