20.本戦開始
「ヌオーーーーーーー!」
ウォンの雄叫びが広場にこだまする。近接戦の開始だ。視界も晴れ、焦れたウォンが突撃をしたのだろう。
石壁から姿を現し、ドラゴンを見ると私の罠が効果的に発動した様だ。水色の鱗は、煤けて灰色になり、柔らかい腹部には重度の火傷を負っている。さらに固い鱗を追撃の光弾が弾き飛ばし、皮膚が何か所か露出している。よし、これで弱点が出来た。そこを重点的に攻めれば活路が見い出せるだろう。
『分身現出』
私の周囲に四体の分身が出現する。攻撃を受けた場合に、ダメージを分身が肩代わりしてくれる。防具を着けていない私には、必須の魔法だ。
ようやく、ルネス隊も正気に戻った様だ。四人でドラゴンの一匹に取り付く。
これで、ルネス隊とブラッド・フィースト団で分担する形になった。
ウォンは、一人でブルードラゴンと大立ち回りを演じているが、押され気味だ。噛まれ、引き裂かれ、尾で叩き潰される。しかし、すかさずカタラの回復魔法が飛び五体満足に戻るため、五分五分の戦いということになるだろうか。いや、ドラゴンへ確実に一太刀を浴びせ続けている分、優勢と言えるかもしれない。
一方、ルネス隊は、完全に劣勢だ。駄目だな。全滅するのは時間の問題だ。実力差が有り過ぎる。ウォン達と共闘する予定だったが、ここは私が加勢すべきは、ルネス隊だな。予定変更だ。
『風刃断裂』
ドラゴンは大きい。ルネス隊の四人が取り付いても狙い放題だ。私の手元から見えない圧縮空気の直径一m程の無数の鎌が三十メートル程走り抜け、途中のドラゴンを切り刻む。
鱗のある部分は、鎌を弾き飛ばされる。だが、先の罠で負傷したところには空気の鎌が、深々と筋肉を抉っていき、血しぶきを飛ばす。だが、表面的に肉を削るだけでは倒せない。内臓を破壊せねば。となると、やはり『火炎爆裂』による傷の深い腹部を狙うべきだな。
ルネス隊の面々が、ドラゴンの正面に固まり、ようやく連携攻撃を行い始めた。本来は、ドラゴンブレスや魔法を全員が同時に喰らう事を考えて、四方からの攻撃が常套手段なのだが、一人で攻撃と防御を賄えない実力ならば、攻撃係と防御係に分かれるのも一つの手だ。
ミドル級のドラゴン相手に何か喚きながら、一人で暴れているウォンが異常なのだ。どうも、私の一般常識は、ウォンのせいで狂ってきている様だ。
と、呑気に考えている内に魔力を練り終わる。
『氷筍刺突』
ドラゴンの下腹部へ目がけ、地面を割り一本の巨大な円錐形の氷が刺し貫こうとする。しかし、腹が柔らかいといっても背中等と比較してだ。腹でも十分な硬度を持っている為、氷筍は打ち砕かれ、砕かれた氷が光に煌めきながら、霧散していく。
だが、貫けなくとも巨大な質量に腹を殴られたのだ。一時的にドラゴンの動きが止まり、その瞬間、ルネス隊が一斉に斬撃を入れていく。
ふむ、これならば、他のメンバーを巻き込むことは無いな。では、どこまで耐えるかな。
ベールの下で思わず、顔がにやけてしまう。さぁ、実験といこうではないか。
『氷筍刺突』
二発目は、特に変化なし。
『氷筍刺突』
三発目も変化なしか。中々この実験、もとい戦術は有効な様だ。ドラゴンブレスや魔法を使おうとブレスを溜めたり、魔力を練っても衝撃で意識が拡散し、ドラゴンブレスや魔法が打てない様だ。ルネス隊の邪魔にもならず、逆にルネス隊へ被害も与えず、丁度良い援護になっている。
四発目、変化なし。
五発目、変化なし。
六発目、ついに変化だ。鱗の下で腹が内出血を起こし始めた様で鬱血している。さすがに何度も同じ場所を岩を砕く力で叩き続けられれば、固い鱗は無事でも内臓に負担はかかるだろう。予測通りだ。
七発、八発、九発と休まず打ち込んでいく。
『氷筍刺突』
十発目でついに氷筍が鱗を剥し、腹を突いた。ドラゴンが痛みで叫び、予測不能な動きでのたうつ。その動きに戦士のベースが巻き込まれ、遠くまで吹き飛ばされ、ピクリとも動かない。どうやら、脳震盪か衝撃による失神でもしたようだ。慌てて、僧侶のプーチが救護に駆け寄っていく。
だが、攻撃は浅い。氷筍の先端数十センチしか刺さっていない。全長十メートルはあるドラゴンにすれば、剣先が皮膚と脂肪を越えて筋肉に触れた程度だろう。痛いだろうが軽傷だ。
まだまだ、追い打ちが必要だな。私の魔力は、全く消費していない。さらに氷筍を撃ち込む。下からの打撃で空に逃げるタイミングもつかめない様だ。羽ばたこうとしても下から突き上げられる為に、バランスを崩し地面から逃れることが出来ない様だ。
こんな楽なドラゴン狩りは初めてだ。生物最強を冠するドラゴンがこの程度で良いのか。もっと苦戦を強いられると思っていたのだが。
『氷筍刺突』
休まずに氷筍を撃ち込む。ほぼ条件反射の領域に達してきた。ルネス隊の動きを読み、タイミングを合わせて撃ち込む。確実にルネス隊のドラゴンは、狩れる。
さて、ウォンはどうしているかな。
『氷筍刺突』
とりあえず、ドラゴンに隙が有ったので撃ち込む。
ウォンの方のドラゴンを見ると無残な姿を晒している。完全に流れをこちら側に変えていた。
片羽は斬り落とされ、左前足も筋を斬られたのかダランと力なく垂らしている。全身には、深い斬り傷が縦横無尽に走り、ドラゴンの足元に大きな血溜が出来ている。こちらもまもなく勝負がつきそうだ。
ブレスの傾向が見えた瞬間にウォンがドラゴンの喉を強打し、呼吸を乱している。あれではブレスも魔法も放てないだろう。
ウォン自身は無傷だ。返り血すら浴びていない。最初の熱狂は、どこにいったのか冷静に敵の攻撃を捌き、反撃している。どうやらウォンにとって、血肉躍る敵では無かった様だ。
淡々と攻撃を受け流し、急所を的確に突いていく。
カタラも見守るばかりで、援護に入る必要が無くなった状況の様だ。
結局、ウォン一人でミドル級のドラゴンを相手にしているのと変わらない。
それを言うならば、私も似たようなものか。ルネス隊がドラゴンの正面で攻防を繰り広げているが、一言で言えば茶番劇だ。有効打も無ければ、私の援護にもなっていない。正直、ルネス隊に下がってもらった方が、魔法の制約が解け、もっと強烈な範囲魔法を打ち込み、戦闘を終了できたかな。
かといって、邪魔だから撤退しろとは、さすがに勇者に言えるわけがない。これが勇者に課せられた仕事であり、今は私もその勇者であるルネス隊の一員だ。
ブルードラゴンからの威圧感も無くなり、周囲の人間も正気に戻り始めた様だ。そこかしこから、気絶していた気配が正気に戻っていくのを感じる。そして、目が覚めた奴らが一番に目にしたのが、一騎打ちでドラゴンを圧倒する戦士。この存在は、インパクトが大きい。
周囲からウォンへの驚きと称賛の声が上がる。強者は自然と褒め称えられるものだ。そして、自分達が恐怖していたドラゴンの弱さへの落胆の声が意外に大きい。それ程、ドラゴンへ脅威を感じていたのだろう。
さて、ルネス隊は大奮戦しているのだが、ウォンが周囲の耳目を集めてしまった。
ウォンにルネス隊を持ち上げる事を言い含めるのを忘れていた私が悪い。まさか、ミドル級のドラゴンが弱く感じるとは、露ほど考えなかった。ブラックドラゴンの時の様に血塗れになり、血反吐を吐き、全身創痍で苦戦すると想定していた。アルマズの修行が、ここまで私達の底力を上げているとは思ってもいなかった。いや、修行内容を思い出すのは止めよう。思い出しただけで、疲労し吐き気を催してきそうだ。
しかし、この状況は不味い。不味すぎる。ルネス隊が活躍しなければならないのだ。
ウォンが圧勝してはならない。何で、しょうもない事に頭を悩ませなければならない。
大声でウォンに勝つなと叫んでも逆効果だ。はてさて、どうしたものか。
もちろん、この間にもドラゴンへ十数発の氷筍を機械的に撃ち込んでいる。すでに氷筍が腹を突き破り、内臓を掻き回し始めている。だが、こちらは周囲から私の攻撃は、勇者への援護攻撃に見られているので、問題ない。失神していたベースもプーチに回復魔法を掛けられ、戦線に復帰し戦っている。こちら側は、間違いなくルネス隊の活躍で話がつく。
こちら側の決着をつけた後に、ウォン側のドラゴンをルネス隊が狩っても手柄の横取りにしか見えないだろう。おかげでルネス隊のドラゴンにも止めを刺せない。微妙に急所を外し、死なない様に魔法を撃ち込み続けている。
困ったな。勇者とか勇士とか知名度は嫌いなのだ。足枷にしかならない。
ここでウォンが有名になってしまったら、今後の冒険でミューレも有名になってしまう。
そうすると自由に旅が出来ない。それは避けたい。
いっその事、ここに居る全員を消してしまうか。しかし、一人でも仕損じると悪い事実が流れてしまう。現実的ではないな。
ナルディアの隕石落としの魔法でも私が使えれば、間違いなく皆殺しを選択している。あの魔法であれば、この採石場跡をまるごと吹き飛ばすことが出来る。生き残りが出る恐れは無い。その後に石壁で囲み、炎の精霊に後片付けをさせれば、確実だろう。
ここには、百人程の命を奪おうと感得ているのに全く罪悪感がないな。やれやれ、冷血と呼ばれる訳だ。
ならば、石壁を展開して逃げ場を無くし、目撃者を消すか。それならば実行可能だな。問題となるのは、カタラが全力で邪魔をしてくる事だろう。カタラの実力になると睡眠や金縛りの魔法は効果が無いだろう。カタラにも効果がある体の自由を奪う上級魔法となると石化の魔法だが、これは実は危険な魔法だったりする。石化後に身体のどこかにひびが入ったり、折れたりすれば、石化解除後にダメージが残る。手足どころか、首が折れたら致命傷だ。仲間には、石化の魔法は使えない。
もう少し、別の手を考えよう。
ちょっと、気分転換にドラゴンへ氷筍を二発同時に叩き込む。ドラゴンが強烈な痛みに天へ向かって叫ぶ。
おっと、やり過ぎたか。これでは、死んでしまう。しばらく、魔法は抑え目でいこう。
それとも霧で隠してしまうか。
そうか、難しく考えすぎていた。別に事実を捻じ曲げる必要は無い。真実を捻じ曲げれば良いのだ。人は、見たいものしか見ない。それが事実と違っても、求める真実に捻じ曲げてしまうものだ。




