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小さな魔女と魔王の本体


 気が付くと黒い部屋にいた。

 暗いのではない、周囲はすべて黒いのに光はあるのだ。 その証拠に見下ろせば自分の身体はちゃんと見えている。 数歩進んでみると、石の床の上を歩いているような音がした。

 「ここって……あれ?」

 隣にいたはずのアザートスの姿がない、「アザートス?」と名を呼んでみると「……ここだ」と頭の上から声が響いた。

 慌てて見上げ「……あ……!?」という驚きの声を漏らしたのは、そこにあったのが漆黒の球体だったからである。 大きさはソフトボールくらいか、一見すると水晶玉にも見える。

 「……あんたがアザートスなんだぁ……」

 「そうだ、これが私の本体という事だ」

 次の瞬間に、「……意外に驚かないのだな?」という背後からの声に振り返れば、そこにはヒトの姿のアザートスの姿。

 「まーね」

 もっとロボットめいた姿を想像していたので意外だったと言えばそうなのだが、こうして目の前に存在するのだから受け入れるだけである。

 「……って言うか、どっち見て話せばいいのよ?」

 本体と分身体を交互に見ながら言うのに、「こっちで構わん」と分身体が答えた。

 「とにかくだ、この姿を見れば私がお前達と同じ生き物でない事は容易に分かるだろう?」

 「そーね、流石にそう思うわ」

 自分の世界でさえ、まだまだ知らないものだらけなのだから異世界ならもっと知らないものだらけで当然だと思う。

 「私を創った者が何を目的としていたのかは分からん。 だが、そう創られたならそういう風に行動する……そういうものであろう?」

 「だからってヒトに迷惑かけるのもどーなのよ?」

 漫画の中のロボットめいたものと思えばその理屈は分かっても、やはりそう言わずにはいられないのは、ちゃんと物事を考える頭はあるように見えるからだ。

 「力を受け取った者達は迷惑とは思っていないだろう? 寧ろそいつらが迷惑をかけてるのではないかな?」

 「う~~~! それを言われちゃとさぁ~~」

 悪いのは魔王ではなくニンゲンの方だとは分かっているが、そいつらを一人一人ぶっとばして説得していくのも不可能だから、結局はアザートスの行為を止めさせるしかないのである。

 しかし、あんたのしてる事は悪い事だから止めろとも言えない。

 「……いや、どうあれ私のしている事が原因には違いないのだから、私を破壊すれば一応の解決はするのだぞ?」

 頭を抱えて唸る少女を見かねてついそんな事を言っていたアザートスは。もちろん馬鹿な事を言ったという自覚はあった。

 「それじゃダメだよ、ヒト殺しで解決なんてさ!」

 「ヒトじゃなくてモノだと言っているだろう?」

 この期に及んでまだ自分を”ヒト”扱いする少女は流石に愚かだと思う。

 「違うよ、あんたは”ヒト”だよ。 なんかさ、感情とか心とか……そーいうのがあると思うの。 だから、あんたにはちゃんと命があるのよ、きっとさ」

 「訳が分からんぞ……?」

 アザートスもそれなりの数の人間を見てきたが、このエターナという少女はそのどれとも違い対処に困った。 武力に訴えるのは簡単だが、それはしないつもりで招いた以上は、相手から攻撃されない限りは手を出すつもりはない。

 また、本体の傍で迂闊に攻撃してエターナル・ソードを使われるのも危険という自己防衛の為でもあるが。

 「とにかくさ! どーすりゃあんたはヒトに力をあげるのを止めてくれるのよ?」

 「どうすればと言われてもな……」

 止める時がくるとしたら自らが破壊されるか人間が一人残らず絶滅した時だと思っている。 

 「だいたい、お前は力が欲しくないのか?」

 「……へ?」

 「自分の望みを叶えるため、もっと力がほしいと願った事がないのかと聞いている」

 「……あるけどさぁ……」

 祖母であるせつなの死の際などまさにそうだった、そんな力があるなら欲しいと望んだのは、偽らりのない本当の想いである。 また、その力を行使するのに誰かが迷惑すると分かっていても使わないでいられるかは分からなかった。

 「そういうものなのだ。 おそらく私はそんな連中の望みを叶えるために創られたのであろう……」

 その場合、次元を越える能力は何らかの不可抗力だったのかも知れないが、そんな事は問題ではない。

 「故に私が力を与えるのを止めるという事はだ、私自身の存在を否定するという事なのだ。 そんな事は出来んさ」

 そう言うとエターナに右手を差し出した。

 「お前が望むのはどんな力だ? 誰にも負けない圧倒的な強さか? それともすべてを救える魔法を行使する魔力か?」

 エターナはしばらく差し出された手を見つめていたが、やがて首を横に振った。

 「どっちもいらないよ、アザートス。 あたしはししょー達みたいに強くないし、誰かを助けられる魔法もたいして使えない……」

 少女の少し沈んだ顔は、自分の無力さを知る者のそれだと分かる。 だが、それでも力を拒否するのはアザートスには分からない。

 「だから、きっとまだあたしはししょー達に、大人のヒトの力を借りなきゃダメだと思う……」

 アザートスの目をしっかりと見つめて言うエターナ。

 「ならば何故だ?」

 「あんたに力を貰ってもさ、あたし自身がちゃんとした大人になれるわけじゃないと思うの……てか、そーゆーのってズルだしさ」

 トキハ達大人は、長い時間をいろんな経験をして今のトキハ達があるのだと思う。 仮に魔法で彼女らに匹敵する力を手に入れても決して同じ域にまで達するとは思えない。

 自分では手に負えない事に誰かの力を借りる事と安易に力を授かるのは、どちらも他者の力をアテにするという事では同じなのかも知れない。 それでも何かが違うはずだ、もっともそれが何なのかははっきりとは分からない。

 「ほう? ならば、お前が力を欲した時に私が力を与えると言っていたらどうしていた?」

 まるでエターナを試しているかのような表情のアザートスの問いに、少女はしばし考え込む。

 「……そうだね、もしかしたら……ううん、絶対に誘いに乗っちゃったと思う」

 せつなを助けるためなら、きっとズルだろうが悪い事だろうがしていただろう。 あの時はそれくらい切羽詰まっていたようの思う。 正しいとか悪いとかそういう理屈など二の次だろう。

 そこまで考えた直後に、「……あっ!」と声を上げた。

 「…………?」

 せつなを助けるという目的は正しい、しかしその為に力を貰うのはズルである。

 そして自分は今、おばーちゃんを助ける為なら”ズルも仕方ない”と考えてしまっていた。 何故なら他に選択肢が、少なくとも自分にはないのだから。

 いや、ズルをしたくないからせつなを見捨てるというのも選択肢ではあろうが、エターナはそれだけは絶対に選べないと思えた。 つまりは悪い事と分かっていてもしなければならない時があり、それが”仕方ない”時なのかも知れない。

 誰かを殺したくなくてもそうするしかない、そんな時がどうしてもあるのだろう。

 でも、それは決して正しい事ではないはずだとも思う……いや、正しいと思ってはいけないのだ。

 アストがアザートスを倒して命を奪うのは”仕方のない事”だと思うが、それを”正しい”と思ってしまえば他の手段を捜すのを止めてしまう。 次に別の魔王が現れたとしたら、やはり命を奪うという手段で解決しようとなってしまい、それがずっと繰り返されるはずだ。

 だが”仕方なくやった行為”が間違っていると思えば、次は別の手段で解決しようと考えられる。 そもそもそういう事態にならない方法だってあるかも知れないのだ。

 正義の勇者が悪の魔王を倒すのは仕方ない事であっても、物語の結末にあるような人々に称えられるようなものであってはいけない。 寧ろ勇者や人々は反省し、次に魔王が現れた時に彼らと戦いヒト殺しという間違った手段を取らないように考えなければいけないのだ。

 これまで胸の中でモヤモヤしていたものが急激に消えていくのを感じたエターナは、アザートスの分身体に向かって満足そうな笑顔を見せた。

 「な、なんだ?」

 いきなり考え込んだと思ったら今度は笑顔になる少女に不気味さを覚えながらも、アザートスは彼女が言葉を発するのを待つ。

 「アザートス、あんたはこのありがた迷惑な行為をどうしても止められないの?」

 「……無論だ、さっきも言ったがそれが私が創られ存在する意味なのだからな」

 続いて「止めたくば私を破壊する以外にはない」と言ったその声は、本体からのものだった。

 「む~~? 出来ればそーゆーのは避けたいんだけどさ?」

 「だから無理だと言っているだろう? 何度言えば分かる?」

 すると「そっか~~」と再び考え込み始める魔女の少女であった。

  

 

 残されたアストとアルフィーナはしばらく一言もしゃべらずにいたが、「エターナって、どうしてここまで出来るんでしょうか?」とアストが口を開く。

 「どういうこと?」

 「だってエターナにとってはここは他人の世界なんですよね? そんな世界の魔王の命をここまで気にするっていうのが……」

 自分だったらいかに人殺しを嫌だと思ってもここまでは出来ないだろう、良し悪しは別にしてもだ。

 「そうね、ちょっと異常にも思えるけど……」

 しかし……とも思う、相容れなければ殺してもそれは正義であるという考え方も果たして正常なのだろうかともアルフィーナには思えた。 目的が正しければ手段も同時に正義であるというのはおかしいようにも思えてきた。

 「それに魔王自体は悪じゃない……そういう風に考えるなんてエターナがいなければしていなかった……」

 人間に害を為すなら悪という単純で解りやすい理屈である、だがその悪の側にだって事情はあるし人間の側に非がないわけでもないのだ。

 それに正義の勇者や英雄というアストも憧れを抱く存在も、同時に悪の殺人者であるという事もだ。 人間じゃないからいいという問題ではない、正義や人を救うという建前の元にヒトの命を奪うという犯罪を犯す。

 「でもね……仕方ない事があるのも事実なのよ、アスト君……」

 「はい、アザートスを倒すのは仕方ない事です。 でもそれは奴が悪なんじゃない、僕達人間が愚かなのが悪なんです……それは忘れてはいけないと思います」

 意志の強さを持った瞳で自分を見つめる少年の言葉に、アルフィーナは「そうね……」と頷いた。

 

 エターナの思考は「……まあ、いい」というアザートスのため息交じりの声に中断された。

 「ほへ?」

 「どうあれ私は勇者に負けていたのだ、今回もまたしばらく手を引いてやろう」

 あの時エターナが止めなければ分身体は確実に滅んでいたであろう事は認めるしかない。

 「それに、そうでもしないとお前はずっと考え続けるだろう?」

 エターナが当然のように「まーね」と答えたのにまた溜息を吐く、この少女が言うと冗談で適当を言っている風には聞こえないのが、気のせいではないだろうと分かってしまったからである。

 「はっきり言ってそれも迷惑なのでな、それでお前がこの世界から去ってくれるのであれば今回は私の方が妥協してやろう」

 「む~~~~?」

 根本的な解決になるとも思えないが、解決を急いで間違った手段を取るよりはずっといいように思う。 細かい事をうじうじ考えるよりは行動をというのが性分ではあるが、この場合はじっくりと時間をかけて答えを出した方がいいと思う。

 そして、その答えを出すのは自分ではなくアストやアルフィーナ、それにアザートスらこの世界の当事者なのだともだ。

 「そだね、あたしはいいよ? でもアストやアルフィーナにも聞いてみないとさ」

 「ふむ? それも当然か……」

 分身体のアザートスが頷きかけるのと「……でさ」とエターナが続けるのはほぼ同時だった。

 「ん?」

 「二人がいいって言ったらさ、あんたもちゃんと考えてよ。 あんたとアスト達が喧嘩しないで済むような、あんたの力の使い方をさー」

 「…………」

 どこまでも妙な事を言う少女だ、そもそも力を与えた人間が勝手に暴れているだけだというのに自分の力の使い方も何もないだろうと思う一方で、確かに力の使い方など考えた事もなかったとも認めた。

 創造主がどんな目的で自分を創ったのかは分からないが、無意味な混乱を世の中にもたらすためにとも考えにくい。 何故ならニンゲンは自分達が得をするためにモノを創るのであるから、少なくとも創造主には得がある事をするために与えられた能力のはずだ。

 何も答えない分身体を不満そうな顔で見ながら「どーせ、暇なんでしょう?」と更に言うのに、アザートスは思わず吹き出してしまった。 

 「なによ~~!?」

 ムッとなるエターナに「ふふふふ……すまんすまん」と謝ると、愉快気な表情のまま言った。

 大昔、この世界で最初に接触し力を与えた人間から”魔王”などと呼ばれ、能力を”魔法”と称された時を思い出す。 その理由は今となっては不明だが、その時の分身体の姿は、人間のイメージする神のそれとは程遠かったようには思う。

 それから永い時を魔王として過ごしてきたが、力を得る事を望むでもなく邪悪な魔王として敵対しようとするでもない人間は初めてだ。 そんな少女の言葉だからこそ、暇つぶし程度に考えてみてもいいかも知れないと思ったのかも知れない。

 だから、こう答えた。

 「そうだな……どうせ暇なのだしな?」

 

 

 

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