魔王は何者?
「何者とは……妙な事を聞くな?」
片腕失くしてもまったく痛そうな表情をしないアザートスは数歩後ろに下がりアストとの距離を取った。
「そうよ、今更どうして?」
アルフィーナが咎めるような口調で言えば、アストも「そうだよ!」と同意するが、エターナは悪びれた様子も見せない。
「だって気になるじゃん? それに正体が分かれば、ひょっとしたら命まで奪わないで済む方法もあるかも知れないでしょう?」
二人を説得するかのように言ってからアザートスを見やるその蒼い瞳は真剣そのもので、冗談という風には見えない。
「そんなものあるはずもない」
「それは、あたしが判断するの! 分かんないんじゃ判断のしようもないじゃん!」
馬鹿にした風に言われて多少ムッとした顔で言い返す銀髪の少女の顔をしばし値踏みするように見つめていたアザートスは、やがて溜息を吐くと今度はアストを見た。
その表情から「お前はどうするんだ?」と言っているのだろうとは分かる。
「……僕だって気にならないわけじゃないけど……」
戦いに水を差されて怒りもしたい気分だが、その一方でエターナならそう考えるのが納得も出来ていた。 敵であっても命を奪わずに済む方法を模索するのを最後まで止めない、そんな女の子なのだろう。
「まあ、私もアザートスを滅ぼさずに済む方法なんてあるとは思わないけど……正体を知るのは大事ね……本人が正直に答える気があるなら……ね?」
エターナ程お人好しな事は考えないが、今目の前にいるアザートスが偽物……とまでは言わなくとも、分身体のようなものかもという考えが過ったのだ。 この男が分身で本体が別にあるなら、過去に倒してもまた姿を現せたのにも合点がいくというものである。
「……まったく変な奴だ、敵なんて問答無用で倒せば良かろう?」
「ぶっとばすとこまではいいけどさ、死んじゃったら取返しつかないんだよ?」
ケガなら治るし自分が間違っていたなら謝る事も出来る、相手が生きてさえいればだ。
少女の真面目な表情に、好戦的な部類の性格だがそれも命を奪わない範囲という明確な線引きをしているようである、やはり変な娘だと感じた。
「……やれやれ、いいだろう」
次の瞬間に床に転がっていた魔王の右腕が黒い煙上になり、それが彼の元へと吸い寄せられ、そして再び右腕の形を成したのにアスト達はギョッと目を見開いた。
「これくらいの芸当はな……」
ことなげに言ってのけたのに魔王は不死身なのかという疑いが頭を過ったアストだったが、どうあれ過去に倒しているのだからまったくダメージになっていないという事もないだろうと考える。
感覚を確かめるように掌を開いたり閉じたりを数回繰り返してから、「さて、私が何者かという話だった?」と確認してくるのに、「うん、そうよ」とエターナ。
アストは攻撃を仕掛けようとする様子はないが剣は持ったままエターナの隣に立ち、彼らの少し後ろのアルフィーナも油断なく険しい顔で魔王を睨んでいる。
「……さっきも言ったが私は何者かに創られた存在だ、確かに”生き物”という範疇ではないだろうな。 まあ、だったら何なのだと言われても困るのだが」
「何よ、それ……?」
不満そうなエターナに「分からないものは仕方ないだろう」と苦笑いを浮かべるのは人間のそれとまったく変わらず、生き物でないと言われてもどうにもピンとこないアスト。
「分かっているのは、私は他者に力を与える能力と次元を超える能力があるって事だけだった。 だから試しに能力を使いやって来たこのセカイで自分の能力を使っていたというだけの話だ」
何ともテキトーで行き当たりばったりな発想ねという感想を抱いた直後に、エターナはある疑問を思い付く。
「……あれ? そーいやさ、何であんたは自分が”創られた”って思うの?」
何らかの理由ではぐれたとか捨てられたとかで両親がちゃんといる可能性だってあるはずである。
そう言ってみると、アザートスはキョトンとなった後に「くくくく、はははは!」と笑いだしたので、「何がおかしいのよ!」とㇺッとなるエターナ。
「この姿を見て言っているのであろうが……このニンゲンの様な姿は分身体に過ぎんのだよ、少女よ」
愉快そうに言ったその言葉にアルフィーナは驚く、予測の範囲内だが、まさかこんな簡単に言うとは思ってもいなかったのだ。
「分身体って……じゃあ、ご先祖様が倒したのも?」
「そういう事だ勇者の少年よ。 この分身体が滅んでも本体がある限りは私は消滅したりはせんさ……まあ、負けたには違いないから、しばらく手を休めて眠りについてはいたが」
アザートスなりのケジメである、創造神の力を借りたとはいえ自分に勝った相手の健闘を称えたというのもあった。
アストとアルフィーナは愕然となった、それが真実なら本体を見つけない限り魔王を倒す事は不可能なのだから。 だがエターナは納得したような表情で「そーゆーことかー」と呟いた。
「何がそういう事なのだ?」
「うん? だってやっぱり死んじゃったヒトが生き返るわけないもんね」
やはり失われた命は二度と戻ってはこないのだ、異世界であってもそんな魔法は存在しないのだ。 だから、やはりどんな悪人であっても無闇に命を奪ってはいけないのだろうと思えた。
「本当に変な奴だな……そもそも私は”ヒト”ではなく”モノ”だぞ?」
「……へ?」
「どういう事だ?」
創られたモノという言葉にアストが連想したのはホムンクルスのような人口生命体だった。 もちろん、それも真偽も定かでない伝承レベルのものではあるが、生き物ではあるだろうと思っていた。
「どういう事も何もな……私はお前のいうような命を持つ者ではないという事だ」
どういう意味だと考えてみて、エターナが思い付いたのはロボットだった。 ただし実在する工業用ロボットではなく、アニメや漫画に登場する巨大ロボットや自立した思考を持つヒューマン・タイプのロボットだった。
だから「あんたってロボットなの?」と言ってみたが、アザートスには「ロボット?」と怪訝な顔で返された。
「ロボットって何ですか? アルフィーナ様?」
「えっと……私も聞いた事ないけど……あの子の世界のものなのでしょう」
エターナが「う~~? どう説明したらいいかなぁ~?」と唸っているのも見ながら、こんな事をしていても埒が開かないなと思い始めるアザートス。 そもそもこの少女の疑問が解消されたからどうなるというものでもない。
だが明確な敵意を見せている相手や、確実に敵になると予測される相手でなければ実力行使に出る発想もないのが彼なのだ。
「ふむ……お前が私の姿を見た方が早いか」
「……ほへ?」
唐突に予想外過ぎる事を言いだしたのに、エターナだけでなくアストもアルフィーナも驚きに目を見開いた。
「ただし、お前だけだ少女よ。 明確な敵を我が本体に近づける程に馬鹿でもないのでな?」
当然アストとアルフィーナは危険だと反対するが、当の小さな魔女は「まーいいけどさ」と、実際友達の招きでも受けたかのように言ったのだ。
「エターナちゃん、分かっているの!? 相手は魔王なのよ? 罠かも知れないのよ!」
「そうだよっ!!」
二人が言うのは分からないわけではない、それでもエターナにはアザートスがそこまで姑息な真似をするように思えない。 直感的に感じるのもあるが、そんな事をする理由もないと思うのだ。
アザートスは本体が死なない限りは死なないのだからだろうか、この戦いも必要以上に勝ちに拘っている風にも感じられないのだ。 だから「大丈夫だよ、多分ね」と笑ってみせた。
アルフィーナはそんな少女に呆れる一方で、アザートスの本体の場所を行ってもらい少しでも情報を得るのも悪い手ではないという打算的な考えもしていた。 もちろん彼女とて自分の巻き込んだ少女を危険に晒したくはないが、本人が望むならそれは自己責任の範疇だとは思う。
「……仕方ないわね」
「アルフィーナ様?」
アストの驚きの声にかぶさる形で「ただし!」と続ける。
「まさかエターナに武器を持たずに……とは言わないわよねアザートス?」
アザートスが「まさか、そこまでは言わんさ」と苦笑すると、今度はエターナの顔をじっと見つめた。
「エターナちゃん、行くのは止めないけど……ひとつだけ約束をして」
「ん? 何?」
「もしも危ないと感じたら迷わずに剣を、エターナル・ソードの力を使いなさい」
予想通りに迷いの表情を見せる少女の頭に優しく手を触れさせた。
「心配しないで、あなたがエターナル・ソードを使うかも知れないなら魔王だって迂闊に手を出しにくくなるからね?」
この言葉は嘘ではないが、それでもこの小さな魔女がアザートス本体を倒してくれる事を期待していないでもなかった。 当人の言う通りに創られたモノであれば人殺しでもないから彼女が罪の意識を感じる事もないはずだ。
エターナはすぐには返答せずにじっとアルフィーナの瞳を見つめてきた、一点の曇りもない少女の蒼い瞳が、自分の心を見透かしているように感じられて居心地の悪さを覚える。
「……分かったわ。 まーそんな事にはならないと思うけどねー」
アルフィーナがギョッとなった時には、エターナは彼女に背を向けて歩き出していた。
「アルフィーナ様……」
アストはまだエターナを止める言葉を探していたが思い付かない、それにアルフィーナも認めた以上は一人反対し続けても仕方ないとも思う。 だから「気を付けてね、エターナ」とありきたりの言葉しか口に出来なかった。
「うん! 大丈夫だよ?」
アザートスの前に立ったエターナは、一度振り返りそう言うと再び魔王である男を見上げた。 その表情からは多少の緊張はあっても、不安や恐怖といったものは見られない。
「本当にいいのだな?」
「もちろん! あんたが何者なのか、ちゃんとこの目で見るわよ」
少女のこの度胸はたいしたものだと認めながら右手を差し出し「ならば我が手に触れるがいい」と言うと、エターナは躊躇することなく自分の右手を伸ばしアザートスの掌に触れさせた。
直後、そこから黒い闇が発生し一瞬にして魔王と少女の身体を包んだ。
そしてその闇が消え去った後には、彼らの姿もそこにはなかった。




