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カミあわないフタり  作者: 木下秋
over flow
7/30

operation “over flow” (5)

 心臓の音がうるさく、ヤツに聞こえてしまうかと思うくらいだった。俺は右手で口を押さえ、静かに、深く呼吸をするよう心がける。革靴の底が玄関に落ちる音がして、足音が廊下の上を滑るように遠ざかっていった。


 神経を右耳に集中させて音を聞いていた。湯川はリビングにいる。俺は部屋を見回すも、書斎には隠れるところが無かった。玄関を開ければ音でヤツにバレる。どこかに隠れなければならない。……まるで泥棒の気分だ。


 ……ん? 泥棒なのか? ……いや、元々悪いのはアイツだ。アイツのせいで俺は今こんな目にあっている。……しかし、ヤツの家に忍び込んでいるのは事実。でもヤツの家から盗み出すのはヤツが俺から奪った俺の携帯だ。……義賊だ。そう、義賊。


 扉を開け、閉める音がした。洗面台かトイレだ。俺は恐る恐る顔を出す。ーートイレに入った。片手に靴を持ったままの俺は廊下を渡り、寝室に入った。(ベッドの下……)。覗き込むも、そこには収納スペースがあって隠れる場所は無い。ーートイレットペーパーを引くガラガラという音がする。俺は壁一面を使ったクローゼットを見た。開けると、グレーや黒のスーツ、コート。


 覚悟を決め、ハンガーにかかったそれらをかき分け、中に潜り込んだ。内側から扉を閉める。ヤツの臭いが肺を満たし、死にたくなる。靴を、靴底が表を向くようにして置き、俺は座り込んだ。そして携帯電話を取り出すと、通話は繋がりっぱなしになっていた。



「……もしもし」


『もしもし、君か。今どこにいる』


「ヤツの寝室のクローゼットの中だ」


『それはベタだな。ホラー映画だったら悪いことが起きる前兆だ』


「ふざけてる場合か! ……これからどうしたらいい」


『ヤツの生活パターンがわからない。風呂に入っている間に部屋を出るのがベストだがーー』


「外の音が全く聞こえない」


『衣類に囲まれ、クローゼットと寝室の扉を二枚挟んでいるからだろう。とにかく待て』


「待つって……何を」


『タイミングをだ。湯川が眠るのを待て』



 気が遠のく心持ちだった。今現在時刻は二十時過ぎ。ヤツが眠るのは何時になるのか……俺、トイレ行きたくなったらどうすればいい?



『とにかく我慢だ。耐えるんだ』



 どうしようも無い状況、早稲田の言う通りだった。俺は何も言う気になれず電話を切ると、体育座りをして脱力し、目を瞑った。



 ーーここまでする必要あったのだろうか。俺は思った。虐められていた磯村を見ていられなかったし、仲の良かった田村や松田が誰かを虐めるのも見たくなかった。だから俺は誰に嫌われようと構わず動いたんだ。理性的に。昔みたいに(・・・・・)、感情的にならず、暴力に頼らず、誰も傷付けずに誰も傷付かないようにしたかった。でもダメだった。田村達は言っても聞かず、磯村も怖れから動けずにいた。担任教師の湯川ですら見て見ぬふりをした。結局俺には何も出来ない……そう思っていた所に声をかけてきたのが早稲田だった。ヤツは証拠を抑える事を助言した。担任教師でダメなら次はその上の校長に。ヤツの言う事は正しい事のように思えた。ヤツには並外れた行動力と勇気がある。だから俺はそれに乗っかったんだ。……でも、ヤツも完璧じゃなかった。俺はこれからどうなる。ヤツに見つかってしまうかもしれない。いつまでここで隠れられる。暗く、狭いクローゼットの中は息苦しい。正しい事をしようとすればするほど、疎まれ、蔑まれ、嫌われる。空気を読めと言われる。オカシイヤツだと言われる。自分ばかりが傷付いている。


 みんなと仲良くするために誰かを虐めなくてはならないんなら、俺は誰とも仲良くならなくたっていい。そう、心に決めたはずだった。


 でも、俺は虚しかった。本来悪いことをしているヤツらが笑って、何もしないヤツらが無傷でいられる。


 そんなことが許されるわけないんだ。ないんだ……。


 俺は携帯電話を点けると、田村達が磯村を虐めるその瞬間を収めた動画を再生させた。


 苦痛に歪む磯村の顔と、腹を抱えて笑う田村。その取り巻き。


 そして冷たい顔で俺をあしらった湯川を思い出し、俺は再び、固く誓った。

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