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operation “box” (6)

 尾下銀を見ると、彼は少し不安気な目で僕を見返した。気持ちはとてもわかる。これはどう考えても、不気味だ。


 僕は着信ボタンを押して、耳に近付けた。



「もしもし?」


『スピーカーにしろ。そこに居る尾下銀にも聞こえるようにな』



 安物のボイスチェンジャーを通したような、割れた低音の声が返ってくる。僕は断る理由も無く、スピーカーにした。



『早稲田尋彦。尾下銀。君達を知っているぞ』



 尾下銀はあからさまに衝撃を受けた表情になる。僕はそれでかえって冷静になる。情けない顔をするな。



「そうか。なら僕達も君の事を知りたいところだけれど」


「お前が湯川を脅したのか?」



 尾下銀が言った。声に動揺が含まれている。



『脅した? ……脅したつもりはないが』


「でも現に、湯川はこの『箱』が送られてきて、その夏休みの内に自殺した!」



 僕は尾下銀の目を見て、首を振った。冷静になれ。



『なるほど。尾下、君はこう考えてるのか。私がその文章を送った事によって、湯川は自殺した。私が追い込み、殺したと』



 『フフフ……』電話の向こうで、その誰かは僕らを嘲笑っていた。



『心中察するよ。尾下。君、安心しているんだろう。湯川が自殺した理由が「自分のせいでは無い」ことがわかって。しかしどうかな? 湯川がクスリに手を出していたのは君達のアノ一件(・・・・)よりかなり前からのようだが、君達が湯川を追い込んだことによって湯川は以前より多量のクスリに手を出すようになった。……そうも考えられないかな? だとしたならば、君達だってその原因の一端を担っている』



 尾下銀は口を閉じ、視線を落とした。



『君達だって同じようなことをしたろう。「私刑」だ。法で裁けない罪を自分達の倫理観に則って自分達の手で断罪したわけだ。私もそうだ。私には私の倫理感があり、正義感がある。私も湯川氏が違法薬物に手を出していることを知り、裁かれる罪だと思った。クスリをやって廃人になるのは勝手だが、ハイになった状態でじゃあ車を運転でもしたなら(・・・・・・・・・・)? 罪の無い人達が傷付くのは見ていられない。だから警察にちゃんと逮捕して貰おうと思っていた訳だ。君達と違って「部屋水浸しの刑」みたいな子どもじみた真似はしないよ。……しかし、奴は狡賢かった。証拠をなかなか残さないのだ。私は奴をつつき、焦らせ、ボロを出すのを待った。そしてようやく証拠が揃い始め、奴を逮捕させる準備が出来始めたというのにだ。……奴は自ら死を選んだのか、それとも最高の興奮を求めたのか……死んでしまったというわけだ』



 スピーカーの声のボリュームが落ちた。湯川が亡くなった事に対して罪悪感を感じているのか、それとも奴が断罪されずに死んだ事を悔しがっているのか。



『……権力に弱く、金にがめつく、虐めを見逃し、薬に逃げ、死に逃げる。卑怯な奴め』


「死んだ奴の……! 悪口を言うな」


『生きているにも死んでいるにも変わりは無い。人間である事にはな』


「君、近くに居るな」



 僕は言った。ボイスチェンジャーを通した声は不快だ。



「ここに僕達が居ることを知っていた。タイミングまでバッチリだ。どこかで僕らが部屋に入るところを見ていたんだろう」



 僕は尾下銀の目を見た。以心伝心、彼は一瞬で理解し、頷き玄関へ向かい、靴を履くと扉を開けて外へ飛び出した。



「ここが湯川の家である事ももちろん知っていた様だし、僕達のフルネームまで知っていたな。数ヶ月前の一件についても詳しいようだ。夏休み前にこの『箱』を送った……夏休み中に証拠を集めきってしまおうと思ったのかな。本業の探偵などでは無さそうだ。誰かの依頼などでは無く、自らの信念によって動いている……話し方からして年配のようにも思えない。イントネーションがハッキリしている。抑揚もあって、どこか楽しそうだ。若い印象。ーー君、僕達と同じ学校に通う学生だな?」


『……』



 勘だった。ハッタリだ。まるで全てお見通し、といった風に話したが、確証は無かった。


 しかし、その数秒の沈黙が答えだと言っていた。



「同じ学年か」


『いいか、早稲田尋彦。尾下銀にも伝えておけ。私はお前達の行動も監視している。二人でツルまないと行動出来ないような弱者が、正義などくだすなど私は許さない。余計な行動を取れば断罪してやる。例の水浸しの件の証拠を掴み、公表してやるからな。黙って、おとなしくしていろ』



 ブツリッ。


 電話は切れた。尾下銀はいいところまで追い詰めたのかもしれない。それで、電話を切ったのか。


 尾下銀は電話の奴を捕まえてやって来るだろうか。『正義』、『断罪』などと、美しいようで危ない言葉を放つ奴が、今後黙っているだろうか。


 息が詰まるような思い、今後への不安を思いながら、視線の先の少し開いたままの扉を見つめていた。外からの光が線のように射すその光を、しばらく見たまま動けなかったが、ビュウと強い風が一つ吹いて、扉はバタン、と大きな音を立てて閉じた。

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