operation “box” (2)
次の日学校へ行くと早稲田は机の中にケイタイを忍ばせ、数分おきにGPSをチェックしていた。聞くと、前日のうちに郵便に出した俺のケイタイ入り小包は午後には回収され、近くの郵便局に送られていたらしい。
ーーそれから二日後。ついに俺のケイタイは湯川の新しい住所を突き止めた。
「君のケイタイが動きを止めた。松原ハイツ。アパートだな。ここだ」
そう言って早稲田は俺にストリートビューを見せた。それは、築ウン十年の古いアパートだった。
俺と早稲田はそのストリートビュー画面ままの光景を見ていた。週末。天気は曇り。灰色を背景に、寂れた土気色のボロアパートがそこにはあった。ポストを見ると一つだけ明らかに新しいネームプレートがあって、他のものより浮いて見えた。
『湯川』
「ここか……」
前の住居よりも数段低いグレードの住処に引っ越した湯川。……あの一件がそんなにもヤツの懐事情にダメージを与えたのだろうか? 少し、胸がざわついた。
「さて、俺の携帯はどこだ?」
「GPSはこの家を指している」
早稲田が指さしたのは、アパートの隣の一軒家だ。
「大家がいるんだろう。そして、受取手のいない荷物を受け取った」
早稲田はそう言うと、俺の前を横切って家の前に立ち、何の躊躇もなくインターホンを押した。無機質な「ピーンポーン」に俺は硬直する。心の準備が……。
『はい』
「あっ、あの僕、田中って言います。叔父さ……あっ、湯川悠二の甥です」
出た。早稲田の気弱演技!
インターホンの向こうから動いた気配がすると、大家はすぐに玄関先に現れた。背の低い白髪の老爺で、その家、アパートをまま擬人化させたようなくたびれた雰囲気。毛髪は白の方が割合が多くぼさぼさで、腰が曲がっていた。
「湯川さんの? 甥っ子さん?」
「はい、僕田中ユウスケって言います。湯川悠二は僕の叔父で……。荷物届いていませんでしたか?」
大家は「あぁ」と言って家の中へ引っ込むと、すぐ見覚えのある小箱を持って現れた。「これかな?」
「えぇ、そうです」。早稲田がおずおずと手を差し出すと、大家はもうヤツを信用したのか、簡単に箱を手渡した。
「……湯川叔父さんには小さい頃よく遊んでもらって……この荷物は叔父さんが生前、僕の誕生日プレゼントの為に注文してくれていた品らしいんです。母から聞いて……」
早稲田は声を詰まらせた。真に迫った演技力に、俺はドン引きする。何てヤツだ。
「そうだったの。あぁ、それは残念だったね……」
大家は沈痛な面持ちで早稲田に近付くと、肩に手を置いて慰めた。俺の事など視界にも入っちゃいない。
「お願いがあるんです。叔父さんの部屋に入れてもらうことはできませんか?」
「それは……」。大家は流石に渋った。表情に疑問と、少しの猜疑心が見える。
「叔父さんは生前僕に、ある本を一冊、くれると約束してくれていました。それが何の本なのかはわからないのですが、叔父さんの部屋に入ればわかると思うんです。その本にはもう今やこの世にはいない叔父さんからのメッセージが込められていると思うんです。その本を読まなければ……! 僕はこの一件を乗り越えて今後生きていくことはできないのです! 叔父さんが亡くなってしまったことはとても悲しい……でも、人は愛する人の死を乗り越えてこそ! 成長することができると思うんです。そうは思いませんか?」
勢いに押された大家は鍵束を家から持ち出すと、俺達を導くようにアパートの階段を昇った。203号室。二階の一番奥の部屋が湯川の部屋だった。そこで湯川が死んでいた、ということを意識すると、歩を進めるのが嫌になる。
大家が鍵を回し、ドアを開ける。俺達は促されるままに部屋の入り口に立たさる。見ると、部屋の奥にはレースのカーテンのかかった窓があり、そこから薄い明かりが射していた。部屋は薄暗く、陰鬱な気持ちになる。
「大家さんは……叔父さんが亡くなっているところを見たのですか?」
まだ気弱モードを保っている早稲田は様子を伺うように、オドオドした調子で聞いた。
「見たもなにも、私が第一発見者だよ。あの日ね、学校さんから連絡があって、私がこうして、ドアを開けたんだよ。そしたらね、そのリビングにあった一人がけのソファにね……座った状態で……」
大家は早稲田、もとい田中ユウスケ君を気遣って言葉を濁した。
「死因が何だったのか、聞きましたか?」
言葉に冷血な早稲田成分が混ざる。大家は「知らないの?」といった風な目で早稲田を見る。早稲田はその視線にすぐ反応し、「母が……『あんたは知らなくていい』って教えてくれないんです。ずっと子ども扱いされていて……」とつけ加える。
「そうか……何やらね、『薬の過剰摂取』とか言ってたかな」