operation “box” (1)
結論から言って、俺たちはその日湯川の死の真相を突き止める事は出来なかった。
なぜなら、湯川はあのマンションから引っ越してしまっていたからだ。
「待て」
マンションのエントランスホールに入ってすぐ、早稲田はそれに気付いて俺に言った。
「ポストに湯川の名前が無い」
前回来た時二人してポストを眺めていたので、俺もその名前があった場所はちゃんと覚えていた。
確かに、ヤツの名前があったところのネームプレートは空になっている。
「引っ越したのか?」
「おそらく。あの後すぐかな」
……俺の水浸しの私刑のせいでヤツがこのマンションに住みにくくなったのかと思うと、少し罪悪感が顔を覗かせる。
「マンションの管理人は知っているだろうか……だが、僕達が探っている事が誰かに知られると面倒なことになりかねない」
「何を?」
「無論、湯川の転居先さ。彼の死の真相を探るには彼の死に場所である可能性の高い、彼の転居先を突き止める事が今現在の最優先事項だ」
「どうやって突き止める?」
「それを今考えているんじゃないか!」
早稲田を捉えた視界の端に、人が映る。向こうから、小包を抱えた郵便屋風の男がやってくる。
人の気配に気付いた早稲田は感情を押し殺し、俺も黙った。配達人はポストを眺め、自らの抱えた荷物を見る。
もう一度ポストを見る。もう一度荷物を……。
やがて男は首を傾げ、帰ってしまった。
「湯川に荷物だったのかな……」
「それだ!」
早稲田は芝居掛かった風に指を鳴らした。
「湯川が郵便局に新しい住所を伝えていた場合、旧住所に届けられた荷物は新しい住所に転送される!」
「なんだ、それ。そんなサービスあんのか」
「あるんだよ。何かの本で読んだ」
早稲田は何かをブツブツ呟きながら外へ出る。
着いて行くと、変わりやすい夏の空は青を見せて眩しく光る。
「じゃあどうやって……俺をダンボール箱に詰めて配達してもらうか?」
「君じゃない。君のケイタイだ」
俺の小ボケをスルーして冷静な顔で早稲田は言う。
「小包に君のケイタイを入れて旧湯川宅に送る。すると荷物は本部に戻され、新湯川宅に再配達される」
「……GPSか!」
「そう。君のケイタイを貸してくれるかな」
早稲田は電信柱に書かれた住所、マンション名を手帳にメモした。
なるほど、その方法なら数日後に新しい湯川の住所がわかる。
「……オイ、ちょっと待て。なんで俺のケイタイなんだ?」
俺は気付いた。数ヶ月前に没収され、なんとか取り戻したケイタイだ!
「非協力的な発言だな。君、今日は何の働きもしていないぞ」
ジロリと見られ、何も言い返せない。
「そっ、それに新しい住所にも湯川はもういないわけだ。俺のケイタイを誰が受け取る?」
「地図アプリは常時開いきたままで僕が見張ろう。僕はケイタイを没収されるようなヘマはしない」
チクリと何かが引っかかったが、俺は続けた。
「俺のケイタイが配達される日がわかったとして、その日配達される全ての荷物の届け先の住所をメモして後日回るってか?」
「なら時間指定配達だ」
早稲田は冴え、閃き続けた。
「例えば午前中の九時から十時の間に配達してもらえるように設定する。それならいくつかに絞れるはずだ」
「……また本部に戻された俺のケイタイはどう回収するんだ」
「新しい住所を突き止める事が出来れば再配達を頼む事だって出来るだろう。取りに行ったっていい。そもそもケイタイが入るくらいの小さな小包にすればポストに入れてもらえるだろう。何とかなる。さぁ、渡すんだ」
早稲田はズイ、と手を出した。俺は渋々ケイタイを差し出す。
まさかあれから数ヶ月後に再びケイタイを没収されるとは……思いもしなかった。