確率を
「ってことがあったんだってさ!」
「へぇ?」
季節は巡り、太陽は昇る。
ここ幸魂高校において、六月に開催された体育祭も終わってみれば過去のこと。
蝉の声が絶え間なく響くそんな日々にもようやく慣れてきた、とある夏の日。
既に学校は夏季休暇期間に入っている。
夏季休暇は七月の下旬から八月の下旬まで、およそ四十日程度設けられている。
幸魂高校ではそのうち休み初めの五日間と休み終わりの五日間に講習期間が設けられており、そこでは少なくない生徒がこれまでに受けた授業の理解度を更に深めるため、または受験対策のために学校へ来ている。
そのため今日、夏休み初め、前半の講習期間最終日も、平日よりは大人しいものの、静寂に包まれるほどではない学校の姿が見られている。
一年生ながら受験をしっかりと見据えるみもりと詩織は当然、この講習を受けに学校へ来ていた。
より正確には、受験をしっかりと見据えているみもりが、どうせだらだらと夏休みを過ごしてしまうであろう詩織を連れ出して来ていた。
みもりと詩織は幼い頃からの付き合いで、高校までずっと一緒に過ごしてきたが、みもりはその詩織に対して、色々と不満に思っていることがある。
それは単純に言い表すことが中々に難しいが。
とにかく不満なのだ。
みもりは知っている。
織上詩織は、本当の意味でやれば出来る人間だ。
勉学は苦手ではない。
継続して何かをすることが確かに得意ではないようなのだが、自分で必要だと判断できる頭は持っているので、最低限の勉強を怠ったりはしない。
また、運動も十分に好きで得意である。
体を動かすのは普通に好きらしい。
人間としても出来ていて、人に好かれやすく、色々と頼まれやすく、そのことを本人も嬉しく思っているようで楽しそうに頼まれる。
調子に乗りやすい面があるので、そこはみもりが諌めないといけない場面も多いは多いが。
そんな短所があることも含めて、相当に何でも出来る。
本人の意思次第で、これから先の進路など、いくらでも選べるだろう。
大学も本人のやる気があれば、興味がある学問があれば、どこへでも行けるだろう。
仕事だって、もちろん出来る。
みもりは、自分よりも詩織の方が何でも出来ることを知っている。
だから詩織には様々な世界を知って欲しいし、見て欲しい。
そう思っているのだが、その、やはり、本人の意識に難がある。
みもりが言えばあれこれ進めるしみもりが見ればそのことは覚えていたりするのだが、如何せん興味の幅を広げようとしない。
そのことがどうにも悔しくて。
本人のためを想ってなのか、ふがいない自分自身に腹が立っているからなのかはわからないが。
(もっと色んなことを知って欲しいんだけどなぁ)
出来るはずなのに、更なる高みを目指そうとはしない詩織をみもりはそんな目で見ていた。
しかし。
みもりが詩織に不満を持つように。
詩織もまた、みもりに不満を持っている。
詩織はみもりに対して、基本的にはみもりが詩織に対して下している評価と同じようなことを考えている。
みもりも勉学は出来るし、社交性に富んでいる。
若干スポーツは苦手だが、そうしたところも可愛いだろう。
詩織には、そのみもりがこう映る。
人の事を気にかけてばかりで、肝心な自分に使っている時間が短すぎやしないか、と。
よくよく見ていてくれるのは嬉しいのだが、もっと自分に時間を使えば、もっと色んなことを知れるんじゃないか。
実際、詩織には特に将来やりたいことはないのだが、みもりは将来保育士になりたいらしく、そのためにあれこれ情報を集めている。
(もっと、自分の将来のこと考えたらいいのに)
そう思い詩織は、みもりがお節介を焼くとき、なるべくみもりが自分にかける時間が短くて済む様にさっさと言うことを聞くようにしている。
それが一番、みもりへの気遣いになると信じての行動である。
みもりが見ているところは殊更頑張って、自分に出来る最大限で動く。
詩織はみもりの考えを知らない。
みもりは詩織の考えを知らない。
みもりは詩織に、もっとやれば出来るのだから、可能性を広げて欲しいと思い、気にかける。
詩織はみもりに、具体的に自分の将来の目標が定まっているのだから、もっとみもり自身に時間を使って欲しいと思い、みもりがいる所では全力を出す。
結局二人は互いに互いを想いあって、それを行動だけで示しているから互いを知らない。
ほんの少し、自分の考えを言葉にしたら伝わるはずなのに。
そうしない。
心のどこかで相手の気遣いに気付いているからなのか。
言葉に出来る自信がないからなのか。
特に理由も無いのか。
本人達にも、わかってはいないが。
今はただ、互いに互いの人生を心配しつつ、助け合って、日々を過ごしていく。
「それでなんで、今話したのかしら?」
「知ったのが、っていうか、弥々に聞いたのが昨日だったからね」
みもりと詩織は廊下を並んで歩いていた。
講習も終わり、昼食のために食堂へと移動している最中だ。
二人共に弁当を持参しているが、講習期間は食堂で食べるようにと学校側から指示があるためきちんと場所は移動する。
詩織がみもりに話したのは、体育祭の裏で何が起きていたのか、ということだ。
どうやら時間が繰り返しているらしいこと。
友莉が大怪我を負ってしまうこと。
それを綾と奏音が未来視によって知ったこと。
櫛夜がジャンケンに勝てるらしいこと。
時間を巻き戻す力を優芽が持っていること。
詩織たちはそんな所までは聞いており、当日に友莉が体育祭の新競技である騎馬戦に参加せず、ちゃんと体育祭を終えられたことに安堵もしていたのだが。
その裏で起きていたあれやこれやを知ったのはつい昨日の事だ。
なお、詩織だけが聞いたのは、昨日はみもりが家の用事で先に帰ってしまったためである。
恐らくは一人に伝えるほうが気が楽だったのだろう。
そうでなくとも、あまり口外するべき内容ではないようにみもりも感じる。
それもそのはず、何かが起きていることすらも知らなかったとはいえあの詩織が、弥々から話があるんだと言われ何事かと思い聞いてみて、想像以上の出来事に驚きを隠せなかったくらいだ。
主に詩織が驚いたのは。
皆々能力なるものを持っていることに関して、であったが。
「いやー、生徒会にいたら私もなんか能力持てるのかなー」
「どうしてその話を聞いてそこに注目できるんですの……」
みもりは呆れつつ、生徒会役員の他の面々の心境を今更ながら案じる。
全員、辛い思いをしていた。
していて、それを隠して、笑顔で。
生徒会業務に当たっていたのだろう。
なんとも頼れる先輩たちに、逞しい同期だ。
「ね。私たちもなんか能力実は持ってるのかもよ。一日一回しか使えないやつ」
「知りませんわ。だとしても、どんな能力も一日一度じゃあ使い道なんて特にないんじゃないかしら」
そしてそもそも未来視は一日一度だったっけ、とみもりは頭で疑問を抱きつつ、雑談に細かい要素は突っ込むべきでもないか、と特段発言はしない。
詩織はみもりの顔を見ながらぼんやりと考える。
一日に一度、何かを出来るとしたら。
「……みもりに時間をあげたいなぁ」
「……へ?」
「……ん?」
「……え、いえ、なんでも」
「……うん? うん、そう?」
少しだけ妙な間を置きつつ。
妙に首を傾げつつ。
「み、みもりはどうなのさ。一日に一度使える能力とか、どんなのが欲しい?」
心なしか詩織の声が上擦った気もするが、それには触れずにみもりも考えてみる。
「一日、一度、ねぇ」
ちらりと詩織の横顔を盗み見ながら。
思うのは。
「……詩織に時間を使いたいかなぁ」
「……はい?」
「……んん?」
「んー、いや、うん、なんでもない」
「そ、そう? そうね、私も何にも言ってないわ」
露骨に妙な間を置きつつ。
妙に首を傾げつつ。
二人は食堂へとやってきた。
そこには同級生と共に昼食をとっている綾の姿があった。
「あ、綾文先輩!」
「あら。詩織ちゃん、みもりちゃん、二人も講習?」
「はい。講習終わったところで、午後は生徒会の集まりもあるんです」
「そっかそっか、今度は文化祭に向けて動かないとだもんね」
綾は現在三年生であるため、絶賛大学受験に向けて勉強に励んでいるところである。
きちんと聞いたことはないが、一流の国立大学を狙っているらしい。
「また文化祭は大変だと思うけど、頑張ってね」
「はい。綾文先輩も受験頑張ってください」
「うん、ありがとう」
簡単に挨拶を終えて、普通に綾が友人達といることもあり、みもりは少し離れようかと思ったのだが。
ここで詩織が、何の考えも無く、何の含みも無く。
「そういえば弥々、櫛咲先輩と明日デートらしいですねっ」
「……へぇ?」
「ちょっ!?」
みもりがその場を離れようとするが、綾は素早くみもりと詩織の腕を掴んだ。
思いのほか強い力で掴まれ、みもりの顔も引きつる。
(どうして自ら地雷を踏みに行くんですのこの子は)
と詩織への恨みを心に秘めて。
「どこに、行くのかしら?」
もちろんこの問いは、弥々と櫛夜は何処へ行くのか、なのだろうが、当のみもりと、ようやく自分が地雷を踏んだことを自覚した詩織には、この場を逃げるな、という意味に聞こえてくる。
「え、えと、確か、水族館、とか?」
「水族館、どこの?」
「さ、さぁ。一番近く、じゃないですかね」
「何時から何時まで?」
「さー、わからないです。です」
見かねて、綾と昼食を共にする三年生の女子が助け舟を出す。
「ほら、後輩ちゃん困ってるでしょ綾」
「はっ、ごめんなさいね。二人とも」
それでようやく自我を取り戻した綾は掴んでいた手を離す。
その友人は呆れ声を出す。
「全く、自分だって櫛咲くんに振られた癖にやっぱり気になる、というか大事なのは妹の方なのね」
「別に、櫛咲くんのことだって本気だったもん。振られて一週間は勉強手につかなかったもん」
「急に幼児退行しないでしょ対処に困るからさー」
「だって私だってそりゃ普通に、櫛咲くんとあれこれしたいと思いながら生きていたんだよ」
「でも、もう切り替えたんでしょ?」
「ふん、私のこと見てくれない櫛咲くんに興味なんてありません」
「よしよし、いい子だ」
「ただし、弥々を悲しませたらこの世に、痛み、って感覚を持って生まれてきた哺乳類であることを後悔させてあげる」
「怖いっつの」
緩いやりとりをする綾を見て、ほっとしながらみもりと詩織はその場を離れた。
綾文綾は、普通に女子高生をしていた。
後輩である身分から見れば、確かに頼れる先輩で、完璧超人のような何かに見えるけれど。
きっと誰しもそんなことはなくて。
同級生の前なら綾もああやって甘えたりふざけあったり出来る。
失恋の寂しさも、本当に辛くても、ああやって友人が支えになったのだろう。
そんな普通さは、きっと、かけがえのないものだろう。
「なんか、綾文先輩、いい顔してるよね」
「あなたはちょっと自分の発言に気を遣いなさい」
笑いかけてくる詩織に、みもりは微妙な表情で返した。
昼食を終え、二人は生徒会室にやってきた。
今日は講習期間もひとまず終わるため、今後の活動日を決めるらしい。
「どもですー」
「お疲れ様です」
言いながら入ると、生徒会室には既に奏音と優芽、それに弥々がいた。
体育祭の閉会式にて、毎年恒例となっている次期生徒会長任命で、今年の生徒会長を任されたのが。
初めからその話を受けていた、狩野奏音だ。
元々彼女はしっかりとしており、綾はそれほど心配をしていなかったが、それでも受け渡された直後はあれやこれやと忙しそうにしていた。
しかしそろそろ一ヶ月が経とうとしており、ようやく慣れ始めてきているらしい、元の落ち着きを取り戻している。
「そういえばさっき食堂で綾文先輩に会いましたよ」
「あ、二人は食堂で食べてきたのね」
「まぁ、お弁当なのは変わりないですけどね」
口ぶりから察するに、奏音や優芽は生徒会室で昼を済ませたらしい。
次いで詩織も笑い話として軽く出来事を話す。
「弥々が明日デートするの言ったらすごい剣幕で迫られちゃったよー」
「……詩織? 何してるの?」
「へ」
弥々から急に黒い何かが放たれる。
「綾お姉ちゃんは今受験勉強の真っ最中なんだよそれこそ高校三年生の夏休みは受験の天王山とまで呼ばれているものすごく大事な時期なのそれを邪魔するような発言するなんて何考えてるのかな綾お姉ちゃんの邪魔をしたのかなねぇ詩織どういうことなの」
「怖い怖いっ! 弥々が怖いっ!」
ずいずいと迫られる詩織を見かねてみもりがフォローに回る。
「と、いうかそれなら初めからデートしなければいいんでなくて?」
「……」
「……」
「……」
「……」
弥々。
奏音。
優芽。
詩織。
四者四様の沈黙を数秒続け。
弥々は詩織から離れて、一言。
「ま、それはそれ、これはこれということで」
「弥々が理不尽だっ!?」
「ごめんね詩織」
「よし許そう」
相変わらずテンポの早い二人の会話にみもりがついていけていないと、優芽がそっとその肩に手を置いた。
優芽は優しい表情で首を横に振った。
(諦めなさい、という意味なのですね? 優芽先輩……)
まぁ伝わってはいないのだが。
「……ほら、友莉ちゃんも、あんな、感じ、だから」
(なるほど、テンションの高い会話はもう放っておくしかない、そういうことなのですね? 優芽先輩……)
まぁまぁ伝わってはいないのだが。
そんなやりとりを気にすることなく、弥々は続ける。
「綾お姉ちゃんには悪いけどさ、せっかく出来た恋人といちゃいちゃするくらい、許されて然るべきだよね」
「そんなものかなー」
「詩織だってそのうち好きな人とか出来るでしょ?」
「えっ?」
「へっ?」
弥々の何気ない言葉に微妙な反応を示したのは話し相手の詩織と、みもりだ。
特に意図なく発したため、その反応に思うところがあるものの、弥々は一々気にしない。
そうした面倒事はもうこりごりなのだった。
だから気にせず、しかし話題を逸らしたいので仕方なく先輩である奏音に話を振る。
「ですよね、奏音先輩」
「へぇっ、わ、私!?」
「いやいや、いちゃいちゃするのは一つ特権じゃないですかッ」
「わ、わからないけれど、そうね、いいんじゃないかしら」
奏音はさすがにきちんと返してから。
小声で。
「まぁ私達は皆総じて振られているからよくわからないけれど」
「聞こえてますですッ!?」
弥々は今更この話題そのものが地雷だらけだということに気付く。
もちろんみもりは知ってて逸らしたがっていたわけだが。
一連の事件において。
綾、友莉、珠子は櫛夜に振られ。
光、優芽は綾に振られ。
そして体育祭も終わった後に、ちゃんとぶつかりに行った奏音もまた、光に振られている。
光はずっと綾が好きだったのだから、当然の結果ではあったのだが。
それでも奏音が感じた胸の痛みは簡単に言い表せるものではなく、奏音は家で号泣した。
そうせざるを得なかったのだ。
そうやって皆、傷を抱えている。
想いを交わしている弥々と櫛夜だって、その笑顔の裏には様々な寂しさや辛さを隠しているのだろう。
「ほんと、今って大切なんですよね」
弥々が言い、それを誰も茶化すことはなかった。
小さな静寂と、ほんの少しの温かさが生徒会室に溢れていると、勢いよくドアが開かれた。
「やっほーい! お疲れい!」
「あ、友莉さん来たわね」
友莉が明るく入ってくる。
「さっきその辺で櫛咲くんが、今日行けないーって言ってたんだけど。あれ、弥々ちゃんは関係ないのかな?」
「え、なにそれ私聞いてないですッ」
「じゃあいつもの、あれかな」
友莉が含ませた表現をした。
みもりはそれがわからなかったので、隣にいる優芽に尋ねる。
「いつものってご存知ですか?」
優芽は知っていたようで、うんうんと頷いて答える。
「たぶん、サプライズ。弥々ちゃんに」
「あぁ、そういう」
確かにそういうことをしそうだ、とみもりは納得する。
綾文姉妹ほど、互いに頭のねじが吹っ飛んでしまう愛しかたをしてはいないが、みもりとて弥々のことを大切に思っており。
そのために、こんな可愛い子悲しませたら怒ります、といった態度で櫛夜に接している節がある。
「今度は、何をするんだろうね」
「さぁ。っていうか、そのために生徒会のお仕事休むのはどうなんですかねっ」
「いやいや弥々ちゃん。そんなに嬉しそうに言われても困るけど」
友莉もまた、櫛夜に振られたわけだが、それ以来は憑き物が落ちたように、本来の意味での明るさを取り戻している。
少しずつ、無理やりな元気さは鳴りを潜め、暗い、とまではいかないものの、テンションの高くない自分の姿をさらしている。
「さて、じゃあ櫛咲くんは来ないみたいだし、始めましょう」
奏音が場を締めて、皆居住まいを正す。
「今日決めるのは今後の予定と、引き続き文化祭に向けてです」
それぞれがそれぞれに。
傷と想いを抱えて。
何か抱えていることを互いに知りながら。
成長の証を刻みながら。
結局。
前に進むことでしか、少年少女は生きていけない。
生徒会も終わり、帰路につくみもりと詩織。
夏なだけあって、下校の時間でも明るいままだ。
歩くだけで汗が体に纏わりついてくる感覚に襲われる。
「あれ? あそこにいるの、櫛咲先輩じゃない?」
「……光瀬先輩と、玉川先輩も一緒ね」
「……声、かけるべき?」
一応みもりに確認しただけ、成長が見られるというべきか。
単に先ほど綾に突っ込んでいったことを思い出しただけなのか。
「そうね……」
みもりもちらりと見てみる。
櫛夜と光と珠子の三人が駅ビルの案内板を見て何かを話している。
光は綾と同じ三年生であり、ここで遊んでいるほどの暇はないはずだ。
また、詩織の話によれば珠子も櫛夜とは色々とあったはずだ。
そんな不思議な三人の組み合わせ。
気にならない、わけでもない。
「ま、悪い雰囲気なわけではなみたいだし、いいんじゃないかしら」
「だよね!」
「言葉には気をつけなさいよ?」
「はーい」
と、確認だけ簡単に済ませて、みもりと詩織は三人に声をかける。
「こんにちはー」
「ん、森崎に織上、帰りか?」
「はい、櫛咲先輩はサボりですか?」
「そうだな。学生でいられる時間も限られているから、今のうちに一度くらいサボっておかないと」
「それっぽい理由を言わないでください詩織が騙されます」
「何してるんですか?」
「光瀬先輩と、玉川に手伝ってもらって、ちょっと、な」
「ちょっと、ですか」
「あぁ、ちょっと、だ」
櫛夜に続いて、光と珠子も笑う。
少なくとも櫛夜から具体的に話す気はないらしい。
なお、駅ビルに入っている店のラインナップから、おおよその見当がつかないでもない。
何かは知らないが、プレゼントを探しているのだろう。
それにどうして、光と珠子が一緒なのかはやはりわからないが。
そんな詩織とみもりの視線に気付いたのか、光と珠子が笑う。
それも、シニカルに。
「いや、櫛咲くんと綾文、弥々さんの方がね。このまま仲良くなっていてくれれば、まだ僕にも可能性がね」
「同じく、ここでやーちゃんが嫌がりそうなものをあえて櫛咲くんに薦めてみることで、やーちゃんが櫛咲くんを嫌うように差し向けるつもりです」
中々堂々としたものだが。
言っている内容は酷いものである。
二人ともきちんと振られたらしいが、それでも諦めたわけではないらしい。
苦笑いを浮かべながらみもりは話題を逸らす意味も含めて櫛夜に話を振る。
「あ、綾文先輩から伝言です」
「ん、なんだって?」
「『弥々を悲しませたらこの世に、痛み、って感覚を持って生まれてきた哺乳類であることを後悔させてあげる』とのことです」
「ははは……そう」
それに続いて詩織も櫛夜に向かって勢いよく手を挙げる。
「はい、あの、櫛咲先輩!」
「お、おぅ。どうした、織上」
「頑張ってください!」
「……一応聞いておくが、森崎」
「はい、聞かなくてもわかりますわ。詩織は本気です」
「天然って怖いなぁー」
「ですねー」
櫛夜が冷や汗を浮かべたのをみもりは見逃さない。
(あんまり突っ込むべきではないかも、しれませんわね)
すぐにそう判断して、みもりは詩織の手をそっと取る。
「行きましょうか、詩織」
「うん。そだね」
意外にもすぐにみもりの言うことを聞いた詩織はみもりの引く手に反発せず、そのまま着いていった。
結局具体的なことを何も聞くことはなかったが。
しかし。
楽しそうに話す三人の姿が。
何故か二人の目には輝いて見えた。
「結局、私たちはなんにも出来なかったね」
櫛夜たちのいる場から離れて、最寄り駅近くを歩く。
みもりは詩織の手を握ったまま。
詩織はみもりの手を握ったまま。
常にはない、詩織の真剣な表情にみもりも真剣に応える。
「体育祭の、話?」
「うん。体育祭の、というか。そうだね、、体育祭のときの生徒会、かな」
「そう、ですわね」
「友莉先輩が助かってよかった、繰り返していたらしい時間を抜け出せてよかった、でも、私たちはこれで良かったのかな」
詩織の言うように、今回起きた事件、およそ生徒会が関わってきた。
櫛夜と綾と弥々の関係性から始まり。
友莉の怪我による時間の繰り返しがあり。
光と優芽と珠子の想いがあり。
それらが組み合わさった結果、起きた事件だった。
しかしその輪の中に、詩織とみもりはいなかった。
「綾文先輩、笑ってた」
「ええ、そうね」
「奏音先輩、笑ってた」
「ええ、そうね」
「優芽先輩、笑ってた」
「ええ、そうね」
「友莉先輩、笑ってた」
「ええ、そうね」
「弥々、笑ってた」
「ええ、そうね」
「櫛咲先輩、笑ってた」
「ええ、そうね」
「光瀬先輩、笑ってた」
「ええ、そうね」
「玉川先輩、笑ってた」
「ええ、そうね」
「私達も笑ってた」
「ええ、そうね」
「でも、私達だけ、何にも抱えずに、笑ってた」
「ええ、そうね」
「これで、良かったのかな」
詩織は同じ問いを繰り返す。
これで良かったのかな、と。
そう言わずにはいられないのだろう。
悩みを、聞けなかった自分が。
悩みを、聞かされなかった自分が。
きっと、悔しいのだ。
だからこそ、みもりは応える。
「いいのよ。これで」
詩織が、ぐっとみもりの手を握る力を強くした。
手から伝わる熱い想いを、みもりも感じる。
「私たちには、一人一人、全然違う物語がある」
全然違う物語。
自分の物語の主役は自分で。
相手の物語の主役は相手で。
僕と私は違うけれど。
違うからこそ手を伸ばしたい。
手を伸ばして、相手の物語に登場したい。
登場するだけじゃ物足りない、相手の物語で主要人物でありたい。
相手の物語で、主役である相手の一番になりたい。
永遠に相手の物語の登場人物でありたい。
「おかしいと思う? こんな自分を、こんな世界を」
ただちょっと、自分の身の回りで事件があっただけだ。
自分の身の回りで、自分に関係ない事件が起きただけだ。
それだけなのに。
どうしてこんなに悔しいのだろう。
「おかしいと思う? 何事も無かったかのように笑ってる先輩達を、弥々を」
何にも知らずに、少し誰かのことを心配していただけだった自分達とは違い。
自分が主役で、どこまでも動き回って、あがいて、ようやく手に入れた未来を持つ彼ら彼女らは。
笑っていられるような状態じゃ、本来ないはずであり。
当たり前のように笑っていられるのは、いったいどうしてなのだろう。
「知らなくて良かったのよ今回のことは。きっと、その分、いつか私たちが主役の物語が動くわ」
「私たちが主役の、物語、か」
それが欲しかったわけではない、のだろうけれど。
その言葉が自然と入ってくる。
「でも、皆は許してくれるのかな」
なおも自分を責める詩織に、みもりは微笑む。
そうして、その先へと道を示す。
「許すわ」
「……みもりが、許してくれるの?」
詩織が、ぎゅっと、握るその力を強める。
みもりも同じ力で返す。
同じだけの熱量でもって、想いを届ける。
「許すわ、何にも出来なかった私たちだけど」
「知っていたって何も出来なかっただろう、私たちだけど」
「それでいいの」
「だって、先輩たちは、笑っているじゃない」
「その笑顔の裏に何が隠されているのかは、知らない」
「でも帰ってきてくれた。元の生徒会に、生徒会室に戻ってきてくれた」
「私たちは、何にも知らなかったけれど。何にも知らないからこそ、先輩たちが帰ってこれる場所を私たちが作っていたんだから」
「本当は作っていないのかもしれないけれど、作っていた、とか、自惚れてみましょう」
「時間とか、確率とか、そんな訳分からない話は、そんなこの世の理を外れた話は、私たちには関係ないでしょう」
「私たちの相手は三次元を越えた何かじゃなくて、文化祭の企画と運営、これからの自分の進路、その他諸々でしょう」
「確率を操るのは、櫛咲先輩たちに任せてしまいましょう」
「運命を操るのは、綾文先輩でも弥々にでも任せてしまいましょう」
「私たちは、私たちらしく、堂々と今を生きてればいいのよ」
言葉にすれば間違えて。
だから言葉になんてしない方がいいだなんて言うけれど。
言葉なんて使わずに伝わる想いもあるけれど。
結局誰も彼もが言葉を求め。
正しい言葉を見つければ。
正しく想いは届けられる。
「ちゃんと今を生きなさい。織上詩織」
「……今は、口車に乗ってしんぜよう。森崎みもり殿」
「誰が殿よ」
「あはは、ごめんごめん」
詩織はようやく本来の笑顔を取り戻し、みもりもまた、気を張っていた体から力を抜く。
それでも。
互いに結んだ手は、今まで以上にしっかりと握り合い。
進むべき道を照らしあう。
「そういえばさ。弥々にまであったとかいう能力って、なんなんだろうね?」
ふと浮かんだ詩織の疑問。
「さぁ。私はまだ、あんまり信じていないんだけど」
日に照らされたみもりの心に炎が灯る。
熱が全身を駆け巡り、可笑しなことまで口走りそうになる。
だがそれでも、答えを求めていない詩織の疑問に、みもりも本気で答えるつもりはないらしい。
だから。
続く詩織の。
疑問にもなっていない、その疑問に。
やはりみもりは投げやりに答える。
自分たちは今ここにいるけれど。
沢山の選択を超えて、ここにいるけれど。
沢山の選択から、ものすごい確率を掴んでここにいるけれど。
「確率を操るのって、どういうことなんだろうね?」
「たぶん、ジャンケンに勝つことなんじゃないですの?」
確率を操る少年少女の、願いと許しの物語でした。
ご覧頂きありがとうございました。




