知性という名の重荷
ガランはメニューを流し読みした。神語の記述は明快で、彼にとっては馴染み深いものだ。
「鴨の醤油煮と、よく冷えた梅酒を頼む」彼は神語で言った。 正彦は思案するように顎を撫でた。「私は鯛の煮付けと、熱燗を一つ」こちらは日本語での注文だ。
給仕は優雅に頷き、二人の注文を控えた。「ありがとうございます(アリガトウ・ゴザイマス)。ただいまご用意いたします」
「ああ、頼む(エー、タシカニ)」ガランが応じる。
給仕が去ると、ガランは豪華なシートに背を預け、腕を伸ばした。 「なかなかのサービスだな」
「全くだ」正彦は驚きを隠せぬ様子でホールを見渡した。「子供の頃には、このような場所に座ることなど想像もできませんでした。異国の神々の使いと、我らが空の守護者が同じ屋根の下に集う……。私の村では考えられなかったことです」彼はガランに視線を向けた。「ですが、オダ様にとっては、これしきの光景は珍しくもないのでしょうな。あなたは、我らとは立つ場所が違う」
「正直なところ、自分を誰よりも上だと思ったことはないさ」ガランは言った。「ただ……役割が違うだけだ」 「役割、ですかな?」
「あんたに聞きたいんだが、言葉を話すすべての生き物を真に隔てているものは何だと思う? そいつらが引き起こす破壊の規模は別としてな」
正彦は少し考え込んだ。「……私が思うに、我らを分かつのは破壊の力ではなく、自ら進んで背負う『重荷』ではないでしょうか。あなたは、人としての義務に縛られることなく、世界と世界の架け橋となる宿命を負っておられるように見える。一方、私は自らの生い立ちという絆に繋がれ、亡き妻を尊び、立派な大人へと成長した子供たちを育てるという責務に身を置いています」彼は背もたれに体を預けた。「結局のところ、自ら選んだ責任、あるいは運命こそが、我らを真に隔てるものなのかもしれません」
ガランは視線を落とした。故郷の記憶が脳裏をよぎる。村の孤児院、子供たちと遊ぶ妻の蒼翠。そして、息子ヴァルドをあやす最初の妻の姿。彼女の髪の香り、手の温もり、そして瞳に宿る静かな強さ。一瞬だけ、百年という歳月の重みが消え去ったような気がした。
「……いい言葉だ」彼は現在へと意識を戻し、低く呟いた。「正彦さん、あんたは読書が好きだろう」
正彦は、ガランの口調から硬さが消えたことに驚いて瞬きをした。「え、ええ、もちろん。役所での長い一日の後、職務の重圧から解放され、芸術という安らぎに浸るのは至福のひとときです」
やがて照明が落ち、二人の間に心地よい沈黙が流れた。観客のざわめきは消え、期待を孕んだ静寂がホールを支配する。
一人の女性が舞台に現れた。長く流れるような衣装は、金と絹が織りなす滝のように彼女の背後にたなびいている。スポットライトを浴びた彼女は、黄金の杖を掲げた。
「ご来場の皆様、高名なる旅人の皆様、そして当・飛天劇場の誇り高きパトロンの皆様、ようこそお越しくださいました」完璧な神語で語られる彼女の声が、ホール中に共鳴する。
「今宵、我々は比類なき技、力、そして屈することなき魂がぶつかり合う、その真骨頂を目撃することとなります。幾世代にもわたり語り継がれてきた二つの名が、今この舞台に立ちます。……かつての恐るべき伝説の怪物としてではなく、現代の覇者として」
遥か上空で、数組の烏天狗たちが定位置に滑空し、巨大な巻物を広げた。
「その名は……」彼女は右手を差し出した。「酒呑童子! 饗宴と破滅を司る鬼!」
巻物には、狡猾な光を瞳に宿した、荒々しい紅い肌の鬼が鮮やかに描かれていた。
「そして、大嶽丸! 峰の憤怒を纏いし鬼!」 二本目の巻物には、鋭い眼光を放つ、冷静沈着な青い肌の鬼の姿が映し出されていた。
「ですが、二人の激突に先立ちまして、あらゆる偉大なる戦いの根源へと敬意を表しましょう。まずは歌から。天照大御神自らが、出雲大和戦争で散った勇士たちを悼んで作られた不朽の哀歌『さくらさくら』。続いて、名歌手『鴉の姫君』が皆様を遥かなる高地へと誘います――『常峰の風』」
彼女はそれに続く演目を説明していった。優雅なる舞『陽射しの桜』、そして野生のエネルギーが爆発する『風の踊り』。
「そして、ついに」彼女の声が一段と高まる。「調べが止み、舞い手が退いたその時……我々が待ち望んだ瞬間が訪れます。決勝戦。力と力の激突、意志と意志の相克。酒呑童子、対、大嶽丸!」
巻物が巻き取られ、舞台から人が引くと、観客席からは割れんばかりの歓声が巻き起こった。スポットライトが緞帳の一点に集中し、第一幕の始まりを告げる瞬間を静かに待っていた。




