霊峰の登攀と万里を越える語らい
山道が蛇行しながら続く登り口に辿り着くと、そこは三つの道に分かれていた。左手には壮麗な階段が伸び、中央には洞窟の入り口へ吸い込まれていく観光客や獣人たちの行列ができている。
右手の道では、荷運びたちが車輪付きの「携帯用神聖宝物庫」をせっせと押し、その傍らを神族が主体の観光客たちが通り過ぎていく。その効率的な様子に、ガランは小さく頷いた。大した設備だ。少なくとも、税金が有効に使われているようで何よりだ。
彼は左の道を選び、生い茂る木々の中を登っていく旅人の列に加わった。時折、木々の隙間から切り立った崖や、光り輝く海が織りなす絶景が顔をのぞかせる。
一時間近くも険しい登城道を登り続けると、道は広大な広場へと出た。そこは休憩所になっていた――麺類の鉢を抱えて座り込む登山者、手洗い場の近くでたむろする者、次の行程に備えてベンチで息を整える者たちで賑わっている。
右手にある売店からは、荷袋や丁寧に包まれた品を手にした者たちが次々と出てくる。広場の隅には廃棄物処理施設があり、大きな木製の荷車がゴミを運び出していた。
ガランは歩調を緩め、出汁の香りや食器の触れ合う音に包まれながら周囲の景色を眺めた。
広場の端では、観光客の一団が望遠鏡を覗き込み、空の一点に釘付けになっていた。ガランも彼らの視線を追う。遥か上空、海の上で「天の制覇」の激しい試合が繰り広げられていた。
「少し休むか」彼は呟いた。「劇場は逃げやしない」
彼は念波を伸ばし、観客の一人に視覚を同期させて戦況を間近に捉えた。
空中で繰り広げられているのは、計算尽くされた混沌だった。巨大で赤い肌をした大天狗と、それより小柄な烏天狗たちのチームが、らせんを描きながら「光の球」を奪い合っている。大天狗がその巨体で相手をブロックする妨害役を担い、その隙を縫って烏天狗たちが軽やかな身のこなしでパスを繋いでいく。
試合は延長戦に突入した。黄色の装束を纏った烏天狗がディフェンダーの間をすり抜け、二人の天使と一人の大天狗がそれを追う。ゴールである「光の冠」への道が塞がれていると悟った彼女は、離れた位置にいたチームメイト――クピドの分身の一人である幼児のような姿をした「プット」と視線を交わした。
彼女は冠に向かって投げると見せかけ、寸前で手首を返した。放たれた球はゴールから逸れ、飛び込んできた天使の脇を通り抜けて、追跡者にタックルされる直前のプットの手中へと完璧に収まった。
観衆が息を呑む。プットは体をひねり、弓を引く射手のように腕を大きく後ろへ引いた。鋭い眼光と共に、彼は球を解き放つ。球はフィールドを横切り、呆然とする守備陣を尻目に、一直線に光の冠を射抜いた。
冠が眩い光を放つ。トランペットの音が鳴り響き、歓喜するチームメイトたちが勝利の立役者であるプットへと駆け寄る中、空には紙吹雪が舞った。
周囲の歓声を聞きながら、ガランは同期を解き、自分の視界に戻った。
「あのスポーツまで持ち込んだのか」彼は思案した。「となると、ここにも『至高連盟』を作ったのか? 後で調べてみるか」
歓声を背に、彼は再び歩き出した。タカやハヤブサの影が空を切り、空の民と並んで滑空している。通り抜ける風が、試合から戻る天狗たちの独特な鳴き声を運んできた。遠くから聞こえる他の魔物たちの声と混ざり合い、それはどこか笑っているような奇妙な合唱となって、彼の故郷の記憶を呼び覚ました。
(……俺がいなくて、あいつらは上手くやってるだろうか)
ガランは念波を伸ばした。遥か遠い距離を越えて、意識を妻の一人である蒼翠へと繋ぐ。彼女の思考が頭の中に形を成した。温かく、慈愛に満ち、それでいて弾んだ声。
『阿川、着いたのね?』彼女は中国語の愛称で呼びかけてきた。
『ああ』彼は返した。『「重鎮」たちはどうだ?』
『みんな元気よ』翠が答える。『ヴァルドは、あなたと同じように帝国の公務に励んでいるわ。日に日にあなたに似てきたってみんな言ってる。バンデアは村の運営をそつなくこなしていて、みんな安心しているわ。それからアルモイナは……友達と旅に出たわよ。世界一のヒロインになるんですって』
『……君はどうなんだ?』
『私は両親と一緒に、孫たちや孤児たちの面倒を見ているわ。あなたは?』
『今のところは順調だ。天狗の娘から、桜で編んだ立派な冠をもらったよ』
『あら……。もういつもの癖が出たのかしら?』彼女の思考に皮肉が混じる。
『おい、着いたばかりだぞ。すぐに女を口説くような真似はしないさ。俺にだって自制心くらい……ただの……』彼は言い淀み、彼女が楽しんでいるのを感じた。『……まったく。ただの偶然だ』
『ふふふ。わかってるわよ』彼女は笑った。『それで、対馬はどう? 噂通りいい場所?』
『想像以上だ。異邦人や魔物にも寛容だし、飯も美味い。評議会の教育が行き届いている。……まあ、貧乏人から容赦なく金を巻き上げるのだけはやめてほしいがな』
『仕方ないわよ、旦那様。あの規模の諸島で事業を興すには、莫大な資金が必要だもの。誰かが払わなきゃいけない。もちろん、必要なら村の資金を使ってもいいのよ?
きっと誰も文句は言わないわ』
『ああ……その時が来たら考えるさ。今、対馬の島の一つを登っているんだが、絶景だ。……見せてやろうか?』
『あら、待って。静かな場所に移動するわ』
少しの間を置いて、彼女が戻ってきた。『いいわよ、準備できた!』
ガランは道端で立ち止まった。足の指を鳴らして念波を放ち、周囲の光景を「概念」として凝縮していく。地平線の先まで続く海、点在する小島、そして温かな風に乗って舞う無数の飛行生物たち。彼はそれらの感覚を一つにまとめ、万象把握を通じて世界の裏側へと送り届けた。
数秒後、共有された感情の微かな疼きが伝わってきた。『……なんて綺麗なの……』翠が心の中で囁いた。
『ああ、だろう? 落ち着いたら、いつか君を連れてきたいよ』
『新しい奥様をプロポーズする前に、ちゃんと私に報告すること、忘れないでね? 退屈なだけの寝台のお相手なんて、私が許さないんだから』
『はは、手厳しいな』ガランは微笑んだ。『よし、これから格闘大会の決勝を見なきゃいけないんだ。また今夜話そう』
『ええ。また後で思いましょう(シンク・トゥ・ユー)』
『ああ、また後で』
接続が途切れると、再び山の音が戻ってきた。彼は登山を続け、岩肌に掘られた大きな洞窟をいくつか通り過ぎた。ある洞窟は活気ある銭湯と食事処になっており、焼き魚の香りが漂い出ている。
別の洞窟からは内部に流れる滝の音が響き、旅人たちがその飛沫を浴びていた。水を引くために設置された太い竹の樋に目が留まる。自然と工学を融合させた見事な仕組みだ。
「……竹を使って水に気を巡らせているのか。しっかり勉強しているようだな」感心したようにガランは独りごちた。
山頂に近づくにつれ、岩場が険しさを増していく。空の民とその飛行船が集まる広場に出た。小さなボートから、専用の係留施設に並ぶ巨大な輸送船まで、様々な船が並んでいる。翼を持つ労働者たちが船体の清掃やエンジンの整備に勤しんでいた。
そしてついに、彼は頂上へと辿り着いた。目の前には、色鮮やかな高山植物と青々とした緑が織りなす広大な景色が広がっていた。道沿いに並ぶ桜の木々から淡い花びらが舞い散り、地面を柔らかく、鮮やかな絨毯のように埋め尽くしていた。
『霊峰の登攀と万里を越える語らい』をお読みいただきありがとうございます。
今回は山道を登り、故郷に想いを馳せるという、少し落ち着いた短めのエピソードをお届けしました。物語の「溜め」の回ではありますが、目的地である「飛天劇場」への道のりには、まだまだ語り尽くせぬほど不思議で壮大な光景が広がっています。
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