フェーズ2:第8話 昭和の日、休みの言い方
中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。
どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。
返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。
共通しているのはひとつだけ。
“追伸だけは必ず。”
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祝日の前日は、帰り際の言葉だけ少し細くなる。
長い休みの前なら、まだ分かりやすい。
よい連休を、また休み明け、宿題忘れないで、遊びすぎないで。言い方は大げさなくらいでちょうどいいし、笑いにして流してもなんとかなる。
でも、一日だけの休みは難しい。
明日は休み。
でも明後日はもう学校。
遠くなるほどじゃない。今日の続きでもない。
その半端さのせいで、帰り際の言葉だけ、急に置き場所がなくなる。
応援ポストは、月間予定表の掲示板の横に置かれていた。
四月の予定表の中に、赤い丸でひとつだけ浮いている祝日。
昭和の日。
名前だけ見ると少し大きいのに、実際に生徒が引っかかるのは、その意味よりだいたい「明日休みなんだ」の方だ。
私は箱の前で、予定表の赤い丸を見ていた。
その横には、部活の活動予定表。提出物の締切。面談週間のお知らせ。紙はいつも通りなのに、廊下を通る声の終わり方だけ、今日は少し違う。
「また明後日、って言いにくいよね」
横から札の子が言った。
今日は腕章も札束もない。ただの在校生の顔で、ただの在校生みたいなことを言う。
「言いにくい」
「近いのに、一回切れる感じがある」
「分かる」
「でも“よい休みを”は大げさ」
「一日だし」
「“またね”だと、今日の続きすぎる」
「面倒だねえ」
「面倒だよ。学校ってだいたい言い方の学校だし」
妙なことを言うなと思ったけど、ちょっと分かる気がした。
学校は行き先も席も並び方も教えてくれるくせに、帰り際の半歩だけは、いつも自分たちで何とかしろという顔をする。
箱の蓋を開ける。
白い紙が一枚。折り目はきれいなのに、字は少し迷っていた。
【HELP】
明日、昭和の日で休みです。
一日だけ休みの前の言い方が苦手です。
「また明後日」でいい気もするけど少しよそよそしいし、
「よい休みを」は大げさな気がするし、
「またね」だと今日の続きすぎる感じがします。
今日、新入生に「こういう時なんて言えばいいですか」と聞かれて答えられませんでした。
休みの前の言い方って、何で決めればいいですか。
(高2)
追伸:一日休みは、距離の測り方がむずかしいです。
「それ」
札の子が肩越しに読んで、すぐ言った。
「今日のやつ」
「今日のやつだね」
一日だけの休みには、一日だけの困り方がある。
予定の中身じゃない。休みの意味でもない。帰る時に何を残すか、の困り方だ。
廊下の向こうでは、もう何組かの会話がほどけ始めていた。
「じゃ、明日休みだね」
「うん、また金曜」
「部活ある人は明日も来る?」
「午前だけ」
言い方はばらばらだ。でも、ばらばらだからこそ困る子は困る。
正解がない場面は、いつも少しだけ手が止まる。
最初の返事は、昼休みの終わりごろに来た。
小さめの字。角ばっていて、余計な飾りがない。
【返事】
高2へ
一日休みの前は、
「休みの名前」より
「次に会う日」を言う方が楽です。
「また明後日」
「金曜ね」
みたいに。
距離が近い人にはそれで足ります。
逆に、あまり話したことがない人には
「おつかれさま」だけで終えても変じゃないです。
(高3)
追伸:休みの言い方は、休みそのものより戻る日の方が決めやすいです。
「戻る日」
私は声に出して読んだ。
「いいね」
札の子も頷く。
「祝日の説明じゃなくて、次に会う位置で決めるんだ」
「一日休み、そこがいちばん確かだもんね」
たしかにそうだ。昭和の日って何の日かは人によって温度が違う。でも、明後日学校があることはみんな同じだ。
同じものの方が、帰り際には使いやすい。
二枚目の返事は、丸い字だった。行間がゆったりしていて、読んだ方の肩が少し下がる。
【返事】
言い方に困るなら、
先に「今日の終わり」の言葉を置いて、
そのあとに休みを足すと自然です。
「おつかれさま。また明後日」
「じゃあ、金曜ね」
みたいに。
休みの前の言葉を一つで決めようとすると固まります。
終わりの言葉と、次の言葉を分けると少し楽です。
(大1)
追伸:一日休みは、挨拶を二つに割ると静かです。
「挨拶を二つに割る」
「大学っぽい」
「もう様式美みたいになってるね」
「でも当たってる」
たしかに、今日みたいな半端な日には一言で全部片づけようとする方が無理なのかもしれない。
おつかれさま。
また明後日。
それなら、近すぎず遠すぎずで済む。
三枚目は短かった。
【返事】
困ったら、
「また金曜」
でだいたい足ります。
祝日の話をしなくても、変じゃないです。
(中3)
追伸:一日休みは、説明しない方がうまくいく時があります。
「つよ」
私と札の子が同時に言った。
説明しない方がうまくいく時があります。
その短さが、今日にはよく合っていた。
意味を足そうとするほど、帰り際は重くなる。
四枚目は、少し意外な方向から来た。
【返事】
新入生に聞かれたなら、
言い方は「関係」で決めると伝えるのもありです。
友達なら少し崩していいし、
まだ距離が遠いなら短くていい。
一日休みの前は、うまい言い方より
相手との距離に合っている方が大事です。
(高3)
追伸:言葉の長さより、距離の長さです。
「距離か」
札の子がそこで小さく言った。
「一日休みって、近い人ほど困らない気がする」
「たしかに」
「遠い人にだけ、言い方を探しちゃう」
そうかもしれない。
仲のいい相手なら、たぶん何でもいい。じゃあね、またね、金曜ね、部活でね。そのくらいで足りる。
困るのは、まだ距離が定まっていない相手だ。新しいクラスの子。話したことはあるけど、帰り際の型までは決まっていない子。一日休みは、その半端な距離を急に照らす。
放課後が近づくと、廊下の空気は少し浮く。
長い連休前ほどではない。でも、いつもの平日より確実に軽い。
今日はちょっとだけ先がある。たった一日ぶんなのに、人はそれでも“前の日”の顔をする。
その時、短い負けが来た。
新しい制服の子が二人、予定表の前で立ち止まっていた。
たぶん高一。片方が予定表の赤い丸を見て、「明日休みなんだ」と言い、もう片方が「うん」とだけ返す。
そこで会話が止まった。
止まったあと、二人とも帰る方向へ半歩だけずれる。けれど、何を置いて終わればいいのか分からない顔をしている。
あれはたぶん、会話の問題じゃない。最後の一言の問題だ。
「行く?」
札の子が小さく聞く。
「うん」
私は頷いた。
近づきながら、危うくこう言いそうになった。
また明後日でいいよ。
でもそれを先に言うのは、ちょっと押しつけがましい。言い方は正解じゃなくて、距離で決めるものだ。さっきの返事が頭に残っていた。
「明日の話、する?」
私は二人にそう聞いた。
片方が、少しだけ驚いて頷く。
「あ、いや……休みの前って、なんて言えばいいのかなって」
やっぱりそうだった。
「仲いいなら、わりと何でもいいと思う」
私は言った。
「でも、まだちょっと距離あるなら、“おつかれ、また金曜”くらいが一番楽かも」
二人は顔を見合わせた。
片方が小さく繰り返す。
「おつかれ、また金曜」
「うん。二つに分ける感じ」
札の子が横から入る。
「今日の終わりと、次に会う日」
大1の返事を、そのまま薄くした言い方だった。
「それなら言えそう」
もう片方が言った。
でも、その直後に少しだけ困った顔をした。
「でも、友達じゃない子に言うなら長くないですか」
そこで私は一瞬迷った。
相手との距離。そこを飛ばすと、また言い方だけが宙に浮く。
「その時は、“おつかれさま”だけでもいいと思う」
私は答えた。
「一日休みって、全部に同じ言い方しなくても変じゃないし」
すると、二人の肩が少しだけ下がった。
全部に同じじゃなくていい。
それだけで、だいぶ楽になる日がある。
「じゃあ……」
片方が、少し照れた顔で隣を見る。
「おつかれ。また金曜」
言った。
隣の子が一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。
「うん、おつかれ。また金曜」
それだけ。
それだけなのに、止まっていた空気がちゃんと前へ進んだ。
ところがそこで、札の子が横から小さく言った。
「“よい昭和を”じゃなくてよかったね」
私は思わず吹き出した。
新しい制服の二人も、一拍遅れて笑う。
「それはちょっと嫌です」
「言われたら困る」
「返しも困る」
三人が順番に言う。笑いが入ると、帰り際の言葉は急に軽くなる。
真面目に困っていたのに、最後だけ少し雑に笑えると、それでだいたい助かる。
そのあとも、帰り際の小さな詰まりは何度か見えた。
部活の子同士は「明日もある?」でつなぐ。
クラスメイト同士は「金曜ね」で済ませる。
先生に対しては「失礼します」で終わる。
新しい関係の人には「おつかれさま」だけ置いて、あとは無理をしない。
一日休みの前の言葉って、たぶんうまく言うものじゃない。
相手との距離と、次に会う位置を、少しだけ見失わないようにするものだ。
放課後のチャイムが鳴って、人が少しずつ校舎の外へ流れていく。
予定表の赤い丸は、そのまま掲示板に残っている。
でも、みんなが困っていたのはその丸の意味じゃなかった。
丸の前後に何を言うかの方だった。
学校の困りごとは、時々そうやって紙じゃないところにいる。
箱の中に、THANKSが一枚入っていた。
折り目は最初のHELPと同じ。迷いながら、でもきちんと決めた折り方だった。
【THANKS】
一日休みの前の言い方を、
休みの意味で考えていたけど、
「今日の終わり」と「次に会う日」で分けるとだいぶ楽でした。
新入生に聞かれた時も、
距離が近いなら「また金曜」、
まだ遠いなら「おつかれさま」だけでもいい、
と答えました。
全部に同じ言い方をしなくていい、と思えたら固まりませんでした。
昭和の日そのものより、戻る日の方が使いやすかったです。
(高2)
追伸:一日休みは、うまい言い方より、無理のない終わり方の方でした。
読み終わって、私は予定表の赤い丸をもう一度見た。
昭和の日。
大きい名前。
でも今日ここで助かったのは、たぶんそこじゃない。
おつかれ。
また金曜。
そのくらいの言葉の方だった。
「じゃあ」
札の子が、わざと少し改まった顔をして言う。
「おつかれ。また金曜」
「うん、おつかれ。また金曜」
私はそのまま返した。
返してから、少しだけ笑う。
ちょうどいい。近すぎず、遠すぎず。今日にはそれくらいが合っていた。
「よい昭和を、は?」
私がわざと聞くと、札の子は真顔で首を振った。
「却下」
「即答」
「それは距離がどうとかじゃない」
「ただ変」
「ただ変」
そこで二人で吹き出した。
笑って終われるなら、今日はちゃんと終わりだ。
帰り際の言葉って、たぶん内容じゃない。
明日が何の日かより、次にどう戻るかの方が先に効く。
一日休みは、そのことを少しだけ見えやすくする。
大きい祝日の名前の横で、みんなは小さい言い方を選んで帰っていく。
それで十分なのだと思った。
追伸:一日休みの前は、大きい言葉を探さない。おつかれと、戻る日があれば、たぶんちゃんと終われる。
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頑張る人ほど、追伸に救われる。
追伸は週1以上、基本は14時更新




