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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
五章 希望の勇者
36/45

36. 戦力の不足

 知りたくもなかった事実による後悔と罪悪感を胸に抱いたまま目を覚ます。全身は嫌な汗で濡れていた。

 女神と話したのは夢の中だった。夢の中の話だったけれど、語られた言葉はきっと真実だった。僕が聖剣を手にしたことでヴィー君を追い詰めたのに、結局僕は勇者ではなかった。

「勇者様?大丈夫ですか?」

「…あ、ああ、何でもありません。大丈夫、です。今行きます」

 なかなか起きてこない僕のことを心配したのか、ガナンさんが僕の部屋にまで来てくれた。動揺を隠して何とか返事をしてから、ガナンさんと教会に向かう。魔王軍の四天王の撃破を報告するために訪れた教会は、いつものように僕を受け入れる。

「偉大なる我らが主よ、敬虔なる聖女よ、我々は魔王軍の四天王を倒し、平和へと一歩近づきました。どうか我らを見守り下さい」

 どんな気持ちで祈りを捧げれば良いのか、教会にやって来た僕のことを聖女神メアリはどう思っているのか。疑問に思ったところで誰も答えない。勇者でも何者でもない僕に興味を持っている人なんていないのかもしれない。

 気まずく思いながらも祈りを終え、改めて教会から外に出る。

「ヒイロ様ー!」

「お見事でしたー!」

 教会から外に出た途端に称賛の声が聞こえてきた。魔王軍の四天王であるガギンゴギンを倒したことに対する称賛の声は、受け入れがたい。

 勇者という立場でない僕には、人々の感謝の言葉が後ろめたい。本来ならば今この立場にいるのは、人々からの賞賛を受けるべきなのは、僕ではなくカンバなのに。

 そして、彼らを守る必要があるのかどうかを疑問に思う。勇者は人々を救うために戦わなければならないのかもしれないけれど、僕は勇者ではない。人々を守る必要があるのだろうか。

 人々を騙している後ろめたさと、自身の肩書に対して迷っている心のせいで、この国から立ち去りたいと願う。それなのに、四天王の撃破を祝うために滞在することを求められる。

「ねえ、あなたたち。会って欲しい人がいるんだけどいいかしら?」

 そして、そんな僕の気持ちも知らず、アナベラさんは誰かと会うように頼んできた。何でも良かった。何でもいいから時間をつぶしたかった。早く時間が過ぎて欲しかった。


 それから、アナベラさんが連れて来たのは奇妙な集団だった。フードを深々と被って顔を隠し、なぜか狼を連れ歩く、見るからに不審な二人と一匹。普段だったら仲間に加えたいなどと思わないかもしれないけれど、今は一人でも多くの仲間が欲しかった。偽物の僕では力不足だから、きっと魔王を倒すことは出来ない。普段は頼もしく思える仲間たちだけでは不安だった。もっと戦力が欲しかった。

 そして、彼らの実力を測るために行われた模擬戦でも、おそらく男性だと思われる剣士は強かった。聖剣による身体能力の向上と、光による目くらましがなければ、きっと僕が負けていた。本物の勇者だったら苦労せずに勝っていたのだろうか。

 ともかく、彼らの実力は申し分なく、もしも彼らが仲間になってくれたら魔王を倒せるだろう。そんな希望的観測を抱いていたのに、彼らは頷かなかった。

「皆さんは死ぬことが恐ろしくないのですか?」

 僕らの仲間になるかどうか思い悩む二人組を見ていると、女性が僕らに疑問を投げかけてきた。その疑問に、頭の中が後悔と罪悪感で埋め尽くされる。前世の両親を残して死に、今世の両親を死なせ、邪神教団を処刑させ、獣人の人たちと騎士のエイブラ、そしてカンバの村の人たちも守れず、ゴーレムを何人も死なせた。僕の歩んできた道には、数えきれないほどの死が存在している。

「僕は既に多くを殺し、多くの知人を殺されている。今更死にたくないって言えるほど、この手は綺麗じゃないよ」

 自然と口から零れ落ちた言葉に、自分自身で納得する。自殺しようとしているのではない。

 ふと、ヴィー君の言葉が頭をよぎる。勇者の死に方は魔王との相打ち、偽物の僕でも、せめてそれは成し遂げなければならない。せめてヴィー君が願った役割の最低限を果たさなければならない。

 戦う気力は、罪悪感と、使命感によって保たれていた。

 結局、彼らが仲間に加わることはなかった。去っていく背中に、戦力の不足を不安に思う。


 それからさらに数日後、四天王の撃破を祝うためのパーティーが開かれた。ワインも、賞賛の言葉も、どこか他人事のように感じられて、一人で会場を抜け出す。夜風で冷静になった頭は、自身の役割を探し求めていた。

 一人で歩いている間は誰にも会いたい気分ではなかった。それなのに、一人で歩く僕に話しかける人がいた。誰にも会いたくない気分だったが、仕方がなくそちらを見る。

「わたくしに挨拶もしないなんていい度胸ね」

 僕に話かけた人影は、どうやらアネッテのようだった。口ぶりからして彼女もパーティーに参加していたようだったが、それに気付かない程度には周囲が見えていなかった。

「何、陰気臭い顔をしているのよ。まるで、あのときみたいね」

 今世の両親が亡くなったときも、僕はこんな風だったのだろうか、僕の悩みを見抜いているかのようなアネッテの態度に、吐き出してしまえばどれほど楽だろうか。僕は勇者じゃないから逃げ出してしまいたい、そう言えたならどれほど楽だろうか。

「お前、雇用主であるわたくしに隠し事なんていい度胸じゃない」

 そんな僕の悩みを見抜いているかのような言葉が、僕の躊躇を取り払う。

「言われたんです。お前は勇者じゃないって」

 口からは弱音が漏れた。そして一度口に出したら止まらず、堰を切ったように言葉が溢れ出す。後悔と罪悪感がとめどなく溢れる。

「僕は勇者ではなかったんです。僕ではなく、カンバが勇者だったんです。僕のせいでヴィー君は死んだのに、嘘だった。僕は人々を騙していたんです」

 恐ろしかった。軽蔑されるのではないかと、偽物の僕など不要だと言われるのではないかと。しかし、そんな不安をよそに、悔悟の言葉を聞き届けたアネッテは、呆れたような表情を浮かべる。

「お前が勇者じゃない、なんて、見る目のない輩もいるのね。誰が何と言おうとも、お前のこれまでを見ればわかるでしょうに。もし、また同じようなことを言われたらわたくしに言いなさい。その時はわたくしが権力で踏みつぶしてやるわ」

 過激な物言いの裏で僕のことを心配しているような言葉に、どこか懐かしさを覚える。まるで、母さんのようだった。

『緋色をいじめようとするやつがいたら母さんに言いなさい。ぶん殴ってやるから』

「なんですか、それ。…母さんみたいだ」

 根本的な解決はしなかったけれど、彼女が僕を守ってくれるという言葉に安心感を抱く。

 それでも罪悪感は残る。人々を騙していたこと、カンバから名誉を奪ったこと、そして、ヴィー君を殺したこと。それらは紛れもなく、僕の罪だった。

「お前の母は、こんなこと言う人間ではなかったはずよ。わたくしに嘘を吐く意味があって?」

「え?」

 想定外の言葉に驚き、少し考えて理解する。僕が話していたのは前世の母さんのことだったが、アネッテにとっての僕の母とは今世の母だったのだろう。その認識の差で、会話に齟齬が生まれたのだろう。そして、軽くなった口のまま、前世のことも話してしまおうと思った。

「実は、俺は一度死んでいるんです」

 前世に一度死んでから生まれ変わったこと、聖剣を引き抜いてしまったこと、様々な戦いを経験したこと、本物の勇者であるカンバのこと、そして、聖女神メアリに語られた僕の正体。その話を聞いたアネッテは怒りを露わにした。

「お前!女神様の言葉なら最初に言いなさい!全く。それなら、お前は勇者ではないのでしょうね」

 そんな彼女の言葉に、やはり僕は勇者ではないのだと一人で落胆する。

「けれど、お前のことを人々は勇者だと思っている。それは紛れもない事実よ」

 それから間をあけず、落ち込む僕を励ますかのような言葉をかけられたが、アネッテの言葉が何を意味しているのか理解できなかった。

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