34. 魔族の恨み
「おそらく、人間に語り継がれている話は、勇者が悪しき魔王を打ち倒す話なんじゃろう。じゃが、魔族に伝わる話は、当然ながら虐殺と屈辱の歴史じゃ」
そんな言葉から語り始められたガギンゴギンの話は、僕にとっては聞かねばならないものだった。
「魔族の文明がある程度まで隆盛した後、どこからともなく勇者が現れ、その圧倒的な力によって魔族を滅ぼさんとする。あるときは魔族にのみ感染する病気が蔓延し、あるときは夜にも煌々と輝く太陽が魔族のみを焼き、そして、あるときは蘇った過去の勇者がその猛威を振るったそうじゃ。今の我々のように敵対関係にあるときならともかく、穏健派の魔王の時代もそうじゃったと言われておる。生き残った魔族はその恨みを、その屈辱を決して忘れぬように、何代にもわたって語り継ぐのじゃ」
四天王のガギンゴギンが語った言葉によって、僕の考えが至らなかったことを自覚する。勇者が人類にとっては英雄のような扱いだとしても、魔族にとってはどのような存在であるかなんて考えなくても簡単に分かることだった。魔族の平和のためなら、僕と戦うなんて当然だった。
「初めて魔王という肩書に選ばれたときのあのお方は、誰よりも心優しく、人間と魔族の間の平和を願われる方であった。じゃが、魔王様の御母君が変わられてしまった。魔王様のお側で人間への恨みを何度も聞くにつれて、人類を滅ぼすことを願われるようになられた。『イブリース、あなたは邪神様によって人類を滅ぼすための力を与えられたの。あなたはその力で魔族を支配し、人類を滅ぼすのよ』御母君が魔王様に何度も何度も語り聞かせた言葉じゃ。その言葉を聞いているうちに、だんだんと魔王様の考え方も変わられてしまった。その力をもって、魔族のみではなく人類も支配することを夢見るようになられたのじゃ」
魔王の過去を語るガギンゴギンの表情からは、懐古の念と後悔をはっきりと感じられた。
「どれだけ後悔しようとも、その過去は変わりません。魔王が変わるのを止められなかった事実も、あなたが人里を襲い続けていた事実も消えません。あなたに出来ることは、贖罪することだけです。そうすることであなたの罪は許される、かもしれません」
「儂の罪…か。それもそうじゃな。魔王様の命令とはいえ、多くを殺してしもうた。年配者として、若者が誤った道に進もうとしているのを止められなかった。もし、儂が行動を起こしておれば、人類と魔族の間の溝がこれほど深くなっていなかったやも知れぬな。…お前たちも儂を恨んでおるのじゃろ?殺すが良い」
ガナンさんの言葉を聞いたガギンゴギンは静かに俯き、それが贖罪だと言いたげに首を差し出した。しかし、僕には彼を殺す意思などなかった。
「僕はお前を殺さない」
「何故じゃ?」
何故?その言葉に改めてガギンゴギンを殺さない理由を考える。勇者の使命感、何人も殺してしまった自責の念、両親のために殺したくないという僕のわがまま、そして、魔族の心を認識したこと。理由はそれだけだろうか?
それよりもきっと、ひしひしと感じる視線が一番の理由だった。言葉を発さずに僕らを見つめていたゴーレムたちから、ガギンゴギンを殺さないで欲しいという願いが伝わってきていた。
今にして思えば、アチーチだってあんなに感情豊かだったのだから、他の魔族だって心を持っていることは明らかなのに、当たり前のことを人間と同じように大切な存在の死を恐れるゴーレムたちの姿を見てようやく実感する。魔族の死も数多くの魔族を悲しませるのだ、ガギンゴギンのことを慕うゴーレムたちのことを思えば、殺せるはずなんてない。
「お前がしてきたことは褒められたことではないかもしれないけれど、魔族が人間に恨みを抱くのも無理はないと思った。それに、魔族も人間も関係なく、命は重いんだ」
「魔族も人間も関係ないじゃと?」
「そんなこと、当たり前だ」
僕の言葉を聞いたガギンゴギンはしばらく黙り込み、思い悩む様子を見せてから一つの結論を出した。
「お主は、伝え聞いた他の勇者とも、今まで出会ってきた人間とも違う。優しいと形容するのも相応しくないような異常性を持っておる。それから、そこな騎士に言われたように、残りの幾ばくかの生は償いとともに生きようかの」
ガナンさんと僕の言葉を聞いたガギンゴギンが出した答えは、無抵抗で僕たちに捕らえられることだったらしい。そして、彼の号令によって他のゴーレムたちも戦いを止めた。
和解というほどではないが、お互いの落としどころで納得している僕らのことを、カンバが悩まし気な表情で見ていた。
多数のゴーレムを引き連れて村に帰る途中、何人ものゴーレムの遺体?残骸があった。僕らのもとにたどり着くまでの間にカンバが殺したのだろう。見なかったことにするのは容易いけれど、彼らの死を軽視していいはずなどなかった。
「この人たちを埋葬しても良いですか?」
誰に聞くでもない僕の頼みを否定する人はいなかった。そして、ゴーレムなりの埋葬の方法と、一人一人の人柄などの話をガギンゴギンに聞くと、彼はまた僕のことを異常だと形容したが、それでも必要な行為だと思った。
埋葬などを終えてから、多くのゴーレムを引き連れてモテン村に戻った。魔族を引き連れた僕らのことを受け入れてくれるのか不安だったけれど、村人たちは僕たちのことを責めなかった。それどころか、多くの人が僕の決断を尊重してくれた。勇者という肩書が彼らを納得させたわけではない。
「儂はもう戦うつもりなどない」
村人たちはそんなガギンゴギンの様子を見て納得したのだろう。そして、ガギンゴギンも彼らの思いに応えるかのように決意の言葉を吐く。
「戦うよりも償いながら生きるべきだと教わったのじゃ。だから、儂に出来ることなら償いたい。償いたいのじゃが、自分たちのことを襲った儂のことを受け入れる者などきっと居らぬじゃろうな」
躊躇いがちに発せられたガギンゴギンの言葉に、辺りは沈黙に包まれた。受け入れられないだろうことは、誰しもが心の中で同意していた。
「それなら、俺が一緒に行く」
だからこそ、カンバの言葉は誰も予想していなかった。魔族に対する恨みを抱いていたはずでは?魔族を許したのか?そんな疑問が頭に浮かぶ。
「魔族が人類に対する恨みを抱いていることや、奴らにも感情があるなんてこと、俺は知らなかった。魔族に対する恨みは忘れないけど、俺だってきっと恨まれて当然の行いを重ねていた。そのことに勇者様のおかげで気付けました。だから、俺もお前と一緒に償うべきだと思っただけだ」
その決意をするまでの間、カンバはどれほど迷ったのだろうか。彼が悩みぬいた末に出たであろう意見を否定する者はいなかった。
兎にも角にも、モンテ村の人たちは四天王を撃破したことを祝うための宴会を開いてくれた。そこに倒されたとされる四天王本人がいることは変な気もした。
その宴会の最中、ともに戦ってくれた女性が僕らに話しかけてきた。
「戦ったとき以来ね、勇者。それにしてもあなたたち、聖剣、近接、近接、補助魔法って、バランス悪すぎないかしら?だから、あたしが同行してあげるわ」
「何故協力してくれるのですか?」
「そうね、あなたがおかしいくらいにお人好しだから、かしら。それで、あたしはアナベラ、魔法使いよ」
少し雑な経緯で僕らに仲間が加わった。
宴会からさらに数日後、僕らが村を出るのと時を同じくして、カンバとガギンゴギンも村を出ることになったが、その瞬間になって不安が襲ってきた。このままでは、村を守る人が居なくなる。
『お前は平和を守っても、人々のことは救えていない』
ヴィー君の言葉が頭をよぎる。一時的に四天王を退けることができたが、僕らがここで立ち去ってしまえば、誰が彼らを魔族から守る?彼らの不安を誰が取り除く?残された彼らを救うにはどうすれば良いのだろうか。
そうやって思い悩んでいた僕に向かって声をかけたのは、思いもよらぬ存在だった。
「お、俺たちが…守る」
ガギンゴギンの部下のゴーレムは、ぎこちなく話しかけてきた。ありがたい申し出だったが、何故?そんな疑問が頭に浮かぶ。そして、その疑問に答えるようにしてゴーレムはさらに続ける。
「お前、ガギンゴギン様殺さないでくれた。仲間の核を丁寧に取ってくれた。恩返ししたい」
嘘ではないかと疑いもしたが、魔族にだって心があるのだ。ガギンゴギンを殺さなかったことに恩を感じていると、信じることにした。モンテ村の人たちは不満や怒りの感情を見せず、ゴーレムのことを歓迎してくれているようだった。
その後どうなるか不安に思う部分もあるが、ゴーレムたちの助けに感謝をして、僕らはモンテ村を去った。それから国に戻った僕らのために、偉い人たちが四天王の撃破を祝ってくれることになった。情報の伝達の速さに驚くが、そんなことよりも、今回の戦いを経て思ったことがあった。それは聖剣を使わないと僕はろくに戦えないことだった。そのことを仲間に相談する方法を迷いながら眠りに就く。
「主は仰せられました。悔悟の念を抱きし者は赦されるべき。しかし、反省するには自分が犯した罪を自覚する必要があります。さあ、今こそあなたの罪と向き合うときです」




