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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
三章 使命の理解
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15. 聖騎士ガナンの故郷

 そうして稽古と勉強を繰り返していたある日、ここから遠くない村に現れた竜をどうにかしてほしいという依頼が僕たちのもとに届いた。長らく同じことを繰り返す日々が続いていたため、久しぶりに遠出ができるという事実に気分が高揚する。

「勇者様、目的地はカンパニ村という場所だそうです」

「そうなんだ。ガナンさんは知ってますか?」

「強いて言えば女神派の教会があるくらいで、他には特徴のない小さな田舎の村ですよ。ここから西に向かってしばらくの間行けば着きますよ」

 僕とプレッセルにとっては聞いたことが無い地名だったが、ガナンさんはその場所のことを知っているらしく、どこか遠い目をして応えた。それがどんな感情から来る言葉だったのか、僕には分からなかった。


 僕たちは馬車に乗ってその村に向かうことになった。ちなみに御者として派遣されたのは、聖女派の使者として僕のことを迎えに来たファンヴだった。彼は馬車が走っている間馬のお世話で忙しそうだったため、僕らの会話にあまり混ざってこなかった。とはいえ、もともと僕たちの間にあまり会話はなかった。

「ガナンさんは今から向かう場所のことを知っているんですよね?カンパニ村とはどんな場所なんですか?」

「私が育った場所です」

「そうなんですか。ガナンさんの故郷、どんな場所なのか気になりますね」

 唯一交わされた会話はそれくらいだった。これから向かう場所の詳細について知りたかったが、ガナンさんからはそれ以上返事が返ってくることもなく、何となくそれ以上踏み込んで聞けない雰囲気があった。いつもは快く会話に応じてくれるガナンさんは何も話してくれず、プレッセルはガナンさんのことを好ましく思っていないせいで話をせず、馬車の中には気まずい空気が流れていた。


 一週間程度の間、静かに馬車に揺られてからたどり着いたその村は、長閑な雰囲気が漂う田舎の小さな村だった。

 僕らがその村に到着すると少し困った様子の人たちが僕たち、というよりも主にガナンさんのことを歓迎しにやって来たが、僕が誰なのかは知らなさそうだった。それどころか、僕たちが聖女神教からの遣いだと理解すると何かを恐れているような様子に変わり、僕たちのことを遠巻きに見るようになった。

 ガナンさんは遠巻きに集まった人々の中に誰かを見つけたのか、人波をかき分けるようにして進んでいき四十代に見える男女の前で立ち止まると、その二人に対して一言声をかける。

「お久しぶりです。牧師様、シスター。その、お元気でしたか?」

「あ、ああ。久しぶりだね、ガナン君。私たちは、元気だよ」

 会話と服装から彼らがこの村に住まう牧師と修道女だと分かり、その二人とガナンさんが話している様子を村人たちが緊張した面持ちで眺めている光景から、二人が村の人たちから慕われていることも伝わってくる。

 おそらく久しぶりの会話なのにお互い嬉しそうに見えず、ぎこちなさを会話から漂わせていた。お互いにかつての距離感を忘れ、今現在の相応しい距離感を分かっていない様子だった。その気まずそうな空気感から、彼らの別れがよくないものだったと外野から勝手に邪推してしまう。そんな彼らの関係性を見ても、僕には何をどうすれば良いのかわからず心配することしかできない。

 この遠征がうまくいくのかどうか不安で仕方なかった。


 しかし、彼らの間にどんな事情があろうとも、村の人たちが僕たちのことを警戒していようとも、僕たちは問題を解決するために派遣されているため、何もしないわけにはいかないから、とりあえず村の人たちに話を聞いてまわることになった。

「ガナン君、大きくなったなぁ。小さい頃は儂に剣を教えてほしいなんて言っていた子供が、こんなに大きく立派になって。本当に感慨深いなぁ」

 聞き込みの際にはガナンさんがいたおかげで追い返されず、それどころかしみじみと在りし日を偲びながら積極的に情報提供をしてくれた。けれど、僕とプレッセルに対しては変わらず訝しげな表情を見せていた。こんな子供に何ができるんだという不信感と、何かを知られることに対する恐れが前面に出ていた。

 そうして何軒もの家を回って情報を集めていると、母親が竜に襲われたという子供から話を聞くことができた。その男の子は涙をこぼれさせながら、絞り出すようにして助けを求めてきた。

「母さんが襲われたんだ。ここから北の森の中に果物を取りに行ったときに竜に襲われた。早く退治して、ここをいつもの平和な村に戻して!」

 僕より少し年下の子供は、母親が襲われたことへの怒りとその原因を解決できない無力な自分への悔しさを隠さずにお願いしてきた。

 その子が親を心配に思う気持ちがあまりに眩しくて、断りたくないと思う。断ることなんてできないと思う。その姿を見たら、僕だって素直に心配すればよかったのかもしれない、お父さんの言葉に逆らってでも一緒に戦えば良かったのかもしれない、そんな劣等感を抱いてしまう。

 けれどその子に心配させないために、暗い感情を隠しながら答える。

「もちろん、僕に任せて。絶対に僕が何とかする。だから、君はお母さんのそばに居て大丈夫だよ」

 精一杯に強がりながらの返事を聞いたその子どもは、安心したみたいにほっとため息をつく。

「本当?よかった。牧師様の教会で女神様にお願いしたんだ。どうかこの村を助けてくださいって。ありがと、勇者様。どうかこの村を救って」

 涙でしわくちゃの笑顔で答えたその子のためにも、僕は負けられない。


 その後はこの付近に現れた竜の特徴などについての話を聞いた。母親からの又聞きだと言っていたが、二メートルぐらいの高さで、毒の息を吐き、大きな翼を持っているとのこと。

 得られた情報があまり現実離れしていて、まるでゲームのような情報と、親を思う子の涙を見たせいで前世の両親との思い出が頭の中に蘇る。

 前世の俺はそこまでゲームをする方ではなかったけれど、父さんはそんな俺よりずっとゲームが下手だった。思ったように画面上のキャラクターを動かせなかった父さんは、困惑しながら笑っていた。

『ボタンが多すぎてよくわからなくなっちゃうね』

 困ったように笑う父さんと僕のことを、母さんは静かに微笑みながら見守っていた。

 そんなありきたりな日々の思い出が蘇る。

 気が付くとまた前世の幸福な日々の思い出に縋っていた。何度も思い出す度に、幸福な日常と両親が居ない現実との乖離に苦しくなる。もはや僕にとっての思い出は、前世と今世の両親の思い出は、心を支えるものではなく心を苛むものになっていた。


 一通り情報を集め終わって時間が空いたから、どこかぎこちないガナンさんに話しかける。この村に来てからずっと物思いに耽っていた彼の悩みの助けになりたかった。

「この村に、何か良くない思い出があるんですか?牧師様やシスターの方と何かあったのですか?」

 デリカシーのない聞き方だったかもしれない。けれど、どうすれば彼が不快に思わないように問いかけられるのかも、彼が何について思い悩んでいるのかも分からないくらいには、僕たちはお互いのことを知らなかった。

「何もありませんよ。平和に、ただただ幸福に過ごしていました。彼らは私の親のように立派に育ててくれました。ここで暮らした過去が幸福だったからこそ…すみません、語りすぎましたね。久しぶりの故郷に、少し感傷に耽っていたのかもしれません」

 語りすぎたことを反省したような様子を見せた彼は、それ以上何も話してくれなかった。明らかに苦悩している仲間に何もできないことが口惜しかった。

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