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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
三章 使命の理解
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12. 聖女神教の遣い

 処刑の日からさらに数日経った後、聖女神教の上層部の人たちの指示によって、僕を迎えるための使者がやって来た。これでようやく平穏な日々が終わり、人々を守るために戦う日々が、使命を果たすための日々が、両親へ償うための日々が始まる。


 僕の旅立ちの前日にはちょっとした見送り会を行ってくれたが、実際にこの地を旅立つ直前になると、これまでお世話になったことへの感謝と、ここを離れて暮らすことへの寂しさがこみあげてくる。

「短い間でしたが、お世話になりました」 

「私たちはみんな、ヒイロ君のことを家族の一員だと思っている。だから、辛いことがあったときでも、いつでも帰っておいで」

 領主様のその優しさに包まれたくなる。

「そうよ、いつでも帰っておいでね。そのときはまた、アンの話し相手になってあげてね」

 奥様も僕がこの家に帰ってくることを許してくれている。

 短い間だったが、一緒に鍛錬をした騎士の人たちも、家事のやり方などを教えてくれた使用人の人たちも、この家に住む全員が温かい笑顔で見送ってくれる。

「そうよ。お前は私の部下なのだから、勝手に出て行っていいはずなどないわ。ヒイロ、必ず帰って来なさい」

 他の人たちと違って、偉そうに別れの言葉を言い放ったアネッテに思わず笑ってしまいそうになる。

「はぁ。…わかりましたよ、アネッテ様」

 この家に暮らす人達の暖かい気持ちに触れて、この家に帰りたいと希望を抱いてしまう。アネッテの奔放さに触れて、救われたいと願ってしまう。居心地の良さに後ろ髪をひかれてしまう。

「早く来てください、勇者様」

「わかりました」

 なかなか動こうとしない僕のことを見た使者が発した命令を聞いたおかげで、浮かれていた気持ちが落ち着き、何とか自分の罪と役割を思い出すことができた。お母さんとお父さんのことを心の底から親だと思うこともできず、結果的に両親を見殺しにした僕は、一時の仮住まいに過ぎないオクセンシェルナ家の人たちに庇護を求めることも、彼らのぬくもりに帰属意識を高めることも許されていない。僕の使命は両親たちへ償うために戦い続けることなのだから。

 何とか自責の念を取り戻せたおかげで、この家から旅立てそうだった。居心地が良く、人の温もりに溢れるこの場所にこれ以上滞在していたら、いずれまた自分の罪を忘れてしまいそうだった。


 乗せられた馬車の中には僕と二人の使者、それと御者が一人で計四人いたが、御者の人は馬の世話で忙しく、馬車の荷台のような部分に座っていたのは僕を含めた三人だった。

 馬車の中に流れる空気は、あまり居心地の良いものではない。使者のうちの片方は、僕の価値を測ろうとする眼差しをこちらに向け、もう一人は興味を隠そうともせず僕とその傍らにある聖剣を見てくる。それらを意にも介さず、しばらくの間暮らしていた家が、穏やかな日常が、優しい人たちが遠ざかっていくのを眺めていた。

「なんでこんな教典を読んだこともないような、ろくに何も知らない田舎者が勇者に選ばれるんだ。ガナンさんとか、もっとふさわしい人が居ただろ」

「おい、言い過ぎだぞ。生まれた場所は仕方がないだろ」

 オクセンシェルナ家があるであろう方向を眺めていると、物を知らない僕のことを意識的に見下した上で発せられた言葉と、無意識のうちに見下して発せられた言葉が聞こえてきた。罵倒されたことに多少は不快感を覚えるけれど、そんなことで傷つく権利も、彼らに怒る権利も持っていないような気がした。

 それよりも、せっかく話しかけてきたのだから、聖女神教に所属していて僕よりも勇者について詳しそうな二人に、勇者として僕がなすべき使命の話を聞きたかった。

「勇者として、僕は何をすれば良いですか?女神様は、力あるものには責任があると仰せられている。そう領主様から教わったことがあります。どのようにすれば、勇者としての使命を果たせますか?」

 両親たちへの贖罪や、両親たちとの約束を守るために知りたかった。すると、僕の疑問を聞いた使者の二人は、少しだけ驚いたような表情をした。

「多少は聞いたことがあったのか」

「素晴らしい心掛けです、勇者様。そうですね、勇者としてなすべきことは、伝承に則って魔王を倒すことだと思いますよ」

 田舎者だと見下していた僕が一節とはいえ経典の内容を知っていたことに、二人は驚いたような反応を見せた。そして、驚きながらも帰ってきた答えは想像通りの内容だったが、他の人の言葉に自分がなすべきことの確証を持てた以上、後は行動に移すのみだった。

 話したいことが終わると会話は途切れ、静かな馬車の中には再び気まずい空気が流れる。それ以上会話を続けようとしないその様子からは、僕の前に座る使者の二人が初対面に近いのか、あまり良好な関係性でないことが察せられる。

 気まずい空気に耐えられなかったのか、使者のうちの一人が絞り出すように話題を振る。

「…あー、えっと、勇者様は、俺たちが誰なのかとか気にならないんですか?」

「そうですね、二人はどんな関係なんですか?」

 別に無視するようなことでもないから聞かれたことに対して質問を返すと、ずっと言いたかった不満を隠し切れなかったみたいにして、二人ともつらつらと文句を語り始める。

「俺たちは二人とも聖女神教の信徒なんですけど、俺は聖女派で、こっちの態度の悪いほうは女神派なんですよ。それで聖女派と女神派は、仲が良いとも悪いとも言えない微妙な関係なんですよね」

「おい勇者。微妙な関係ならば一緒に来なければ良いとでも思っただろ。そうじゃないんだよ。自分たちだけが来ていたら、相手は勇者を軽視している、相手だけが来ていたら、手柄を独り占めにされている。そういった言いがかりをつけられるんだよ。仲が良いとか悪いとかそんな理由で、二人一緒に来ているわけじゃない。分かったか?」

 心を読まれたみたいな返事に驚き、そこまで仲が良くないという事実に困り、うまい言葉が思い浮かばなかった。

「そうですか。あまり仲良くないんですね」

「まあ、なんで仲が悪いかって聞かれると、そんなの当然のことですけど」

「「自分の宗派こそ正しいと信じているからだよ(ですかね)」」

 二人とも自分の宗派に対する信念を堂々と言い放ち、お互いに睨みつけていた。

「おい勇者、良く聞けよ。多少の価値観の差異は許容できるが、結婚観に関する我々女神派と聖女派の違いだけは、きっとお前もおかしいと思う。奴らは弱者救済という大義名分のもとに、孤児や未亡人、それから奴隷との重婚を許可している。実際、聖女派の金持ちには、ハレムを持っている人間が何人もいる。女神様の信徒たる我々は、清貧で高潔でなければならない。だからこそ、我々女神派の牧師は結婚を許されていないのに、奴ら聖女派の連中は色欲に溺れている。おかしいと思わないか?片田舎の勇者」

「はあ!?そう言ってるけど、そっちのガナンさんは聖騎士修道会の一員なのに結婚したんでしょ?結局形だけの規則じゃん!勇者様、こっちの言い分も聞いてくれますよね?あっちは…」

 その後は、激しい言い争いが始まり、どうやっても止められそうにないから、僕は黙って聞いていた。自分たちの宗派こそ正しいのだと知らしめるためにいろいろと語りかけてきたけれど、どちらが正しいのか判断をつけようとも思わなかった。


 ガタゴトと揺れる馬車に乗っていると、寝不足も相まってだんだんと眠気に耐えられなくなってくる。

 夢現の中、前世で見たとあるテレビ番組の記憶がよみがえる。その番組では、電車で眠たくなる理由のうちの一つは母胎回帰だと言っていた。一緒にテレビを見ていた母さんは、資格の勉強とかで寝たことが無いらしかったが、部活の疲れとかいろいろな理由で、俺は座れたときはだいたい眠っていた。

 懐かしい前世の記憶をぼんやりと思い出しながら、電車ほど座り心地が良くない、不規則に揺れる馬車の中で眠くなる。今も眠たくなっている理由は果たしてそれと同じなのだろうか。

 たまらなく母に会いたくなる。

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