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48:凸凹コンビ②

 

 人里の狩人が苦戦しながら巨大な熊を解体している傍らで、筋骨隆々とした男と黒い髪の少年が握手を交わしている。


「オレはベイル。傭兵をやってる。」

「ハヤトです。俺も傭兵です。」


 さらにその横には、赤毛の女と美丈夫な脚の少女が互いの相方に寄り添っている。


「ウチはリンっス!シショのデシやってるっス!」

「リオンだ。こいつの奴隷やってる。」


 ん?とベイルとリンが振り向く。


「赤毛で、リオンっつうと……お前もしかして『紅い疾風』か?」

「まあ、そう呼ばれてるな。」


 リオンは何気なく答えると、リンは「ええーッ?!」と素っ頓狂な声で叫ぶ。


「シショ、どーするっスか?!ケンショーキン目当てでここまで来たのに!」

「『紅い疾風』がいるらしいって聞いて来たっつうに、デケェ熊もどきとカチ会うわ、金貨三枚の懸賞首はもう奴隷になってるわ。散々ったらねぇな。」


 どうやら彼らも『紅い疾風のリオン』を捕まえるべく、ハアースに向かっている途中だったようだ。しかし一週間以上前に自分が捕縛して、奴隷にしてしまった。


「なんかすいません。俺が捕縛したんで金貨は俺が独り占めしちゃいました。」

「んで、夜も寝床で独り占めってか!やるなお前ッ!」

「それがよ、アタシのご主人様はアタシの生肌見てもおっ勃てねぇんだなこりゃ。」

「んだよ、もったいねぇな。オレが代わりに味見しても__」

「ダメです。リオンは俺の物なんで。」

「ケッ。イイご主人様気取りやがってよ。そういう(あそ)びかってんだ。」


 少々下世話な雑談に興じている三人の横で、きょとんとしたままのリンは放っておかれている。弟子が置いてけぼりを食らっていることに気がついたベイルの大きな手で、ずっと高い所から頭を撫でられながら。


「リン、お前にはまだ早い。」

「な、なんなんっスか!子ども扱いはやめるっス!」


 ガハガハと笑うベイルと、子犬のように吠えるリン。巨大な熊と戦った時といい、とても息の合った二人組のようだ。


 ところで。喫緊の問題は、あの獅子のようなたてがみを生やした巨大な熊が、この中世ヨーロッパ風の異世界に存在していることだろう。この世界に来てからいわゆる「モンスター」の類とは出会っていなかったところに、それと遭遇したわけだ。


「この辺にこういう巨大な熊ってよくいるものなんですかね。」


 ハヤトの問いかけに、ベイルは首を横に振る。


「んなわけねぇ。二十四年生きてきて、傭兵やりながらあちこち回ってるが、こんなバカでかい熊もどきがいるなんて話は一ッ度も聞いたことがない。」


 とすると、やはりこの世界には「モンスター」の類の生物はいないのだろう。まあもっとも、言葉を話せない怪物よりも、言葉を話す人間(モンスター)の方がよほど恐ろしい気がするが。


「シショ、これからどうするっスか。」

「目当ての賞金首が狩られた後ってんじゃあ、もう南に行く用は無いしなぁ。」


 どうやら彼らは行き先に困っているようだ。そこでハヤトは、思い切って訊ねる。


「俺たち王都に向かってるんですけど、しばらく一緒に行きませんか。」


 王都までの長い旅路の中でせっかく出会ったのだから、道中で先輩傭兵とその弟子の武勇伝でも聞きたいところ。

 リンは「シショ!」と朗らかな顔で跳ねている。が、ベイルは難色を示した。


「確か今、テルナには親父と妹がいんだよなぁ……。」

「お父さんと妹さんとは、あんまり上手くいってないんですか。」


 ベイルは喉奥で唸る。


「親父はいいんだ、わりとウマが合うからな。けど妹がよく口が回るタチで、とにかく煩くてよぉ。しかもケンカでも勝てねぇし。だから正直、なるべく会いたくないんだよ。」


 この筋骨隆々とした男に口でも拳でも勝る妹とは、いったい何者なのか。ハヤトは内心で恐々としながらも、「まあ。」とベイルが頷くのを見逃さなかった。


「同業者からの誘いだからな。せっかくだ、少しは一緒に行くか。」

「よろしくお願いします!」

「へへっ。よろしくっス!」

「おいおい。なーんでお前はそうやって、騒がしい連れを増やすんだよ。」


 小言を垂れているリオンも、口の端には笑みが浮かんでいる。


「けど、その前に……。」


 人里に襲来した巨大な熊を討伐せしめた四人の戦士たちは、住民たちに囲まれながら熱視線をこれでもかと浴びている。

 これはつまり、そういうパターンである。


「お礼がしたいから、ぜひ泊まっていっておくれ!」


 長老らしき老齢の男の一言で、戦士たちの口角はこれでもかと跳ね上がった。





「ダッハーハッハ!いーぞいーぞ!もっと酒持ってこーい!ついでに女もこっち来ーい!ダッハッハ!」

「何なんっスか!ウチはそんなの持ってないっスよ!やめるっス!」


 ハヤトは、かの妹君に同情していた。

 太陽が白から橙に変わりはじめる頃に集会場で宴が始まってから今までで、筋骨隆々とした男は大樽一つを一人で空にしてしまうほどの酒を飲み、彼の周りには伸びた若い男や粉々になった椅子の欠片が転がっていて、若い女の尻と胸を雑に揉みしだいてばかりいる。

 これではいくら腕が立つとしても、妹君から小言を刺されてしまうのは必然だろう。むしろ自分が尻をひっぱたいて桶で水をかけてやりたいくらいだ。


 さらにそれの弟子は、宴が始まる前から人里の方々でトラブルを起こしている。小さいものは誤って柵を破壊して家畜を逃がしてしまうこと。大きいものだと、長老の一族伝来の家宝を調子づいて粉砕してしまうこと。まるでひとマス進む度にバッドイベントが起こるすごろくをやっているようだ。

 彼女は周囲に実害を与えているし、自身にも被害が及んでいる。持ち前の明るさと人懐っこさ、あるいは特徴的な脚技でなんとか乗り越えているが、見ていて安堵できる瞬間がない。


 その上に。リオンも集会場の一角をまるで要塞のように占拠してしまって、酒や食べ物をこれでもかと独占している。壁の内側では若い女を何人も侍らせていて、尻や胸を雑に揉みしだいてばかりいる。

 早く酔い潰れて寝てしまってほしい。ハヤトは切に願いながら、抱えて行ったいくらかの食事を、一人でひっそりと平らげていた。





 翌朝。浴びるように酒を飲んだ男と同一人物とは思えないほど平然としているベイルと、宿まで追いかけまわされて疲れ切ったはずなのに元気いっぱいのリン。それから頬や腕の肌がやけに艶やかで張りのあるリオンを引き連れて、ハヤトは人里を後にした。


 遠くに見える木立の向こうまで、延々と続いている土の道を歩いている四人は、ひたすら歩いたり、たまにのんきな雑談をしたり。ゆっくりと、揃ったペースで歩みを進めていく。


「ベイルさんはハアースに向かう前はどこにいたんです?」

「アプリー公爵領の先にある、イリー公国だ。物騒な噂をいくつか聞いたんで行ってみたら案の定、稼げる依頼がわんさかあったぜ。」

「でもシショ、ぜーんぶ酒と女に変えちまったっス!おかげでスカンピンっス!」

「だーから『紅い疾風』をひと狩りして、金貨三枚を手に入れようと思ってたのによぉ。熊もどきの報酬も酒と食いモンだけだったしで、ってらんねぇぜ。」


 昨晩の行いを思い返しても、彼の自業自得である。


「つうか、リン!お前だって分け前全部、ぶっ壊したモンの弁償やら食いモンやらに変えちまって、銅貨一枚残らなかったじゃねぇか!」

「シショが壊した物も代わりにベンショーしたっス!文句言うなっス!」


 仲良く吠え合っている師匠と弟子の姿を、ハヤトとリオンは温かい目で見守っている。

 それにしても。拳で真正面からぶつかるベイルと、脚で多彩な攻撃を繰り出すリン。あまりに対照的な二人が師匠と弟子の関係になった経緯が、ハヤトは気になって仕方がない。


「二人はどこで出会ったんですか?」

「フロリアーレの東にある、アカサス伯爵領だ。仕事探しに傭兵ギルドに行ったら、家出してきたばかりのコイツと出会ってな。なんだかわからんが『シショ』って呼んできて、勝手についてきたんだよ。」


 筋骨隆々とした体の肩の辺りにある、ハヤトのそれに似た黒い髪を後ろで一つまとめにしている頭を、ベイルは分厚い手で雑に撫でまわしている。


「ずっと前にチチとハハ、ジジとババでみんな一緒にこの国に来てから、ウチが産まれたっス。みんな女子(おなご)に旅はさせないって言うから、こっそり出てきたっス。」


 このはつらつとした少女のことだから、両親はさぞかし心配していることだろう。

 それから、「この国に来た」という表現からして、彼女はフロリアーレ王国の外から来た人々の子どもらしかった。


「リンの家族の故郷ってどこなの。」


 リンは無抵抗に撫でまわされている頭を捻って、しばらく考えてから。


「東の海のずぅっと先にある、『白馬王国バイ・マゥ・ワン・グウ』って国……と、チチとハハは言ってたっス。」


 リオンとベイルは不可解そうな顔をしているが、ハヤトにだけは彼女の「白馬王国」の言葉の響きに馴染みがあった。

 故郷日本にとって西の海を越えた先にある、巨大な赤い国。その国で使われている言葉の音によく似ていたからだ。もっともその言葉の意味も理解できたのは女神に与えられた、この世界の言葉を理解できるようになる能力の影響であろう。

 東の海の先にある、「白馬王国」。それはイスタキアが言っていた「ファフィ大陸」を支配している国のことだと察せられる。


「ってことは、リンもマグリ人なんだね。」

「うん。チチもハハも『買人(マゥ・グイ)』だし、たぶんそうっス。まあ産まれてから一度も見たことないっスから、故郷と言えばこの国なんスけどね!」


 マグリ人。その呼び方は、そもそもオナー人のイスタキアから教わったものだ。本来は自身を「買人(マゥ・グイ)」と呼ぶ人々で、その呼び名をオナー人が聞き取った時に「マグリ」へと変形してしまったのであろう。


「ってことは、マグリ人の言葉はわかんないんだ。」

「そうっス。ずっとこの国で暮らしてるっスから、ちょっとしか知らないっス。時々ジジとババの言ってる言葉がわかんなくって、悲しい顔をさせてしまうっス。」


 そう言う黒い髪の少女は、ずっと遠い所をぼんやりと見つめている。


「たくさんカネを稼いだら、みんなにおっきい畑を買いたいんス。それで、出ていった時に盗んだカネも返したいんス。」


 彼女の茶色い瞳は爛然とした光を放ち、輝かしい未来を照らし出している。

 まだ見ぬ場所にある、彼女の「故郷」の風景と共に。


「……リオン?」


 ふと、隣を歩いている赤毛の女も、遠い目をどこかへ向けていた。


「うるせぇ。」


 気にするな、と言いたげな彼女の深みのある赤褐色の瞳にも、何かを懐かしむ哀愁が漂っている。ハヤトは、そのように感じた。


「おいおい、妹に会いたくねぇオレに家族の話は聞かせないでくれよ。ちっとは気にしちまうだろうが。」


 黒い髪の頭を撫でていた分厚い手が、今は荒々しい短髪を掻きむしっている。


 家族、か。

 父も、母も。突然いなくなってしまった自分のことを、さぞかし心配していることだろう。ホノカの両親もきっと、彼女の安否を気にして夜も眠れていないはず。

 親の心、子知らず……とは言うものの、ずっと近くにあったモノが不可抗力によって、遥か遠い所にいってしまうのは。些か、心に堪える。


 家族。その言葉の先にある人々に思いを馳せながら、四人は北へ上っていった。


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