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47:凸凹コンビ①

 

 ハアースを出てから五日目。二人は小さな人里に辿りついた。

 しかし何か様子がおかしい。住民たちは一様に西の方を気にしていて、その顔にはどこか恐れや慄きが見てとれる。どうやら只事ではない状況にあるらしかった。


「何かありましたか?!」


 急いで住民に近づくと、住民の一人が西を指さして叫ぶ。


「ば、バケモンが!熊のバケモンがぁ!」


 焦点が合っていない目は、何か恐るべきモノを映しているように見えた。


「行こう、リオン!」

「わぁーったわぁーた。そう言うと思ったよ。」


 二人は荷物を担ぎなおして、人里の西に駆けていく。

 すると突然、爆発音のような大きな衝撃が鼓膜を叩く。

 二人はさらに急いで現場に駆け付けると、そこでは既に二人の戦士が、住民たちの平穏をおびやかしている「それ」と交戦していた。


「リンッ!回り込め!」

「オッス!行くっスよーッ!」


 筋骨隆々とした体をしっかりとした拵えの革鎧で覆っている男と、防具を革の胸当てと脚絆しか着けていない少女が、背高が人の頭よりも高い巨大な熊を相手に躍動していた。


 男の太い腕は空を断つような強烈な鉄拳を繰り出すものの、厚い脂肪が臓物へのダメージを妨げる。

 少女は美丈夫な脚を鞭のようにしならせて、宙を裂く鋭い蹴りを叩き込むが、豊かな毛皮が衝撃を和らげてしまう。


 得物を使っていない二人は素早い動きで、たてがみのある巨大な熊を尽く翻弄しているものの、決定打に欠けているように思われた。


「リオンは援護!頭に攻撃して、ヤツの集中力を散らせ!」

「あいよ!」


 黒い髪の少年に指示されて、リオンは腰に下げていたクロスボウを用意する。

 少年は背嚢に括りつけてあった分厚い鉄の頭帽を被る。そして襷掛けのベルトで背中に回してある盾を左手に、右腰の輪に入れてある斧を右手に持ち、巨大な熊に突撃した。


「加勢します!」

「おッ!?助かるぜぇ!」


 筋骨隆々とした男は額から大粒の汗を散らしながら、巨大な熊が振るった左前脚を、半歩体を引くだけで避けている。かなり手練の戦士であることが窺える。

 そんな戦士が致命傷を与えられない相手に、黒い髪の少年は盾を突き出しながら駆け寄る。仄暗い黒に染まった瞳は巨大な熊の真黒い瞳を睨みながら、一息で首元に飛び込んだ。


「ふんッ!」


 斧の刃先が熊の顎裏を引っ掻く。しかし厚い皮から少量出血しただけで、大きなダメージを与えたとは言い難い。


「無茶しやがるッ!!」


 筋骨隆々とした男が鼻先に殴りかかろうとしたことで、巨大な熊の意識は迫る拳に向き、黒い髪の少年は安全に脱出した。

 その間にも少女は後頭部で一つまとめに結った黒髪を揺らして、大きな尻や背中に蹴りを叩き込んでいるものの、些細な反応すら見せない。


「ウチは相手にもならないっスか!」


 筋骨隆々とした男が巨大な熊と正面から対しているのとは対照的に、少女は歯軋りをしながらも、鋭い蹴りを繰り出し続ける。その時__

 耳元を掠める、細い木の棒。それがリオンのクロスボウが射出したボルトだと気がついたのは、それが巨大な熊の左耳の根本に刺さり、赤い粘液が滴り散ってからだった。


 巨大な熊は突然の痛みに悶えているが、筋骨隆々とした男と黒い髪の少年を両の目でしっかりと捉えて離れない。むしろヤツはさらに殺気と毛を立てて、真黒い瞳と鋭い牙を剥く。


「なんか手は無いか?!」

「手……。」


 一手だ。何か致命的な一手を叩きこまなければ、いずれ誰かが取り返しのつかない傷を負いかねない。


 巨大な熊の攻撃を凌いでいた黒い髪の少年は、ふと、左耳に刺さったままのボルトに目が行く。

 蹴りや鉄拳が効かない毛皮をボルトは掻き分け、肉に突き立ち、血を吐き出させた。では、さらに強力な一撃を叩きこめれば……。

 そこで仄暗い黒に染まった瞳が、ぎらり、と煌めいた。


「リオン!風でボルトを速くするんだ!」

「か、風で速くだとッ?!」


 ハヤトはわかっている。リオンがリアヌ人の血を引いていて、手から風をぶわあぁっと出すことしかできないことは。だが、それが彼女の「限界」であるわけがない。


「リオンのお父さん、オナー人じゃないの?!」

「ああッ!そうだよ!」


 属性の加護の使い方は、オナー人とリアヌ人で異なる。

 オナー人は武器や自身に力を纏う。リアヌ人は「魔法」という形で、自身の外側にある離れた所に作用させる。

 オナー人とリアヌ人。両方の血をひく彼女なら、どちらもできるのが道理というもの。


「リオンならできるッ!」


 確かに後ろにいる、仲間。

 赤毛の長髪をたなびかせる彼女に向けて、少年は精一杯叫んだ。


「くそッ!とんだ大馬鹿野郎のご主人様だなァッ!」


 深みのある赤褐色の瞳は一息で夏色の深緑に萌え、緑楔石(グリーンスフェーン)のように陽光を八方へ反射する。


「どうなってもアタシは知らねえぞ!」

「ああ!全力でぶちかませッ!」


 仲間の要請を聞いたリオンは、不敵な笑みを浮かべた。


「……お望み通りに。」


 牙のような八重歯をひん剥いた紅い雌狼は、金属のてこを倒し、弦が引かれたクロスボウにボルトを装填する。そしてその場に片膝で立つと、革鎧で覆われた体に見えざる風力を纏いはじめた。

 その間にも前衛三人は巨大な熊に肉薄しつづけている。特に黒い髪の少年が執拗に狙われており、今も彼の胴体を引き裂かんと、太い爪と毛むくじゃらの右前足が少年に迫る。


「うおっ、おおッ!」


 仄暗い黒に染まった瞳は動きをよく捉えていた。しゃがみ込む要領で左へ体を沈めこませつつ、右手の斧の刃先で熊の腕を抉り切る。巨大な熊は地に着いた前足を振り上げるも、少年はがら空きになった脇の下に飛び込んで、毛皮の薄い部分を切り開いた。


 これほどやっても、この巨体を揺るがすほどのダメージにはなりえない。疲れや出血、そして拳や蹴りのダメージがかさんでいるのか、巨体に見合った緩慢な動きになってきているが、まだ余力がありそうだ。


 しかし、それを覆す「一手」が整う時間は、十分に稼ぎ出した。

 暴れ狂う一縷の風は、赤い毛並みをたなびかせる。その風がボルトを乗せて往く先は、周囲の光すら取り込んで、より鮮やかな深緑に輝く瞳の矛先に在る巨体。


「喰らえッ毛玉野郎!」


「紅い疾風」は、引き金を力いっぱいに握りしめた。


 瞬きの、無音。

 鼓膜を叩くような轟音と共に、木製のボルトがクロスボウから射出された。

 宙を割り、空を穿ち、天を切り裂く一迅の風。

 本能か、はたまた知能によるかは定かではないが、巨大な熊は足元や鼻先を動き回る二人から意識を剥し、迫り来る暴風を避けようと頭を逸らした。


 ただ、些細な抵抗はリオンが放った渾身の一撃に敵わず。風力に押されて加速した一矢は、巨大な熊の尖った顔の左半分の表皮と左耳をまとめて抉り攫った。

 悶絶する巨大な熊。しかしまだ、戦いは終わらない。


「これも喰らえッ!」


 視界を失った領域から毛皮を失った顔面に叩きこまれる、ぎらつく刃先。


「なっ?!」


 ところが、肉と筋に覆われた頭蓋骨が再び攻撃を阻む。ただ、獲物に噛みついた獅子のように刃先が食らい込んでいて、離そうとしない。


「オレに任せろッ!」


 そこに続く鉄拳。斧の幅広の刃の尾を鎚のように振るわれた拳が打ち、鋭い刃先が奥へめり込む。だが内部の脳髄へ到るにはまだ足りない。


「ウチを忘れないでほしいっス!」


 戦場に響く、はつらつとした声。その主は巨大な熊の背中を一歩、二歩と駆けあがり、美丈夫な脚で横向きに跳ね飛んだ。


暴風蹴(バオ・ファン・タイ)ッ!」


 横向きに体を二回転させ、勢いそのままでさらに一回転しながら繰り出される、嵐を成す暴風のような回し蹴りが斧の刃の尾に一番の力を加えたことで、ついに斧の刃先が頭蓋骨の奥へ叩き込まれた。


 力強く動き回っていた巨大な熊はふらり、ふらりと奇妙でとりとめのない足取りで、黒い髪の少年と筋骨隆々とした男、美丈夫な脚の少女を追いかけるも、ついに右前脚が体重を支えきれなくなり、やがて崩れていく。

 口の端から哀れな呻き声をあげ、真黒い瞳は与り知らぬ所に曲がってしまっているものの、それにはまだ息があった。


 全力で命を取り合った相手をこれ以上苦しませるのは忍びないが。しかし、その首を一撃で落せる大型の刃物はこの場には無い。

 少しずつ、少しずつ。呼吸が浅くなり、動かなくなっていく姿をせめて最期まで看取ってやること以外に、四人の戦士たちにできることはなかった。

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