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150:トーカ城・初日①

 

 鉄板を履いた木の車輪がごとり、ごとりとけたたましい鳴き声を上げる、二頭立ての天蓋付き馬車。

 生徒七人、教官五人を乗せたそれは、七人の傭兵を伴って南西へ向かっていた。


 鎖帷子や板金を連ねた鎧を纏っている男たちは、兜の庇の下で両の眼をギラリと光らせ、周囲の薮や稜線へ腰に下げた剣や槌を見せつける。


 厚い毛皮のマントをたなびかせる黒い髪の傭兵もまた、ゴーグルの奥に秘めた鋭利な眼光を振りかざしている。


 金具が鳴らすがちゃり、がちゃりという音にも、もうずいぶんと慣れてきたところだった。


「今日はここらで休もう。いいな?」

「ええ、そうしましょう。」


 黒光りする胸当ての男と淑女然とした女教官のやりとりの後。見晴らしの良い街道脇の木陰に停まった馬車から、生徒たちや教官たちがぞろぞろと降りてくる。


「ハルハル。リオン呼んできて。」

「うん!」


 天蓋の上から、ひょい、と降りてきたハルハルは、先行しているはずのリオンのもとへ走っていく。ハヤトはその小さな背中をしばらく目で追ってから、最後に降りてきた銀色の髪の少女に右手を差し出した。


「気をつけてね。」

「ん。」


 ゆったりとした足取りで馬車を降りた彼女とは対照的に、身軽そうな足取りで降りたルイナークは、先ほどから落ち着きなく辺りを見回している。


 まあ、あのようなことがあった後だから無理もない。それに自衛のために警戒心を弛ませないのは、かえって自他ともに助ける良い行動だろう。


 ただ、そんな彼以上に、この黒光りする胸当ての男は忠実に職務に当たっていた。


「『一番星』、あっちにちょいと行ったところに使える泉があるはずだ。お前の女どもと見てきてくれ。」

「わかりました。ついでに夕飯の分くらいは汲んできますよ。」

「ああ、だったら……おいギャッツ!ケルネ!飯だ!」

「うーす。」

「あっしたっ。」


 食材が詰め込まれた包み袋を解いている若い男たちが、うわの空といった様子で応える。


「ッたく、たるみやがって。」

「まあまあ。朝から歩きっぱなしですし。」

「なぁに言ってやがる。戦争じゃあ七日、二十日は歩きっぱなしだ。たった三日でへこたれてちゃあな。そもそもアイツらが『銀の短剣』に入るのだってオレは……。」


 黒光りする胸当ての男は、この道二十四年のベテランとのこと。


 ベテランらしい経験の豊かさは頼りになるのだが、いわゆる「最近の若いモンは。」ムーブが多いのなんの。王都を出てたった三日で、少なくとも十回は__


「ただいまー!」

「戻ったぞ。」

「あっリオン、ハルハル。すぐでゴメンだけど、水汲みに行くよ。」

「あいよ。」

「はーい!」


 リオンとハルハルに助けられる形で脱出したハヤトは、四人で桶を持って泉があるという方向へ歩いていく。


 馬車が停まった見晴らしの良い所から東へ少し行くと、土肌の崖があちらからこちらまで延々と続いている地形が見えてくる。その崖の下に、清らかな水が滾々と溢れる窪みがあった。


「飲め……る、よね?」

「まあ、いけんじゃねえか。」


 真っ先に反応したリオンは真っ先に手で掬って匂いを嗅ぎ、口に含んでみせる。ハルハルもカルリスティアも特段気にかける様子はない。


「ま、火ぃかけりゃなんとかなんだろ。」

「そうだよね。」


 桶に水を汲んで戻ると、すでに焚き火が灯されていた。王立学園の一団も傭兵も、倒木や小さい岩、下に葉を敷き詰めた寝袋の上でくつろいでいる。


「おおー!やっと戻ったか!」

「はいはい、お待たせしましたー。」


 黒光りする胸当ての男が差し出してきた鉄鍋に水を入れてやると、男は鍋の取っ手に渡し棒を通して火にかけた。


 先ほど「ギャッツ」や「ケルネ」と呼ばれた男たちが、すかさず具材を鍋に投入していく。麦粒と、赤色や白色の根菜、塩漬け肉を豪快に突っ込む。


 汁が赤色に染まった頃、塩が数摘み投じられた。短髪の男は味見し、また幾摘み投じられる。


「いつもと変わんねえな。」

「こんなもんでしょ。」

「はぁ……。」


 まあ、ギルド「銀灰」をスポンサーに持つ傭兵隊「銀の短剣」と行動を共にするとあって、少年もこの辺りへの期待は少し……本当に少しだけ、していたところがある。


 しかしここは中世ヨーロッパ風の世界観で、食材は持ち寄ったモノだけ。食事面での過度な期待は禁物である。


 やがて鍋がグツグツと煮立つようになると、傭兵たちは自前の皿とスプーン、平パンが雑に詰められた包みをどこからか取り出してくる。


「みんなに配ってあげて。」

「わかりました。」


 生徒と教官らの食器とパンの包みはルイナークに預け、ハヤトたちは持参した食器と平パンを手元に用意する。


 木彫りの皿とスプーン。出来はよくないし、ささくれもある。平パンも大した取柄といえば香ばしい匂いくらい。


 こんなものだろう、と少年は内心で頷きながら、皿に注がれていくスープの匂いに鼻を鳴らした。





 実に四晩五日、王立学園の一団は朝の靄が微かに残っている頃合いから、太陽が白から橙に変わる頃合いまで土の道を進んだ。


 六日目の午前。彼らが慣れぬ移動をしてまで行きたかった場所こそが__


「にいちゃん!おしろ!」

「ホントだ。城がある。」


 馬車に寄り添う形で五日間を歩きつづけてから黒い瞳に映ったのは、周りを林に囲まれた武骨な城だった。少なくとも宿屋ではないのは明らかだ。


「オグマンド王立学園から来た。」

「確認しよう。」


 黒光りする胸当ての男が、こぢんまりとした城門を守る兵士に巻物を差し出す。門衛は中身をじっくりと改めると、防壁の上へ合図を出した。


「馬車ごと入れ。」

「わかった。おい!入ってくれ!」


 ゆっくりと城門をくぐる馬車を追い、ハヤトも四角形に築かれた防壁の内部に踏み入る。

 防壁の内部は意外にも、なかなかの広さがあった。中庭は井戸が一つに小屋一つ、木も数本生えていて、なおも馬車を五台は横並びにできるくらいのスペースがある。


 本体と思しき石造りの構造物は、どっしりとしていて安定感がある。下半分には灰色の漆喰が塗られ、上半分は石煉瓦のままだが、上下で対照的な外観はかえって鋼鉄の鎧をまとう老戦士のような風格を覚えさせる。


 キハロイのサント・ライナ城が手狭なこと以外に大した印象が無かったことと比べると、この世界の城にはなかなかにバリエーションがあるのだろうと少年は思う。


「と、トーカ城。四百年前、から、ある。」

「え。そんなに古いの、この城。」

「ぁ……少なくとも、だけど。」

「ああ、そういうやつね。」


 残っている文献がどうだとかの話だろうと納得したハヤトは、馬車から降りるカルリスティアに手を差し伸べつつ、もう一度その城に気を遣る。


 この世界で見てきた邸宅や城は、どれもが武骨で実用的な外観をしていた。トーカ城も例に漏れず防壁は厚く、外壁は頑丈そうで、窓は外へ矢を射かけられる程度の細さしかない。戦闘用として使う想定がされていることがわかる。


「本当にここが『ワルレイの地下書庫』なのか、カルリスティア嬢。」

「ぁ……うん。下にあ、ある。」

「城の地下ということか。」


 天蓋の上から、ひょい、と身軽に跳んできたハルハルの隣へ、ひょい、と身軽に着地するルイナークは、トーカ城の防壁を下から上へと眺めている。茶色の瞳は輝いておらず、表情からも半信半疑といった様子だ。


 ただ、ふとルイナークの目がキラリと光る。気になるものでも見つけたのかとハヤトも同じ所を見遣ると、見覚えがある男女がこちらへ歩いてくるところだった。


「皆さん、無事に到着したようでなによりです。陛下より近衛騎士隊長の任を賜っております、クリオ・オーラ・モンカソーと申します。」

「妻のフィルリスティア・オーラ・フィグマリーグです。お目にかかったことのある方もいるかしら。」


 左の一人は言わずもがな。丈夫そうな丈長の衣を着た、琥珀色の瞳の男。右の一人は半年前の晩餐会で見かけた、この男の妻である。


 ざわざわと騒がしくなる生徒たちと赤毛の女。そして、ざわざわと騒がしくなる黒い髪の少年の心。


「げッ……ンで騎士隊長サマがいんだよ……。」

「クリオさん!フィルリスティアさん!どうしてここに?!」

「地下書庫の鍵は私たちモンカソー家で管理しているのです。今回は私たちが解錠の役目を担うことになりました。」

「書庫を閉ざす一対の鍵は、二人で分ける。そのような決まりがあるのですよ。」


 ここ、「ワルレイの地下書庫」はワルレイ・オーラ・モンカソーという人物が建てた施設だ。モンカソー家が鍵を管理するのは至極真っ当なやり方ではあろう。


 しかし、王と王族の護衛という仕事があるモンカソー家の当主とその妻が、わざわざ出張ってくるほどのことではないようにも思える。


 このことといい、四人でここに行けることになったのといい。貴族たちの底知れぬ影響力に物陰から刺されているように感じられるのはきっと、気のせいではないはずだ……と少年は内心で頷く。


 ところで、ハヤトにとっては久しぶりに会う人物が一人。その人は血の気を帯びた白い頬を強張らせて、血の気を帯びた白い頬を強張らせる妹と対していた。


「……健在のようでなによりです。」

「ぁ……う、ん。お姉ちゃん、も。」


 静けさと貴い気品を湛えつつ、奥に映すモノがまったく読み取れない無機質な瞳。

 生命力と知性に満たされた、控えめながらも真正面を見据える瞳。


 交錯する青色の双眸から何とも言い難い距離感を覚えたハヤトだったが、すぐに石造りの構造物へ歩いていく皆の後を追いかけるのだった。


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