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乃愛⑯

 りーちゃん達に事実上の解雇通告をした日、私をシフトから外したのは彼のせめてもの思いやりだったのだと思う。

 おかげで私は、彼女達の悲しむ顔も、それを聞いた陽君の反応も見ずに済んだ。

 でもその場にいられなかったからこそ、かえって私は想像を膨らまし、胸を痛める結果になった。


「……怒ったでしょ、陽君。大丈夫だったの?」

「陽は熱いからなぁ。すぐ食って掛かって来たよ」

「納得してくれた?」

「できるだけ説明は尽くしたつもりだけど、こればかりは仕方ない。時間が経って気持ちが落ち着いてくれば、陽だってだんだんわかるようになるだろう」


 心配する私に、彼は余裕の笑みを返した。

 きっと彼の事だから、会社の状況やりーちゃん達を辞めさせなければならない理由を理路整然と言葉を尽くして説明したのだろう。きっとりーちゃん達にも、あまりショックを与えないよう最善を尽くしたに違いない。

 りーちゃん達の解雇に対し、共犯者にも似た罪悪感に苛まれる私にとって、彼の誠実さだけが唯一の救いだった。

 問題は、陽君の方だ。

 感情が先走りがちな陽君は、どんなに説明したところでわかってくれるとは思えない。例えりーちゃん達が納得の上辞めたのだとしても、陽君は絶対に納得なんてしないだろう。


「俺さぁ、バイト来んの辞めようかと思って」


 休憩中に陽君が言い出した時、私は遂に来たと思った。熱血漢の陽君の事だ。何の罪もなくりーちゃん達がクビになったと知れば、どんな行動に出るかは予想がついた。


「どういう意味?」


 それとなく誘い水を向けたところ、陽君は堰を切ったように話し始めた。

 りーちゃん達がクビになったのは納得できない。理解も出来ない。あの二人を削れば土日は陽君と私、平日は琴ちゃんと有希さんの二人で回さなくちゃいけなくなる。おちおち休みも取れないけど、そうは言ってもみんな常に出て来れる訳じゃない。誰か一人が休めば店が回らなくなる。そんな状況では今後に向けて店を良くしていく事だってできない。

 陽君の言う事はもっともだったけど、簡単に言えば、『りーちゃん達をクビにした事に対して、抗議を表明する』為に店を休むというのだ。

 こんな時、私は同い年の陽君に対して子供っぽさを感じてしまう。彼は誰よりも苦しみながらも広い視野で物事を捉え、論理的に進めているというのに、陽君の意見はなんて近視眼的なんだろう。


「そんな事したって、どうにもならないでしょ? 久坂マネージャーが苦しむだけじゃない」

「望み通りだよ。自分で苦しまないとわからないんだろ」


 私はつい、溜息を洩らしてしまった。陽君は見逃さず、


「なんだよ。文句あんのかよ。お前、りー達がクビになってなんとも思わないのかよ」


 と睨みつける。

 挑発するような素振りになんとも思わない訳じゃないけど、ここで陽君を説得する事こそ私の使命だと思えば、ぐっと堪える事ができた。彼の為にも、陽君にはわかって貰わなくちゃならない。


「苦しむのは久坂マネージャーだけで済まないでしょ? 私だってそうだし、有希さんにだって迷惑掛かっちゃうんだよ。いいの?」


 有希さんの名前を出したところ、陽君は言葉に詰まった。てき面に効果があったようだ。

 陽君が休めば、ただでさえ少ない他のアルバイトに迷惑が掛かる。有希さんや琴ちゃんが出れない土日や夜に「出てくれないか」と無理なお願いをする事もあるかもしれない。子どもの行事や家庭の事情があっても、今までのように休みを取れなくなる。陽君のストライキに直接的に被害を蒙るのは、誰よりも同じアルバイトである私達なのだ。


「りーちゃん達の事は可哀相だとは思うけど、店が潰れちゃったらどうしようもないでしょ? 久坂マネージャーだって悩んだ末の決断だったんだから、わかってあげようよ。あの子達は出れない日も多かったし、仕事に慣れた私達や有希さん達をクビにする訳にも行かなかったのよ。誰かを削らなくちゃならない以上、あの子達を削るしかなかったんだって」

「でも、だったらクビにしなくても済むようにもっと良い店にすれば良かったじゃんか。もっとお客が来てくれて、儲かるような店に」

「だから、これからそうしようって頑張ってるんでしょ。高杉シェフの事とか、今は色々あったからどうしようもないんだって。私達が頑張って、もっとお客さんが来てくれるような店にして、もっとバイト増やさないと回らないって本社の人にもわかって貰えるようにしようよ。りーちゃん達にもう一回一緒に働こうって言えるようにさ。ね?」


 陽君はなかなか答えなかった。見れば泣くのを堪えているかのように目が真っ赤で、思わず胸がぐっと詰まった。


「ねえ、陽君。お願い。一緒に頑張ろうよ。もう一回『フィオーレ』をお客さんが喜んでくれるような店にしよう。少なくともりーちゃん達に、辞めて良かったなんて言われないようにさ」

「俺さ……」


 陽君は呻くような声で、言った。


「悪いけど、久坂さん嫌いになったから。あの人、やっぱり信用できないよ。何考えてるかわからない」


 真っ向から彼を否定する言葉は、それまでのどんな言葉よりも強く私の胸に突き刺さった。

 陽君にわかってもらうのは、やっぱり無理なんだろうか。

 でもここで諦めれば、彼に顔向けできない。今の陽君を彼が説得するのは無理だ。彼に代わって、私が頑張らないと。


「あのね、陽君……」

「でも俺、やっぱり続けるよ」


 私の方を見ようともせず、陽君は言った。


「りーと有希さんの為にも、バイトは続ける」


 結果的に成功したのかどうかはわからないけれど、陽君は引き続き、これまで通り仕事に来ると約束してくれた。

 でも陽君の彼に対するわだかまりが解けたかといえば、微妙だ。

 私は自分の至らなさに、そっと溜め息をついた。

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