89話 秋に照らせ、春は汀①
千年前よりもっと前の話……
小さい頃から僕は、召使のように働くこととなり、びしばし叩かれながらも、仕事をこなしていた。掃除をしている途中で縁側に立っている冰春は不思議そうに僕を見ていた。なぜなら僕と冰春は双子であっても、僕たちは母さんが逃げた時、助けてくれた人との子だったから。
ただ冰春は母さん似でもあったから、冰春は不自由なく暮らせている。僕は別に優雅に暮らせなくても、兄と接しできる人がたまに遊んでくれるから大丈夫だった。
何をされてるんです、行きましょうと声をかけられている冰春を見た時、冰春はどうしてという瞳をずっと忘れはしなかった。なぜなら僕と冰春はお互い干渉してはならない。たとえ会ったとしても、声はかけてはならないと言われてたから。
それでもあの瞳を見れば話しかけに行きたかったよ。少しでも冰春の不安が解けるなら会って話したい。
そんな時、僕には兄ではないけれど、兄として接していた人、玖朗がじっと僕を見ている。
「玖朗様、どうされたんですか?僕に何かついてます?」
それでも何も言わない玖朗は自分の鼻をつまみ、もう片方で僕の襟首を掴まれ、こっち来いと連れて行かれた。なんですかと言いながらも、なぜか風呂場に連れて行かれ、そのまま湯船に入れられた。
何するんですかと思っていても、そのまま玖朗は手に泡をつけて僕の頭を洗い始める。
「自分でやれます」
「敬語はやめろ。俺の弟だろうが」
ちょっとといきなり強めに洗わされて、なぜか照れてしまった。
綺麗さっぱりになった僕をみた者たちは、玖朗の行動を見て悲鳴を上げていた。それでもいつも玖朗は僕の味方となってくれる喜びに、僕は自然とくーたんと呼ぶようになる。そこからはなぜか龍桜家の当主から、玖朗の付き人になれと言われたもので付き人になった。
「くーたん、ここに置いといていいの?」
「あぁ。それからこれあとで洗濯頼む」
「うん。洗っておくね。そう言えばくーたんは冰春と会えてる?あれから全然会えてなくて」
「あのくそが閉じ込めてるから、なんとも言えない。俺も隙を見て行こうとするも、入ることができない。ただなんとかしてみる。だってもう一人の弟だから」
ありがとねと伝えて僕は頼まれた洗濯と買い出しに行くことに。色々買い出しをして帰ろうとした時、紅葉の葉っぱをたくさんつけた人とぶつかってしまう。
「すみません。前が見えてなくて」
「いいよ。すごい大荷物だね。少し手伝うよ」
ありがとうございますと半分を持ってくれて、自己紹介をした。
「僕は汀春。君は?」
「紅葉川照秋。苗字はないの?」
「えっと、苗字がわからないんだ。だから汀春でいいよ。照秋はどこから来たの?」
「下町にある屋敷に住んでるけど、退屈だから散歩してた。父さんがガミガミうるさくて、母さんはなぜか笑ってるの」
なんでだろうねと話していたら、あっという間についてしまう。ありがとうって伝えようとしたら、また会おうねと荷物を乗せた照秋はささっと下町へ帰ってしまった。なんだろうと思いながらも、夕飯の支度をしなくてはと重くても屋敷の裏口に入り、裏扉から入る。
また照秋に会えるかなと鼻歌を歌いながら、料理を作っていたら、くーたんがいて、機嫌いいなと少し拗ねていた。
「なんで拗ねる必要があるの」
「俺にしか頼らない汀春が誰かと連んでるのが嬉しい反面、兄ちゃん寂しいぞ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんとした艿花がいるじゃん。まだ赤ちゃんだろうけど、絶対に妹離れできない兄になりそう」
告げたらおたまが僕の頭にきても、くーたんは自覚してるっぽい。
「あのさ、冰春の分。俺が持っててみる。話ちゃんとできるかわからないけど、兄ちゃんとして会えるか聞いてみるよ」
「ありがとね。もし会えたら僕は大丈夫だよって伝えて」
「大丈夫じゃないだろ」
「いいからいいから。よろしくね」
くーたんに冰春の分を持ってってもらい、どうせなら本当はとぽたっと垂れる。泣くな、僕と目を擦って人数分を作って運んだ後、残り物を食べていく。
食器を片付けて洗い物をしていると、くーたんがイライラモードで台所に入って来た。そしたらいきなり汀春ーと後ろから抱きつく。
「可愛い弟、汀春ー」
「お酒くさ。飲み過ぎだよ」
「いいんだよー。クソ親父に見つかって、冰春とちゃんと話せなかったぁ。早く俺が当主になれば、汀春も、冰春も、こんな想いしなくていいのによー」
それはごもっともですとは言いにくくて、気持ちだけありがとうと洗いものをすませる。酔いに水を飲ませてあげるくーたんはまだ酔っ払っていたから、自室まで運んでいった。
まだ僕は未成年だし、やれることは少なくても、ずっとくーたんに甘えてるわけにはいかない。だからいずれは、この家を出ると決めてる。そのほうが義父さんも喜ぶんじゃないかなって思ってた。
「ねえ、玖朗」
酔い潰れて顔が仕上がっている玖朗は、なんだぁと言っていって、今の気持ちを伝えておこう。
「成人したらこの家を出ようと思うんだ。義父さん、許してくれるよね」
告げてみると酔いが覚めたような顔立ちで、頭をわしゃわしゃされながらくーたんは言った。
「僕は反対だが……そのほうが汀春は自由になるもんな。俺から言い出すから、汀春はいつも通り過ごしていい。汀春が父さんに言ったら、きっと何されるかわからないだろうしさ」
ありがとうと再度伝えたら、くーたんがそのまま寝るもんだから、布団をかけてあげて僕も就寝することにした。
それから普段通りに過ごしていても、くーたんはそれ以来から苛立ちが多くなったように見えた。やっぱり義父さんに反対されているんだろうか。
とにかく機嫌を良くしてもらおうと、買い出しがてら物を見ていたら、照秋に声をかけられる。
「久しぶり、汀春。元気だった?」
「照秋。この前はありがとう」
「いいよ。今日は荷物多くないんだね」
「うん。血の繋がってない兄に色々してもらって、お礼の品を選びに来たんだ」
なるほど、それならと照秋がいい店を紹介してくれた。ここならくーたんが喜びそうな物あるかもしれないと、照秋に提案してくれた物や、喜びそうな物を探していく。
どれがいいかなと悩んだ挙げ句、くーたんの好きな色の扇子を送ることにした。
「一緒に選んでくれてありがとう。喜んでくれたらいいな」
「絶対喜んでくれるよ。この後、少し時間ある?」
「あっごめん。夕飯の時間になっちゃったから、帰らなくちゃならなくて」
「…そっか。また下町に来たらさ、僕の屋敷訪ねて来てよ。待ってるから」
うんと相槌を打って、僕は家へ帰ることにした。さっき照秋の様子が少し変だったけど、どうしたんだろうかと考えていたら、お盆で頭をこつんとやられる。
「ご飯ならまだできないよ」
「何考えてた?」
「別に。今日は随分と不貞腐れた顔だね。やっぱり義父さんは反対してる感じなの、くーたんの顔でばればれだよ。僕は大丈夫だから心配しなくて平気。だから」
伝えようとしたら痛いデコピンをもらうことになり、くーたんはイライラしているけれど心配な目で僕をみた。
「俺はその大丈夫が嘘だってことぐらい知ってんだぞ。俺の前では強がらなくていい。俺を頼れ。抱え込むな」
その言葉に僕はどれだけ救われたのだろうかと、つうと雫が頬に垂れそして地面に落ちる。くーたんは兄として時に父親のような温もりを感じる。
僕が泣いたことで、存分に泣けと僕の頭を撫でながらそう言った。
「冰春にっ会いたいっ」
この生活が辛いことや、寂しいこと、嫌なこともたくさん、くーたんに伝えて、くーたんは優しい瞳で僕が言った言葉を全て受け止めてくれたんだ。
「聞いてくれてっありがとうっ」
「少しは楽になれたようだな。ごめんな、あんな親父でさ」
わしゃわしゃと頭を撫でるくーたんは申し訳ないような微笑みだった。くーたんに少し話せたことで気持ちが楽になり、くーたんが自室に戻って僕は残っている仕事をやっていく。
それから数日が経ち、僕と冰春が十六になった時のことだった。春だというのにまだ冷んやりしている朝で、朝食のご飯を作ろうとしたら、やたらと屋敷内の様子がおかしかった。
僕は入ることができない場所らしくて、見に行きたくても行けず、朝食を作りに行こうとしたら、くーたんが慌てて僕のところに来る。焦っている理由がなんなのかすぐにわかり、僕はすぐさま冰春の元へと急いだ。
お前は入るなと言われるもくーたんが止めてくれて、冰春が使用していた部屋を覗く。
部屋中は赤く染まっており、冰春が何者かに殺されたことがはっきりわかった。なんで、なんでと血に染まっている冰春を抱いて、泣き喚く。
信じたくないっ信じたくないよと離れなさいと言われても、僕は離れることができなかった。いつかは会えるって信じて、過ごしていたのに、なんでこうなってしまうのだろう。
結局、冰春と引き離されてしまい、周りからは僕が殺したんじゃないかと疑われた。優雅に暮らしていた弟を恨んでいたという偽情報が入って、僕はなぜか牢屋に閉じ込められる。僕は何もしていないし、約束は守ってたよと体を縮こませていたら、やあと照秋の声がした。
「照…秋?どうして君がここにいるの?」
「玖朗から話は聞いたよ。やっぱり、迎えに行けばよかった。とにかくここから出よう」
「どうやって?」
少し離れてと言われたから壁沿いに寄ると、照秋は梃子を使っていとも簡単に牢屋の扉をこじ開ける。行こうと手を差し伸べられ、その手をとった瞬間、白虎が現れ白虎は僕に懐いているように見えた。
それに乗って逃げようと言われたから、白虎に乗り龍桜家を脱出する。本当は冰春をちゃんと埋葬してあげたいけど、義父さんは雑に埋葬するんだろうなって気がした。
下町にある屋敷に到着して、白虎から降りているとこの屋敷内にいる使用人たちが壁にお札を貼り、結界を作り出している。この家でもやるんだと思いながら、こっちだよと照秋に言われ玄関の近くには杖をついている中年の男と後ろ斜めには、萩模様の着物を着ている双子の姉妹が立っていた。
「父さん、やっと当主を連れて来たよ」
「えっ…?」
「汀春様、よくぞご無事で。詳しいことは中でお話しをさせていただきます。それからこちらにいるのは、汀春様の叔母になる、秋明様と菊様です」
僕たちに叔母がいるだなんて思っても見なかった。それにまだ姿からにして僕より、年下のようにみえる。二人は僕を見て、兄様が生き返ったみたいとはもり、家の中へと入ってしまった。
兄様、つまり僕にとって父親の人はすでにいないから、僕が当主と照秋は言ったんだろう。
家の中に入り廊下を歩いていると、大きな庭があってそこには立派すぎる白虎が寝ていた。きっと僕たちの父さんが飼っていたであろう白虎だったんだと思う。
そして一室の部屋に案内してもらうと、そこには秋明さんと菊さんの他に年上の男性がいた。
「お連れしました、冬人様」
「初めまして、僕の甥、汀春。君たちを保護できなくて、本当にすまなかった」
冬人さんは頭を深々下げ、秋明さんと菊さんも頭を下げる。なぜ冬人さんが当主じゃないのだろうと不思議に思いながら、頭をあげてくださいと告げた。
そしたら三人は頭をあげ、冬人さんが本当に春に似ていると言う。つまりその人が僕の父なのだと知った。
「春は、僕たちより偉大な力を持っていた。だけど汀春たちがみよりさんのお腹にいた時期に、春は妙な死を起こした」
「妙な死に方というのは?」
「崖から落ちて亡くなった。崖に落ちることは絶対にあり得ないはずなのに、落ちてしまった。駆けつけた時には、すでに亡くなっていてね。ただ一つ、首には牙のような痕が残っていた。庭で寝ている白虎の牙じゃない別のもの」
「つまり僕の父さんは、動物に襲われたってことですか?」
聞くと秋明さんが巻物を取り出して、見せてくれると十種の動物が絵が描かれている。蛇、鴉、蟹、亀、牛、鶏、狐、鹿、鳩、狼、猫。十一種類の動物が描かれており、しかも全ての動物が白だった。
「僕たちは虎のように動物が近づかないから、絶対にあり得ない。想像はしたくないけれど、春の死は龍桜家が関わっているんじゃないかと考えてるんだ。そうじゃなきゃ、春は今頃汀春と冰春を奪い返して育てていたはずだから」
父さんに会いたかったなという想いは消えることはなかった。じゃあ父さんが生きていたなら、今の生活じゃなく、楽しく過ごしていたんだろう。父さん、父さんと視界がぼやけてしまい、僕たちが守るからと冬人さんたちが優しく僕を包んでくれた。
泣き止んだ後はすごい顔になりつつも、身なりを整えこれが本来の僕なんだと鏡をついじっと見てしまった。父さんが着ていた袴を着せてくれたけれど、秋明さんと菊さんが扉のところでひょっこり出して、こそこそと兄様が生き返ったと目を輝かせている。
着付けてくれた照秋が笑っていて、そんなに似てたのと聞いてみる。
「そんなに僕は父さん似なの?」
「そりゃあそうだよ。汀春が下町に来るたびに下町の民が春様に似てるって騒いでた。みんな春様が大好きだったから、本当はすぐ助けにいきたかった。行けなかったのは、冰春様の居場所が特定できなくて」
「僕も入ることは許されてなかったけど、冰春が亡くなった日。部屋を見たらあちこちにお札が貼られてあったの見たよ。もしかしてそれと原因がある?」
「おそらくね。父さんも冰春様はどこだーって頭抱えて叫んでたからさ。さてと冬人様が待ってるから行こっか」
そうだねと相槌を打ちながら、冬人さんが待っている場所へと言ってみる。色々と聞きたいことはあるけれど、くーたんがいるから母さんは大丈夫だよねと、一度空を見上げるも空は雲で覆っていた。
敷地内にある地下が存在していて、冬人さんは驚きつつも微笑んでる。
「一瞬、若返った春を見ているかのようでびっくりしたよ。やっぱりその袴を着させて正解だった」
「今度父さんの肖像写真を見せていただけませんか?父さんがどんな人か見たくて」
聞いてみたら冬人さんたちはなぜか考えていて、ないのかなと思っていると照秋がこっそり教えてくれた。
「ちゃんとした顔を描かせてくれなくて、全部変顔の肖像写真だよ」
だからかと思っていても、みたいですと粘るとそれじゃあ後でねと冬人さんが微笑していた。秋明さんと菊さんは思い出したのか笑っていて、照秋の父さんも笑っている。
どんな肖像写真なのか気になりすぎると到着したらしい。両扉には萩模様と虎が描かれており、秋明さんと菊さんが扉を開けてくれた。
中に入ると同時に火がついてそこには歴史が刻まれてある。僕の時代よりも、もっと昔が存在していただなんてと壁画を見た。龍と虎が争っている絵や人々が恐れている絵などがあった。
そして中央には葉桜模様を着ている巫女らしい女性が描かれ、周りの人々はその女性に拝んでいる絵。
「これは僕たちの先祖が描いた壁画らしい。昔は百年ごとに大きな災害が起き、人々は恐れていた。地を司る虎は、天を司る龍に人々を救ってやってほしいと頼んだそうだ。けれど天を司る龍は、それを聞き入ってはくれず、崩れやすい地にいる人々は死した」
今度は菊さんが話の続きを教えてくれる。
「助けられなかった虎は悲しみ多くの涙を流した。あれがその意味を指してる。泣き叫ぶ虎の涙は、海へと変わったの。助けられなかった人々が、安らかに眠れるようにって。そして地はみるみると潤い始めた。地が丈夫となり、美味しい食材を育てることも、植物が枯れることもなかった。ただ」
秋明さんがあっちの壁画を見てと言われ、秋明さんが見ている壁画を見た。そこには潤った地の真上に龍がいる。
「それを見ていた龍は嫉妬をし、潤った地を自分の支配にしようと嵐を起こした。そういう戦がなん度も続き、あと何年も経てば龍が再び嵐を起こしにくる」
「そうならないために僕たちは、民に寅萩家のお札を持たせているんだよ。ただ、僕たちが作ったお札は効果があまりないかもしれない」
「なぜ言い切れるんですか?」
「僕たちは春に引き取られた子だからだよ。行き場を失った僕たちを保護してくれて、育ててくれた。僕たちにとっては父であり、兄であった春を失い、どうすることもできなかったけれど、汀春、君を見つけられて本当によかった」
まさか本当の兄弟じゃないだなんてびっくりだけれど、父さんは母さんが言った通り、優しい人なんだ。助けてくれたんだから、この恩は返すべきと思い、冬人さんに告げる。
「僕が何をすればいいのかわかりました。民にあげてる札を作らせてください。僕がどこまでやれるかわからないけど、父さんが守った地を僕も守りたい」
「感謝するよ、汀春。そうと決まれば、色々と教えることがあるから、ひとまずはゆっくり体を休めて、明日からにしよっか」
はいっと告げ、僕が寅萩汀春として過ごす日々が幕を開けた。




