Ⅸ. 海 VS 直兄
葉緑の女将の娘は歩いていた。
自宅の宿屋から直ぐ側の、『教会』への道だった。
手には自宅の自室にて纏めてきた『衣服』貰い物の古着だったーーそれを抱え、歩いていた。
※ ※
「っ、退け!魔法がなんだこんなもの!ダンジョンのトラップと比べれば!」
「ああ?オマエこそ退け!聞いてるぞデバイジュ、オマエーー通りすがりのヤツに『伸された』とかなんとか。はっ、情けないあ〜情けない。評判最悪だぞ、オマエ。」と、
葉緑の娘はちょっと離れた所から、『その会話』に気付き、足を止めた。知っている『顔』だった。デバイジュ、此の街で直ぐ側の『ダンジョン』を根城にする冒険者だが、実力は無いらしく、『モンスター』は倒せても、ダンジョンの『攻略』の出来ない低級冒険者。顧客の信用も得られないので、ギルドに相手にされず、仕事を貰えないので此の街に流れて来たらしい。つまりダンジョンで『小銭』を稼ぐしかないのだ。
ダンジョンではダンジョンを守る者達が居る。通称『モンスター』冒険者達はそう呼ぶ。それが一般にも呼び方として定着した。ダンジョンの中だけの生き物達だ。生態系は、不明である。
モンスターを倒すと、報酬が得られる。ダンジョンが倒した者に『提供』するのだ。
其れ等は目の前に都合良く『出現』はしない。倒すと『得られる』権利が『得られる』だけだ。
出現した筈の金銭が近くに『出現』している筈なので、『探す』のだ。要は宝探しである。知恵や知識が無いと『見付からない』。…と、聞いている。
現金だったり。現物だったり。原石だったりするらしい。ダンジョンは誰が造ったのか?『神様』である。らしいと『聞いている』。
モンスターを沢山『倒せ』ば、『レベルアップ』はするらしい。
何の『レベル』が上がるのか?挑んだ者では無い。『ダンジョン』のレベルが『上がる』。
要は入った『者』に合わせて『難易度』が変化する仕様だった。難易度が上がると、『報酬』が上がる。実用的なシステム出来たーと、神はひとり悦んだ。ひとり淋しく(苦)。最高難易度で『制覇』すると神と『交信』出来るカラクリを作ったが、未だ誰も制覇出来ていなかった。神以外知らない事実だった。
デバイジュの横で騒いでいる男にも見覚えがあった。確か時々街にやって来る冒険者だ。
確か?ある…?あり?アルバリとか何とか言う?あれ?アバリ?何とか?
そんな感じの名前の時折ダンジョンに挑んでる、デバイジュと然程変わらないレベルの冒険者の男…
「アーバリーアン、きさまっ、」あ、それだ。
葉緑の娘は物騒だったので、引返す事にしたーーどうせ『教会』には入れそうもないーー
入口には『風魔法』がうなっているのが見えたのだ。あれでは入れないな。帰って母さんに相談しようーーと。
……あれ?
帰ろうとした葉緑の娘はふと気付いた。道の向こう『ダンジョン』の方向から来る『男』の影に。
あれって………『スグナ』と言う名の男が悠々と歩いて来るのを、娘は見た。
※ ※
「ユリナ、」レザード・ガイサースはユリナに向き合った。
「一緒に行こう 」そう言った。
その瞬間とそれは多分略同時だったと思う。
ぶんっ!と言う羽音がした。
そこに居た全員が音へと振り向く。
「あ、直夏、おかえり。」
友理奈の魔法壁を解除して『入って来た』直夏に、友理奈は洗濯物を干し終え声を掛けた。
『どうだった?』と。ぱたぱたと駆け寄り。『…つまんなかったな』と、直夏が言った。
「つまらなかったの?そういうものなの?」
友理奈が不思議そうに聞く。それから『そうだ』と言って、直夏にアレフゥロードの方を指した。
「直夏、あちらの方、アレフゥロード・ガイサース様。え〜とね、昨日話した『恩人さん』。この街に連れて来てもらったの。あと、ほら、お金貸してもらったってやつね。」 と、説明した。
直夏は『ああ…』と言い、それから『どうも』と大分適当に『挨拶』した。アレフゥロードは多分此の男がユリナの『待ち人』なのだろうと思った。
しかし彼は意外な事を言い出した。
「で、どういう訳で友理奈の恩人さんが、『この男』と一緒に居るの?後、海、おまえ何で未だ此処に居るんだ?」と。
『この男』は、弟レザードの事らしかった。
「ついでにあれは『何』?」それは入口に『居た』者達の事だった。
「あ、後、友理奈にお客さん。宿屋の娘さん。そこで会ったーーあれ?」
彼がそう言うと、『その彼女』は見当たらなかった。
それで彼は入口まで戻った。『あ、居た。』と言い、彼女を招き寄せる。宿屋の娘は引きつった笑顔で友理奈に挨拶しながら入って来た。
それを横でふたりの『冒険者』が見ていた。唖然として。ひとりは直夏に『見覚え』があり、ひとりは『ガイ』に見覚えが在ったーー友理奈曰く『厳つい事、それだけが正義』さん…つまり彼の名はデバイジュと言った。強いて言うならば、『冒険者その2』。
直夏が『強制睡眠』させた男がアーバリーアン。友理奈曰く『空気は吸うだけ』さん、ガイの言う『御花畑野郎』、強いて言うならばの『その1』だろう。
悪評デバイジュが過去にガイに絡み伸された事は、友理奈は知らない。
「とりあえず中入ってもらえば」と直夏が言った。促したのは勿論葉緑の娘の事だった。友理奈も『そうね』と言って、ついでに、
「ガイサースさま…いや、えっと、アレフゥロード様、…達もどうぞ」と。
戸惑ったのは『ガイ』の言葉がしっかりと聞こえていたせいだった。
海と招かれざる客ふたりには、勿論誰も……声を掛けなかった……
× × ×
「直兄ちゃんっ、ひどいっ」
教会に飛び込んで来た海…。直夏が間髪入れずに、
「だからなんでお前未だ此処にいるの。とうとう律に見捨てられたとか?」
と、かなり酷い。しかし正論である。一応正解でも在った。
「っ!ちが!ちがうから!巧が超、使えないだけだから!」
海の生意気は止まらない。
アレフゥロードは呆気にとられた。直ぐに気を持ち直して、『スグナ』に聞いてみる。
『兄弟』なのか?と。
直夏は違うと答えた。『兄』と呼ぶ事への疑問だ。
「…実家…住んでいた『家』が隣で。アイツが生まれた時から知っているので。それで」と、その疑問に答えた。
そこで逆に直夏が促した。アレフゥロードへと。
「それで?そちらは?」と。先程の質問への答えであろう。
勿論その間、海の事はガン無視で在る。
哀しそうな放置海を、ガイーーレザード・ガイサースがどうしようもなき目で見ていたーー
兄と『天敵』が和やかな談笑をしているーーその横で。
当の『ユリナ』は、先程の娘と共に『奥』へと行ってしまった。止める間も無く。
憐れと思われる少年と共に、自分も同じ様な状態だった。
然し其処にユリナが戻って来た。先程の娘と共に。今日のユリナは『街娘』達と同じ様な格好をしていた。ガイはそれを『可愛い…』と思って見ていた…
ユリナは『茶』を淹れて来てくれたらしい。ガイーーレザードは少しだが、緊張が解れた。
だが直ぐに緊迫する事となる。
「直夏、ごはんは?お腹空いてないの?」ユリナが問い掛けたのは『その男』の方だった。
「ゆりなさんっ、はい!ボク、おなか空いてる!ゆりなさんの『ごはん』食べたい。」
言ったのは海だった。
「あ〜今いいや。今朝作ってくれたやつ、あれ有るし。」と直夏が言う。友理奈がそっかと答える。
「…今朝作ってくれたやつ?」と、アレフゥロードがふと口を挟む。
「ああ、今、其処にダンジョンが有るって聞いたんで。ちょっと小銭稼ぎに。」と直夏が答える。
「ほう、収穫は?差支えなければ、見てみたい。ほら、レザード、お前も見たいだろう?弟は此れでも冒険者をしていて…」と。アレフゥロードは何やら楽しげだ。
それよりもレザードは『天敵』の言葉に驚いた。
「今朝?だと?」思わず口に出す。兄が『ん?』と聞いて来る。
「いや、兄上、ガザンガグルスタの迷宮は広いのです。出たのが今朝で、もう戻って来たなら…1階を…制覇すればぜいぜい…くらいで。『小遣い』も稼げませんよ?収穫など無いに等しい位しか無い筈です……案外軟弱だな…アンタ。」
レザードはここぞとばかりに言ってやった。
「……収穫……ね」
レザードの言葉を受けたスグナは、ふっと『空中』に片腕を『突っ込んだ』。
「は?!?」レザードはそう言っていた。
「ほう…これは驚いた…『失われし』空間魔法か…。」と、
兄アレフゥロードの感嘆の溜息が聞こえて来た。そこにスグナが、ばらっと掴んでいた『もの達』を持ち出した。
其処に更に、次、次と『空間』から『出して』ばらばと置いた。
「後、此れ、一応『最下層』。56階?」と。
五十階から下に行けた者が未だ居なかったので、五十六階が『最下層』なのかガイには分からなかった。ただ、『スグナ』が出した品は、多分そうであろうと言っていた。ーー
「軟弱なもんでこんなモノだな。細かいのは面倒でスルーした。問題無いだろ?」
「…直夏さん…」友理奈が言った。何?と返されて、
「これなに?」と友理奈は無造作な『宝石』の粒を指していた。粒と言うより塊だったが。
………………………『細かい』スルーしたもの、…気に為るな…何を置いて来たんだ?この男は……………。
「はは、これは素晴らしいね。ほら、レザード。」と、兄上は楽しそうだった。
「そんな事より、俺はその『空間魔法?』とやらが、『失われてる』って言ってる事の方が気に為るね。じゃあ聞くが、『失われて』いるなら『使えない』だろう?俺が『使って』いるなら、『失われて』いないじゃないか…。」と、
スグナはあっさりと『理屈』を言った。兄は『あっ!』と言った。暫し見合う双方。
「……使える……と言う事……か」と。
アレフゥロードが言うと、
直夏が頷いた。そして、アレフゥロードが「…教えてもらえるか…?」と、聞き、
「勿論。」と、『スグナ』が不敵に笑った。
「その前に『ユリナ』が借りた分、『此れ』で『足りる』の?」と。『何個分?』とそう聞いて、宝石の『塊』をばらばらとアレフゥロードに渡そうとした。
アレフゥロードは流石に『多い。』と言って笑った。
海の『お腹空いた』はその間ずっと『スルー』され続けたーー。ちょっと気の毒だと、レザードは思った。
しかし、教会の建物の其処の入口で、それ以上に『無視』された二人組が入るに入れずに、ずっとぶつぶつと言って『居た』のでーーレザードはカイよりもそちらが気に為って居たーー
『すげえ…なんだ、あれ…』
『宝石がでか過ぎる………なんでだ?』
『それじゃねえよ、……あの剣……だよ……バカだな……オマエ、やっぱり。』
『バカじゃねーよ!……あんな刀は………見た事がねーな…。な…んだ、アレは…………。』
因みに宝石がでかいのは、直夏が『ダンジョン・レベル』を上げた『報酬』で、
その『剣』なら、『神剣』とでも言ってくれ。
遠い空で『神』は思ったが、直夏が『交信』も受けず『神業』でアイテムだけ回収するだけ、すると、さっさと帰って行ったので『コンプリート(覇者)アイテム』を渡しそびれたのであるーー
帰りはえーよ直夏さん。(泣)おはなししたかったよ(泣)と。
その時流石に海のお腹がぐぅう〜と鳴った。はっと一同そちらを見やる。本当に空腹だったらしいーーと。
それでやっと直夏が海の方に向いた。『海ーー』と、
「お前さ、巧の事馬鹿にしてる暇あるんなら、直ぐ其処ダンジョンだから『遊んで』来いよ?自分の金は自分で『稼げ』。お前だって来年もう高校だろう。半年前倒しても変わんねーよ。どの道そんなんじゃお前、多分『帰れ』ないぞ?…多分な。」
直夏の言葉に海は青く為る。
「誰かに甘えて生きんの、もう止めろ。誰もお前を『助けに』は来ないぞ。……律は多分、巧だけ『連れてった』んだろう。巧だけ連れて、『帰った』んだ。…おそらくな。俺とは多分…入れ違いに為った筈だ…俺の想像だけどなって、俺は昨日もお前にこれ、話したよな?」
『スグナ』は厳しい顔だった。『カイ』は、聞かされるのが『二度目』で、それでこんなにも青褪めたのだろうとレザードは思った。それで、彼は聞いてみた。『お前達は、』『何処から』『来たのか?』と。レザードはうっすらと何かに気付いていたーー。直夏の答えは『やはり』だった。
「異世界」
ひどくはっきりと、憎い天敵はそう言ったーーだが、レザードの彼への『憎しみの様な感情』は何故かもうそこには無かった。
アレフゥロードは『暗雲』が去ったとーーそう感じて居た。ーー
レザード・ガイサースは気付いたのだ。おそらく『カイ』と言う少年は、家族に、『見捨てられた』のだろうと。ーー自分とは、違ってだ。
レザードはもう、スグナの事が、嫌いには為れなかった。多分少年に、『カイ』に何か『気付かせ』たいのだろうーーそれが『帰る』『鍵』なのかもしれないと。




