第523話:追跡者 その3
ルヴィリアの“元”妹の奇行。傷を負うことを厭わぬその行動に驚かされたレウルスだったが、馬車の中に撒き散らされた液体を背中に受けながら顔をしかめる。
(っ……この痛み……毒か!?)
体内に入ったわけではなく、服の上にかかっただけだというのに背中に伝わる激痛。ジュウジュウと服を溶かして貫通した液体が体に触れ、即座に痛みを発したのだ。同時に、急激に気分が悪くなるような感覚が襲ってくる。
「っ、ぅ……」
そしてそれは、レウルスと同じようにその身を挺してエリザ達を庇ったルヴィリアも同様だった。あまりの痛みに悲鳴を上げることすらできず、エリザ達に覆いかぶさったまま必死で痛みを堪える。
「は――アハハハハハッ! 死ね! 死んでしまえ! ルヴィリア! アンタだけ幸せに」
「おおおおおおぉぉっ!」
レウルスは『熱量解放』を使い、背中の痛みも少女の言葉も無視して馬車の扉を蹴り開け、少女を弾き飛ばす。一応は加減をしたものの、“仕掛けてきた”のは少女の方からだ。
ルヴィリアが庇いはしたものの、“家族”に手を出した以上骨の一本や二本、腕の一本や二本は構うまい、とレウルスは思った。
「レウルス様、それ以上は!」
レウルスの殺気を感じ取ったのだろう。馬車から飛び出したレウルスが行動を起こすよりも早く、セバスが御者台から飛び降りて少女を手早く拘束していく。セバスは少女の両腕を後ろに回し、上着を脱いで少女の両腕を縛り上げた。
「ちょっ、ルヴィリア!? 前が見えな……どうなってんのよもう!」
「揺らすなサラ! ミーア、無事なら馬を頼む! エリザはルヴィリアさんの容体を確認しろ! サラは周囲の警戒! ネディはそこの薬屋から魔法薬を買ってきてくれ! 毒に効くやつがあればそれを!」
「う、うん!」
「わかったのじゃ!」
「任せて」
幸いと言うべきか、エリザ達には液体がかかっていないらしい。それぞれが即座に返事をして動き出したためレウルスは安堵し――次の瞬間にはその場から姿を消していた。
「ひっ!?」
「よお……御者のお兄さん、ちょっと話を聞かせてくれよ」
跳躍したレウルスは周囲の野次馬を飛び越え、少女が乗ってきた馬車の御者台へと音を立てながら着地する。そして御者の胸倉を掴んで持ち上げ、有無を言わせず殺気を叩きつけた。
そんなレウルスの殺気を感じ取ったのか、馬車を引いていた馬が驚いたように棹立ちになる。それに気付いたレウルスは御者台から下り、馬の首に左腕を巻き付けて動きを強引に止めた。
「取って喰いやしないから落ち着けよ、なあ」
『ヒヒイイィィィンッ!』
馬はその場で暴れたが、『熱量解放』を使っているレウルスが腕に少しだけ力を入れると瞬時に何かを悟ったように大人しくなった。その場で足を折って座り込むと、全てを諦めたように小さく鳴き声を上げる。
「よし、良い子だ……こっちのお兄さんも、素直に話してくれる“良い子”なら助かるんだがなぁ」
この様子なら馬が暴れることもないだろうと判断したレウルスは、御者の男性を引きずりながらエリザ達のもとへと戻っていく。すると野次馬が即座に左右に割れ、レウルスの進路を開けた。
「セバスさん、この人も頼みます。これで縛ってください」
そう言ってレウルスは御者の男性をセバスに引き渡し、ついでに上着を脱いで手渡す。渡した上着は背中のところどころに穴が開いており、ルヴィリアの元妹が用いた液体の威力を物語っていた。
「俺の背中、どうなってますか?」
「……肌着にも穴が開いて、背中も液体がかかった部分が紫色に変色しております」
「肉が溶けたりはしてませんか……やっぱり毒か」
それも、ただの毒ではないだろうとレウルスは思った。衣服にも穴が開いていることから、酸のように物体を溶かす効果があったのかもしれない。あるいは、毒が強すぎただけか。
『熱量解放』を使っているため痛みはほとんど感じない。気持ち悪さもなく、毒が体に回っている感覚はなかった。だが、それはレウルスだからこそ耐えられているのであって、ルヴィリアは“そう”ではない。
「エリザ、ルヴィリアさんの様子は?」
「背中を開けて、手持ちの水で液体がかかった場所を洗い流したんじゃが……これはまずいかもしれん」
ルヴィリアを椅子に寝かせつつ、外からルヴィリアの姿が見えないよう馬車の扉を閉めた状態でエリザが答える。本当ならば馬車の外で確認したいところだったが、衆人環視の中でルヴィリアを連れ出せば“どうなるか”は一目瞭然だ。
それに気付いたレウルスは眉を寄せつつも扉を開けて馬車の中に入ると、うつ伏せの状態で寝かされたルヴィリアの容態を確認した。
レウルスと同じように背中で液体――毒を受け止めたからか、斑点模様に紫色の痣ができている。真っ白な肌に浮かんだ紫色の痣は色濃く、また、激しい痛みを与えているのかルヴィリアは全身から汗が噴き出し、露出した背中以外のドレス生地が汗を吸って色を濃くしていく。
「や、ぁ……レ……ス……さま、見て……は……」
痛みで歯を食いしばりながらも、ルヴィリアは恥じらうようにして呟く。それに気付いたレウルスはすぐさま視線を逸らすと、ネディが向かった薬屋の方へと向き直る。
「毒に効くやつ持ってきた」
すると、すぐさまネディが戻ってきた。その手には液体が入った瓶が二本握られており、レウルスは礼を言ってから受け取る。
「お、お客様!? お代を――」
だが、ネディを追いかけるようにして店員らしき者が走ってきていたため、レウルスは即座に財布代わりの布袋を取り出してネディへと渡した。事態が事態なだけに財布を渡す暇がなかったのだが、ネディは言葉通り店から“持ってきた”ようだ。
「とりあえずこれを渡しておいてくれ。足りなければ俺の名前を出していい。それでも駄目ならヴェルグ伯爵家の名前を出してくれ……良いですよね、セバスさん?」
「わかった」
「もちろんでございます」
そのやりとりの時間も惜しい、と言わんばかりにレウルスはルヴィリアへと向き直った。そして魔法薬の蓋を開け、ルヴィリアの背中にゆっくりとかけていく。
(たしか、魔法薬はかけるだけじゃなくて飲んでも良いんだよな……)
レウルスは魔法薬を一本分背中にかけると、残ったもう一本をルヴィリアの口元へと持っていく。
「ルヴィリア、飲めるか?」
「ぁ……は、い……」
エリザがルヴィリアの体を起こすのを手伝い、レウルスもルヴィリアを支えるようにして魔法薬を飲ませていく。しかし、僅かに表情が和らいだだけでルヴィリアの顔から苦痛の色が消えることはなかった。
「店主! 今の魔法薬は両方とも毒に効くものか!?」
「え!? は、はい! 『解毒』の魔法薬です! あと一本あるので取ってきます!」
何故ネディが魔法薬を持ち出したのか――それを理解して薬屋に追加の魔法薬を取りに行こうとしていた店主は、レウルスからの言葉に叫んで返す。そしてすぐさま薬屋へと駆けて行ったが、言葉にした通り『解毒』の魔法薬を取りに行ったのだろう。
(魔法薬で駄目なら『解毒』の魔法が使える人を……大教会に行けばいるか? でも、ここからだと距離が……)
全力で駆けて事情を説明して、『解毒』の魔法を使える者を連れてくるまで最短でも五分はかかるだろう。それでもこのままいるよりはと馬車から飛び出そうとしたレウルスだったが、ルヴィリアに袖を掴まれて動きを止める。
「レ、ゥ……スさ、ま……これ……わたし……以前の……毒……」
「以前の……アクシスの爺さんに治してもらった毒と同じって言いたいのか? そうなると並の治癒魔法の使い手じゃ……」
ユニコーンであるアクシスと同等に治癒魔法を使える者でなければ、毒を“取り出せない”可能性がある。そう判断したレウルスだったが、ルヴィリアは小さく首を横に振る。
「あれ……より……痛く、て……つらい……です……」
途切れ途切れながらもそう語るルヴィリアに、レウルスは内心で舌打ちを叩く。
(アクシスの爺さんじゃないと治せないような毒より、更に強い毒だって? あのガキ、どこからそんなものを……)
そんな疑問を抱くレウルスだったが、今は追及している暇もない。今はまず、ルヴィリアをどうにか救う方が先決で。
「……レウ、ルス……さま、は……だいじょ、う、ぶ……です、か?」
「――――」
痛みで冷や汗を流しながらもレウルスの身を案じるルヴィリアに、レウルスは数瞬、言葉を失った。
「……ああ、俺は大丈夫だ」
それでもそう伝えると、ルヴィリアは安堵したように微笑む。『熱量解放』で痛みはほとんど感じず、毒に関してもある程度は耐えられる。問題はこの毒が“ある程度”という範疇にないことだろうが、レウルスの場合は最悪、『契約』を通してエリザの吸血種としての力を引き出せば死ぬこともないだろう。
故に、問題なのはルヴィリアだけだ。いつの間にかルヴィリアの白かった肌が薄紫色に染まりつつあり、背中から手足へと変色が進んでいる。
「っ、ぅ……いた、みが……全身、に、広がって……る、ような……」
そう言って少しでも痛みを逃がそうとするかのように、体を丸めるルヴィリア。レウルスとエリザはそんなルヴィリアを支えるが、表情に焦りを滲ませる。
「……一か八か、大教会に行って『解毒』を使える人を探してくる。アクシスの爺さん程は期待できなくても、王都なら腕の立つ人がいるはずだ」
少なくとも周囲にはいないだろう。セバスが馬車の外で『解毒』を使える者がいないか呼びかけているが、手を挙げる者がいないのだ。
「エリザはこのままルヴィリアを見ていてくれ。ルヴィリア、もう少しだけ我慢を――」
そう言って動こうとしたものの、ルヴィリアがレウルスの手を掴んだため動くに動けない。
「たぶ、ん……間に、あいませ……ん……それなら……最期に……」
必死に言葉を吐き出すルヴィリアに、レウルスの足が止まる。ルヴィリアは驚くように振り返ったレウルスを見て、痛みを押し殺しながら微笑んだ。
「一度……振られちゃいました、けど……わたしは……“あの時”は……初めてのことで、この気持ちが……曖昧だった、けど……でも、やっぱり……」
途切れ途切れながらもレウルスを真っすぐに見つめ、ルヴィリアは言葉を紡いでいく。
「貴方のことが……好きです。最期に遺すなら、この、気持ちを……言葉に……」
ルヴィリアは体を痛みで震わせながらもそう言うと、満足そうに笑った。
そうして笑顔を浮かべたルヴィリアの体に毒が回り、“腕の先”まで色が変わっていく。レウルスは何か手段はないのかと思考を巡らせ――小さいながらも魔力を感じ取った。
何が、と驚くよりも早く、レウルスは“ソレ”に気付く。ルヴィリアの右手首に巻いてあった純白のミサンガから魔力が放たれたかと思うと、ルヴィリアの体を染めた紫の色を吸い込むように急速に色を変え、最後にはボロボロになって崩れ落ちる。
「……え?」
そして、ミサンガが崩れ落ちたことに気付いたルヴィリアが不思議そうな声を漏らした。
「ルヴィリア?」
「痛みが急に……完全になくなったわけではないのですが、体を起こせそうなぐらいには……」
困惑したように呟き、言葉通り自分の力で体を起こすルヴィリア。少々気怠そうに見えるが、それまで冷や汗を流していた状態と比べれば雲泥の差だろう。
レウルスとエリザ、そしてルヴィリアは互いに顔を見合わせ、何が起きたのかと視線を交わし合う。
「これは一体何の騒ぎだ!?」
すると、馬車の外から大きな声が聞こえてきた。その声に釣られたレウルスが視線を向けると、そこには鎧を着込んだ兵士達――そしてその先頭に立つ、エリオの姿があったのだった。




