第449話:動かす者、動く者 その5
スラウスとの戦いは、レウルス達が有利だというものの状況は互角という不可思議な戦況へと突入していた。
近接戦闘を仕掛けるレウルスと翼竜、それを風魔法で援護するナタリアという組み合わせは即席とは思えないほどの連携を見せ、効率的にスラウスに傷を負わせていく。
それもこれも、援護に徹しているナタリアの腕が卓越しているからだろう。レウルスとしてもナタリアの援護は的確かつ強力で、多少強引に攻めても問題がないと思えるほどのものだった。
だが、スラウスを仕留めるには至らない。幾度となく『龍斬』で斬り、魔法を叩きこもうと、スラウスは平然と傷を治して向かってくる。
(っ……こいつ、本当に死なねえな。一体どんな理屈だ?)
魔力を節約するために時折『熱量解放』と『強化』を切り替えながら、レウルスは内心で呟く。
スラウスに対する怒りは相変わらず胸の中で滾っている――が、ここまでの不死性を見せつけられるとさすがに頭が冷える。
「……どうした? もう終わりか?」
距離を取った状態で『龍斬』を構えるレウルスに対し、スラウスが挑発するように声を投げかけた。しかしレウルスはそれに答えず、鋭い視線をスラウスへと送る。
回復力さえ除けば、スラウスは手に負えない相手ではない。身体能力や至近距離から放たれる魔法など危険な攻撃方法も多いが、十分に対応できる範疇だとレウルスは判断を下す。
レウルスには効かないとわかっているからか、動きを止めようとしてくる素振りもなかった。支配下に置いているレモナの町の住民を呼び寄せることもなく、一対三という状況で互角に持ち込んでいる。
「後ろの娘を取り返すまでは良かったな。この町の地下にあるのは下水道だったか? なるほど、“我には不要”だからと思考から抜けていたぞ」
これまでの戦いで周囲の家屋は倒壊し、スラウスを中心として住宅街が広場へと変貌してしまっている。バルベリー男爵――ヘクターは町の破壊は可能な限り抑えてほしいような口ぶりだったが、そこまで慮れるような状況ではなかった。
「チィッ!」
スラウスが放つ氷の刃を『龍斬』で斬り裂き、レウルスは舌打ちを一つ叩く。
レベッカやクリス、ティナの話では“以前”のスラウスはこれほどの不死性は持っていなかったはずだ。それだというのに何度致命傷を負わせても平然としている姿を見ると、何をすれば仕留められるのかと逡巡する気持ちがレウルスの中に浮かんだ。
(俺達が仕留めきれれば最善だったが……ジルバさん達が町の人達を全員引き離すにしても、あとどれだけの時間がかかる? 引き離せたとしてもこいつは本当に殺せるのか?)
スラウスから感じ取れる魔力は少しずつ小さくなっているが、元々が莫大な魔力を持つ吸血種である。持久戦に持ち込んでも逆に削り殺される可能性もあった。
(生きているのなら何かしら殺す方法がありそうなもんだが……)
いくら攻撃しても全く傷がつかないというわけではない。むしろ再生力が突出しているからかスラウスは防御が甘い部分があった。
斬っても死なず、魔法でも死なないのなら、“何を”すれば死ぬのか。
(これまで戦ってきた魔物なら最後には殺せたが……吸血種……吸血種、か)
レウルスの脳裏に過ぎったのは、前世の記憶だ。正確に言えばエリザ――初めて吸血種と出会った際に思い浮かべたことである。
曰く、血を吸われた人間は同じように吸血鬼になる。
曰く、狼や蝙蝠、霧に化けることができる。
曰く、不老不死の化け物。
エリザの場合は“勘違い”だったが、スラウスの場合は当てはまる点があった。
斬ろうが潰そうが、魔法を叩きこもうが死なない不死性。致命傷を負っても時間をかけずに回復する様は、まさに不死の化け物と言えるだろう。
(スライムでさえ『核』を破壊すれば死んだっていうのに……スライム?)
続いてレウルスの脳裏に浮かんだのは、メルセナ湖で戦った巨大なスライムの姿。いくら斬ろうとも死なず、サラが上級の火炎魔法を撃ち込んでも仕留めるには至らず、『核』を破壊するまでは動き続けた化け物だ。
レベッカ達の話では、吸血種には『核』のような“弱点”は存在しない。エリザと一年以上共に生活してきたレウルスとしても、そのようなものがあると聞いたことはなかった。
仮に頭部や心臓以外の場所に『核』のようなものがあるとしても、体内にそのような異物があればエリザとて気付くはずである。元々体内に存在していて違和感を覚えないような存在なのかもしれないが、それならば以前のスラウスがグレイゴ教の司教達に殺されている点が腑に落ちなかった。
“一度死んだことで”『核』のような存在が生まれたのかもしれないが、これまでの戦いでスラウスに与えた傷は全身に及ぶ。全く影響がないというのもおかしな話だろう。
(吸血種……スライム……不死身……死なない、生き物……生き物?)
そこでふと、レウルスは根本から考えが間違っているのではないかと思った。
まさか、とは思う。だが、ここまで何度も致命傷を負わせても平然としているスラウスを見れば、あり得ないことではないとも思ってしまう。
(こいつ……もしかして“生き物”じゃない?)
外見こそ人間――ヘクターにそっくりで、斬れば血も噴き出すが、外見通りならば既に幾度となく死んでいるはずである。
与えた傷が治っているように見えるスラウスだが、傷が治っているのではなく、“元の形”に戻っているだけだとすれば――。
「ッ、オオオオオオオォッ!」
仕留めることよりも持久戦に移行しかけていたレウルスだったが、不意を突くようにして前に出た。スラウスもそれに応じて氷の刃を生み出して防御の構えを取る。
レウルスはこれまで通り『龍斬』で斬りかかるが、敢えてスラウスの防御を突破しない。その代わりに『熱量解放』を使い、力任せに『龍斬』を振り切ってスラウスの体を大きく弾き飛ばし、家屋の瓦礫の山へと叩き込む。
「姐さん! こっちに来てくれ!」
強引に作り出した隙。それを攻撃には使わず、レウルスは『熱量解放』を切ってからナタリアを呼ぶ。するとナタリアも何かしらの違和感を覚えていたのか、即座にレウルスのもとへと飛来した。
「姐さん、一つだけ確認がしたい。魔力が人の形になって動いている……なんてことはあり得るか?」
レウルスが行った質問は、前世で例えるならば『霧が人の形になって動き回るか?』と尋ねるような突拍子もないものである。しかしここまでの不死性をスラウスが見せるのならば、あり得ないことだからと切り捨てるのも難しい。
スラウスの不死性は『核』がないスライムが存在すればあり得るのではないか、と思わせるほどのものだった。
「魔力が人の形に……なるほど、それならあれほどまでに死なないというのも理解ができるわね」
ナタリアはレウルスの疑問を否定しなかった。ただし、盛大に眉を寄せて顔をしかめる。
「ただ、そんな魔物がいるなんてわたしは聞いたことがないわ。あのスラウスが“そう”だとしても、問題は倒し方よ。それに仮に……ええ、仮にアレが魔力の塊だとしたら」
そこで不意に、ナタリアは言葉を途切れさせた。そして僅かに気遣わしそうな眼差しでレウルスを見つめる。
「一体、何がアレを動かしているというの? 以前殺された吸血種だと、スラウスだと名乗っているけれど、“中身”は一体なんだというの?」
その疑問に、レウルスは視界が揺らぐのを感じた。
数十年も前に殺されたというのに、突如としてレモナの町に現れたスラウス。“以前と同じように”吸血種としての力を振るっているが、殺される前は持たなかった不死性を有している。
――転生してこの世界に生まれ落ちた自分とスラウスは、大きな差はないのではないか。
レウルスはそう思考し、無意識のうちに『思念通話』を使っていた。
『サラ』
『あ、ちょ、レウルス!? ごめん! そっちに行ってるんだけどなんか町の人がどばーって出てきて襲ってきて』
『ネディは近くにいるか?』
すまないと思いながらもサラの言葉を遮り、ネディの所在を問う。すると即座に返答があった。
『すぐ隣に……ってもう! 焼いちゃ駄目だから面倒ねぇっ!』
相変わらず騒がしいサラの声に、レウルスは知らず知らずのうちに微笑む。
『そうか……それならこう尋ねてくれ。俺達が戦っている吸血種、スラウスは“よくないもの”か? って』
『え? よくな……え? レウルスってばどうしたの? 聞いてみるけど……ちょっと変じゃない?』
僅かな沈黙。その間に瓦礫を押し退けてスラウスが立ち上がるのが見えたが、レウルスとナタリアが共にいる姿を見て警戒したように足を止めた。
『あの、レウルス? ネディは『わるいこだったけど、今はよくないもの』って言ってるけどこれ何?』
『いや……それでわかった、十分だ』
サラとの『思念通話』を打ち切り、レウルスは大きく深呼吸をする。そしてスラウスを視界に収めながら、ナタリアへと質問を投げかける。
「姐さん……さっき言った、アイツが魔力の塊かもって話だけどさ。どうすれば殺せると思う?」
「強力な魔法で粉微塵になるまで吹き飛ばすか、あるいは『無効化』を使うか……いえ、『無効化』だけで死ぬのならここまで苦戦することもないわね。何か“別の方法”が必要だと思うわ」
ナタリアは真剣な声色で答えるが、その声には何故か、少しだけ揺れるものが混じっていたように感じられたのはレウルスの錯覚だろう。
「俺もそう思う。でまあ、なんだ……俺、その“別の方法”が使えそうなんだけどさ」
「…………」
ナタリアから返ってきたのは沈黙だった。何故それを黙っていたのかと咎めるのではなく、自身の記憶を探るような沈黙である。
ナタリアには何かある度に報告を行っていた。かつては冒険者組合の受付という立場で接していたナタリアだったが、相談も含めて様々な報告を行ってきたのだ。
「……わたしは、何をすればいいのかしら?」
「ちょいと集中したいんで、時間を稼いでもらえるか? 俺も一回しか使ったことがないんで上手くいくか自信がないんだ」
余計な問答はなく、ナタリアは手短に尋ねる。レウルスは少しだけおどけるように答えたが、その声は真剣そのものだった。
「それは、このまま持久戦に徹するよりも確実なものなのかしら?」
「多分な。ただ、上手くいかない可能性もあるし、駄目だったら一時撤退も視野に入れた方が良いと思う」
このままジリ貧な戦いを続けるよりは、と提案するレウルス。それと併せて、一つ頼みごとをすることにした。
「もしも上手くいっても“駄目だった”時はネディがやってくれるんだろうけど……“とどめ”は姐さんに頼んでいいか?」
「……ええ。“スラウスは”わたしが仕留めてあげるわ」
「相談は終わったか?」
レウルスとナタリアの会話を遮るようにしてスラウスが言葉を投げかける。それを聞いたレウルスは背後へと下がり、ナタリアが前へと出た。
レウルスは再度深呼吸をすると、ナタリアに全てを任せて目を閉じる。
失敗すれば何が起きるかわからない。自分の命だけでなく、『契約』によって命がつながったサラの存在もあるのだ。
――絶対に失敗はしない。
そう思い定めたレウルスは精神を集中させ、『熱量解放』を使うのだった。




