第448話:動かす者、動く者 その4
真正面からスラウス目掛けて突撃するレウルス。『熱量開放』こそ使っていないものの、『強化』で底上げされた身体能力を怒りという燃料で動かし、瞬く間にスラウスとの距離を詰める。
踏み込みと同時、肩に担いだ『龍斬』を縦に一閃。スラウスは腕の先に氷の刃を生み出し、『強化』を使いながら斬撃に合わせるように叩きつける。
吸血種が生み出した氷の刃は、並の剣を遥かに上回る強度と切れ味があるだろう。『強化』による上乗せがあるためそれは明白で――『龍斬』の切れ味は更にその上をいく。
キン、と澄んだ音と共に氷の刃が両断されて宙を舞う。それを当然のものと、愛剣を“そんな鈍ら”で止められるものかと言わんばかりにレウルスは力を込め、斬り下ろした『龍斬』を跳ね上げて即座に横薙ぎへと斬撃を連続させた。
「チィッ!」
再度氷の刃を生み出したスラウスは、今度は斬撃を受けるのではなく逸らしにかかる。強引かつ力任せに氷の刃を合わせ、胴体を薙ぎにきた斬撃を上方へと逸らした。
レウルスとスラウスは、互いに両手が頭上へ持ち上げられた形になる。どちらが速く剣を振り下ろすか、あるいはスラウスが魔法を発動させるか――。
「合わせなさい、レウルス」
それよりも早く、ナタリアが援護を行う。背を向けた形になったスラウス目掛けて砲弾のような風の塊を放ち、レウルスに向かってスラウスの体を強引に弾き飛ばす。
「おおっ!」
ナタリアの声が聞こえた瞬間、レウルスは両腕が頭上にあるからと膝蹴りを繰り出していた。その結果スラウスの胴体に膝がめり込み、スラウスの口から呻くような声が漏れる。
生木を蹴り折ったような感触を膝に覚えつつ、レウルスはスラウスを蹴り倒す。そして『龍斬』を構え直すよりも先に後方へと跳ぶと、倒れたスラウス目掛けて翼竜が前腕を振り下ろした。
だが、スラウスもそのままやられるほど温くはない。地面を突き飛ばして真横へと“飛んで”翼竜の攻撃を回避し、レウルスに左手を向ける。
攻撃を受けながらも反撃に転じたスラウスが選んだのは火炎魔法――それも、かつてヴァーニルが見せたような熱線だ。直撃すれば人体など容易く貫き、燃やし尽くす威力があるだろう。
「邪魔だあああぁっ!」
威力としては中級に匹敵するであろう熱線を、レウルスは真っ向から迎え撃つ。『龍斬』に魔力を込めながら振るい、逸らしすらせずに両断する。
熱線を切り裂くなり、レウルスはギアを一段上げる。『熱量開放』を使って一気に加速し、一秒とかけずにスラウスとの間合いを踏破する。
「シャアアアアアアアアァッ!」
不格好に寝転んだような形ながらも宙に浮いているスラウス目掛け、『龍斬』を振るう。丁度良い場所にあるなと言わんばかりに、右肩に担いだ『龍斬』を全力で振り下ろす。
その勢いに危険を感じたのか、スラウスは宙に浮いたままで横へと回転した。まるで側方宙返りでもするようにしながら斬撃を回避し、反撃のために雷撃を放とうとする。
しかし、それを邪魔するようにナタリアが動いた。魔力が集中した瞬間を狙い、風の刃を放ってスラウスの右腕を切り飛ばす。
僅かに生じた隙。その間を狙うように、レウルスが振り下ろした『龍斬』が地面に炸裂した。
轟音と共に地面が斬り裂かれ、砂塵と共に土中の小石が舞い散る。それは即席の目くらましとなってスラウスの視界を塞いだ。
ただし、スラウスが視界を塞がれたということはレウルスからも視認がしにくいということでもある。そのためレウルスは『龍斬』を振るわず、ナタリアが切り飛ばした右腕へと視線を向けた。
「焼け!」
そして、宙を舞う右腕を翼竜に向かって蹴り飛ばす。するとレウルスの声に反応したのか、即座に翼竜が口から炎を吐き出してスラウスの右手を焼き払った。
燃やし尽くせばどうなるか、と思考しながらもレウルスは地面を蹴って後退する。砂塵越しに大きな魔力が集中するのを感じ取ったのだ。
次の瞬間、砂塵を吹き飛ばすようにして光が明滅する。それが雷撃によるものだと頭で判断するよりも早く、レウルスは反射的に『龍斬』を真横へと振るっていた。
光の明滅に遅れることほんの刹那、スラウスを中心として周囲全体に向けて雷撃が迸る。点でも線でもなく、全方位に壁のような雷撃が放たれたのだ。
実体がないはずだというのに、妙に硬い手応えを覚えながらレウルスは雷撃を両断する。それと同時に、カメラのフラッシュを正面から見てしまった時のように視界が白んでいることに気付いた。
完全に見えないわけではないが、瞬間的に視力が低減する。そしてそれを狙ったように殺気が迫り、レウルスは瞬時に首を真横へと倒した。
顔の左横を通る風圧と音。頬が裂ける感触と同時に血が噴き出し、血の臭いが鼻につく。拳か貫手か、氷の刃か。攻撃手段はわからないものの、殺気を感じ取ってから攻撃が飛んでくるまで随分と早い。
「レウルス君!?」
背後から聞こえるミーアの声。悲鳴のような、驚きを含んだ声。それを背中に受けながらもレウルスは殺気に反応して動き続ける。
向けられる殺気に付随するスラウスの攻撃は、速度と威力の割に素直だ。優れた身体能力に技術が追い付いていない、“自分と似たようなタイプ”だと判断しながらレウルスは『龍斬』を振るう。
雷撃で視界を潰されるのは初めてではない。王都で模擬戦を行ったベルナルドと比べれば殺気で攻撃が読みやすく、最初の一撃以外は全てを掠らせもせずに弾いていく。
視界が戻り始めた瞬間、レウルスは反撃に移る。ナタリアからの援護がないのは自身と同じように視界を潰されたからだろうと、時間稼ぎを兼ねて刃を振るう。
「ッ!?」
振るった『龍斬』が硬質な音と共に停止した。薄く白んでいる視界に映ったのは、先ほどと同じように氷の刃を生み出したスラウスの姿である。
ただし、氷の刃から感じ取れる魔力の量が桁違いに大きい。中級規模の氷魔法を刃として固めたのか、あるいはそれだけ『強化』の度合いが大きいのか。少なくとも『龍斬』を受け止められる程度には頑強さがあるらしかった。
「ガ――アアアアアアアアアアァァッ!」
そして、レウルスは“そんなもの”は知ったことかと言わんばかりに『龍斬』に魔力を籠める。 拮抗していた刃が氷に食い込み、瞬く間にヒビを増やしていく。
「まったく……やはり人間の力とは思えんな。それにその殺気、先ほどの人形とは比べ物にならん」
それは称賛なのか、あるいは呆れているのか。氷の刃を即座に補強しながらも、スラウスはいつの間に再生したのか、先ほど燃やし尽くしたはずの右腕を氷の刃に沿えてレウルスの腕力に拮抗する。
「ああ――そうかい」
スラウスが腕力で対抗した瞬間、レウルスはそれまでの勢いと殺気が嘘のように脱力した。
「ぬっ!?」
急激な脱力により、スラウスが体勢を崩す。上体が前へと泳ぎ、決定的な隙を曝け出す。
スラウスが何かしらの魔法を使うよりも早く、レウルスは『龍斬』を振るう。隙だらけの首を狙って刃を奔らせ、問答無用で斬り飛ばす。
その上でレウルスは腰裏の短剣を抜き、スラウスの心臓目掛けて突き刺した。これまで首を刎ねたことも、心臓を破壊したこともあるが、同時に複数の致命傷を突き付けたことはない。
焼き払った右腕が短時間で再生していた以上、確証が持てる方法ではない。それでも魔力を削ることにつながるはずだと判断し、短剣を突き刺した勢いに乗って家屋の壁にスラウスを叩きつけて縫い留める。
この上で翼竜に首や体を燃やさせるか、ナタリアに頼んで粉砕してもらうか、『龍斬』で斬り砕くか。凄惨極まりない光景になりそうだが、他に手段もなさそうだとレウルスはナタリアに指示を仰ごうとする。
「――――」
そして、首も心臓もないというのにスラウスが動いた。レウルスの意識が僅かとはいえ逸れた瞬間に右手が持ち上がり、レウルスへと向けられる。
爆発するような風の乱撃。刃と爆風を組み合わせた魔法が瞬時に発現され、レウルスの上半身を吹き飛ばそうとする。
だが、意識を逸らしたとはいえレウルスも油断はしていない。瞬時に射線上に『龍斬』を差し込むと、魔法の大半を相殺しながらも風の勢いに逆らわず、わざと真後ろへと弾き飛ばされた。
「おいおい……そんな様でも動くのかよ」
風の刃で血が流れ出る腕の傷を軽く舐め、レウルスは呆れたように呟く。首を刎ねて心臓を潰したというのに、死んでいないどころか魔法まで行使してきたのだ。これにはさすがのレウルスも対応に迷ってしまった。
(ある程度……といっても普通なら致命傷になる傷を複数負わせても動くし、魔法も使ってくるか。斬った右腕の再生速度を見る限り、バラバラにして燃やしてもすぐに再生しそうだな)
仕留めるには根本的な“何か”が足りない気がする。レウルスはそう思ったが、同時に、スラウスから感じ取れる魔力が若干薄らいでいることにも気付いた。
(魔力が尽きれば再生もできなくなる……か?)
レウルスは隙を晒さないよう注意しながらナタリアへ視線を送る。すると、ナタリアも同じことを考えていたのか小さく頷きが返ってきた。
――問題があるとすれば、“どちら”の魔力が先に尽きるか。
レモナの町の住民を減らしているとはいえ、スラウス自身蓄えた魔力もあるだろう。今は順調に数を減らしているが、スラウスが残っている住民から根こそぎ生命力を吸い上げるような真似をすればどうなるか。
ジルバ達が駆け付けることもできるようになるが、それで仕留めきれる保証もない。
「……まったく、驚かされるな。ある程度とはいえ殺気も操作できるのか」
自身の首を拾い上げて体とつなぎ合わせたスラウスが、言葉と違って呆れたように呟く。続いて心臓に刺さった短剣を引き抜くと、叩きつけるようにして地面に放り捨てる。
衣服こそボロボロになっているものの、スラウスが堪えた様子はない。レウルスはそんなスラウスの姿に視線を鋭くすると、『龍斬』を構え直すのだった。




