第447話:動かす者、動く者 その3
距離を挟み、レウルスとスラウスの視線が交差する。数百メートルと距離が離れているにも関わらず、間違いなく視線がぶつかり合う。
エリザの救出を優先したレウルスは、どのような戦いが行われたのか実際には見ていない。それでもバルベリー男爵の邸宅から見下ろしたレモナの町並を見れば、戦いの激しさは嫌でも理解できた。
(……姐さんでも殺しきれなかった、か)
“ここまで”はナタリアが予測した通りに事態が進んでいるが、衣服こそボロボロなもののスラウスは健在である。
それはすなわち、時間を稼ぐことには成功したもののナタリアでさえもスラウスを仕留める手立てがなかったということだ。
方法まではわからないが、ナタリアならば確実に数度はスラウスを殺しているだろう、とレウルスは思う。それでも死んでいないということは、通常の方法では殺しきれないということだ。
蘇生の回数に限度があり、回数分殺しきれれば死ぬのか。
肉体を粉々にでもすれば死ぬのか。
操っているレモナの町の住民全てを引き剥がし、魔力を削り切れば死ぬのか。
スライムの『核』のように致命傷になり得る部位があるのか。
見えていないだけで“本体”が別に存在し、スラウスを操っているだけなのか。
それらの条件を複数で達成する必要があるのか――あるいは全てが“ハズレ”なのか。
一度スラウスを殺しているはずのグレイゴ教徒。その上層部であるレベッカ達司教ですら首を傾げる有様だ。
それでも、ナタリアが立てた作戦通りエリザの救出に成功し、なおかつレモナの町の住民を運び去ることでスラウスの戦力も削れているはずだった。
(敵もこっちが利用したみたいに魔法人形の類……ってのはなさそうだな。自分と同じ魔法人形に騙されるような手合いじゃないだろうし)
仮にそうならばお粗末過ぎる、とレウルスは内心だけで呟く。存在するかも不明だが『人形遣い』と呼ばれるレベッカの目を欺き、なおかつ何度も致命傷を負っても自動で回復するような魔法人形があれば話は別だが、そのような可能性まで検討するのはさすがに難しい。
(レベッカの魔法人形も首を刎ねても動いてたが、あれはスライムの『核』まで使った特別製らしいしな……もしも別に“本体”がいたとしても、アイツを仕留めれば出てくるだろ。姐さんやレベッカ達が気付けていない以上、そんなのはいないと思うけどな)
レウルスがそう自分に言い聞かせる内に、『龍斬』を握る右手に自然と力がこもる。ほんの数秒とはいえスラウスと視線をぶつけ合ったレウルスは、知らず知らずのうちに口の端が吊り上がっていくのを感じた。
エリザを救出した以上、やることは単純だ。スラウスが死なないのならば、死ぬまで殺しきるだけである。
犬歯を剥き出しにするようにして頬を吊り上げるレウルスに対し、スラウスは何故か小さく笑った。苦笑のような、自嘲のような、妙な笑みだった。
しかしすぐさま真顔になると、再び襲い掛かり始めた翼竜に向き直る。
「まずはここから出るが……エリザ、普段通り動けるか?」
そう言いつつ、レウルスは窓をこじ開ける。そして肩越しに振り返って確認すると、エリザは僅かに視線を彷徨わせてから頷いた。
「はい、エリザちゃん。杖だよ」
「う、うむ……ありがとう」
ミーアが雷の杖を差し出すと、エリザは躊躇を瞳に宿しながらも受け取った。それに気付いたレウルスは周囲を索敵しながら口を開く。
「何か気になることでもあるのか?」
「……いや、そういうわけでは……ないんじゃが……」
あまり時間をかけることはできないが、エリザに異常があるのなら放置もできない。スラウスに操られている様子でもないためレウルスが片眉を上げると、エリザは恐々と尋ねる。
「お……いや、あの男を殺す……ん、じゃよな?」
その問いかけで、レウルスはエリザが何を気にしているのかに気付く。これまで会ったことがなく、それどころか何故か蘇っている祖父が相手なのだ。
エリザに面識がなかったとはいえ、身内を手にかけようとしていることにレウルスとしても思うところがないとは言わない。だが――。
「ああ。姐さんがバルベリー男爵と交渉したってのもあるが、ここまで被害がでかくなった以上、見逃すことはできねえ。それに、“何か”企んでるみたいだからな……ここで仕留めるしかない」
もしもの話ではあるが、スラウスがレモナの町を支配下に置かず、人里離れた森の中で偶然遭遇した――そんな出会いならば、まだ別の道があったのかもしれない。
だが、事態はここまで大きくなっているのだ。仮にレウルスが手を出さずとも、殺せるのならばナタリアが殺す。既にそういう形で事態が動いており、レウルスもそれを止めるつもりはなかった。
「……そう、じゃな……そうじゃよな……」
そう呟き、自身を納得させるように何度も頷くエリザ。レウルスはそんなエリザの様子に小さくため息を吐くと、俯いてしまったエリザを左腕で抱え上げた。
「まずはここから出るぞ。ジルバさん達が数を減らしてるっていっても、町の人達がこっちに殺到したら面倒――チッ!」
不意に殺気を感じ取ったレウルスは瞬時に『龍斬』を振るう。エリザに意識を向けたほんの僅かな間に、スラウスが氷の矢を放ってきたのだ。
レウルスが開けていた窓を、枠ごと破壊する勢いで飛び込んでくる氷の矢。それを『龍斬』を切り上げて両断したレウルスは、窓の外へ意識を向けながらミーアに声をかける。
「この距離でも魔法を飛ばしてくるか……ミーア、背中にしがみついてくれ」
「え? あ、う、うん」
威嚇のつもりか、あるいは牽制か。火炎魔法でも使われれば邸宅どころか周囲の家屋まで焼けそうだと判断したレウルスは、ミーアに背中にしがみつくよう指示を出す。
ミーアが素直に従って背中にしがみついたのを確認すると、レウルスは即座に『熱量開放』を使って駆け出し、氷の矢で破壊が進んだ窓から外へと飛び出した。
「荒くなるから舌を噛むなよ!」
そうして外に飛び出すなり、壁を蹴りつけてレウルスは更に宙を駆ける。ナタリアやスラウスのように空を飛べはしないが、『熱量開放』を使った状態ならば足場さえあれば多少の無理は利く。
時には壁を、時には屋根を足場にしながら跳ね、レウルスは障害物の一切を無視してスラウスに向かって進んでいく。
そんなレウルスの移動方法を見てどう思ったのか、翼竜を相手にしていたスラウスは少しばかり困惑したように腕を振るった。それを目視したレウルスは同時に魔力も感じ取り、壁を蹴りつけた勢いで身を捻る。
「うわっ!?」
背中のミーアから上がった驚きの声を聞きながら、レウルスは空中で『龍斬』を一閃した。目には見えなかったが移動先を狙い撃ちしていた風の刃を両断したのだ。
続いて、再び氷の矢が飛来した。翼竜を相手にしながらもレウルスが“移動しそうな場所”目掛け、スラウスは次から次へと氷の矢を放ってくる。
屋根の上を駆けている以上、身を隠す場所もない。ただでさえ今は風の刃を切り払うために跳躍していたのだ。
回避するには足場が存在しない――が、レウルスは『龍斬』を振り回した勢いに乗ってぐるり、と空中で回転する。
風の刃を追うようにして放たれた氷の矢を、回転した勢いと腕力だけで弾く。そして今度は『龍斬』の切っ先で氷の矢を弾いた勢いを利用して体勢を変え、飛来する氷の矢を蹴りつけて進行方向を僅かに変える。
傍目から見れば曲芸のような動きで駆け続けたレウルスは、近くにレモナの町の住民がいないことを確認してから地上に降り立つ。重たい着地音を響かせ、砂煙を巻き上げながら急制動をかけたレウルスはエリザとミーアを下ろし、『熱量開放』を解除した。
「し、死ぬかと思った……レウルス君、『城崩し』の時もそうだったけど空中で飛び跳ねるのが好きなの?」
「あの時は飛び跳ねないと死んでただろうし、今回は最短距離を進んだだけだよ」
ミーアが若干呆れたような声を投げかけ、レウルスは真顔で答える。『熱量開放』を使って文字通り“最短距離”を駆け抜けたレウルスの視線の先には、数秒とかけずに斬りかかれる距離で翼竜と渡り合うスラウスの姿があった。
「ミーアはエリザと一緒にいてくれ。アイツを後ろに通すつもりはないが、もしも町の住民が向かってきたら対処を頼む。サラとネディもこっちに向かってるしな」
サラの魔力が近づいてきているのを感じ取ったレウルスがそう言うと、ミーアは気合いの入った顔付きで鎚を握り締める。レウルスはそんなミーアの表情に小さく笑みを浮かべ――すぐさま表情を引き締めた。
翼竜が暴れるのに任せ、スラウスを観察するように目を細めるナタリア。
翼竜と戦いながらもナタリアの出方を窺い、なおかつレウルス達へ攻撃を加えてきたスラウス。
そこに加わったレウルスは、ナタリアや翼竜と合わせればスラウスを挟み撃ちにした形になる。
空を飛ばれるとレウルスの攻撃手段は限られるが、“その場合”に備えたからこそナタリアと翼竜がこの場にいるのだ。もしもこの場に町の住民を駆け付けさせたとしても、レウルスがスラウスを抑えている間にナタリアが対応すれば良い。
先日スラウスと交戦した時とは異なり、夜間ではないため視界も明瞭だ。スラウスに空を飛ぶ暇はなく、周囲に“手駒”もいない。
戦う準備は万端。だからこそレウルスは敢えて、一度だけ大きく深呼吸をし――咆哮した。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!」
エリザを救い出すまでため込んでいた怒りを咆哮に乗せながら、レウルスはスラウスへと斬りかかるのだった。




