第377話:誰の味方 その1
カルヴァン達と共にキマイラの死体を担いだレウルスは、戦いの余波で歩きにくくなってしまった“元”森を歩いて町へと向かう。
戦いの最中はそこまで気にならなかったが、数十本もの木を斬ったため歩くのに難儀するほど倒木が転がっているのだ。
「キマイラが出たから避難しろってサラ様に言われたんだが、滅茶苦茶凶悪な気配を感じてな。こりゃやべえって思って、レウルスに加勢するべきか迷ってたんだが……」
町に向かって歩きながらそう話すカルヴァンの口調は、固くもなければ柔らかくもない。自身が感じたことを直截に述べていく。
「やばいのは魔物じゃなく、レウルスだったわけだ」
「冗談ではなく?」
「お前とキマイラ以外に何かいたか? キマイラが“そう”じゃないってことは、お前しかいないだろ?」
そう話すカルヴァンに対し、レウルスは腑に落ちないものを感じながら首を傾げる。
「やばかったって……どんな風に?」
「あー……こう、全身の毛が逆立つような……怖いというより、やばいとしか言いようがないというか……」
普段のカルヴァンを知るレウルスからすると、驚くほどに曖昧な口調だった。だが、その反応はレウルスにも危機感を抱かせる。
「……ちなみに、今はどうなんだ?」
「……普通、か? いつも通りのレウルスだとは思うんだが……」
『熱量解放』を使って戦いはしたが、このような反応を向けられたのは初めてだった。
(普段と比べて魔力が多い状態だったから……か? そういえば魔力は……)
レウルスは自身が持つ魔力を探る。キマイラを倒すまで五分とかからなかったが、時間が経過すれば経過するほど魔力も消耗するのだ。溜め込んだ魔力はかつてないほど大きかったが、消耗する魔力量まで増えたのでは目も当てられない。
(正確かどうかはわからないけど、“余剰”分が全部消えた……かな? 魔力自体はまだまだたくさんあるけど……)
『熱量解放』の扱いに慣れたと思ったレウルスだったが、戦っている最中は自身の運動能力に振り回されないようにするだけで必死だった。
普段よりも速く動くことができ、普段よりも力が漲り――その分、普段よりも制御が難しかった。
(限界量とは言わないけど、エリザとサラに魔力が流れ始める“上限”を超えた状態で『熱量解放』を使ったからな……それが影響したのか? それとも魔力が多すぎて強化の度合いも高くなった?)
『強化』のように、魔力が多ければ多い方が力が増すのか。それとも“上限”を超えた状態で『熱量解放』を使ったからか。
これまで『熱量解放』を使ってきた感覚から言えば、魔力の多寡はそれほど関係ないとレウルスは考える。残り魔力がギリギリだろうと、逆に余裕があろうと、『熱量解放』を使った際の運動能力は大差なかった。
『熱量解放』の継続時間が変動するだけで、能力自体に大きな変動はなかったのである。
それだというのに、今回は制御が難しくなるほど能力が向上していた。
(……わからないってのは、怖いな)
自分自身のことだというのに、“これだ”という確証がない。今までは不思議と気にならなかったが、レウルスは自身の心情に影が差しているのを感じ取った。
だが、レウルスの感覚は今しがた使用した『熱量解放』に対して特に嫌悪感を抱いているわけでもない。あまりにも普段との感覚が違い過ぎて使いにくかったが、それを忌避することはなかった。
悩みながらも町へと帰還したレウルスは、ひとまず町の作業者達が集まっている場所へと向かう。そこにはエリザ達だけでなくコルラードもおり、まずは報告するべきだと判断したのだ。
「サラ様から強い魔物が来ると聞き、とりあえず作業を中断していたのだが……これはまた、ずいぶんな大物であるな」
キマイラの“半身”を担いで歩いてくるレウルスに対し、コルラードは普段と変わらない口調で話しかけた。ラヴァル廃棄街の作業者や冒険者達も、レウルスが仕留めたキマイラを見て驚くだけである。
「おお、こりゃ確かに大きいな……以前ラヴァル廃棄街の周辺に出た奴よりも倍近くあるじゃねえか」
「さすが『魔物喰らい』だな。キマイラの肉は……ま、全部お前が食うか」
「とりあえず仕事に戻るかねぇ……町の畑もある程度形になったし、何を植える?」
「少し早いけど芋でいいだろ。あとは育つのが早い根菜をいくつか植えて、本当に育つか確認してみないとな」
ラヴァル廃棄街の面々は、慣れた様子で作業に戻ろうとしている。外見からレウルスが怪我をしているようにも見えなかったため、心配の言葉をかけることもしなかった。
――レウルスならば魔物が襲ってきてもどうにかしてくれる。
――レウルスで駄目ならば仕方がない。
そんな信頼のもと、自分達ができる作業を行うべく戻っていく。ただし、戻る前にレウルスの腕や背中を軽く叩き、笑いかけてから立ち去った。
レウルスが仕留めたキマイラの大きさに驚くべきか呆れるべきか悩んでいたコルラードも、作業に戻る者達を止めることはしない。
「吾輩もキマイラは数回見たことがあるが、ここまでの巨体は初めて見たのである……うーむ、いつかこの土地で村を興すのが恐ろしくなるな……」
コルラードはしばらくキマイラの死体を眺めていたが、やがてそう言って苦笑を浮かべた。
そんなコルラードやラヴァル廃棄街の作業者、冒険者と異なり、ドワーフ達の反応は鈍い。それぞれ自身の腕や足を擦り、落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。
「ねーねー、ドワーフのみんなってばさっきから一体どうしたの?」
ドワーフの様子をレウルスが怪訝に思っていると、サラが不思議そうな顔をしながら尋ねる。どうやらドワーフ達は先ほどからずっとこの調子らしい。
「言葉じゃ説明できねえんだが……やばかったな」
「ああ……やばかった」
「あんなに鳥肌が立ったのは初めてだってぐらいやばかったな」
顔を見合わせて口々にそう言うが、レウルスとしては反応に困ってしまう。
「カルヴァンのおっちゃんもだけど、みんなしてやばいとしか言ってねえじゃねえか……え? そんなにやばかったのか?」
「とんでもなかったぞ……あんな感覚になったのは、ヴァーニルの旦那を初めて見た時ぐらいじゃねえか?」
「……それはやばいな」
ヴァーニルを引き合いに出され、レウルスはドワーフ達に釣られたかのように『やばい』と呟く。
続いてエリザ達に視線を向けたが、こちらもまた反応が分かれていた。
「ワシは特に何も感じなかったんじゃが……まあ、レウルスの魔力は感じたがの?」
「わたしもわたしも! カルヴァン達がいきなり空堀に飛び込んだから驚いたぐらい?」
エリザも周囲の反応を見て不思議そうに首を傾げ、サラもそれに同意するように頷く。
「ボクはけっこう驚いたんだけど……あ、これレウルス君の魔力だ、なんて考えたら平気だった……かな?」
ミーアもどこか曖昧な口調だったが、他のドワーフと比べると驚きが少なかったようだ。
「…………」
そして最後に、ネディは無言である。キマイラを担いだままのレウルスをじっと見つめたかと思うと、いきなり歩き出してレウルスの周囲をぐるぐると回り始める。
「……ネディ?」
この間も同じようなことをやっていたため、さすがのレウルスも気になってネディの名前を呼ぶ。しかしネディは何も答えず、無言で頷くだけだ。
「とりあえず、悩むのは後にするのである。日が昇っている内に可能な限り作業を進めるのだ」
キマイラの襲来と聞いて警戒していたコルラードだったが、レウルスが仕留めたと聞き、実際に死体まで見てしまうと作業を再開することへと意識が向けられる。
他の者ならばいざ知らず、コルラードはレウルスが『首狩り』と呼ばれる上級の魔物を倒したことも知っているのだ。そのため、中級の魔物にしては大物だが“その程度”だと気に留めず、ドワーフ達にも作業を再開するよう声をかけ始める。
「ああ、レウルス……貴様は自分で斬った木をきちんを片付けておくように。無駄にはできぬ故、町の中に運んでおいてほしいのだが」
「……了解です」
コルラード達とドワーフ達の反応の違いに眉を寄せながらも、レウルスはひとまず頷くのだった。
その日の晩、レウルスは割り当てられた自宅へと戻ると、武器や防具を外してから藁が敷かれた地面へと腰を下ろす。
日中にキマイラと戦ったこともあり、今晩の不寝番は免除になっていた。その代わりに索敵に長けたサラとそんなサラの手綱を握るエリザ、そして二人の仲裁役としてミーアが不寝番を請け負っている。
他にもコルラードやカルヴァンがいるため、レウルスが不寝番に参加しなくても問題は起きないだろう。
「…………」
ただし、エリザとサラ、ミーアは不寝番だが、ネディはそうではない。レウルスと共に自宅へ引っ込み、無言でレウルスを見つめていた。
そんなネディの視線を受け止めながら、レウルスは胡坐をかく。既に食事も済んでおり、あとは眠るだけだ。
しかし、レウルスとしてはそのまま眠るつもりはなく、良い機会だからとネディに尋ねたいことがあった。
「ネディ、少し話をしないか?」
「……うん、いいよ?」
ネディはレウルスの正面に立ったまま、無表情で頷く。さすがに座った状態ではレウルスよりもネディの方が目線が高く、レウルスは自然と見上げる形になった。
「あー……まあ、なんだ。とりあえず座ってくれるか?」
自分だけ座っているのも落ち着かず、レウルスはネディへ座るよう頼んだ。すると、ネディは小さく首を傾げてから腰を下ろす。
――胡坐をかいたレウルスの足の上に。
「……ネディ?」
「……なに?」
背中を向けて座るネディに対し、レウルスは数秒置いてから声をかけた。
「座ってくれたのは嬉しいけど、どうしてそこに座ったんだ?」
「……? 間違ってる?」
ネディが肩越しに振り返り、青い髪が揺れる。それと同時に普段から身に着けている青い羽衣も揺れたが、レウルスは思わず苦笑を浮かべてしまった。
「間違ってるというか間違ってないというか……座りにくくないか?」
エリザやサラと比べても身長が低い割に発育が良いネディは、相応の体重がある。それでもレウルスからすると気にならない重さだが、そもそも何故座りにくそうな場所に座ったのかという疑問があった。
「ん……平気。ここがいい」
「それならいいけどさ……」
どこか満足そうな様子で背中を預けてくるネディに、レウルスはそれ以上何も言わなかった。その代わり、すぐさま話題を口に出す。
「とにかく、だ……話したいっていうのはアレだ。ネディは俺のことを何か“知っている”よな?」
それは、前々から気になっていたことである。ここ最近だけでなく、以前からネディが時折見せていた謎の行動。それが一体何なのか、確認しようと思ったのだ。
レウルスとしてはネディが話したくないのならば話題に触れるつもりがなかった。だが、『熱量解放』の件で周囲に悪影響が及ぶ可能性を考えると、確認しないというわけにもいかない。
「たまに妙な動きをしてるし、俺やサラを妙な目で見るし……何か、あるんだよな?」
レウルスからすればネディが時折見せる妙な動きは和むだけだったが、意味もなくそんな動きはしないだろう、と同時に思うことがあった。
そのため確認するべく問いかけると、ネディはレウルスの胸板に頭を擦り付け、天井を見上げるようにしてレウルスを見る。
「……ネディも、よくわからない。“あっち”はネディと生まれ方が違うから気になるけど、それだけ」
「あっちってのは……サラのことか?」
「ん……でも、レウルスは違う」
至近距離でレウルスを見上げながら、ネディは言う。
「レウルスが“よくないもの”にならないか、見張ってるだけ……ネディは人間の味方だから」
そう言って、ネディは真剣な眼差しでレウルスをじっと見つめるのだった。




