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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
9章:アメンドーラ男爵領開拓記

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第378話:誰の味方 その2

 至近距離で見上げてくるネディに対し、レウルスができたのは困惑したような声を漏らすことだけである。


「よくないもの?」

「うん、よくないもの」


 オウム返しに尋ねるレウルスに対し、これまた同じように返すネディ。


 質問に対して答えるつもりはあるようだが、あまりにも抽象的過ぎてレウルスは逆に困ってしまった。 


「あー……よくないものっていうのは?」

「よくないものはよくないもの」


(どういうものだ……)


 レウルスは困ったように笑いながら、ネディの頭を撫でて軽く髪を梳く。するとネディは心地良さそうに目を細め、より脱力してレウルスに体重を預けた。


「ネディは俺がそのよくないもの? にならないよう見張ってるわけか……でも、それならどうして以前俺の命を助けたんだ?」


 見張ってると言われても、レウルスとしては特に不快に思うことはない。ネディが命の恩人――恩精霊というのもあるが、微塵も悪意が感じられないからだろう。


「……? 前も言った……よ? ネディを呼んだのはレウルスで、“わたし”は引き寄せられただけ」


 レウルスに体を預けながらも、ネディは不思議そうに首を傾げる。それに釣られて青い髪がサラサラと揺れるが、レウルスとしては髪の感触を楽しむ余裕もない。


「んー……“あの時”の俺は気絶していたというか、むしろメルセナ湖で溺れて死にかけてたと思うんだけど、どうやってネディを呼んだんだ?」


 ネディがメルセナ湖から“掬い上げて”水を吐かせなければ、レウルスは今頃この場にはいなかったはずだ。


 さすがに気絶した状態――下手すると心臓が止まっていた状態で他者に呼びかけられるほど、レウルスも人間を辞めてはいない。


(……辞めてないよな?)


 意識がない間に体が勝手に動き、ネディに助けを求めたという可能性もゼロではない。だが、それでは最早人間ではなく別の何かだろう。


「レウルス、湖の中に沈んでた」

「そう言われると、本当によく生きてたな俺……」

「でも、ぐるぐるしてた」

「そうか、ぐるぐ……え、何だって?」


 一度は頷きかけたものの、ネディの発言に疑問を覚えたレウルスはすぐに聞き返した。


 まさか気を失った状態だというのに水中で回転でもしていたというのか。それはどんな状態だ、とレウルスは軽く現実逃避する。


「ぐるぐる」

「ぐるぐる?」

「ぐるぐる」


 どうやら“ぐるぐる”していたらしい。だが、レウルスには全く理解できない。


「あー……その、なんだ? 水中に沈んだ状態で回転してたとか?」


 当時のことを思い返してみると、メルセナ湖は悪天候で荒れていた。もしかすると水流に飲まれて錐揉み回転でもしていたのか、とレウルスは考える。しかし、それがネディを呼んだことにつながるとは到底思えなかった。

 レウルスとしては、ネディとの会話は癒されるものがある。幼子の面倒を見ているようで、心が安らぐのだ。


 ただし、今回のように疑問を確認する際にはそれが裏目に出る。ネディも冗談を口にしているわけではなく、レウルスの疑問にきちんと答えようとしているのだろうが、語彙が足りないため難解になっていた。


「ううん……でもレウルス、この前までぐるぐるしてた」

「この前まで?」

「うん、ぐるぐるしてた。でも今はぐるぐるしてない……ちょっとだけ?」

「どっちだ? しかし、“この前”まで、か……」


 最近で何か変わったことがあるとすれば、満腹になるまで魔物を食べたことだろう。その後一晩眠ったが、眠りから覚めるとネディは何故かレウルスの周囲をぐるぐると回っていた。


「それって、俺が急に眠っちまった日の翌朝のことだよな?」

「うん。ぐるぐるしなくなってた」


 どうやら合っていたらしい。そのためレウルスはネディの髪を梳きながら思考を巡らせる。


(満腹になったら消えたわけか……さすがに腹の音じゃないだろうしな。そうなると魔力が関係してそうだけど……魔力か)


 そこまで思考したレウルスは、脳裏に過ぎるものがあった。


(そういえば、初めてあの大精霊……コモナが“声をかけてきた時”も何か言ってたな。魔力の渦がどうとか……)


 ネディが言うところの『ぐるぐる』というものが、コモナが話していた『魔力の渦』を指しているのかもしれない。


(『魔力の渦』……そういえば、他にも誰かが言ってたような……誰だっけ? サラか?)


 レウルスはネディの頭頂部に顎を乗せ、目を細めながら記憶を探る。


(なんだったっけな……片っ端から魔力を混ぜ込んだような魔力の渦、だったか? よくわからないけど、ネディはそれに反応して俺に気付いたってことか?)


 そうならばレウルスとしても納得できる話である――が、それはそれで疑問が湧いた。


(でも俺がネディと初めて会った時は、魔力が底を突いてたんだよな……)


 『熱量解放』を使ってメルセナ湖を泳いでいたが、魔力が底を突き、体力も底を突いて水没してしまったのだ。


「ネディは俺の魔力……いや、『魔力の渦』に気付いて俺を湖から引き上げてくれたのか? 声とか手ぶりとかじゃなく、水中に沈んでるのが見えたってわけでもないんだよな?」

「……たぶん」


 どうやらネディも正確に理解しているわけではないようだ。しかし、レウルスとしてはそれ以外の理由には見当がつかない。


(『魔力の渦』ねぇ……別に感じ取れる魔力が渦を巻いてるような感じもしないんだが……)


 レウルスは体内の魔力を探るが、特に渦を巻くようにして存在しているわけではない。体温とは別の“何か”が体を覆っているような感覚があるだけだ。


 自分自身に備わっているものだからか、あるいは単純にレウルスにとっては無害だからか、レウルスの勘も特段危険な兆候を示さない。


(今のところ『魔力の渦』に反応してるのはサラとネディ、それにコモナか……全員精霊っていうのは何かの偶然か? こんなことならヴァーニルかアクシスに……て、あの二人なら“何か”に気付いていれば言ってるか)


 レウルスは自身の知り合いの中でも特に長生きしている者を頭に思い浮かべた。アクシスはともかく、ヴァーニルならばレウルスに何か問題があればそれとなく指摘ぐらいはするだろう。それがないということはヴァーニルも気付いていないのか、あるいは話せないことなのか。


(……今度エステルさんに会ったら、コモナを呼んでもらうよう頼んでみるか)


 当面は町造りから離れられないため、会えるとすればエステルの方が先になるだろう。そのためエステルに大精霊コモナと再び言葉が交わせるよう頼み込み、自身のことに関して尋ねてみるぐらいしか打開案が思いつかなかった。


 コモナでさえもわからないのなら、最早お手上げだろうが。


「……ネディが凍らせていたスライム。あれも“よくないもの”か?」


 今できることは少ない。そう判断したレウルスは別の切り口から疑問を解消しようとする。

 自身の『魔力の渦』もそうだが、ネディが言う“よくないもの”に関しても気になるのだ。


「……ちょっと?」

「スライムでちょっと、か……」


 そして、返ってきた言葉に思わず頬を引きつらせてしまった。スライムも“よくないもの”らしいが、ネディの反応からするとそれほどでもないらしい。


「スライム自体がそうなのか? それとも俺達が戦ったあのスライムだけがその評価なのか?」


 ネディが凍らせていたスライムに関して尋ねたからこその評価なのか、それともスライム自体が“よくないもの”なのか。そのどちらかと疑問を覚えたレウルスが尋ねると、ネディは右に左にと頭を傾ける。


「ん……と、もっと大きかったら危険? あのスライム、成長途中……だったから?」


 もっと成長していた場合、違った評価が出てきたらしい。それを聞いたレウルスはふむ、と一つ頷いた。


「それじゃあ『城崩し』……は見てないか。ヴァーニルとか『首狩り』はどうなんだ?」


 もしかすると魔物――それも上級に位置するような魔物が“よくないもの”なのではないか。


 そんなことを考えて尋ねたレウルスだったが、ネディはレウルスの予想を裏切る。


「あの火龍はいいこ。『首狩り』はわるいこ」

「ヴァーニルが良い子……だって?」


 どういう評価だそれは、とレウルスは狼狽した。『首狩り』が悪い子扱いされてることに関しては異論もないが、ヴァーニルに関してはいまいち賛同できなかった。


(“今の状態”でも勝てる気は全然しないし、アイツが本気になれば空を飛んでこっちの攻撃が届かない場所から魔法を連射してくるだろ……良い子……良い子なのかアイツ)


 レウルスからすると、喧嘩はともかく本気で殺し合おうとすれば勝負自体が成り立たない相手である。だが、ネディからすればヴァーニルに対する印象は異なるらしい。


(いや、待てよ? ヴァーニルって攻め込まれた時は容赦なく相手を滅ぼしたらしいけど、自分から率先して暴れたっては聞かないよな……強い相手と戦いたいのなら、それこそベルナルドさんみたいに滅茶苦茶強い人を探せば良いんだし……)


 ヴァーニルは必要以上に人の世界に干渉するのは御法度、とも言っていた。つまり何かしらの“ルール”を守っているようだが――。


「ん? 『首狩り』が悪い子っていうのはどういう意味で悪いんだ?」


 ヴァーニルの扱いもそうだが、『首狩り』の扱いに関して引っかかることがあったためレウルスは尋ねる。すると、ネディはもぞもぞと体を揺すりながら答えた。


「“よくないもの”に近いけど、まだわるいこ」

「まだ、ね……」


 いつかは『首狩り』も“よくないもの”になったということだろうか。そうなる前に仕留めた形になるが、実際に『首狩り』と戦ったレウルスとしてはどんな状態だろうと即座に仕留めるべき存在だと考えている。


「ちなみに、だ……“よくないもの”になる可能性があるってことは、俺も悪い子なんだよな?」


 ネディの口振りからすると、決して良い意味として使っているわけではないのだろう。それでも確認のために尋ねたレウルスだったが、ネディは肩越しに振り返ってレウルスをじっと見る。


 その瞳はとても純粋で、綺麗だった。


「レウルスはわるいこじゃなくて、へんなこ」

「変な子ときたか……」


 ネディに真っ向から“変な子”扱いされたレウルスは、思わず脱力してしまう。


「変な子か……その変な子が“よくないもの”になったらどうなるんだ?」


 先ほどまで真剣に考えていたレウルスだったが、半ば脱力するようにして尋ねた。


「わからない。“ネディは”見たことがないから」


 そして、返ってきた答えに更に脱力する。


「そっか……そりゃ見たことがないものはわからないよな……」


 それならばどうやってレウルスが“よくないもの”になったか判断するのか。ネディ自身、言葉にできるほど理解していないのかもしれない。


(うーむ……なんとも反応に困る話だなぁ……)


 ネディが何かしらの危惧を抱いていることは理解できたが、その詳細がわからないのでは手の打ちようがない。それでも、いくつか理解できたことはあった。


(『魔力の渦』によくないもの、良い子悪い子ねぇ……自分の体のことなのによくわからないってのも怖いもんだ……)


 そこまで考えたレウルスは、確認として疑問を口にする。


「その“よくないもの”っていうのは、いきなり成るものなのか? それとも何か条件……俺が使ってる魔法とか、魔力の量とかが関係して少しずつ変わるものなのか?」


 例えば『熱量解放』を使うことがトリガーになっていた場合、使用を控えるとレウルスの戦力は半減する。


 あるいは魔力量が関係していた場合、これまで以上に注意する必要がある。


 そのどちらかではないか、と考えたレウルスだったが、ネディは首を横に振った。


「今のままならだいじょぶ……だと思う。でも、いつかそうなるかもしれない」

(『熱量解放』でもなく魔力量でもなく、“別の何か”に原因があるってことか?)


 これからは自身の変化に関して注意を払う必要があるだろう。ただし、注意を払っていても気付かないということもあり得そうだが。


 そこまで思考したレウルスは、このまま考えていても問題は解決しないと割り切ることにした。出たとこ勝負というわけではないが、備えようとしても備えられるような話ではないと感じ取ったのだ。

 そのため、レウルスは最後に一つだけ質問をすることにした。


 自身の足の上に座ったネディの頭を撫でつつ、柔らかい口調で、いっそ穏やかに。 


「ネディは人間の味方だって言ってたけど……俺は“どっち”になるんだ?」


 人間なのか、それ以外の存在なのか。


 ネディが味方をするに足る存在なのか、そうではないのか。


 ――レウルスにとっての敵なのか。


 そんな疑問を込めた言葉に、ネディは何故か薄く微笑んだ。常に表情が乏しいネディにしては珍しいその笑顔はどこか儚げで、それでいて力強さがあった。


「レウルスはレウルスで、ネディにとっての――」


 ネディの唇が僅かに動くが、後半は言葉にならない。そのためレウルスは小さく眉を寄せたが、敢えて聞き返すこともしなかった。


「……寝るか」

「……ん」


 レウルスはネディを持ち上げて足の上から移動させると、そのまま寝転がる。するとネディが横に転がってきたため、レウルスは苦笑して厚手の布を被せた。


 蝋燭を吹き消せば真っ暗闇となり、あとは眠るだけとなる。レウルスは隣にいるネディの体温を感じつつ、ゆっくりと目を閉じた。


 ――もしもその時がきたら、きっと“わたし”が。


 そんな呟きが、眠りに落ちるレウルスの耳に微かに届いた気がした。

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