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第307話:閑話 その12 レウルス、励む

後書きに書くと気づかれない可能性がありますので、前書きをお借りします。


拙作『世知辛異世界転生記』がコミカライズいたしました。


ご興味が湧かれましたら活動報告を確認していただければ幸いに思います。

 長旅を終え、ラヴァル廃棄街へと帰還したレウルスは、生活が落ち着きを取り戻すなり“とある行動”に出ていた。


 それは長い間、やろうやろうと思いつつも中々手がつけられなかったことだ。正確に言えば、事あるごとに問題が起こって頭から綺麗さっぱり消え失せてしまうことなのだが。


「えーっと……この単語が……んー? なんだこれ、文法はどうなってるんだ?」


 ――それは文字の勉強である。


 レウルスは自宅の居間で机に向かい、文字の勉強に励んでいるのだ。


 “この世界”に生まれ落ちて既に十六年を超える月日が流れている。


 生まれ故郷のシェナ村では文字を学ぶ環境が存在せず、ラヴァル廃棄街で冒険者になってからは忙しさに追われていた。

 もちろん、シェナ村で農奴として生活していた時と比べると時間的な余裕もある。それでも文字をしっかりと学ぼうとしなかったのは、必要だとは思いつつも気が進まなかったからだろう。


 日中は冒険者として依頼をこなし、日が暮れればドミニクの料理店で食事を平らげ、家に帰れば風呂に入って眠るだけの生活である。

 前世と違って夜間の明かりが乏しいという“言い訳”は存在するが、それもサラがいればどうとでもなる問題だった。


 それだというのに今になって文字を学ぼうとレウルスが思ったのは、今後必要になる可能性が高いと踏んだからである。


 冒険者にとって読み書き計算は必要な技能ではない。ラヴァル廃棄街では自分の名前が書けて、書いてある数字が読めればそれだけで生きていける。


(最近、手紙とかに触れる機会が多いしなぁ……)


 それでもレウルスは冒険者になってからの日々を思い返し、さすがに文字が読めないのは致命的な事態に陥りかねないと焦りを覚えていた。


 レウルスもラヴァル廃棄街の他の住人と同じように、己の名前と数字は読めるし書けるようにはなっている。しかしそれでは足りないと痛感していた。


 エリザがいれば読み書きできる必要はないが、常にエリザが傍にいるとも限らず、“読むと危険”なものをエリザに読ませるのは避けたかった。


 そのためレウルスはナタリアに相談し、勉強用として簡単な本と書き取り用の粘土板を借りてきたのだが――。


(コモナ語面倒くせえ……英語っぽいのに英語じゃないのが特に……)


 木の枝で粘土板に文字を書き込みつつ、レウルスは内心だけでため息を吐く。


 文字の習得のために紙とインクを使うわけにはいかず、粘土板に木の枝で文字を書くのは別に良い。紙とインクを買えるだけの蓄えはあるが、文字を書くだけならば粘土板で事足りるのだ。

 文字を書いても粘土を捏ねれば再利用が可能という、懐にも環境にも優しい粘土板。それ自体は良いのだが、前世の記憶が多少なり残っている分、新たに文字を覚えるというのは難易度が高かった。


(日本語で書ければ楽なのに……どっかにそんな国がないもんかねぇ。ジパングとかさ……)


 いくら前世の記憶が薄れているとはいえ、日本語ならばある程度は書くことができる。漢字はかなり怪しいが、一から新しい言語を覚えるよりは遥かに楽だろう。


 もっとも、異世界だというのに日本語の文章が通じればそれはそれで怖いものがある。前世で見たことがあるような他国の言語で書かれていても同様だ。


 ところどころがアルファベットに似た文字を粘土板に書き込みながら、そんなことをレウルスは思った。


 会話に関しては“何故か”知らない単語でさえ通じているが、それを文字で書くとなると話は異なる。単語自体を知っていなければどうにもならず、また、文法を理解していなければ文章として意味が通じないこともあるのだ。

 その辺りは英語と似ている部分もあるが、前世の記憶がおぼろげなレウルスとしては何の役にも立たない。むしろ記憶が邪魔をしている節すらあった。


「む? それでは意味がおかしくなるぞ。この部分にじゃな……」


 それでもレウルスが投げ出さないのは、優秀な教師が傍にいるからである。


 左隣に椅子を並べ、何かある度に説明をしてくれるのはエリザだった。そして、レウルスを挟んで反対側にはミーアも座っている。


「へー……こっちだとそう書くんだね」

「なんじゃ、ドワーフの間では違うのか?」

「エリザちゃんほどしっかりとは書かない感じ……かな? もっと砕けた文章になるというか……」

「それは土地柄というよりも種族柄というべきかのう……」


 エリザほどではないがミーアも文字の読み書きができるため、レウルスの教師役を買って出たのだ。ただし、エリザとミーアの会話を聞いているとレウルスは軽く混乱してしまう。


(方言というかスラングというか、出身地によって微妙に違うっぽいのがまた厄介だよな……)


 コモナ語はカルデヴァ大陸において共通語のような扱いを受けているが、完全に“共通している”わけではないらしい。


 イントネーションが違ったり、その土地特有の単語があったりと、前世で言うところの方言らしきものが存在するのだ。


 エリザは俗にいう“標準語”がわかるらしいが、レウルスにとっては何が標準なのかもわからない。


 なお、レウルスがやっているからと最初は勉強会に参加していたサラやネディは、既に放り出してレウルスのベッドの上で寝転がっている。

 精霊に人間の文字の読み書きが必要かと言われれば微妙なため、レウルスとしてもやる気が出ないのならと咎めなかった。


「そうじゃなぁ……レウルス、これは何と読む?」

「んー……こんにちは。この布はいくらですか?」

「正解じゃ。では、その質問への返答を書いてみるんじゃ」


 そう言われてレウルスは頭を捻り、粘土板に文字を書き込んでいく。


「500ユラだ、1ユラたりとも値引きはしない……通じてはいるんじゃが、なんかガラが悪い文章じゃのう」

「値段が高いし、値引きに応じない辺りこの商人って融通が利かないよね」

「俺にどうしろっていうんだ……」


 真面目に書いたはずだが、エリザとミーアの評価は微妙だった。もっとも、簡単な文章とはいえ意味が通じているのは嬉しくもある。


「では、自分で書いた文章に対して返事を書いてみるんじゃ」


 エリザの言葉に、レウルスは再び粘土板に文字を書き込んでいく。


「なになに……いいから寄越せ。命は惜しいだろう? って、なんじゃこいつ! いきなり脅迫を始めおったぞ!?」

「うーん、野盗みたいなお客さんだね」

「……あれ?」


 レウルスとしては『値段が高くて残念ですが、それでいいです』と書いたつもりだったが、どこをどう間違ったのか、明らかに危険な“お客様”になってしまったようだ。


「あ、単語を間違えてたな……それに文法が狂ってら」

「仮に他人に手紙を出すような機会があっても、絶対に前もってワシに見せるんじゃぞ? 絶対じゃぞ?」


 どうやら手紙を書いたらエリザによる検閲を乗り越えなければならないらしい。レウルスとしても非常に助かる話だが、プライバシーという言葉は存在しないようだ。


「その辺りはほら、冒険者の手紙だからってことで相手も理解してくれないか?」

「こんな全方位に喧嘩を売りそうな文章で書かれていては、理解のしようもないじゃろ。手紙という証拠が残るんじゃぞ? 下手なことを書けば問題になるかもしれんのじゃぞ?」


 脅すようにエリザがいうが、それが脅しでは済まないこともある。レウルスが納得していると、ナタリアから借りてきた本をエリザが開いた。


「書き取りよりも先に、読んで覚えた方が良いかもしれんな……まずは文字の形を完全に記憶しないと文章がおかしくなりそうじゃ」

「実際におかしくなってるしね……」


 エリザもミーアも他人に文字を教えるのが初めてだからか、レウルスへの教え方も手探りになる。


 象形文字や楔形文字ほど難しいわけではないが、前世のアルファベットよりは難しい。そのためレウルスとしても読んで覚えるのは賛成だった。

 読んで記憶し、実際に書くことで体に覚え込ませる。それを繰り返していけば、いずれはきちんと覚えることができるだろう。


(前世の日本はすごかったんだなぁ……)


 ナタリアから借りてきた本――絵本に目を通しながら、レウルスは内心だけで呟いた。


 前世ならば自然と言葉や文字を覚え、学校に通う内に知識がどんどん積み重なっていく。義務教育だけで九年間も勉学に励むのだ。

 しかも、今のレウルスは文字の習得だけで苦心しているが、小学校の段階でも国語や算数、理科や社会、その他諸々といった具合に様々な知識を学ぶ。


 この世界で仮にレウルスが同じようなことを学ぼうとすれば、どれほどの金と時間がかかるのか。そもそも学ぼうと思っても学べるのかすらもわからない。


(読み書き計算はまだしも、科学とか政治とか経済とかになると貴族ぐらいしか学べそうにないよな……)


 学ぶ環境自体が用意されていないのでは、学びようがない。かといって独学で修められるほどレウルスの頭は出来が良いわけではない。


(……待てよ? そうなると、エリザって本当に良いところのお嬢さんだったんじゃないのか?)


 そこでふと、レウルスは疑問を抱く。


 マタロイとは国が異なるため一概には言えないが、エリザは名字を持っている。レウルスが知る限り、マタロイにおいてはそれこそ貴族ぐらいしか名字を持っていない。

 生まれ故郷では、エリザの家は町の有力者と言える家柄だったらしい。エリザが吸血種だと知られて逃げ出したが、エリザほどの教養を得るのは相当困難なのではないか。


(婆ちゃんに教わったって言ってたから、婆ちゃんがすごかっただけってオチもあるけどな……)


 知識や教養というものは、場所を取らない財産のようなものだ。エリザの祖母が厳しく仕込み、エリザもそれに応えて身に着けたのだと思えば、レウルスも手を抜くわけにはいかない。


(この前の依頼で大金が入ったし、しばらくは勉学に励むか)


 冒険者として依頼を受けるのは最低限にして、勉強に打ち込むのもいいかもしれない。


 魔力の補充を兼ねて魔物を狩りには行くが、それ以外は可能な限りエリザに学ぶのも良いだろう。


(姐さんが言っていた、ラヴァル廃棄街の独立って話もあるしな……)


 腕を磨き、知識も蓄える。そうしておけば有事の際に困らなくて済むかもしれない。


 そんなことを考えながら、レウルスはエリザに視線を向けた。


「ん? なんじゃ?」

「いや……エリザはすごいなぁって思っただけだよ」


 そう言いつつ笑うレウルスに、エリザだけでなくミーアも不思議そうな顔をする。


 ――可能な限り学んでいこう。


 剣術もそうだが、知識も武器になる。時間が許す限り詰め込んでおけば、いざという時にも役に立ってくれるはずだ。


 レウルスは現在行っている勉強に集中しながら、そう思った。




 そして、“いざという時”が思ったよりも間近に迫っていることには、気付けるはずもなかった。








どうも、作者の池崎数也です。

毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。


拙作の総合評価がとうとう5万ポイントまで到達しました。

それもこれも、拙作を読んでくださる読者の方々のおかげです。


いきなりポイントが伸びましたが、前書きに記載した通りコミカライズをいたしまして……漫画版を読んでくださった方が原作を読みに来てくださっているようで、ありがたいことです。


7章の閑話も今回で終わりとなり、次回からは8章に移りたいと思います。

8章ではどんな展開になるのか……作者としても今後の物語を書くのが楽しみです。


それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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