第308話:使者 その1
ヴェルグ子爵家の令嬢、ルヴィリアを連れての長旅を終えて二ヶ月の時が過ぎた。
季節も移ろい、暑さを実感する初夏から、秋の気配を感じ取れる気候へと変化しつつある。
実りの秋という言葉もあるように、ラヴァル廃棄街の住民達が世話をしている畑や、周囲の森にも変化が訪れる時期といえた。
「秋といえば食欲の秋だよな」
「食欲の秋? レウルスよぉ、お前は一年中食欲のことばっかりじゃねえのか?」
「ひでえよ先輩……否定はできないけどな」
冒険者として依頼を受けたレウルスは、同じように依頼を受けた先輩冒険者のニコラと共に、ラヴァル廃棄街の北にある畑で農作業者の護衛を行っていた。
広々とした畑では芋類や根菜を収穫する農作業者達の姿が多く見られるが、その誰もが安心しきった様子で畑作業に精を出している。
あと二ヶ月もすると本格的な冬が訪れるため、食料を備蓄するという意味でもこの時期の収穫は非常に重要だ。そして、そんな農作業者達を守るのも、冒険者としては重要な仕事になる。
「しかし、なんだな……去年もそうだったが、今年も護衛が楽でけっこうなこった」
だが、農作業者の護衛という仕事も、去年や今年は“これまで”と比べて楽だとニコラは言う。
畑だけではなく、木々が生い茂る森でも秋の季節は食料が豊富だ。そのため魔物の活動も活発になる。
しかし全ての魔物が満足するほどの食料が森の中にあるかというと、答えは否だ。故に、秋は人間が育てた食物を――あるいは人間そのものを狙って魔物が活発に襲ってくる季節でもあるといえた。
だが、“今の”ラヴァル廃棄街の周辺において、そのような真似をする魔物は非常に少ない。そもそも、魔物自体が少ない。
それもこれも、レウルス達がラヴァル廃棄街に住むようになったからである。
ラヴァル廃棄街の周辺は、いわばレウルス達の“縄張り”だ。魔物がラヴァル廃棄街の住人を襲うよりも先にレウルス達が襲い掛かるという、魔物にとって非常に住み辛い場所なのである。
エリザの『魔物避け』によって下級の魔物は寄り付かず、下級の魔物よりも遥かに少ないはずの中級の魔物もサラが熱源を探ることによって位置を暴かれ、そこにレウルスが襲い掛かる。
時折長期に渡ってラヴァル廃棄街を留守にすることもあるが、魔物達が安心して縄張りを広げた頃にはレウルス達も戻り、嬉々として魔物を狩り始めるのだ。
そんなレウルス達の行動により、ここ一年ほどはラヴァル廃棄街の住民が魔物に襲われて命を落とすことはなくなっている。
レウルス達がラヴァル廃棄街を離れている時でさえ、カルヴァンを始めとしたドワーフ達が複数目を光らせている。また、状況によってはジルバもいるため、上級の魔物でも現れない限り致命的な事態には陥らないだろう。
それらの戦力に加え、ニコラ達冒険者も控えている。以前と比べれば時間的にも肉体的にも余裕ができているため、魔物退治も楽になっているとはニコラの弁だった。
命を落とすこともなく、冒険者を続けられないほどの傷を負うこともなく、少しずつだが冒険者達の戦力も向上しつつある。これにはカルヴァン達が作る武器や防具も大きく寄与しているが、一番大きいのは余裕が持てていることだろう。
レウルス達が住み着くまでは下級の魔物が毎日のように町の周囲に現れ、少なくない冒険者が命を落とし、重傷を負って冒険者を続けられなくなった者も多く出ていた。
中級の魔物が現われでもしたら、ラヴァル廃棄街の冒険者が総出で戦う必要があったほどである。キマイラが襲ってきた時の騒動を知っているレウルスとしても、ラヴァル廃棄街の現状は痛いほどにわかっていた。
もちろん、客観的に見れば良いことばかりではないだろう。魔物との戦いが減るということは、冒険者達の収入が減るに等しい。
それでもラヴァル廃棄街の冒険者達は文句の一つも言わなかった。ラヴァル廃棄街の周辺を警戒したり、農作業者の護衛を行うだけでも生活できるというのもあるが、“町の仲間”が命を落とすことなく生きていけるのである。
それに勝る幸せはないと、誰もが思っていた。
「怪我人が出ることも珍しくなったし、俺としても変化はわかるんだが……そんなに違うのか?」
レウルスは離れた場所にある森に視線を向けつつ、ニコラに問いかける。畑の周囲にはレウルスとニコラだけでなく、エリザ達や他の冒険者もバラバラに分かれて警戒を行っていた。
「全然違うっての。レウルス、お前が町に来たばかりの頃を思い出してみろよ。日中にガキが外に出てるところを見たことがあったか?」
「……そう言われてみると、ほとんど見かけなかったっけ?」
ニコラの言葉に釣られて記憶を探るレウルスだが、ラヴァル廃棄街で見かけるのは大人が多かった。
もちろん、子どもがいないというわけではない。レウルスの家の周囲にも子どもが住んでおり、探せばいくらでも見つかるだろう。
それが今では日中でも子どもの姿を見かけるようになった。その事実を振り返り、ニコラは苦く笑う。
「昔はな、油断してるとトロネスにガキが攫われてたんだ」
「トロネス……ああ、あのデカい鳥か」
レウルスはラヴァル廃棄街に来た当初に戦った魔物の姿を思い出す。全身が紫色の羽根に覆われた巨大な鳥で、風魔法を使ってくる魔物だ。
「縄張りはけっこう遠いはずなんだが、餌が少なくなるとこっちまで飛んできてな……いきなり空から急降下してきて、ガキを掴んで飛び去るんだ」
「それは……」
魔物ならば、子ども一人を掴んで飛べてもおかしくはない。レウルスがラヴァル廃棄街に住むようになってからはそういった話を聞いた覚えはないが、以前は酷い環境だったようだ。
「シャロンが“使える”ようになってからはその頻度も少なくなったが、昔はな……俺が冒険者として駆け出しの頃、目の前でそれをやられたことがある。ありゃあ最悪だ。しばらく夢に見るぐらいにはな」
だが、それもなくなった、とニコラは言う。
「お前らが来てくれて、本当に感謝してるぜ。ほれ、芋を掘ってる奴らの顔を見ろよ。全員が作業に集中してるだろ? 以前なら周囲を警戒しながら農作業をしてたから、ここまで効率も良くなかったんだ」
そう言われてレウルスは近くにいた農作業者の顔を見る。ニコラの言う通り農作業に集中している様子で、レウルスが見ていることに気付いた様子もなかった。
「効率が良くなった分、収穫量も増える。その代わりラヴァルに持っていかれる税も増えるけどな……でもまぁ、それを差し引いても町の蓄えは増えてるって話だ」
そう話すニコラも、以前と比べれば表情に余裕が漂っているように見える。油断しているわけではなく、肩の荷が下りたように雰囲気が柔らかくなっていた。
だが、不意にニコラはからかうような笑みを浮かべる。
「ただ、去年みたいに水不足があったり、どこかの誰かがドワーフの集団を連れてくる……なんてことがあると厳しいだろうけどな?」
「そんな迷惑な真似をしたのはどこのどいつなんだ……」
そう言いつつ、レウルスはそっと目を逸らした。“アレ”はレウルスとしても予想外のことだったのだ。
「ま、冗談だ冗談。俺が言いたかったのは、お前らのおかげで助かってるってことだよ」
「それならいいんだけど――」
『レウルスレウルス。なんか近づいてきてるんだけど』
そこまで言った時、不意にサラから『思念通話』が届いた。それを聞いた瞬間、レウルスは表情を引き締める。
『方向と距離、それと数は?』
『んー……街道の先、かな? 距離はまだあるんだけど、けっこう速い。数は……五? あ、これ馬に乗ってるっぽい』
(馬に乗ってる? しかも五人ってことは、巡回の兵士じゃないよな……)
サラから聞いた情報を元に、レウルスはどうしたものかと思考を巡らせる。
「敵か?」
「いや……馬に乗ったのが五人、街道の先から近づいてるらしくて」
「あん? そりゃお前、街道を走ってるってことはラヴァルに用事がある兵士じゃねえのか?」
怪訝そうなニコラの予想は、レウルスとしても納得のいくものだ。ヴェルグ子爵家に所属するカルロも馬に乗って移動していたため、おかしな話ではないだろう。
「敵じゃないのならそれでいいんだけど……っと」
『サラ、とりあえず様子見だ。ラヴァルに用事があるだけかもしれないし、手を出すなよ』
『はーい。こっちでも警戒だけはしとくねー』
まさか野盗が馬に乗って街道を走り、真正面から突撃してくるような真似はしないだろう。ニコラの言う通り、ラヴァルに用事があるのではないか。
そんなことを思いながらも、レウルスは警戒の眼差しを街道へと向ける。そして一分と経たない内に騎兵と思しき姿が見えた。
サラが感知した通り、数は五。全速力というわけではないが、それなりに速度を出した騎兵が街道を駆け抜けていく。
「頼もしいっちゃ頼もしいんだが、さすがに警戒しすぎじゃねえか?」
「さっきの話を聞いたら気を抜けないって」
ニコラの言葉に苦笑を返すレウルスだが、その視線は騎兵を追っている。
馬を操るのは金属鎧に身を包んだ兵士が四人と、兵士と比べれば軽装な身なりの男が一人。それなりに速度が出ているにも関わらず隊列を崩さず駆けるその姿は、遠目にも練度の高さが垣間見えた。
距離があるが、少なくとも知り合いではないだろう。
「へっ……お前も一端の冒険者になったな。まあ、今じゃあ上級の冒険者だし、それも当然か?」
真剣な目付きで騎馬の動きを確認するレウルスの姿に、ニコラはどこか楽しそうに話す。そんなニコラの言葉にレウルスは苦笑を深めることしかできない。
「それなりに経験を積んできたからなぁ……向こうから“経験”が飛んできて勝手に積み重なった部分も多いけど」
ニコラの話を聞いたからか、気を張り過ぎていたのかもしれない。そう考えたレウルスは肩を竦めるのだった。
だが、その日の晩のことである。
依頼を無事に終え、ドミニクの料理店で夕食を取っていたレウルスは、見知った魔力が近づいてくるのを感じ取った。
そのためエリザ達に断って席を立つと、骨付き肉を齧りながら料理店の扉を開け、ラヴァル廃棄街の大通りに視線を向ける。
「っと、やっぱりコルラードさんか。最近見かけませんでしたけど、こんな時間にどうしたんです?」
ドミニクの料理店の前を通り過ぎようとしていた人物――服装だけを見れば冒険者にしか見えないコルラードに、レウルスは気さくに声をかけた。
共に長旅を乗り越え、剣を教わった間柄でもあるため、その声もどこか明るい。
「もしかしておやっさんのメシを食いに来たんですか? それなら一杯奢りますよ?」
「レウルスか……久しい、というべきか」
しかし、返答するコルラードの表情と声色は硬い。ラヴァル廃棄街の流儀に合わせて服装こそ冒険者のようだが、その身に宿る雰囲気は騎士としてのものだ。
「ドミニクの料理はまた今度である。隊長……いや、“管理官殿”は?」
「姐さんなら冒険者組合にいるはずだけど……本当にどうしたんです?」
先ほど依頼の報告をしたため、ナタリアは冒険者組合にいるはずだ。相手がコルラードだからと素直に伝えると、コルラードは小さく頭を下げた。
「助かったのである。吾輩は所用がある故、失礼するぞ」
そう言って足早に立ち去るコルラード。騎士としての振る舞いが目立つが、言葉の端々には緊張が滲んでいた。
「……何だったんだ?」
手に持っていた骨付き肉を齧り、レウルスは首を傾げる。
既に日が暮れているが、どこから来たのか。ラヴァルから来たのだとしても、城門につながる吊り橋は引き上げられているだろう。
どんな理由があって、わざわざこんな時間にラヴァル廃棄街を訪れたのか。
(姐さんに用事、か……)
コルラードの背中を見送ったレウルスは、内心だけで呟く。
僅かに胸騒ぎがするが、今からコルラードを追いかけて用件を聞き出すわけにもいかないだろう。
何かあればナタリアから呼び出しがあるに違いない。
そう判断したレウルスは料理店の扉を閉め、エリザ達との食事に戻るのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
今回の更新より8章に入ります。
6章や7章よりは短くなる……といいなぁ、と思う次第です。
先日お知らせしました拙作のコミカライズについても、多くの方に見ていただけているようで嬉しく思います。
ニコニコ静画の漫画において、毎時で総合1位になっていて吹き出しました。デイリーでも3位になっていたりで、嬉しいやら恐縮するやらで表現に困りました。
それもこれも、拙作を読んでくださる方々のおかげです。改めて感謝いたします。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




