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第123話:『城崩し』 その3

 その日、レウルスは朝から『迷いの森』へと赴いていた。


 目的はそれほど大したものではない。ドワーフの集落にいても農作業ぐらいしかやることがないため、街道の調査とそのついでに魔物狩りをしようと思っただけである。


 ドワーフ製の大剣――今まで使っていたものと比べて少しばかり小さい大剣を背負い、傍らにはエリザやサラではなくミーアを連れて『迷いの森』を走り抜けていく。

 他のドワーフの半数は鍛冶を、残った半数は“引っ越し”の準備をしている。ミーアはレウルスが『迷いの森』で迷わないようにと気を利かせ、ついてきてくれたのだ。


「あともう少しだね! ボクもどんな剣が出来上がるのか楽しみだよっ!」

「ああ……今日中にできてくれればいいんだけどな」


 走りながらも笑顔でミーアが話しかけてくるが、話題はカルヴァンが作っている大剣についてである。

 サラという強力な“火力”が手に入ったことで、火龍の素材を使って大剣を作り上げることができるようになった。余程集中しているのかカルヴァンは飲まず食わず、不眠不休でその腕を振るっているのである。


 大剣を打ち始めて既に五日目だが、ミーアの見立てではそろそろ形になるという話だった。


 レウルスも邪魔にならない程度に鍛冶場を覗き込んだが、炉が放つ高熱とカルヴァン達ドワーフの真剣な表情に気圧され、声をかけることすらできなかった。

 その中にはエリザの姿もあったが、ドワーフが数人がかりで作っている魔法具の制作風景をじっと注視しており、こちらにも声をかけることができなかったのである。


「ボクも早く鍛冶の腕を磨きたいんだけどなぁ……父ちゃんが中々許してくれないんだよね」

「ん? そりゃまたなんでだ?」

「鍛冶の才能があんまりないんだって。どちらかというと魔法具作りの方が向いてるって言われちゃった。腕を磨くならそっちにしろってさ」


 不満そうに頬を膨らませるミーアだが、優れた鍛冶技術を持つカルヴァンの見立ては正しいのだろう。

 もちろん、そこまで鍛冶の才能がないといってもドワーフの基準で言っている可能性が高く、人間の鍛冶師と比べれば上等な武器が作れそうな気がするレウルスである。


「その辺は全然わからないからな……ま、ミーアがしたいようにすればいいんじゃないか?」

「うん……だからこうやってレウルス君に付き合ってるんだけどね?」


 そう言って、何やら意味深な眼差しを送るミーア。その眼差しを受け止めたレウルスは思わず苦笑してしまう。


「物好きだなぁ……俺としてもミーアがいてくれると森で迷わないで済むし、助かるよ」


 レウルスでは見分けがつかないが、ミーアならば『迷いの森』を難なく抜けることができる。レウルスが単独だったならば木の幹に逐一目印をつけるか、魔物の死骸を目印にするしかないだろう。


「レウルス君が迷っちゃったら一大事だしね……っ? 止まって!」


 とりあえず『迷いの森』を抜けて街道に兵士がいないかを確認しよう。そんな目的を持って走っていたレウルスだったが、ミーアの制止の声を聞いて即座に足を止めた。


「どうした?」

「ちょっと待ってね……」


 そう言うなり、ミーアは膝を突いて地面に耳を当てる。その間にレウルスは背中の大剣を抜くと、肩に担ぎながらミーアに倣って周囲に意識を向けた。


「ん……んっ? この音……やっぱり気のせいじゃ……ない?」

「どうした?」


 今のところレウルスの勘に引っかかるものはない。周囲を見回してみても兵士どころか魔物の姿もなく、『迷いの森』は平穏そのものに見えた。


(……いや、待てよ? “何も”いない気が……)


 『迷いの森』といっても、人間が迷うだけで魔物以外の小動物も生息する普通の森である。それだというのに鳥の声一つ聞こえず、僅かな風によって木々のざわめきが響くだけだ。


「何かが近づいてくる? 音が大きくなってるし、振動が……」


 地面に耳を当てたミーアの言葉を聞き、レウルスも真似るように地面に耳を当てた。しかし、ミーアの言うような音も振動も感じない。


「全然わからねえ……ドワーフってすごいな」

「そ、そうかな? レウルス君も地面の中で生活してればわかるようになると思うよ?」


 一時的に滞在するだけならば可能だろうが、常に地中で生活するのは色々と辛そうだ。そう思ったもののレウルスは言葉に出さず、地面から耳を離して自然体になる。


「音がどの方向から来るかわかるか?」


 相手が地上を移動しているのならば、レウルスでもある程度近づけばわかるはずだ。巨大ミミズのように地中を移動している場合は土石が邪魔をして感覚が鈍るものの、魔力を感じ取れるはずである。


「そこまではわかんない……でも、まだ遠いと思う」

「コリボーだといいんだけど……って、今はサラがいないんだったな」


 巨大ミミズならば良いカモだと思ったものの、サラを連れていないため倒すのも一苦労だろう。いくらドワーフ製の大剣を借りているとはいえ、巨大ミミズの柔軟かつ頑強な外皮を斬り裂ける保証はない。


(その時はミーアの鎚を借りるか……)


 危険があるかもしれないということで、ミーアも武装している。防具はないに等しいが、身の丈と同程度の長さを持つ巨大な金属製の鎚を武器として背負っているのだ。

 斬撃では倒しにくいのならば、打撃で倒せば良い。外側から殴りまくれば肉も良い感じにほぐれて食べやすくなるだろう、と、レウルスは一人ほくそ笑む。


「…………ん?」


 だが、地面越しに伝わってきた魔力を感じ取って笑みが崩れた。巨大ミミズの時も僅かとはいえ魔力を感じ取れたが、今回はそうではない。


 土石が魔力の感知を邪魔しているというのに、“はっきりと”魔力を感じ取れたのだ。


(あの熊が出てきた……わけじゃねえな)


 一瞬、地上にいる中級の魔物が勘に引っかかったのかと思った。しかし、レウルスが魔力を感じ取ったのは地上ではなく地中である。

 その魔力は急速に強まり――。


「っ! やべえ!」

「わっ!?」


 レウルスはミーアを抱き上げ、その場から駆け出した。すると、ほんの数秒も経たない内にレウルス達がいた場所に亀裂が走り、地面から“何か”が飛び出してくる。


「地面の中を移動されるのは本当に厄介だなぁ、おい……でもこれで三匹……目……?」


 三匹目の巨大ミミズが現れたのかと思ったレウルスだが、魔物の姿を“見上げて”思わず眉を寄せた。


 ――先日戦った巨大ミミズよりも、遥かに大きい。


 胴体の太さは目測でも十メートルを超えている。それでいて体自体も非常に長いのか、地上に三十メートル近く体を出しているというのに半身すら出ていないようだ。


「城……くず、し……」


 レウルスが抱き上げていたミーアが、呆然と呟く。その呟きが聞こえたレウルスは、地表に出たことで鮮明に伝わってくる魔力の大きさを受け、知らず知らずのうちに大剣を強く握りしめていた。


(本当に出やがった……しかもなんだ? 体の表面がごつごつしてるし、あちこちに傷……か?)


 魔力の大きさもそうだが、レウルスが目を引かれたのは巨大ミミズと違って体表を覆う頑丈そうな物体だ。岩石か、それとも鉄や銅といった鉱石なのかはわからないが、大きさや色、形も不揃いな物体が大量に付着している。

 全体的に見れば土色に近いが、ところどころに灰色や黒色、金属的な光沢がある鈍色が混ざっていた。


 そして、それ以上に目を引いたのが体のあちらこちらについている傷だ。傷口を見ただけでどんな武器が使われたか見分けることなどできないが、さすがに刃物で斬られた傷かそうでないかぐらいかはレウルスでも見分けられる。


 一体何があったのか、『城崩し』は大量の切り傷を負っていた。


「チッ……」


 だが、今は傷の理由を考えている場合ではない。ミーアを地面に下ろすなり大剣を構え、『城崩し』を真っすぐ睨み付ける。


「ミーアは集落に戻って……ああくそっ、潜られたら俺じゃあ止められねえな! いいか? 絶対に俺から離れるなよ!?」

「う、うんっ!」


 ミーアだけでも集落に戻そうと考えたレウルスだが、『城崩し』は地面に潜れるのだ。レウルスを無視してドワーフの集落に向かわれた場合、止める手立てがない。

 鍛冶と引っ越しの準備で手を取られているとはいえ、ドワーフ達も見張り全員を引き上げさせているわけではない。レウルスがこの場で足止めをしていれば、遠くない内に気付くだろう。


(倒せるのが一番なんだが……こいつは厳しいか?)


 感じ取れる魔力も威圧感も、火龍であるヴァーニルには及ばない。だが、中級の魔物の中でも最上位――あるいはそれすらも超え、上級の位階に届き得るか。


「オオオオオオオオオオオオオォォッ!」


 故に、レウルスは最初から全力で立ち向かう。『熱量解放』を行い、初手で全力を叩き込む。

 ガキン、と脳内で歯車が噛み合うような音を聞きながら、その音すら置き去りにして『城崩し』へと踏み込む。


 上級に匹敵する魔物ならば、高い知性があるのかもしれない。もしかすると対話で退けることもできるのかもしれない。

 だが、眼前の『城崩し』は完全に敵だ。ヴァーニルのような知性は感じられず、レウルス達を睥睨するその瞳には純粋な殺意だけが宿っている。


 殺意には殺意で返す。瞬時に『城崩し』の懐へと飛び込んだレウルスは地面を凹ませる勢いで踏み込み、両手で握った大剣を真横へと薙ぐ。

 『城崩し』の胴体は太い。レウルスが握る大剣でも刃渡りが足りず、一刀両断とはいかないだろう。それでも、一メートルを超える大剣で斬り裂けば相当なダメージになるはずだ。


「ぐっ!?」


 ――だが、硬い。


 レウルスが振るった大剣は『城崩し』が身に纏っている外皮――鉱石らしき物体を斬り裂き、火花を散らしながら刀身の半ばを埋めたところで止まる。

 巨大ミミズのように柔軟かつ頑強な皮膚に加え、岩石や鉱物といった“防具”を身に着けているのだ。『熱量解放』を用いたレウルスの斬撃でも僅かな傷しか与えられなかった。


『シャアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 大剣が半ばまで食い込んだのを感じ取ったのか、『城崩し』が身をよじる。その動作に悪寒を感じたレウルスは反射的に地を蹴り、『城崩し』の動きに合わせて空中で“転がる”ようにして横に数度回転した。


 頑丈な皮膚と接着してある鉱石を使い、体に食い込んだ大剣を圧し折ろうとしたのだ。咄嗟にレウルスが空中で回転したことで折れることはなかったが、握っている柄を通してミシミシと嫌な感触が伝わってくる。


「んの――ミミズがあああああああああぁっ!」


 いきなり武器を破壊しようとしてきた『城崩し』に向かって咆哮し、レウルスは鉱石などが付着していない胴体部分を見切って回し蹴りを叩き込む。そして蹴りの反動で強引に大剣を引き抜くと、もう一度蹴りつけて大きく宙返りした。


 レウルスは砂煙を上げながら着地すると、大剣を構え直す。さすがはドワーフ製の大剣と言うべきか刃毀れはない――が、少しだけ刀身が曲がっているように思えた。


「やあああああああぁぁっ!」


 レウルスが体勢を立て直す時間を稼ぐために、鎚を振りかぶったミーアが突撃する。そして『城崩し』の胴体を全力で殴りつけるものの、身に纏った岩石が砕け散るだけで痛痒も与えられなかった。


「硬いのに柔らかい!? 気持ち悪いよコイツ!」


 二度、三度と鎚で殴りつけたミーアだったが、岩石等が砕ける感触と同時に柔らかい手応えも感じ取って思わず悲鳴を上げる。おそらくは岩石等が砕けることで衝撃を緩和し、その上で柔軟な皮膚が完全に衝撃を殺しているのだろう。


(あのミミズは火に弱かったが……こいつはそういうわけでもなさそうだな)


 巨大ミミズは全身に粘液を纏っていたが、サラの火炎魔法で蒸発させることができた。

 粘液さえ消えればレウルスでも斬ることができたものの、『城崩し』の場合は粘液の代わりに岩石や鉱石を纏っている。何もない部分でも土が付着しており、火炎魔法で焼き殺すのも難しそうだった。


(あの粘液は時間が経てば接着剤みたいに引っ付くのか? どっちにしろ厄介だな……)


 防御力もそうだが、何よりもその巨体が厄介だ。レウルスの斬撃でも深手にはならず、ミーアの打撃ではそもそも効いているかもわからない。

 何故か負っている切り傷を狙えば深く斬れそうだが、『城崩し』は常に身をよじっているためレウルスの技量では狙えそうもなかった。


『シャアアアアアアアァァッ!』


 人ひとりどころか、小さな家ならば丸呑みできそうなほど巨大な口を開いて『城崩し』が突撃してくる。その動きは巨体が嘘のように機敏だが、同時に、地面を揺らすほどの重量感を伴っていた。


「ミーア! っ!? 下!?」


 『熱量解放』を使っているレウルスならば余裕をもって突撃を回避できるが、自前の身体能力と『強化』だけで戦うミーアではギリギリ回避できるかどうか。

 それを案じたレウルスはミーアを抱えて離脱しようとしたが、“真下”から迫る魔力を感じ取った。


『シャアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!』


 突撃の体勢を取っていた『城崩し』の体が、大きく後ろへと逸らされる。その動作を疑問に思うよりも早く、レウルスとミーアが立っていた地面が爆ぜた。


「っ、おいおい!?」


 立っていられないほどの衝撃。一体何が起きたのかと数瞬忘我したレウルスだが、地面から出てきた『城崩し』の“下半身”に地面ごと跳ね上げられたのだと気づく。


「うわわわわっ!?」


 突如として跳ね上げられたのはミーアも同様で、驚愕の声を漏らしていた。

 一体どれほどの勢いで跳ね上げられたのか、『迷いの森』に生えていた木よりも高く――数十メートルもの高さまで吹き飛ばされる。


 そんな高い視点から、レウルスは咄嗟に眼下を見た。そこにあったのは“全身”を露にした『城崩し』の姿である。

 時折とぐろを巻くようにしているため正確な長さはわからないが、頭から尻尾までの長さは百メートルを軽く超えているだろう。もしかすると二百メートルに届くかもしれない。


 そして、それほどの巨体が大きく震える。それが何の動作かとレウルスは疑問に思い。


「…………は?」


 重苦しい轟音と共に『城崩し』の巨体が跳ね、レウルス達を追うようにして宙を舞った。

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