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第121話:『城崩し』 その1

 兵士達が撤退するのを見届けたレウルスとサラは、来た道を引き返してドワーフの集落へと向かう。


 普段ならば『迷いの森』で迷いそうだが、『迷いの森』がどのような構造になっているかはミーアに教わっている。それに加えてところどころにレウルスが斬った魔物が落ちているため、丁度良い目印にもなっていた。

 放置していた魔物の死骸に関しては、他の魔物が寄ってきて食べている真っ最中という場合もあった。そのためレウルスは行き掛けの駄賃にと“食事中”の魔物の首を刎ね、今夜の晩飯にしようと抱え上げてから『迷いの森』を抜けていく。


「重いでしょ? 置いていかない?」

「重いけど置いていかない。魔力を回復するためにもたくさん食べないといけないしな」


 サラが魔物の死骸を担ぎつつ尋ねてくるが、レウルスにとっては死活問題なのだ。土砂崩れに巻き込まれたドワーフ達を救出する際に魔力の大部分を消費してしまったため、魔力を補給できる時に補給しておく必要がある。


 エリザだけでなくサラと正式に『契約』を交わしたことで、レウルスに流れ込んでくる魔力の量も増えた。冒険者になった頃と比べれば、『熱量解放』なしでも相当な身体能力を発揮できるだろう。

 だが、“それだけ”では勝てない魔物や人間も多くいる。火龍であるヴァーニルがその筆頭だが、以前出会ったシンやスノウのように、旅の途中でいきなり強者に遭遇することもあり得るのだ。


 仕留めた下級の魔物の死骸を担ぎ、時折血の臭いに釣られた他の魔物も仕留めて荷物を増やしつつ、レウルスはドワーフの集落へと戻る。


「あっ、レウルス君! 良かった、無事だったんだ……って、なにそれ?」


 レウルス達が戻るのを待っていたのか、ドワーフの集落へと足を踏み入れるなりミーアが駆け寄ってくる。しかしレウルスが担いでいる魔物の山を見て、心底不思議そうに尋ねてきた。


「お土産?」


 そういえば、コロナへの土産もどうにかしなければ、とレウルスは思い出す。旅の途中で立ち寄ったティリエもアクラも、町の空気が悪すぎて結局土産らしい土産は買えていないのだ。

 ドワーフに指輪でも作ってもらおうか、などと思いながらレウルスは魔物の死骸を地面に下ろした。すると、サラがレウルスが腰の裏につけていた短剣を引き抜きながら笑う。


「コリボーで鍛えた焼き加減を披露する時がきたわねっ! 今夜は焼き肉よ!」

「別に生でもいいぞ。生の方が栄養があるし……そうだな、内臓は生で、他の肉はいい感じに焼いてくれ」

「はいはーい! まっかせなさーい!」


 嬉々として魔物の解体を始めるサラ。ミーアはそんなレウルスとサラのやり取りを聞いて少しだけ頬を引きつらせていたが、数秒もすると我に返る。


「そ、そうだ! 父ちゃんがレウルス君を探してたよ? 鉄の下準備が終わったから次の工程に移りたいんだってさ」

「その前にちゃんとメシを食うべきだと思うんだけどな……ほとんど飲まず食わずで鍛冶をしてたじゃないか」


 ドワーフの鍛冶場は地中に造られているため、カルヴァンが鉄を叩く音も地表までは届かない。

 ドワーフ達の家の“入口”か地表に突き出ている井戸に近づけば反響した音が聞こえるが、『迷いの森』を抜けても音で気付くことはないだろう。レウルス達が雨宿りした洞穴は土砂崩れで埋まったらしく、音が漏れる心配もない。


「おいコラレウルステメェ! 一体どこをほっつき歩いてやがった! 早く炉の火力をなんとか……ってその大量の魔物はなんだよ馬鹿野郎!?」

「おう、お疲れ。とりあえず色々聞きたいことがあるし、一度休憩にしようぜ。俺も腹が減ったよ。コリボーより食べやすいだろ? 内臓なら生で食えるしな」


 話をしていると、当のカルヴァンが姿を見せた。鍛冶場で鉄を鍛える前と比べて少しだけ痩せて見えたのは、それだけ真剣に鉄を打っていたということなのだろう。


「……そうだな、集中してて気付かなかったが腹の中が空っぽだ。せっかくだし食わせてもらうとするぜ」


 レウルスの反応に気勢が削がれたのか、カルヴァンは落ち着きを取り戻したように頷く。


「で? 聞きたいことってのはなんだ?」

「『城崩し』って知ってるか? ヴァレー鉱山の方に巨大な魔物が見えたから兵士の様子を見に行ったんだけど、兵士達が『城崩し』が出たって言ってたんだ」


 とりあえず角兎の心臓を生で齧りつつ、レウルスが尋ねる。それを見たカルヴァンは頬を引きつらせたが、すぐに頭を振って鼻で笑い飛ばした。


「はぁ? 『城崩し』だぁ? おいおいレウルスよぉ、寝言は寝て言えよこの野郎。肉を食い過ぎて頭の中まで肉になっちまったのか? というかせめて火を通して食えよ」

「肉を食い過ぎたら頭の中まで浸食するなんて怖いどころの話じゃねえな……って、それはいい。横に置いとけ。今は『城崩し』って魔物について知りたいんだ。何か知らないか? あと、肉は新鮮なら生でも美味いんだよ」


 レウルスが真剣な表情で問いかけると、カルヴァンは渋面を作った。そしていつの間にやら集まってきていたドワーフ達と視線を交わし合う。


「『城崩し』? 父ちゃん、ボクは聞いたことがないけど?」

「オメェみたいなよちよち歩きのドワーフが知るわけねえだろ。だが、良い機会か……」


 どうやらミーアは知らないらしく、不思議そうに首を傾げている。どうやらドワーフの中である程度年齢を重ねている者だけが知っているようだ。


「『城崩し』ってのはアレだ、コリボーの中でも“育ちきった”奴がそう言われる……あだ名みたいなもんだ」

「スライムの『国喰らい』みたいなもんか?」


 以前ジルバから聞いた話を思い出しつつ、レウルスが尋ねる。スライムの中でも成長に成長を重ねて一国を亡ぼした個体がそう呼ばれていたはずだ。


「『国喰らい』を知ってんのなら話は早え。アレはまあ、実際に国を一つ滅ぼしたからそう呼ばれてるんだしな……今じゃあスライム自体が『国喰らい』だなんだって言われてるが、『国喰らい』がそうポコポコと生まれて溜まるかって話だ」


 サラが焼いた魔物の肉を大口で齧りつつ、カルヴァンが不満そうに言う。


「とにかく、『城崩し』ってのはあだ名だ。城を崩せるぐらい強力に成長したコリボー……いや、アレはコリボーって言っていいのか? 外見も全然違うって話だしな」

「おっちゃんは見たことないのか?」

「外見を“しっかりと見れる距離”にいたら死んでるだろうよ。俺も親父世代のドワーフから聞いた話でしかねえ……ん?」


 カルヴァンは肉を齧りつつ表情を歪め――錆びたロボットのような動きでレウルスを見た。


「……おい、驚いて聞き流したが、俺の聞き間違いでなけりゃあ『城崩し』が出たって言わなかったか?」

「ヴァレー鉱山にそれっぽいのが出たらしいから俺も聞いたんだよ。そのおかげで兵士が『迷いの森』周辺からいなくなったんだけどな」

「……一大事じゃねえか! ああでもクソッ! 作りかけの武器を放り出して逃げるのは我慢できねえ! おいコラレウルス! テメエ早く炉の火力をなんとかしやがれ!」


 きちんと話を聞いていなかったのか、カルヴァンが焦った様子で叫んだ。即座に逃げるという選択肢が出てくるあたり、『城崩し』と呼ばれる魔物は本当に危険なのだろう。

 それでも作りかけの武器を放り出して逃げないのは、ドワーフとしての――鍛冶師としての(さが)なのか。


 炉の火力に関しては何とかなるだろうが、それでもレウルスとしては無視できない要素がある。


「あー……炉の火力はすぐにでもなんとかなると思う。ただ、その前に一つだけ約束してほしいことがあるんだ」

「あん? 約束だぁ? 俺達ゃオメエらの武器を作ってるんだぞ? その上で約束たぁずいぶんな言い草じゃねえか!」


 レウルスの言葉を聞き、カルヴァンが不満そうに腕を組んだ。それはもっともだろうとレウルスも思うが、これだけは譲れない。

 そう思って何とか説得しようと言葉を探していると、カルヴァンは不満そうな様子を崩さないものの小さく頷く。


「……とまあ、普段なら文句をつけるところだが、オメエら……特に、レウルスにゃあうちの娘の命を救ってもらったんだ。他の仲間も命を救われてる。約束を守れって言うのなら、一つだろうが二つだろうが守ってやろうじゃねえか!」

「約束を守ってほしくてミーア達を助けたわけじゃないんだが……」


 武器を作ってもらうのに、肝心のドワーフが死んでしまっては意味がないと考えて助けただけだ。そこまで恩着せがましく考えているわけではない。


「うるせえな! いいからその約束ってのを言ってみろ! なんなら火の精霊にでも誓ってやろうか? ああ!?」

「……ああ、うん、そうだな。それはいい、“好都合”だ」


 どうやらドワーフが火の精霊を信仰しているというのは本当らしい――が、レウルスとしては微妙な気持ちになってしまう。


 これから約束してもらうのは、その火の精霊に関することなのだから。


「サラ」

「ん? なになに? 次のお肉? もうちょっと待ってねー。あとほんの少しで絶妙な焼き加減になるわ!」


 せっせと魔物の肉を焼いていたサラを呼ぶが、当のサラは何が気に入ったのか肉を焼くのに夢中らしい。楽しそうに魔物に肉を焼くサラの姿を見たレウルスは、カルヴァン達の反応がどうなるのか不安になってしまう。


「いいからこっちに来てくれ。お前の出番だ」

「ほえ? わたしの出番?」


 レウルスが手招きすると、サラは両手で握った魔物の骨付き肉を焼きながら近づいてくる。そんなサラの様子に、カルヴァンは目尻を吊り上げた。


「おいおい……まさかとは思うがレウルス、その嬢ちゃんがどうにかするってか? 多少火炎魔法が得意だからって、火龍の爪や鱗を鉄に“練り込む”には生半可な火力じゃ足りねえぞ?」

「んん? 生半可な火力ですって!? アンタね、そりゃわたしの『加護』じゃヴァーニルの全力の炎は防げないけど、わたし自身の火力はそりゃ大したもんよ? 焼き肉からお風呂沸かしまで、なんだってできるんだから!」

「……おい、レウルス?」


 頬を膨らませて抗議するサラを見たカルヴァンは額に右手を当てる。レウルスとしてもそんなカルヴァンの気持ちはよくわかるが、厳然たる事実を告げなければならない。


「“火”に関することならサラがどうにかできる……むしろサラで無理ならどうしようもない。なにせ、コイツは火の精霊だからな」

「あーっはっはっは! そう! わたしは火の精霊のサラよ! 崇め奉りなさい! あっ、でもあんまり畏まられるとそれはそれで寂しいからほどほどにしてね?」

「――――」


 レウルスが紹介し、サラが高らかに名乗りを上げる。そして、カルヴァン達ドワーフは瞬時に無言かつ真顔になった。


「えっ、あれっ、な、なんか怖い……レ、レウルス? ドワーフのみんなの目が怖いんだけど?」

「そりゃお前、信仰対象が目の前に出てきたんだ。無言にもなるだろ……偽物だって思われてるんだろうけどさ」


 無言になったカルヴァン達を前にしたレウルスは、さりげなく武器の位置を探りながら口を開く。


「約束してほしいってのは、サラのことなんだ。サラが火の精霊ってことは他言しないでくれ。下手すると……いや、知られると絶対グレイゴ教徒が寄ってくるからな」


 説明を続けるレウルスだが、カルヴァン達ドワーフは無言でサラを注視している。その中にはミーアも含まれていたが、ミーアでさえ目を見開いてサラを注視していた。


「……レウルス、俺ぁ下手な冗談は嫌いだぞ?」

「冗談だったら良かったんだけどなぁ。ヴァーニル……火龍から素材をもらったって言っただろ? あれ、コイツが『顕現』するなり俺と『契約』を結んだからなんだよ。それが原因でヴァーニルと一対一で戦うことになってな……」


 サラに関する事情も軽く説明してみるが、カルヴァン達の表情は変わらない。ただし、真顔のままでじりじりと立ち位置を変え、サラを取り囲み始めた。


「あ、あれー? なんかもっとこう、『ははー!』って感じで平伏するのを想像してたんだけど、全然違うわ! というか怖いわっ!」


 真顔でドワーフ達が取り囲んでいるのだ。普段の陽気さも相まって余計に怖いだろう。レウルスとしてもサラの感想には同感である。


「……火の精霊?」

「……本物?」

「……言われてみれば、魔力の質が違うか?」


 ゆっくりとした動きでサラを取り囲んだドワーフ達が口々に呟く。それはまるでホラー映画のワンシーンのようだ。


 そして、サラが火の精霊だという事実が浸透したのか、カルヴァンを皮切りにドワーフ達がサラに向かって突撃する。


「捕まえろ! 火の精霊がいれば鍛冶もし放題だ! もっと良い武器や防具が作れるぞ!」

「おいコラレウルステメェこの野郎! もっと早く言えよゴラァ!」

「火の精霊がいるなら話は別だ! 捕まえて炉に放り込め!」

「ぎゃあああああああああああぁぁっ!」


 飛びかかってきたドワーフにもみくちゃにされ、サラが外見に見合わぬ悲鳴を上げる。敵意がないためレウルスも迎撃しなかったが、その代わりに呆然としながら呟いた。


「……信仰とはなんぞや」


 ジルバが見れば大惨事が巻き起こりそうだが、ドワーフにとっての精霊への信仰は通常の信仰と異なるようだ。


 サラを神輿のように抱え上げ、意気揚々と家の中へと戻っていくドワーフ達。レウルスは止めるべきか迷ったが、まさか本当に炉の中に放り込みはしないだろう。


「ど、どうしよう……ボク、火の精霊様をちゃん付けで呼んじゃったよ……」


 しかし、半ば誘拐のようにサラを連れ去るドワーフ達とは別に、純粋に驚愕している者もいた。それはミーアを始めとした、年若いドワーフ達である。


「ドワーフって、火の精霊を信仰する精霊教徒……だよな?」

「う、うん……その……はず?」


 レウルスは一応の確認として問いかけたものの、それに答えるミーアの声は自信がなさそうだった。

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