第120話:騒動 その2
「でかいミミズ……いや、蛇……か?」
遥か遠く、ヴァレー鉱山と思わしき山に突如として姿を見せた巨大な魔物の姿に、レウルスはそう呟いていた。
距離があるため正確な大きさはわからないが、少なくとも遠望しているレウルスの視力でも捉えられる程度には大きい。
(……いや、でかすぎないか?)
レウルスの視力は悪くない。むしろパソコンやテレビといった電子機器によって視力が落ちていた前世と比べれば、遥かに良いだろう。
それでも、数十キロ近く離れた場所にあるヴァレー鉱山は山の形しか見えず――“それでも”巨大な何かが蠢いているのが確認できた。
「うっわぁ……なによあれ? コリボー? 大きさだけでいえばヴァーニルなんて目じゃないんですけど!」
サラはレウルスよりも視力が良いのか、ヴァレー鉱山と思わしき山を見ながら眉を寄せている。
「見えるのか?」
「さすがに外見までしっかり見えるわけじゃないけど……この前倒したコリボーよりも全然大きいわよアレ。レウルスの何日分の食材になるのかしら……」
「馬鹿言うな。さすがにアレを全部食うには何十日かかかる」
軽口を叩き合いながらも、レウルスは冷や汗が浮かび上がるのを止められない。
距離があるため魔力などは感じられないが、その“何か”はサラの言う通りヴァーニルよりも遥かに大きいだろう。図体だけがデカくて戦ってみれば雑魚という可能性もあるが、体の大きさは強さと紐づくのである。
(ラヴァル廃棄街やドワーフの集落が襲われてるわけじゃないから、別にいいんだけどな……)
巨大な魔物を見つけたが、別に戦う必要もない。遠くに見える魔物がヴァレー鉱山を崩落させた“真犯人”なのかもしれないが、レウルスにとって重要なのはこれでドワーフが犯人だという噂が消えそうだという一点だけだ。
(でも、一応探りは入れとくか)
『迷いの森』周辺を兵士が巡回しているという現状は好ましくない。だが、兵士達にどんな目的があるにせよ、あれほど巨大な魔物が出れば町に引き返すのではないか。
「兵士の動きを探りに行くぞ」
「はーい! あ、でも、エリザはどうするの?」
「……今は武器作りに集中させておいてやれ。それに索敵だけだし、足が速い方が良い」
そう言いつつ、レウルスはミーアに視線を向ける。
「ミーアは他のドワーフに警戒を促しておいてほしい。ないとは思う……思いたいけど、あの一匹だけとは限らないしな」
巨大ミミズとて二匹出たのだ。あの巨大な魔物が二匹以上現れてもおかしくはない。
「う、うん。わかったよ……気を付けてね?」
「なに、軽く兵士の動きを見てくるだけだ。サラがいるし、気付かれないようにするよ」
ミーアに魔物の襲撃を警戒するよう頼みつつ、レウルスはドワーフから借りた大剣を背負ってから山の斜面を駆け下り始める。その隣にはサラが続くが、武器も防具もない軽装のためレウルスの方が遅れそうなほどに足が速かった。
『ここからは声に出さないで進むぞ』
『わかったわ! とりあえず兵士がいる場所まで行きましょ』
『迷いの森』は広く、抜けるだけでも時間がかかる。兵士達に巨大な魔物の情報が伝わるまでどれぐらいの時間がかかるかわからないが、さすがに数日も情報が遅れるということはないだろう。
そんな考えの元、レウルスは『迷いの森』を一直線に駆け抜けていく。だが、十分と走らない内に魔力を感じ取って足を止めた。
『魔力……魔物か? この忙しい時に……』
『……ねえ、レウルス。わたしってば一つ思ったんだけど……』
レウルスが背中の大剣を抜いて構えると、サラが困ったような声色で言う。
『エリザを武器作りに集中させたいのは理解できるけど、エリザがいないと魔物が寄ってくるんじゃない?』
『……そういえばそうだったな』
ここ最近、エリザが常にいる状況に慣れていたため失念していた。エリザがいなければ下級の魔物が勝手に避けてくれるということはないのだ。
これは今からでもエリザを連れてくるべきだろうか――などと考えるレウルスの視線の先で、草陰が揺れた。
下級の魔物か、あるいは中級の魔物か。一体何が出てくるのかと身構えるものの、レウルスが感じ取っている魔力は非常に小さい。
そして、ガサガサと音を立てながら姿を見せたのは、額に二本の角を生やした巨大な兎だった。
「――シィッ!」
普段と比べて声を抑えながら踏み込み、姿を見せた角兎にドワーフ製の大剣を叩き込む。角兎の攻撃手段は額の角を活かして直線的に突っ込んでくることぐらいで、他の攻撃手段も引っ掻くか噛みつくことぐらいだ。
そのため、真正面から踏み込んで大剣を振り下ろす。それが一番早くて確実で――角兎はレウルスの斬撃を回避することもできず、そのまま顔面を縦に斬られて絶命した。
レウルスは角兎が絶命したことを確認すると、大剣を振るって血を振るい飛ばす。
「さすがドワーフの作った武器……切れ味が良いな」
そして、最初に思ったのは手の中にある大剣の切れ味についてだ。ドワーフ用なのか今までレウルスが使っていたものよりも多少小さいが、魔物である角兎の頭蓋骨もあっさりと斬れたのである。
まるで果物でも切り分けているような感触で、角兎の表皮しか切れていないと勘違いしたほどだ。それでも現実に角兎は頭蓋を縦に両断されて絶命しており、一撃で致命傷だったことが伺えた。
「でも、時間がないから回収は後回しにするか……」
「他の魔物に取られてたら?」
「探し出してその魔物を晩飯にする……って、だから今はそんな場合じゃねえんだよ。急ぐぞ……というか、索敵はどうした」
森の中ではあるが、サラならば魔物の体温も感じ取れるはずだ。今回はレウルスの方が先に魔力に気付いたが、索敵可能な範囲ではサラの方が遥かに広いのである。
「に、人間の兵士を探してたから……」
「……それなら仕方ないな」
魔物の気配ならばレウルスでも探れるため、サラは人間の熱源を感知することに集中させた方が良いだろう。そう結論付けたレウルスはそれ以上何も言わず、角兎の死体を少しだけ惜しそうに見てから再び駆け出す。
――結局、『迷いの森』を抜けるまで四回ほど魔物に襲われたが。
『エリザのありがたさが身に染みるなぁ、おい』
『いなくなって初めてわかるありがたさってやつね!』
『死んだ風に聞こえるからやめろ……っと、兵士はどこだ?』
エリザと共に行動するようになってから“疎遠”になっていた下級の魔物。その中でも角兎が三匹と巨大なカマキリを二匹ほど叩き切ったレウルスは、歩調を緩めながら周囲の気配を確認する。
途中で魔物と交戦するために足を止めたせいか、『迷いの森』の外縁部に到達するだけで二時間ほどかかってしまった。それでもエリザがいる時と比べれば移動速度自体が違うため、魔物と交戦した時間を差し引いても早いぐらいだろう。
『んー……あっち? なんか熱源が集まってるわ』
『わかった。ここから先はなるべく足音に気をつけてくれよ?』
サラの熱源感知により、兵士達がどこにいるかはわかる。それでもさすがに兵士達がどんな会話をしているかまではわからないため、可能な限り近づいて情報を集めようとレウルスは思った。
(さすがに二時間程度じゃ情報も伝わらないだろうけどな……)
今の世界は前世と異なり、情報の伝達手段が非常に限られている。もしかすると伝書鳩ぐらいは存在するかもしれないが、レウルスは見たことがなかった。
(そういう魔法具があるのかもしれないけど……聞いたことないしな)
レウルスとサラのように、『思念通話』のような方法で情報をやり取りできる魔法具が存在するかもしれない。その場合は既にヴァレー鉱山の情報が伝わっているだろう。
レウルスは先頭に立ち、地面を確認しながら足音を極力殺して歩いていく。サラはその後ろに続き、間違っても木の枝などを踏んで音を立てないよう注意させた。
そうやって歩くこと十分ほど。サラの熱源感知に従って『迷いの森』を歩いていると、徐々に木の数がまばらになっていく。もう少しで『迷いの森』を抜けて街道近くに出るのだろう。
『兵士の数はどうだ?』
『だいぶ近づいているからなんとか……うん、十人ぐらい? 一ヵ所に集まってるわ』
兵士との距離が近づいているからか、サラも近くにいる兵士の数はおおまかに把握できるらしい。どうやら一ヵ所に集まっているようだ。
「……たく……倒……」
「そう……こ……だ……」
足音を殺し、呼吸の音にも気を付けながら少しずつ距離を詰めていくと、何やら話すような声が聞こえた。兵士の方から魔力は感じないため、魔法が使える兵士はいないのだろう。
魔法使いの場合は技量によって距離が変わるものの、他の魔法使いの魔力を感じ取れる。もしも魔法使いがいれば距離を離そうと思ったが、レウルスの勘に引っかかるものはなかった。
「御領……が……ーフ……」
「でも……だろ……そんな……」
森の木陰に身を隠しつつ、兵士達がいる方向へ視線を向けるレウルス。一応風の向きを確認してみるが、レウルス達がいるのは風下のため匂いで気付かれることもないはずだ。
兵士達の数はサラが言う通り十人ほどで、どうやら遅い昼食を取っているところらしかった。おそらくだが、ある程度人数が合流して昼食を取るつもりだったのだろう。
「大体なんだよ“助っ人”って……いくら御領主様の息がかかってるからって、隣の領地の兵士を呼ぶってだけで嫌なのによ……」
「そう言うなよ。相手はドワーフなんだ。個体によっては中級上位に匹敵するんだろ? 援軍も助っ人も助かるって……まあ、その助っ人が気に食わないのは同感だけどよ」
レウルスが無言でじりじりと距離を詰めていくと、風に乗って兵士達の声が聞こえ始めた。声色から判断する限り、食事時のちょっとした愚痴らしい。
(助っ人? あの隊長さん以外でか?)
どうやらコルラードが率いる部隊以外でも“助っ人”がいるようだ。ただし、兵士達の声色には嫌悪感と忌避感が滲んでいる。
「助っ人が必要なら、この前会った冒険者でいいじゃねえか。あのデカい魔物を二匹倒したんだろ? それに、冒険者って言っても精霊教の客人なら信用もできるだろうし……」
「お前は精霊教徒だもんな……というか、ドワーフも精霊教徒だろ? この森に配置された奴って精霊教徒が多くないか?」
兵士といっても、常に気を張っているわけでもないようだ。休憩時間ということもあるのだろうが、その話し振りは冒険者に近いものがある。
「それも気に食わねえ。お偉いさんは何を考えてるんだか……あの“滅ぶべき糞共”が来るまでここから離れられねえし……早くルイス様に代替わりしねえかな」
「おい馬鹿! そういうことは思ってても言うな! 不敬罪で取っ捕まるぞ!」
「捕まえるのって俺達じゃねえか……」
今のところ聞こえてくるのは、ごく普通の雑談だった。内容に物騒なものやレウルスに関係するものも含まれているが、少なくともヴァレー鉱山がどうといった話は出ていない。
『ねえねえ、レウルス。助っ人って何かしら?』
『嫌な予感しかしねえな……というか、兵士の中にどう聞いてもジルバさんの同類っぽいのが混ざってる気が……』
ジルバなどの例外を除き、精霊教徒はグレイゴ教徒と比べて大人しい印象があったレウルスだが、実は武闘派が多いのだろうかと密かに戦慄する。
(やっぱりグレイゴ教徒が絡んでるのか? でも、精霊教を信仰する兵士が多く集まってるところにグレイゴ教徒を招く? どう考えても殺し合いが起きると思うんだが……)
しばらく兵士達の会話に耳を傾けるレウルスとサラ。兵士達は周辺を警戒しながら昼食を取っているが、距離もあるためレウルス達には気付けない。
そうこうしている間に兵士達の昼食も終わり、再び『迷いの森』周辺の巡回を始めるのか少数に別れて移動し始めた。
『どうするの? 一度ドワーフの集落に戻る?』
『もしくはここに伏せておくかだけど……そのうち魔物が来そうだな』
いくつか情報を得られたが、聞きたいことは聞けなかった。それでも、そろそろドワーフの集落に戻り始めなければ到着が夜になってしまう。
『わたしはどっちでもいいわ! 難しいことはわかんないし、レウルスが全部判断しちゃって!』
『俺も難しいことは嫌いなんだけどなぁ……近づいてくる熱源は?』
『え? んー……魔物っぽいのがいくつかと、兵士っぽいのがいくつか……あれ? なんかきた!』
『思念通話』でそう叫びつつ、サラがレウルスの肩を叩いて方向を示す。それに釣られてレウルスが視線を向けると、空を飛ぶ鳥らしき生き物が見えた。
『魔物か? 空を飛ぶ奴って風魔法を撃ってくるから嫌いなんだよな……』
『今夜は焼き鳥ね! ここに来るまで仕留めた分と含めれば豪勢になるわ! 肉! 肉! 肉! とお肉ばっかりだけどね!』
襲ってきたら仕留めよう。そう考えながら大剣の柄を握るレウルスだったが、鳥は鳴き声を上げながら旋回し、兵士の近くへと降り立つ。すると即座に兵士が駆け寄り、鳥の足元を探り始めた。
(……ん? もしかして本当に伝書鳩……いや、鳩にしてはデカいけど、似たようなことをしてんのか?)
早馬よりも空を飛ぶ鳥の方が早いだろう。地形を無視して移動できるため、“行先”さえわかっているならば便利な伝達手段と言える。
「すぐに他の兵を集合させろ! アクラに戻るぞ!」
そして、兵士の中でも年嵩と思わしき男が声を張り上げた。どうやら本当に緊急事態の報せだったらしい。
「『城崩し』だ! アクラに戻り次第ヴァレー鉱山に向かうぞ! 急がせろ!」
「ドワーフは!?」
「放っておけ! 『城崩し』の方が危険だ!」
息を潜めて聞き耳を立てていたレウルスは、思わずサラと顔を見合わせる。
『『城崩し』? サラ、知ってるか?』
『わたしってば火の精霊よ? もちろん……ごめんなさい、知りません』
それほど期待していなかったが、サラも知らないようだ。レウルスとサラは顔を見合わせたままで頷き合うと、即座に踵を返す。
必要な情報は得られた。あとはドワーフの集落に戻り、“今後”について確認し合うだけだ。




