第119話:騒動 その1
ドワーフの集落にある畑。そこでレウルスは数ヵ月ぶりとなる農作業に勤しんでいた。
ドワーフから借り受けた鍬を振り下ろし、片っ端から土を掘り返していく。この鍬もドワーフ手製のものらしく、レウルスがシェナ村で使っていたものとは比べようもないほど簡単に土を掘り返すことができた。
(あの頃使ってたのは木製の鍬だったしな……)
シェナ村での農奴生活を思い出しかけたものの、すぐに思考から追い出す。肝心なのは、鍬だろうとドワーフの鍛冶技術の高さを体感できることだ。
そうやって農作業を行うレウルスの傍には、一本の大剣が地面に突き刺してある。サラの炎を纏ったことでボロボロになった大剣に代わり、一時的な代用品として貸してもらったのだ。
カルヴァン曰く使い潰しても構わない程度の質らしいが、素振りをしただけでレウルスはその質の高さを感じ取ることができた。
実際に敵を斬ったわけではないが、レウルスが全力で振るっても簡単には折れないだろう。しかしながら刀身に『強化』の『魔法文字』が刻まれているわけでもなく、カルヴァンの鍛冶技術だけで鍛えられた“普通”の武器なのだ。
使った材料はドワーフが精錬した鉄だけだが、シンプルだからこそ鍛冶師の技量が出るらしい。
現在はレウルスが持ち込んだ数々の材料を使って大剣を打ってもらっているが、否が応でも期待が高まるレウルスである。
そんなレウルスだが、剣を作ってもらうにあたってカルヴァンに頼んだことはそれほど多くない。大まかに分けて三つである。
一つは、武器の形状である。
使い慣れた片刃の大剣を希望しており、刀身の長さなどはレウルスの身長や腕の長さに合わせてカルヴァンが適切に作り上げる予定だ。
一つは、武器の頑丈さである。
切れ味よりも頑丈さこそをレウルスは求めた。切れ味があるに越したことはないが、切れ味を優先して頑丈さが足りなければすぐに折れてしまう。
レウルスが雑に扱っても壊れず、なおかつサラが炎を纏わせても刃毀れ一つしない頑強さが欲しかった。
そして、最後の一つはドミニクの大剣を再利用することだ。
バラバラになってしまったドミニクの大剣だが、この破片を使ってほしかったのである。刀身でも良い、柄だけでも良い、何なら鞘にしても良い。とにかくドミニクの大剣の破片を何らかの形で“生き返らせて”ほしかった。
それは無駄な感傷かもしれないが、レウルスにとっては大事なことである。どんな形でも良いからと希望し、カルヴァンは快く受け入れてくれた。
『ねーねー、レウルスー』
『なんだ?』
“暇つぶし”に農作業をしていると、サラから『思念通話』が届く。レウルスが視線を遠くに向けてみると、集落が造られている盆地ではなく山の頂上部分にサラの姿があった。
サラも『思念通話』の扱いに慣れたのか、それとも正式に『契約』を交わしたからか、多少距離が離れていてもこうして声が届くのである。
『暇だわ……とっても暇だわ。暇すぎて死んじゃいそう』
『それで索敵を怠ったら飯抜きだからな』
サラが行っているのは周囲の索敵だ。広範囲の熱源を探れるサラが山の頂上にいれば、仮に敵襲があったとしても不意打ちは防げる。
レウルスでは魔力を感じ取ることしかできず、サラと比べて感知できる範囲も狭いため、索敵は全てサラに任せていた。
魔力は扱いに長ける者ならば隠すこともできるが、体温を隠せる者はいないだろう。
仮に隠せたとしても、単純に体温を下げれば良いというわけでもない。サラの熱源感知を潜り抜けるためには常に周囲の気温と同等にする必要があるため、体温を下げ過ぎてもサラは気づくのだ。
『ひまひまひーまー! わたしもエリザみたいに“家の中”で遊びたーい!』
『エリザは遊んでるわけじゃないっての……頼むから気を抜かないでくれ。下手すりゃ死ぬ』
今この場にエリザの姿はない。ドワーフ達と共に鍛冶場にこもり、“エリザだけの武器”を作るべく模索しているのだ。
――自分も武器を作って欲しい。
そう言ったエリザをレウルスは止めなかった。
武器と一口に言っても、レウルスが振るう大剣のように近接戦闘に特化した物を作るつもりはない。かといって弓のような遠距離武器も論外だ。
止まった的に当てられるようになるだけでも相当の修練が必要となる上に、魔物が相手ならば数本の矢が刺さったところで死にはしない。一撃で殺せるような強弓はレウルスを誤射した時に悲惨なことになる。
そもそもの話、エリザは直接戦闘に向いていない。吸血種で『強化』が使えるようになったといっても、ドワーフであるミーアのように膂力に優れているわけでもないのだ。
エリザの長所を活かすならば、魔法に関する武器を作るしかないだろう。そして、レウルス達が持ち込んだ素材の中にはうってつけの素材があった。
武器は武器でも、エリザが振るうべき武器は『宝玉』を使った魔法具である。それも、雷魔法が使いやすくなるという『宝玉』があるのだ。それを活かさない手はないだろう。
ただし、『宝玉』はドワーフから見ても非常に貴重な素材らしく、誰が魔法具を作るかで紛糾している。罵り合いは序の口で、殴り合い蹴り合いの大乱闘に発展しているのだ。
鍛冶の腕に関してはカルヴァンが特に優れているらしく、レウルスの剣を鍛えることに異論は出なかった。だが、魔法具に関しては突出した専門家がいないらしく、『それならば自分が』と立候補する者が多かったのである。
そのため、エリザの魔法具に関しては複数のドワーフによる合作になる予定だった。
『ドワーフの合作……とんでもない傑作か、ゲテモノになる匂いがプンプンするわね!』
『言うな……どのみち雷の『宝玉』はヴァーニルがエリザにってくれたものなんだ。あとはドワーフ達の腕に任せるしかねえよ。お前は何か作ってもらわないのか?』
『火の精霊のわたしが、火の『宝玉』を使った魔法具を使うの? それなら『宝玉』単体で使った方が手っ取り早いわ!』
ついでに確認してみるが、サラは武器の類は必要ないらしい。今はまだ必要ないということで索敵を担当しているが、炉の火力を引き上げることも簡単にできるぐらい火の扱いに長けているのだ。魔法具は必要ないだろう。
『なんなら火の『宝玉』はエリザにあげちゃってもいいわよ? どうせわたしは使わないんだしね! 今から渡してこようか?』
『……いや、“それ”はやめとけ。火の『宝玉』はお前用にヴァーニルが渡したんだ。魔法具にしなくてもいいから、持つだけ持っておいた方がいいだろ』
レウルスがサラと正式に『契約』を交わしたことで、エリザにも色々と恩恵があるらしい――が、その恩恵をエリザが使うかは話が別だ。
レウルスは使えるものならば何だろうと使うが、エリザもそうだとは限らない。
(サラの場合、無邪気に傷口を抉りそうだしな)
余計なことはさせない方が良いだろう。もっとも、エリザも魔法具を作ることは決まっていてもどのような形状にするかはまだ決まっていない。今頃は頭を抱えていることだろう。
だが、その点に関してレウルスは何も言うつもりがなかった。どのような形だろうと武器が欲しいと言い出したのはエリザなのだ。“最近”のことを思えば、自分が口を出すよりも一から自分の意志で武器を作り上げた方がエリザのためになるとレウルスは判断した。
大剣という武器を作ってもらっているのはレウルスも一緒だが、その制作過程に口を挟むことはない。相手は鍛冶のプロフェッショナルなのだ。素人が口を挟んでも良いことはないだろう。
レウルスにできることといえば、こうして暇つぶしがてらに農作業を行うことぐらいだ。もう少しすれば昼食の時間になるため、昼食を取った後は山を下りて“食材”探しに行こうかと思うぐらいである。
(周辺の警戒も必要だろうしな……)
レウルスの考えすぎならば良いが、今回の騒動にはグレイゴ教徒が暗躍している可能性があった。ジルバほどグレイゴ教について詳しくないレウルスだが、何をしてもおかしくないと思うのは偏見ではないだろうと考えている。
「レウルス君、レウルス君、そろそろお昼の時間だよっ!」
そうやってレウルスがサラと共に農作業と索敵を行っていると、ドワーフの家につながる穴からミーアが出てきた。一体何が楽しいのか満面の笑みを浮かべており、汗を拭くレウルスの元へとてとてと駆け寄ってくる。
「もうそんな時間か……カルヴァンのおっちゃん達はどうだ?」
「父ちゃんはずーっと鉄を鍛えてる。他のみんなはエリザちゃんの魔法具作りで盛り上がってるよ……たまに殴り合ってるけど」
どうやらドワーフらしく平常運転のようだ。
ドワーフの集落に戻って一日が過ぎたが、カルヴァンは炉の前で一心不乱に鎚を振るっている。現在は鉄を鍛えている途中らしく、サラの火力が必要になるのはもう少しだけ後らしかった。
食事もほとんど取らず、最低限の水分補給だけするとすぐに鎚を振るうのである。その様子は鬼気迫るものがあり、周囲の音も聞こえていないほど集中していた。
「他の皆が残った素材で防具も作ってるから、あとで顔を出してほしいってさ。ほら、それよりもご飯食べよ?」
そう言ってミーアが見せたのは、蔓で編まれたカゴである。中には料理らしきものが入っており、レウルスは大きな期待と僅かな不安を抱きながらカゴの中を覗き込んだ。
カゴの中に入っていたのは、大きな植物の葉っぱで包まれた“何か”である。それに加えて陶器の瓶が二本入っていたが、おそらくは水だろうとレウルスは判断した。
『お昼? わーい、わたしも食べるー!』
レウルスがミーアと話をしていると、サラが斜面を駆け下りてくる。索敵を忘れていないか心配だが、レウルスが視線を向けると顔の前で手を振った。
「だいじょぶだいじょぶ。ちゃんと見張ってるわ! 具体的に言うと山の麓まではバッチリよ!」
「つまり、『迷いの森』はわからないってことか……これを食べたら確認にいかないとな」
広範囲の索敵を行えるのはサラのおかげである。そのためレウルスも無茶は言わず、自分の足で確かめに行こうと思った。
「一応、交代で見張りをしてるんだけど……」
「相手がやばいかもしれないからな。ミーア達を信用してないんじゃなくて、俺が安心したいだけさ」
そう言いつつ、レウルスはミーアが持ってきてくれた昼食に手を伸ばす。植物の葉で包まれた“何か”は、手で触れてみると温かかった。
「…………」
レウルスは無言で植物の葉を剥いでいく。すると、中からは薄黄色をした弾力のある、拳大の物体が姿を見せた。
(なんだこれ……餅?)
匂いを嗅いでみるが、おかしな匂いはしない。むしろ若干の香ばしさを覚える良い匂いだ。
「いただきます……あむっ」
匂いは良くても味が悪かったら――そんな懸念があったレウルスだが、その懸念を払拭するように舌の上で“美味しさ”が広がった。
「あ、美味い」
「ほ、ほんと? 嘘じゃなくて?」
「俺は食い物に関しちゃ嘘は言わねえよ……うん、素朴な感じだけど、美味い。こりゃイケるわ」
前世の曖昧な記憶で例えるならば、じゃがいもと小麦粉を使った餅のような食感と味だった。餅の中には野菜と何かの肉を塩で炒めた物が入っており、小食の者なら一つ食べるだけでも満腹になりそうだ。
調味料は塩だけだが、レウルスとしては何の問題もない。素材の味が十分に活かされており、先日食べた巨大ミミズよりも美味しいぐらいだ。
ただし、量的には満足と言えないのが難点だったが。
「美味い美味い……水ももらうぞ。んぐっ!?」
一つ、二つと、餅らしき料理を平らげていたレウルスだが、陶器の瓶に口をつけて思わずむせかけた。水だと思って一口飲んだものの、喉が焼けるかと思うほど強烈な熱を感じたのである。
「っ、ぐ、な、なんだコレ? 酒か?」
単純な熱ならばサラの『加護』が働くはずだが、レウルスの喉を焼きかけたのは濃いアルコールだった。今世においても何度か酒を飲んでいるが、これほど強烈な酒は初めてである。
「えっ? あれ? ぼ、ボクが入れたのは水だったんだけど……うわっ! 本当だ! 誰かが入れ替えたのかな……もうっ、誰がこんなことを……」
レウルスの反応を見たミーアが顔を寄せて瓶の口から匂いを嗅ぐ。そしてアルコールの匂いを感じ取って眉を寄せていた。
「あー……でも酒だと思って飲んだらイケるわ。ちょいときついけど、これぐらいなら何ともねえ」
アルコールも毒だと体が判断しているのか、レウルスが酔うことはほとんどない。それでも急速に体が温まっているように感じられ、どれだけアルコール度数が高いのかとレウルスは眉を寄せた。
「ボク達ドワーフが作ってる火酒だよ。人間でも飲めるんだね……」
「この餅? と一緒だと酒が進むな。餅の味が素朴な分、酒の強烈さが和らぐよ」
ラヴァル廃棄街への土産に何本かもらって帰れないだろうか。レウルスは瓶を一本空けながらサラに視線を向ける。火の精霊であるサラがアルコール度数の高い酒を飲んだらどうなるのだろうか、と疑問に思ったのだ。
「え? なに? コレ飲んじゃっていいの?」
レウルスの視線に気づいたのか、両手で持った餅を齧っていたサラがもう一本の瓶に手を伸ばした。そして口に含み――。
「ぶはっ!?」
盛大に吹き出し、何故か火が点いて即席の火炎放射器と化す。吹き出した勢いに押されて一直線に炎が伸び、それを見たレウルスは思わず笑ってむせてしまった。前世のテレビで見た火を噴く一発芸が脳裏に蘇ったのである。
「ちょっ、なにこれ! なにこれ!? これって生き物が飲むものじゃないでしょ!?」
「ははははっ……それはつまり、飲める俺は生き物じゃないってことか? さすがに傷つくぞ?」
「あれ? レウルスの目が怖い……い、いや、そういうわけじゃなくて……あれ?」
酒に酔ったわけではないが、このままからかってやろうか。そう考えたレウルスだが、不意にサラがその視線をずらす。
「なにこれ……遠いけど……えっと、なにこれ……」
「ん? どうした?」
「何か変な感じがする……」
話を逸らすためではなく、真剣な顔つきで一点を見つめるサラ。その様子にレウルスは表情を引き締めると、地面に刺していた大剣を引き抜く。
「敵か?」
「わかんない……でもあっちから“何か”を感じる……魔力? レウルスと『契約』したから?」
そう言ってサラが走り出し、レウルスもそれに続く。そして斜面を駆け上がって山の頂上に立つと、サラが示す方向へ視線を向けた。
「……なんだありゃ?」
ドワーフの集落は山の上にあることもあり、周囲を遮るものはない。周辺には『迷いの森』が広がっているが、それよりも遠く、おそらくはヴァレー鉱山と思わしき山に、遠目で見てもわかる“何か”がいた。
酒に酔って幻覚を見ているのでなければ、それは――。
「でかいミミズ……いや、蛇……か?」




