第十二話 スキル
慌ててアリスを探すが、思いのほか近くでその姿を見つけた。
露天商の前で広げられた雑貨品を手に取っては興味深そうにマジマジと眺めている。
「アリス」
『――話し合いは終わったようですね』
その当事者であることを理解していないらしい彼女が、さも待たされたという態度で返してくる。
なんとなく、リアナやレナとは違う方向で面倒くさいタイプな気がした。
「……ああ、終わったよ。
アリスは何を見てたんだ?」
『知識と実物を照らし合わせていました』
人工知能というだけあって、好奇心旺盛なのだろう。
彼女は雑貨の中で本のようなものを手に取り、俺に訊ねた。
『この本は一体何なのでしょうか?
中身は真っ白で何も書いていません』
その説明と渡されたものを見てピンとくる。
「これは日記だな」
『日記……?』
「自分で毎日の出来事を書いて埋めていく本……っていえばわかるか?」
『自分で埋めていく本……。
例えば一体どんな内容を描くのですか?』
どんな内容か……。
アリスに聞かれ、俺は思わず口をつぐむ。日記をつけるのは得意ではないというか、好きではない。
小学生の夏休みの宿題がその原因に違いないだろう。
そもそも良く考えて欲しい。普段日記をつけない子供が、どうして明日が楽しみで楽しみでしょうがない夏休みにその一日を振り返るというのか。
そして最後はラスボスと言っても過言ではない宿題へ変貌して立ちはだかる。
これで苦手意識を持たない方が珍しいではないか。
天気予報をパソコンで辿りつつ、過ぎた日々を思い返しながら日記を無理やり書き上げた思い出しかない。
一体どんな内容だったかは覚えていないが、恐ろしく中身のない物だったのは確かだ。
「…………、それも自分で考えながら書くのが面白いんだぞ」
黙考の末、俺は答えを放り投げた。
『そうなのですか』
…………。
放り投げた答えをすんなりアリスは拾ってくる。
その純粋さが胸に痛い。
『これ、買います』
彼女はしばし逡巡した後、なんと日記を購入した。
店主に代金を渡し、本を受け取っている姿を見てしみじみと俺は考える。
我ながら最低なプレゼンだったと思うが、何が彼女の琴線に触れたのだろうか。
しかしそれを確かめる前に。
「……ひと段落ついた?」
声に背後を振り返ると、区切りがつくのを待っていたらしいレナとリアナの姿があった。
「ああ、待たせて悪かったな」
「いいけど、夕飯の支度もしないとだし、そろそろ王国の神殿に行かないと。
チュートリアルもそれで終わりみたいだし」
『そこで一番プレイヤーが楽しみなイベントが待ってるしね』
「楽しみなイベント?」
意味深なリアナの発言に聞き返すと、彼女は悪戯な笑みを浮かべる。
『ああ、そっか。
ユウトはこのゲームのこと全然調べてないから知らないんだ』
「私はあんまり好きな要素じゃないけどね。
自分じゃどうにもできない上に、これから先を大きく左右されるし」
『そこら辺はある意味人生と同じだよね』
「それは言えてる。リセマラできないことも含めて」
こちらに核心を伝えない様に盛り上がる二人に、いっそ俺は感慨深さすら覚える。
初めて会った時に生死のやり取りをしたとは思えない仲の良さだ。
「オンリーワンのスキルなんて荒れるだけなのにね」
『そういう理不尽なとこ、リアナは大好きだけど』
つっかからない俺につまらないと思ったのか、あっさり核心へ至る。
これまでの会話の内容から察するに、どうやらチュートリアルが終わるとオンリーワンのスキルが貰えるらしい。
『アリスのスキルなんて、ある意味最たるものよね』
そう言ってリアナが虚空へ手を伸ばし、アリスのステータスを表示させる。
その習得スキル画面で、羨ましいほど小さいスクロールバーのツマミに指先を置いて一気に真下まで送る。
そこにはこんな表示があった。
EXスキル:神威
効果:全状態異常無効
バフ効果・時間増大(超)
全スキルリキャスト時間短縮(超)
……etc.
……etc.ってなんだ。
スキル説明が説明を放り投げるんじゃない。




