第三話 お宅訪問
遂に来てしまった。
近場のスーパーで玲奈の食材選びに付き合うという、知り合いに会わないかドキドキのイベントを乗り越え、彼女の引っ越し先であるマンションの扉の前に俺は居た。
バックから鍵を探す玲奈を横目に、俺はシーソーのように揺れ動く平常心のバランスを取ることに尽力する。
いやだって、年頃の女の子の。しかも一人暮らしの家で、これから二人っきりになるのだ。
ゲーム世界で人工知能と融合して頭の中が多少変異してしまったとはいえ、年頃の健全な男がこの展開で平然とするのは逆に不健康だろう。
「あったあった」
鍵を見つけ出した玲奈がそれを扉へ差し込む。
やばい、まだ心の準備が――。
そんなどちらかと言えば女子側の心境の俺をよそに、玲奈が鍵を開けようとして。
「あれ?」
首を傾げた。
「どうした? 鍵が違ったのか?」
「いや、そうじゃなくて……ッ。ああ、もう!」
何か思い当たったらしい玲奈がイラついた様子で扉を開き。
「チェーンロックもしてないし……! ちょっとお姉ちゃん!」
部屋の奥に向かってそう呼び掛けた。
お姉ちゃん……?
訳が分からず目を白黒させていると奥から人影が現れた。
「何よ、大声出して……って、んん?」
そうぼやきながら現れたのは、ジャージ姿の若い女性だった。
玲奈とよく似た顔立ちをしているが、無防備に開いた胸元から見えるそれは似ても似つかな――、
「って、何よそのだらしない恰好! ちゃんとした服装に着替えてよっ。
鍵だって掛けてって言ってるのに掛けてくれないし」
俺の視界を遮るように玲奈が家に上がり、若い女性を奥の扉へ押し込もうとする。
「私の家なんだからいいでしょ。
居候のあなたにとやかく言われる筋合いはないわ」
「その代わりに私が家事全般やってるんでしょうが。
……またゴミ屋敷にしたいの?」
…………。
「はいはい、わかりましたよ。
そこのボーイフレンドに免じてお姉さんは退散します。
あっ、夕飯出来たら呼んでね?」
にやぁっと笑って彼女は部屋の奥へと消えていった。
「…………、」
「…………、」
しばし、気まずい沈黙が流れる。
気付けば、家の前でのドキドキ感はナゾナゾ感に塗り替えられた。
「えっと、今の人は?」
静寂に堪えきれなくなって俺が訊ねる。
「一緒に住んでる姉さんよ」
「あの、実家を出て一人暮らしだったんじゃ?」
「え? 実家を出たとはいったけど、一人暮らししてるなんて言ったかな」
確かに。
え? じゃあ今までの俺の緊張感は全くのお門違いだったってこと……?
とんだ勘違いにみるみる顔が熱くなっていくのがわかった。
やばい、これを玲奈に悟られたら。
「……ふーん。そういうこと考えてたんだ?」
悪戯な笑みを浮かべる玲奈。
ですよねー、気付かないわけないですよねー。ちくしょう。
「それは期待外れみたいで悪かったかな。まっ、斜め上のこともあるから期待していいと思うけど?」
斜め上? 料理のことだろうか?
「……まだ13時だしちょうどいいか。冷蔵庫に買ったものを入れたら、夕飯の準備を始める前に私の部屋に来てよ。面白いもの見せてあげるから。
あ、玄関の鍵ちゃんと閉めてね」
意味深な物言いだが、今度は変な期待なんかしない。
そう心に決め、言われたとおりに玄関の鍵を閉めて彼女と台所へ向かうのだった。




