人生の墓場とは社会的な死を招くこともあるらしい。2
ロンロンとアンリの結婚話、そのに。
俺と、アンリが結婚。
突然すぎるプロポーズに、俺の動きは固まった。
なんでそんな結論に至ったのか、思考回路が謎すぎる。
結論まですっ飛ばすのは勘弁してくれ。
どうしてそんな発想に至ったのか、順を追っての説明を要求する!
ぬるく冷めた茶を、一口含んで口を湿らせる。
アンリは記憶を辿るように、ゆっくりと話し始めた。
「実は先日、お嬢様……ミレーゼ様からお便りをいただきまして」
「うんうん。あの行方不明のお嬢様、手紙書けるってことはやっぱ元気だったのね」
「私の今までの忠勤に報いたい、と仰ってくださいまして。この体に刻まれた『奴隷の刺青』を綺麗に除去する目途が立ったので現在ミレーゼ様が逗留している場所まで来てほしいと」
「うんう……刺青の除去? え、どうやって?」
「なんでもミレーゼ様がご滞在されている場所では、刺青も消してしまう技術が確立しているとのことで。私への手紙にも方法が書かれていたのですが……私には、よくわかりませんでした。採取した表皮の一部からく、くろーにんぐ? 再生皮膚? ……私ではうまく説明できそうにありません」
「とりあえず謎技術をあのお嬢様が手に入れたらしいっていう恐ろしい事実はわかった。あのお嬢様、一体どんなワンダーランドに行っちゃったの」
「詳しい場所については何故かお手紙でも濁されていたのですが……お迎えを寄越してくださるそうなので、1年ほど私はミレーゼ様の元へと行くことになりそうです」
「へえー1年。あのお嬢様、いつまで失踪してるつもりなんざんしょ。うちの坊ちゃんもめっちゃくちゃ心配してるんですけど」
護衛任務をいただくことの多い俺としちゃ戦慄するしかない事実だが、うちの坊ちゃんはあのエルレイク家のお嬢様と懇意にしている。
上辺だけの関係じゃないのは確かで、マジで急にいきなり失踪したあのお嬢様の行方を案じて落ち着かない日々を送ってらっしゃるんすけど。
ご長男……若様の方は、失踪にエルレイクの貴公子様が関わってるのは確実っつうんで頭掻き毟って貴公子様を呪詛ってるけど。うん、がんばれ若様、強く生きてね。
「ええっと、そんじゃアンリ……ヴィヴィアンちゃんはお嬢様んとこ行くとして。1年って期限区切ったけど1年経ったら帰ってくるつもりがあるってこと?」
っていうか帰ってくるつもりがないのに「結婚しましょう」とか言われても困るんだけど。
っつうか本当になんでその流れが『結婚』なんつう話題に繋がるのか超絶謎なんですけど。
困惑しきりの俺に、彼女は穏やかな顔で頷いて見せる。
「はい。私は……あの教主国に関わる一連の出来事の中で、深く痛感したんです。私の能力では、ミレーゼ様のお側近くに仕えるのは無理だと。何より、着いていけませんから。物理的に」
「物理的って……いや、何があったのか深くは聞かないよ! ロンロン、聞かないからね!?」
「それで女優として活動するのに最大の難だった奴隷の入墨を何とかしてくださるということなので、完治を機に改めて女優として再出発してみようと思っているんです」
「ふぅん……良いんじゃない? 女優はヴィヴィアンちゃんの念願だったんでしょ。今の姿を見ても、華やかだし中々良いと思うよ」
「ふふ。有難うございます。ロンロンさんの言うことなら、きっと嘘じゃありませんね」
「え、なにその信頼。そんな信じてもらえるようなことした覚え、俺ないんだけど」
「期間はそれほど長くありませんでしたが、一緒に生活していればわかりますよ。ロンロンさんは……雰囲気や印象はだらしありませんが、実際には清潔感がありますし、お仕事には真面目ですし、細やかな気配りも行き届いている思いやり豊かな方です。生活能力も高いですし、家事も手伝ってくださいますし……本当に、なんでまだ独身なんですか?」
「うっわ心に刺さる一撃が来た……! そりゃ雰囲気がだらしないからなんじゃないっすかねぇ!?」
心底不思議そうに小首を傾げられた。
というか具体的な理由があるんならそれこそ俺が知りたい。
なにこの娘、俺のこと貶しに来たの?
マジでこれプロポーズの流れにどう繋がるの?
「遠く離れるとなった時、ロンロンさんのことが頭に浮かんだんです」
「え……っ」
不覚にも、ちょっとドキッとした。
けどほんと、不覚だった。
「私もそろそろ結婚適齢期的にギリギリですし、1年も刺青の治療に費やすことを考えると早めにお相手が欲しいんですけど……ミレーゼ様に恩義を受けた身としては、今後も女優として活動しつつ伝手とコネと情報網を築いて諜報活動的な面からミレーゼ様にご恩返しをしたい所存なんですが。そうなると私の立場と行動に理解のある旦那様じゃないと結婚生活も即座に破綻してしまいそうで……結婚相手に適していて、一緒に過ごすことに嫌悪感がなくて、それなりに居心地のいい相手。そして私の立場に理解のある相手と条件付けした結果、該当したのがロンロンさんだったんです」
「うっわ超打算的な理由きたー。しかも隠すことなくぶちまけたよこの娘。おまけになんかまだ若いのに道踏み外し気味の黒い人生設計が完成しつつあるよ!?」
「結婚をお願いする身として、誤魔化すような不誠実な真似は……」
「うん、ロンロンね? 時として真実を伏せる優しさもあると思うんだ」
「大丈夫です。私は、決してロンロンさんに損をさせません! 幸せにしてみせます。なんなら演技力の全てを駆使してでも……」
「あ、俺知ってる。それ偽りの幸せってヤツじゃね?」
「それに何より……! 私が、ロンロンさんの作ってくれたカルボナーラをまた食べたいんです!」
「食!? え、食い物目当て!?」
「お願いです、ロンロンさん……私に一生カルボナーラを作ってください。半月に1回の頻度で!」
「あっれ俺いつの間にかヴィヴィアンちゃんの胃袋掴んじゃってた!?」
「落ち込んでいた時に作ってくれたクリームシチューもまた食べたいです!」
「あ、これ間違いなく胃袋掴んでるわ俺!」
動機はいろいろ不純っつかむしろ純粋さの欠片もなかったけれど。
それでも程よく年齢の釣り合う、年下の女の子に「お願いお願い」と結婚を迫られて悪い気はしない。
しかも相手は女優修行をしていた演技上手。
気が付いたら気持ちよく乗せられて……
「それじゃあ1年後、私がキレイな体で戻ってきたらお嫁さんにしてくださいね!」
「うん! ……って、あれぇ!?」
気が付いたら、結婚に承諾させられていた。
うっかり頷くまで、結婚に同意したことにも気づいていなかった。
あっれマジでなんで俺ってば頷いちゃったんだっけ……!?
ヴィヴィアンちゃんの手腕が、恐ろしすぎた。
ああ、この娘……訪問販売とかやらせたら凄まじい業績上げそうだわ。
こうして、何故か。
マジで何故か。
俺の結婚相手が確定した。
婚約おめでとう、俺……?
あれぇー……?
なんでそうなったのかわからないが、結婚に同意したことは事実で。
そんでもって善良なるメイド長サマの、感涙むせび泣きながら「あなたたち、幸せになるのよ……!」という激励のお言葉も、マジなヤツで。
今更後には引けないし、なかったことにもできない感じで俺の周りの堀は埋まった。
そして、同時に。
感極まったメイド長により、俺の周囲に情報が拡散。
ロンロン結婚するらしいよ、って。
しかもお相手情報までご丁寧にも付け加えてくれるっていうね……!
メイド長は俺とヴィヴィアンちゃんが駆け落ち状態だったって勘違いさせられてたから、色々誤解があるのも仕方ないけどね……! そんなにやきもきしながら心配してくれてたんですね、メイド長。
だけどね? 俺、思うんだ……。
わかりやすく俺の結婚相手を、俺の同僚やらお屋敷の使用人さん達に教えようっていう親切心は余計だったと。
だってメイド長、俺の結婚相手のこと『アンリ』だって説明しちゃったんだもん。
このお屋敷に滞在していた頃、いや割と最近までヴィヴィアンちゃんは『アンリ』だった。
そう、『アンリ』だったんだよ……。
身を隠すために、変装していたのも性別隠すのも仕方ないけどさ。
お屋敷じゃきっちり『アンリ=男』って図式が定着してたんだよね。
結果。
実際に結婚する日まで、俺は周囲に『野郎と結婚に踏み切った男』と誤解され続けた。
俺、そっちの趣味はないんですけどー!?
ちなみにこの国に、同性婚の習慣はない。
自棄になって誤解を一気に払拭するため、治療が終わって帰ってきたヴィヴィアンちゃんに土下座で頼み込んで立派な結婚式を挙げさせてもらったのは1年と半年後のこと。
結婚式の準備に半年かかったけど、英断だったと思うよ。うん。
ヴィヴィアンちゃんの花嫁姿、お世辞抜きに綺麗だったしね。
ちなみに一部の同僚には、子供が生まれるまで同性カップルだと誤解を受けていた。らしい。
ちなみにアンリは帰国後、ミモザが復讐のために支配人を地獄に落として乗っ取った劇団に復帰。
(支配人→アンリを奴隷にした張本人。ミモザの母親を酷い目に遭わせた男。ミモザの復讐ターゲット)
王都の芸能面で多大な影響力を持っていた支配人を追い落とし、じわじわと王都の芸能界を掌握しつつあったミモザの片腕として華やかな女優デビューを飾ったらしい。




